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第十九話 『心から叫べ』

 黒い髪に黒い瞳。褐色肌のジンニーヤは飄々とした態度で黒色の馬であるしょうゆの傍らに立っている。


「信用ねぇのなー、俺」


 アラジンは顔を歪めているが、心から嫌がっている訳ではない。フローラも光線が消えたことに内心安堵し、「ありがとうございます」と礼を言う。


「ん〜! おんだ〜は優しい人だぁ〜!」


 ジンニーヤはにやにやと笑いながらアラジンを見ていたが、一瞬にしてフローラに向かって切れ長の瞳を輝かせた。


「え?」


「だぁ〜に礼を言う人はカミーラだけだぁ〜! 嬉しいだぁ〜、だぁ〜はおんだ〜の為なら頑張るだぁ〜!」


「あー! ジンニーヤありがとうありがとう! 助かったってマジで! 感謝感謝!」


「今更言っても遅いだぁ〜」


 ジンニーヤはアラジンを半目で一瞥し、次に自分たちを囲む騎士たちに向き直る。

 緊張感がないジンニーヤの何気ない動作一つで騎士たちの間に緊張感が走るのは、ジンニーヤがそこにいるだけで相手を威圧する雰囲気があるからだ。突如として現れたジンニーヤに対する警戒は簡単には消えない。ジンニーヤはそんな扱いを面白可笑しそうに受け入れている。


「あー、ジンニーヤ。別に蹴散らしてほしい訳じゃねぇんだよ」


「ん〜? どういうことだぁ〜?」


「このねぇちゃん、一人でやるって言って聞かねぇからさー、ねぇちゃんと俺を守ってくんね? そんで危なかったら助けてやってよ」


 緊張感はアラジンにもない。フローラは今すぐに振り向いてアラジンの表情を見たい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて前を向く。


「ん〜? 了解だぁ〜」


「おー。よろしくなー」


 そんな二人に挟まれても緊張感は解れない。


「……ありがとうございます」


 それでもフローラは言葉を振り絞って礼を言った。言わずにはいられなかった。

 アラジンは今でもフローラを敵と判断しているのに、アラジンはフローラの思いを汲んでくれるらしい。ジンニーヤを呼ぶだけ呼んで手を出させない。

 フローラは息を吸い込んで、握り直した鞭を構えた。


 膠着状態、と言うのだろうか。


 フローラは深まる夜──そして中庭を照らす双月を背負って、自分には時間がないことを言い聞かせる。

 迷っている暇も止まっている暇もない。フローラは「お願いします」としょうゆとジンニーヤに声を掛けた。


「バルッ」


 しょうゆまでフローラの思いを汲んでいるのか、迷うことなく騎士だらけの城へと駆けていく。恐怖心がないからなのか、黒兎くろとの馬だからなのか。しょうゆはフローラが鞭を振るっても怯えなかった。


「────ッ!」


 一人、二人、三人──鞭は一度に数人を巻き込んで何かが爆発したような破裂音が中庭に響く。

 ジュリアンの騎士を殺したくないフローラは、一度の殺人と先程の一撃で加減を覚えた。裂いた傷口から血飛沫が上がる。それで退いてくれる相手ならばいいが、魔法職がいる騎士団の回復は早い。


「やっぱそうなるよなー」


 騎士と戦えばそうなると知っているような口振りだ。


「どうすれば……」


 フローラは思わず口に出すが、どうするもこうするもない。やるしかない。


「ヤクチューだけじゃなくて全員やっちゃえばー? あいつらは全員でねぇちゃんやる気だぜ?」


「それを決めるのは殿下です」


 一撃だ。それに賭けるしかないのだと辺りをぐるりと見回した。


「ん〜。おんだ〜が()を使えば倒せると思うだぁ〜」


 どんな力を使っているのか、爆走するしょうゆと並走するジンニーヤは顎に人差し指を当てて首を傾げる。


「ですから……」


 そこまで言葉に出して口を噤んだ。

 ジンニーヤはアラジンと違って適当なことを言っていない、自分の頭で考えている。


「……()ってなんですか?」


 ジンニーヤは振り注ぐ光線を防ぎながら。フローラは騎士たちの武器を鞭で払いながら。


「おんだ〜の魔力──闇属性の魔力だぁ〜」


 ジンニーヤだけが一目見て判断できる相手の魔力を。フローラにとっては何よりも難しい魔法の話をする。


「私の……魔力?」


 そんなこと、一度も考えたことがない。考えたら辛くなってしまうから、フローラは魔法を忘れて薬草に傾倒した。


「闇属性は他の属性と違って簡単だぁ〜。恨みと憎しみを増幅させれば簡単に出てくるだぁ〜」


 恨みと、憎しみ。フローラは唇を噛み締めて思考する。


 サンドラを恨んだ日も憎んだ日もあっただろう。


 だが、魔法を習得する為に弛まぬ努力をし続けてきたジゼルとロザリーの傍で、家事をしながら研究をすることができていたのは事実だ。

 自分のしたいことを我慢して公爵令嬢の教育を受けてきたジゼルとロザリーならばわかるが、好きなことを絶え間なくし続けることを努力だと思わないフローラが、サンドラをどう憎めばいいのだろう。


 こうなる前から、フローラはラトゥール家の次期当主にジゼルやロザリーが選ばれても構わないと思っていた。


 モーガンの息子も候補に挙がっているだろうが、ジゼルとロザリー、もしくは彼女たちの伴侶がそうなってもおかしくないくらいにジゼルとロザリーは努力している。

 使用人たちの評価は、灰塗れになりながら家畜の世話までしているフローラよりもジゼルとロザリーの方が高い。そのことに異論はない。


 この国は他国に薬物を蔓延させたことに罪悪感は抱いている。そうさせた元凶であるサンドラになんてことをさせたのだと怒るよりも。罪の意識の方が遥かにフローラの心を蝕んでいる。人々を不幸にした自分が恨めしい。


「そんなの……」


 恨めと言うならば。


「そんなの……っ」


 誰かを憎まなければならないなら。



「──私が悪かったんですッ!」



 何もかも綺麗に元通りになって、すべて夢だったと言って泣きじゃくりたい。

 戻れるならば母が死ぬ前に戻りたい。


 今ならば母を死に追いやった病に打ち勝つ薬が作れるのに。


 間に合わなかった自分が憎い。


「おぉー……」


「おんだ〜、いいだぁ〜! そのまま振るうだぁ〜!」


 何がいいのだろう。フローラは自分の太腿に触れるジンニーヤの存在を忘れて叫び出すように振り被る。


 叫び出したいのに、叫べない。

 泣きじゃくりたいのに、泣けない。


 流されるままに生きていたら、いつの間にか取り返しのつかない場所にいた。


 そんな愚かな自分が嫌いだ。


 しょうゆの黒色と同色の光が鞭を包み込む。慣れた動作にカロリーナの呪いの怪力を加えれば、一瞬にして自分たちを囲んでいた騎士たちの八割を叩ける。


「──なっ?!」


 数秒の間があっても誰も回復魔法を掛けなかった。叩かなかった二割の騎士たちの中には魔法職もいたが、彼らは誰も、八割の騎士たちを回復させない。


 賭けに、勝ったのだろう。


 フローラの薬物に侵された騎士たちが八割もいた事実を受け止めてフローラは再び息を吸い込んだ。


「私は殿下をこの命に代えても守りますッ!」


 二割の騎士たちに伝える為に叫ぶ。

 敵ではないとは言えない。それを決めるのはフローラではない。


「お願いします、私たちに付いて来てくださいッ!」


 薬物に依存している騎士たちの魔力は、フローラの闇属性の魔力が削り取った。

 鎧も肉体も傷付いて、魔法の一つも使えなくても、騎士たちは立ち上がろうとするが走り出すしょうゆに追い付くことはできないだろう。


 フローラが来るまで八割の騎士たちと戦っていた二割の騎士たちは、自分たちの返事を聞かずにオラティオの後を追うフローラの後を追い掛ける。


「ほんとに一人でやっちまったなぁ」


 フローラにしがみつくアラジンは、六十人程の騎士たちを引き連れるフローラに驚きを隠せなかった。

 絶対に無理だ、不可能だと思っていたが、それがカミーラとの結婚は不可能だと言われている自分がにとって一番言われたくなかった言葉だと気付く。


「悪かったな、ねぇちゃん」


 フローラはアラジンよりも年上だろうが、アラジンはフローラの頭を遠慮なく撫でて謝罪した。


「わっ?」


「あ〜。カミーラに言い付けてやるだぁ〜」


「ちょっ、違! 浮気じゃねぇし! マジでマジで!」


 アラジンが暴れれば暴れる程、アラジンにしがみつかれているフローラも二人を背に乗せているしょうゆも揺さ振られる。


「バルルルルッ!」


 怒るしょうゆは暴れたが、賢い馬でもあるのか、しょうゆ自らがフローラとアラジンを落とすことはなかった。

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