第1話:竜の奈落
竜の奈落。
それはどこよりも高い竜山の山頂にある、どこまでも果てしなく深い竜の住処である。
そして、どこの谷よりも深く、どこの夜よりも暗いその奈落には、今日も我が子を捨てようとする親が列を作っていた。
竜の奈落には沢山の竜種が存在する。全長数十メートルを超えるものから、わずか数センチメートルのものまで、その大きさは様々だ。
炎を操る竜、水を操る竜、雷を操る竜、と、それぞれの魔法系統も全く違うため、いまだに見つかっていない種類もいるだろうと考えられる。そんな奈落だ。
竜は他のどの生き物よりも魔法能力の適性値が高く、魔物や悪魔、人間や亜人なんかよりもずっと強い存在だ。
その為、人々は竜が住んでいるその奈落を神がいる天界への入り口だと考え、称え祭った。
神がいる天界への入り口ならば、ここまで狂暴な竜を使い厳重に警備している可能性もある。
我が子を捨てようとする親が列を作ると言うのは、こういうことだ。
神直属の使いだと考えられている竜様に自分の子をささげれば、貧しい自分たちに恵みを与えてくださるかもしれない。
そんな考えが、自らの子供を縄で縛り上げ動けなくし、奈落に投げ捨てるという非道な行動へと大人を歩ませるのである。実に哀れだ。
しかしこの考えが、貧乏で最弱な地方に住む村の人間の唯一の支えなのも事実。
王都に住む豊かな貴族たちとは違い、重い税を重ねさせられている地方の人間はこうして自分たちの生活を豊かにしようとするしかないのだ。
最も、これにより生活が助けられたという人らは一人もいないらしいがな。
そして今日、俺、ラルク=ドルードは、竜の奈落に突き落とされた。
年齢は実に十歳である――
♦♦♦
真っ暗な闇で、俺は目を覚ます。
親に縛られていた縄は切れてほどけたようで、身動きはできる状態だ。
一瞬ここはどこだ?とも思ったが、そんなことは考えなくてもすぐにわかる事だった。
――ウヴァァァ――
大きな鳴き声が、俺の背筋を凍らす。
その声は叫び声と捕らえることもでき、何とも言えない重低音により周りの岩が崩れ落ちるのが理解できた。
お父さんの怒号とは比にならない迫力である。
けれども俺は泣かない。理由は簡単だ。もう死ぬとわかっているから。
しかしここで、一つの疑問に俺は気づく。
”なんで俺はまだ死んでいないんだ?”
竜の奈落は、底が見えないほど深い谷。落ちたらまず確実に死ぬだろう。
それに加え、竜種が少なくとも数百匹は存在する谷だ。落ちる途中で食べられてしまう可能性もある。
俺は落とされる時に意識を失ってしまった為、何が起こったのか分からなかった。
とその時――
――ブワッ――
先ほどの大きな竜種の叫び声に負けず劣らずの音を立て、光が俺の目の中に入ってくる。
目が覚めてから数秒しか経っていないが、ここは太陽の光が全く届かない谷底。俺の目は日光が無い暗闇専用になっていた。
要するに、今俺の目に光が入ることは太陽を数十秒見たことに匹敵するのだ。
そしてその光は、俺の目を直撃した。
フラッシュの数百倍強い光は、俺の目を貫通するように突き刺す。
幸いなことに失明はしなかった。
が、それよりももっと恐ろしい出来事を俺に伝えることとなった。いや、恐ろしいことなんて言うレベルでは表せない。
簡単に言えば、絶望だ。
俺の目に直撃した光、それは”炎の竜種”による炎だった。
赤い炎を口の周りに纏い、手足の爪からは湯気が立ち上がっている。
全長は良く分からないが、最低でも三十メートルは優に超えているだろう。
間違いなくこの竜の谷でも最強クラスに入るほどの強者だ。
何より、ダイヤモンドより固そうな炎々色の鱗は、俺の生命へ命の危険を教えてくれた。
『今すぐこの場から逃げろ!』と――
その竜種の炎により辺りは照らされている。それに他の竜はこの竜を恐れ近寄っていないようだし、逃げ回ることはできなくなさそうだった。
問題なのは、逃げた後にどうするのか。
逃げることはできても、隠れることができなかったのなら一生追ってくるだろう。そうなれば、体力が明らかに低い俺が敗北するのは当然だ。
それに、竜の魔法を俺が交わしながら、確実に逃げることができるとは思えない。
やはり万事休す。
まぁ元から死ぬ覚悟はできていたのだし、それが少し遅れただけだ。何も問題はない。
しかし、俺の体は突然動き出した。頭では死んでも良いと思っていても、体はやはり怖いのだ。
「クソッ、こうなったら、足掻くだけ足掻いてやるっ!」
俺は勝手に動き出した体の支配権を脳に戻し、無心でただひたすら走り出した。
♦♦♦
走り出して少し経った頃。
俺の後を、背筋が凍るほどの迫力で追いかけてくる炎の竜種が、魔法攻撃を始めた。
口から大きな火炎の塊を放射し、俺にめがけて爪を立てる。
俺はそれに腰を抜かし、半泣きになりながら犬かきをするように抵抗した。
もうだめだ。死んでしまう。って言うか、元から最強の竜種の最上ランクから逃れられる訳なかったんだ。
俺は完全に絶望していた。
そして、今度は完全に、俺の体が停止したのである。
竜種に追いかけられている時の停止は死を意味し、脳には絶望を与える。
腰を抜かした状態では真面に走ることもできないため、俺は完全に竜種の餌だった。
そしてそれを見た竜種は、とても甲高い雄たけびを上げる。
竜種に人間同様の知能はない。他の魔物と同様で、ただひたすら弱肉強食の食物連鎖の頂点へなろうと、食い散らかすだけの存在のはずだ。
けれどもその竜種は、完全に意思を持った反応を見せ、俺へゆっくりと近づいてきた。
「もうおしまいだ。神様、どうか俺を天国に連れて行ってください。」
俺にできる事は、神様に最後のお願いをする事。それだけであった。
しかし突如、俺の体がまた動き出す。
小さい隙間のさらに奥にある穴のような場所へ――
「そういう事か!」
俺は自分の体がやりたいことをすぐに理解できた。
俺が今襲われているのは、世界最強ランクの巨大な竜。
そしてこの谷底に広がっている洞窟には、人が1人は入れるほどの小さい隙間が沢山あった。
いつの間にか鍾乳洞のように冷え切った空間にまで来ていたようだし、恐らくは鍾乳洞ができる際に様々なことに影響されちょっとした空間ができたのだろう。
上手くいくかは分からないが、その隙間に隠れれば、大きな竜は入ってくることができずに諦めてくれるかもしれない。
鍾乳洞が壊されて隙間が広がってしまえば意味がないがな。
俺はそう思うと、一か八かで穴に隠れることに賭け、必死になってまた走り出した。
体は沢山の崩れた岩に削られて擦り傷が沢山ある状態。出血もかなりしている。
精神状態も悪く、目は今にもはち切れそうだ。
それでも、今は命が危険な状態。
人間は案外、ゴキブリなんかよりもずっとしぶといのだ。
♦♦♦
何とか洞窟にある、一人の人間が入れる程度の空間に逃げ込むことができた。
俺の体力はすでに底をつきており、穴に入れたという安心感から一気に痛みと疲れが押しよせてくる。
炎の竜種はと言うと、俺がいる空間に入ることができずに、自分の体当たりと炎々の魔法を繰り返している。
奈落の底まで人の子供が落ちてくる前に、大体は上の方にいる竜種に食べられてしまうのだろう。
すごく竜種は焦っている様子だった。と言うか、俺にしか目が無い状態なのも知れない。
しかし俺もまだ安心はできない。
理由は、今、既にこの周辺の岩にヒビが入っているからだ。
竜種はとんでもなく力が強い。それに加えて魔法があるのだから、こんな鍾乳洞の岩、簡単に破壊することができるのだ。
そして、俺が隠れていた空間は簡単に破壊されてしまった。
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俺は(嘘だろっ!)と思いつつも、わかりきっていたことに安心してしまう。
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