第二十三話 『その熱を知っている』
光線の大半は大砲のように放たれるが、城を守る為ならば何も惜しくないグリンダは銃弾のような光線を無数に放つ。
「カーーッ! てめぇ! 呪いの魔女だな!」
人生の大半をアルフォンシーヌやベアトリクスと共に過ごしてきたシルヴァンだ。とっくのとうに存在を忘れていたが、一目見ただけでグリンダが呪いの魔女であることに気付く。
そして、シルヴァンはカレンの姿だけではなく光線も目視できている。素早く光線を避け、先程自分が素通りした──出入口となる扉付近に立つグリンダを躊躇なく威嚇した。
「ちょっ! シルヴァン! 落ち着いて!」
シルヴァンはまだくちばしの中に杖をしまっていたことを覚えている。シルヴァンに追従する光線はカレンが始末し、グリンダのことが気に入らないシルヴァンはその杖を抜いた。
「燃えろーッ!」
シルヴァンが出す炎はカレンよりも熱く燃える。水属性のカレンよりも火属性のシルヴァンの方が火力が高いのは当然だが、グリンダはそれさえも難なく水魔法で鎮火させた。
「ッ!」
火属性は克服したが、カレンの炎では呪いの魔女の足元にも及ばない。母であるボーディルの苦労を思えば簡単なことではないとわかっていたが、火に触れられるようになった事実はなかったことにはならないと──カレンはシルヴァンの羽に触れた。
「シルヴァン! お願い、私に炎を教えて!」
「あぁん?! 何言ってんだ、ガーだよ! ガー! ガーってやんだよ!」
「殿下には期待しない方がいいんじゃない?」
防御魔法を解いたアリアドネは、呆れてそれ以上の言葉を出すことができなかった。
シルヴァンにこれ以上の成長を求めることができないならば、ベルロワ王国の未来はファブリスに掛かっているのだろう。ドミニカはシルヴァンの何を見てシルヴァンを信じようとしているのか。
「なんだとコラ!」
「もっと詳しくだってば!」
カレンもシルヴァンもアリアドネとは異なる感覚派だが、言葉ではどうしても正確には伝わらない。
「怒れ!」
その言葉通り、シルヴァンは大体怒っていた。
怒るような出来事にほとんど遭遇しないカレンはシルヴァンが何に対して苛立っているのか理解できなかったが──
「お前はいっつも何ボケっとしてんだよ! ふざけんじゃねぇぞ! お前は呪いの魔女のもんじゃねぇ!」
──今、そんなカレンの代わりにシルヴァンが怒っている。
「どいつもこいつも! 呪いの魔女はクソ野郎だ! 勝手なことしてんじゃねーぞ!」
カレンはボーディルに呪われた直後のように言葉に詰まった。
カロリーナもボーディルも勝手に誰かを呪ったことはないはずだが、カレンの口から自分勝手な人間ではなかったと言うことはできない。
カロリーナの世話焼きな性格にハインツがツッコんでいたことも。ボーディルが家族の傍にいてくれなかったことも。嫌になるくらいに覚えている。ベアトリクスとアルフォンシーヌは言うまでもない。
カレンが一度も会ったことのないヴァルトラウトだって、黒兎に酷いことをしていたらしいというのは察せるのだ。グリンダもノッツからアリアドネを攫っている以上、正しいことをしたとは言えない。
呪いの魔女とはそういう存在だ。
カレンも六人姉妹の中で最も勝手なことをしていた自覚はある。
何があっても、カレンはヴィガの顔を眺めていたかった。今となってはその時間の何を最も大切に想っていたのかはわからない。ヴィガを待っている時間も、ヴィガの顔を眺めている時間も、ヴィガが何をしているのかを考えている時間も、振り返れば心が温かくなるくらいに覚えている。
そして、黒兎に手を触れられた時に感じた熱は今でも強く覚えている。カレンはその熱を知っている。
「熱い……暑い……熱い!」
カレンはグリンダを見据えた。カレンに攻撃を放つ時も変わらなかった表情は歪んでおり、その瞳の奥からは憎しみを感じる。
グリンダから恨まれるようなことはしただろう。グリンダの防御魔法を破壊したカレンの炎はエントランスホールを燃やしている。
そして、これからも。
光属性も得意としているカレンに闇属性を放っても意味がない。グリンダが次に放つのはカレンとシルヴァンを閉じ込める防御魔法だ。
「クソーッ! なんだこれ!」
防御魔法にはさすがのシルヴァンも反応できない。蹴る為に必要な助走もできない程狭い空間では、カレンも魔法を放つことはできない。
そんな二人の動きを止めた防御魔法の内側に飛び出してきたのは、複数の棘だった。
カレンの肩やシルヴァンの首からぽたぽたとカレンの赤髪のような色の血が溢れてくる。そして、他の部位が無事という訳ではない。
「いっ?!」
元人魚とはいえ流血を無視していたら死に至る。痛みから逃れようとすれば別の部位が刺され、シルヴァンから誤って転落すれば今よりも悲惨な状態になるだろう。
歯を食い縛ったカレンはゆっくりとシルヴァンの羽を撫でる。シルヴァンも不死身の生き物ではない。場所が場所である以上大人しくしているが、治療しなかったらそれはやがて致命傷になるだろう。
「こうなったのは貴方のせい」
城が焦げたのも。花畑が燃えたのも。オラティオが傷付いたのもそうだとグリンダは言う。
「貴方のせいだよ」
そう言われてグリンダの言う通りだと認めるカレンでも、傷付くカレンでもない。
カレンはグリンダに杖を向けた。アリアドネは反論するカレンを意外に思い、カレンの炎で燃え尽きた扉の奥に視線を向ける。
そこではオラティオと魔女たちが交戦していた。ダーさんは魔女たちと、虎獅狼は悪魔と、そしてクラーケンやリサたちを背に乗せたアレクサンダーはフェアリーに囲まれている。
アリアドネはそんな扉の奥から目を逸らすことができない。
棘がカレンやシルヴァンを貫いたようにグリンダの胸から血が溢れ、遅れて銃声が響き渡った。
「────ッ」
息を呑むカレンの目の前で銃弾が防御魔法にめり込んで止まる。
グリンダが胸を抑えれば、防御魔法はシルヴァンの助走なしの蹴りでも破壊できる。
カレンは破片が崩れ落ちるのを待たずにエントランスホールを再び燃やした。
今度はエントランスホールでは済まない、この城を破壊すると決意した悪魔の炎だ。
「ぁ……」
グリンダは回復魔法を自分に掛けるが、間髪入れずに銃撃を受ける。
「グリンダ! 負けを認めて!」
やろうと思えばカレンはグリンダを灰にできた。そうしなかったのはグリンダを殺したくなかったからではない。
リサならば、絶対にそんなことはしないと思うからだ。
「負、け……」
カレンへと向けられた瞳の中には変わらず憎しみが宿っている。カレンが無言で火力を上げると、汗のように血が溢れる。
カレンはシルヴァンにのみ回復魔法を掛けた。
自分とグリンダ、どちらが先に倒れるのだろう。勝負はついたも同然だが、この勝負はそれで勝敗をつけて構わないと思っている。
「おい! 何してんだよお前!」
さすがのシルヴァンも全身が真紅に染まり始めたカレンに血の気が引いた。
「おいってば! クソッ、そこのお前! カレンを助けろ!」
外にいる魔女はカレンを助けない。ならばとシルヴァンはグリンダ同様に存在を忘れたアリアドネに賭ける。
「…………」
扉の奥から視線を戻したアリアドネは、いつでもカレンとグリンダを殺して逃げられる状況であることを確認した。
だが、カレンはベルロワ王国から遠く離れたこんな場所にノッツを連れて来た黒兎の仲間だ。シルヴァンは長年共に悪事を働いてきたドミニカが敬愛する王太子殿下でもある。
「……私、回復魔法はできないの」
恩も、情も、アリアドネの中には確かにあるが、アリアドネは闇属性の魔女だ。
この世で最も忌み嫌う聖女フローラが生み出した魔法は、心情としても属性としても簡単には使えない。
──だから自分はいつまで経っても呪いの魔女になれないのだ。
アリアドネはカレンの下へと走る。ふらつくカレンを支え、傷を確認し、カレンが何度か見せた魔法を脳内で反芻する。
「……城、は、やめて」
アリアドネは左胸を抑えるグリンダを一瞥し、今の自分ではグリンダは救えないと判断した。
カレンはグリンダの様子がおかしいことに気付き、慌てて回復魔法を掛けて炎を消す。
「馬鹿ね」
グリンダは左胸──心臓を何度も撃たれている。それは、グリンダを狙撃した黒兎がグリンダをこの世から消そうとした証だ。パーティを組んだならばリーダーに従うのが基本だとカレンもわかっているはずなのに。元人魚のカレンは心臓の位置を知らなかった。
「……もう、負けでいい」
グリンダはカレンに回復魔法を掛けるアリアドネを見て膝を折る。
元々体力がないグリンダだ。この数時間で一ヶ月分の体力を使ったような気がする。
「……よ、良かったぁ」
「何が良かっただよ馬鹿! 呪いの魔女を助けやがって!」
「いいのー。リサならこうするでしょ?」
「…………リサならそうするな」
カレンにそう言われると、リサがどれほど人間として正しく生きているのかを実感する。そして自分との違いを思い知る。
シルヴァンはきっとリサやリサのような女からは愛されない。愛されたいならカレンと同じくリサのように生きると決意するべきなのだろう。
その決意を忘れたくない。
何があっても呪いは解くべきものだとシルヴァンは思っている。
だからこの世に呪いの魔女は要らない。
そう思っていても呪いの魔女は生まれてしまう。




