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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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飛竜の渓のワイバン .7

 

 うーえー、気持ち悪い。もう無理吐く息できない誰か止めて。全身の疲労感が半端ない。足が浮腫(むく)んでいて重たい。きっとパンパンだよ。

 こんなにも全力で走ったのっていつ振りだ? しかも止まりたい、寝転がりたい欲求が脳内を全力で占めているっていうのに、自分の意思とは関係なしに走り続ける我が身体。一体何の攻め苦?


 誰か見てくれよ、この陸上選手もびっくりな綺麗なフォームで走っている俺。だというのに、何故か一歩踏み出してもほとんど進まない不思議!

 ……どーせ俺の身体能力じゃ、どんなに形をマネしてみてもその程度だよ! ああ、無理だよ! もう無理だよ! 泣き言叫ぶ元気すらもうないよ!



 颯爽と駆け抜けていくのは入り組んだ天然洞窟だ。天井が所々空いているお陰で、明かりなんて要らないくらいに余裕で走れる。だがしかし、流石の青紫ですら表情筋までもをいちいち操ってくれなかったようで、多分、今の俺はゾンビも真っ青な顔していると思うんだ。


 現にさっき、遠巻きに俺らを見つけて慌てて逃げ出した山賊面した超コワモテのおっさんには、本気の悲鳴を上げられた。「わーっ!」 とか、「うおっ?!」 とかの驚きではなく、「ぃぎゃあああああああ! 来るなぁああああ!」 だぜ?


 地味にショック。

 まあ、俺も多分、こんな死相浮かべたヤバい奴が追っかけてきたらおんなじように逃げ出すと思うから、いいんだけどな。うん。



 喋る元気すらない俺は、切れ切れの息の間に喃語(なんご)を発す事しか出来ない。うあーあーああー。

 我ながらなかなかのホラー。それがより『追っかけてくるゾンビ』感出しているって、自覚はあるけどどうしようもない。



「兄ちゃん、任せて」


 先を行くラズはまた一人、玉子泥棒を撃墜しては、常に心配そうにこちらをちらりと伺っている。

 けど、心配してくれるならさ、無理でもいいからあの青紫を止めてくれないかなあ。……期待するだけ無駄だろうけど。



 本当にこのままだとヤバい相手ならば、身を(てい)してでも助けてくれるんじゃないかって思う。……自意識過剰かもしれないけどさ。

 でも、それをしないどころか、一緒に走るから諦めようだなんて助長してくるくらいだぜ? これはもう、ラズ当人も俺のヘタレ改善を望んでいると見て、間違いないだろう。


 ふふふ、甘いな! 俺のヘタレがランニングごときで改善されるかどうかなんて、有り得ないのさ!

 なんて事はどうでもよくて……うえぇ……走り過ぎてほんとに気持ち悪い、戻しそう。胃液を。ツライ。



 ……さて。


 その一人を捉えたところで、俺の身体を動かして()()()()()()()()青紫の魔術が切れたらしい。

 幸いなことに、最後の最後で後ろ加重になった。でも支える力を失った俺は、そりゃあもう、まるで骨すら失せた軟体動物のように、尻から崩れて大の字に倒れ込んだ。


 ケツ打ち付けていてえとか、そんなことはどうでもいい。

 青紫の優しさが中途半端だということはもう、十分に知ってるからな。


 身体がもう、一ミリ足りとも動かせる気がしない。

 全身から一気に汗が吹き出てきて、「はっ、はっ……」 なんて、まるで暑がっている犬のように何度も何度も浅い呼吸を繰り返す。実際は暑いんじゃなくて、酸素を求めて喘いでいるだけだが。


「兄ちゃん、大丈夫?」

「…………おう……。生きてるぞ……」


 辛うじて返答したはいいものの、俺よりも動き回っていたラズの余裕っぷりが羨ましい。嗚呼(ああ)、羨ましい!


 死ななくて良かった、とか、疲労骨折してない奇跡、とか、何でこんな目にあったんだ、とか。

 もう、そりゃあもう! 洪水のように色んな疑問や声が現れては流れていく。

 いや、ほんと、もー、無理!

 全力疾走フルマラソンレベルだよ! やったことねぇけど! コリゴリだよ!



 取り返した玉子は二つの内の一つ。そして捕らえた玉子泥棒は三人。その中に、あのスキンヘッドともう一つの玉子を持っていったらしい野郎の姿はなかった。



 え? 数に入っていなかった二人はどっから現れたかって?

 どうやら巣の主たちを引き付けていた役回りだったようで、頃合いを見て撤退する所だったらしい。丁度鉢合わせて、俺が突き飛ばしてふんじばった。そう、俺が!


 それだけじゃ足りなかったから、最後にとどめはラズが刺していたけれどもな、初っ端は俺のお手柄! いえい!

 …………………うん。(ムナ)シクナンカ、ナッテナイゾ。



「ま、こんなもので十分だろう」


 青紫が悠々と後からやって来る。

 涼しい顔しておきながら、縛り上げて積み上げられた泥棒達の上に座る様子が似合いすぎる。端から見れば、俺も含めて死屍累々の構図が出来上がってないか? これ。


 ほら、足組んで『世界は俺のもの』って感じにニヒルに笑って~。……出来上がりじゃね?

 え? 今のネタだろって? そーだよ。俺あのシーン好きなんだよ。



 そんな事はどうでも良くって。本当は身体を起こしたい所だったけれども、それも叶わず、ごろりとどうにか横向きに倒す。


「……全員じゃないけど、いいのか?」

「ああ、予定通りだ。()()()は外に出た方がいいからな。こいつらは濃霧の中にでも転がしておけば、逃がしたあいつらが勝手に引き取りに来る」


 疲れ切ってかすれる声で尋ねれば、さも当然のように言われて、ついつい言葉を失った。いや、まあ、単に頭が回っていなくて言葉が出なかっただけである、とも言うけれども。

 それにしても何? その、引きこもりを無理矢理でも外に出させたぜ、みたいな言い方。なんと言うか、全てそうなる事を知っていた、みたいな。


 そして、何よりも聞き捨てならなかった部分。


「おい、ヒトに飼われた方が幸せになるだなんて、そんな事あるかよ。縛られて、モノのように扱われて、それで、売られていくワイバン達が『良し』と思うのか? ……俺だったら、受け入れらないな」


 つい、そんな事をボヤいてみれば、琥珀の瞳に見つめられる。

 またやっちまったか?! なんて。気まずくって、身動ぎしようとしてみるも、鉛の重さを誇るこの身体、動ける筈もなくて視線だけを反らす。

 そしたら、どこか呆れたような声が、耳に届いた。


「それは、お前にも当てはまる事だと思わないのか?」

「え? ……俺?」


 返答が予想外過ぎて、つい、その表情に視線を戻してしまう。

 そしたらどうだろう、かつてないほどに真剣な眼差しがそこにはあって、迂闊に反らす事が出来なくなってしまった。


「問おう。お前は本当にこのまま二匹の竜と共に過ごすことが、己の幸せになると思うか」

「は?」


 二匹の竜。他ならぬ、ラズと、エンマの事か。

 ラズ達と過ごすことが、俺にとって売られて縛られる飛竜と同じ? だとしたら、それが本当に幸せな事なのかどうか、と?


 ………………なんだ、そりゃ? 俺の頭が悪いのか? 理解力がないせい?

 ラズとエンマといることが、俺にとって不幸ならば、()()追い出された日の時点でそうなんじゃないのか?


 だとしたら、何を今更。

 その時から今が不幸だというのであれば、それってこれからは好転しかしないって、そういうことだろう?

 ……ポジティブに捉えすぎかな? でもなんか、今はそんなに悪いことのようには捉えられないんだよな。あれ、走って汗流した()()で、心も浄化されてるのか?

 ま、いいや。



 だとしたら考えるまでもないだろう。そう、思ったのだが。


 すくと、立ち上がった姿を、俺は身動き取ることもできずに見上げていた。片脇にしゃがみ込んで見下ろされて、威圧感しか感じられない。

 そのことに内心びくびくしながら「なんだよ」 なんて、ぶっきらぼうに尋ねれば、とんと、右目の下に指が落ちてきて、少なからず驚いた。

 反射で目をつむってしまい、わずかに触れるその指先が、驚くほど冷たい。



 恐る恐る目をあけば、真剣そのものとしか言い様がない表情が見下ろしていた。


「いつか、おまえが、お前たちのあり方に迷う日が来るものならば、私のところに尋ねてくればいい。少しは、お前の力になってやれるかもしれないからな」

「え、それはどういう――――」

「どうせ、時がくれば解る。お前が気が付くころには、回避できない未来だからな」


 なにそれ、すっげー意味深なんですけど。

 それってつまり、遠からず近からず、俺がふたりと一緒にいることに疑問を抱くだろう、って事か? それとも、主従関係でも逆転してしまう、とか?


 …………あ、それはありそうだな。そういやラズのやつ、あと数年経ったら奴隷魔法なんて破棄できる、なんて言っていた訳だし? これってつまり、忠告として心の片隅にでもしっかりと受け止めておけって話、か?


「その、なんだ。気遣い感謝するよ――――えーと……」



 そして、物凄く今更なことに気が付いた。


「なあ、あんたの名前、聞いてもいいか?」


 だから正直に聞いてみれば、何を今更と言わんばかりの表情が返ってきた。

 うんまあ、俺もそう思うけれどさ? 不確かとはいえ、その内頼るかもしれない相手の名前くらい、知っておいた方がいいだろう?


「俺は、ディオって言うんだ。こっちが弟のラズ。あんたも知っての通り、ラズは半分竜で、血のつながりはないけれどもさ。そんな事は関係ないって、俺は思っているよ。それから俺らの姉御のエンマ……ってうわ! ごめんってエンマ! ごめん、ごめん!」


 名乗るならば自分から。そう思って順に紹介していけば、ラズは俺の紹介に、はしゃいで腹の上に跳びかかって来た。姉御呼びしたエンマには唸られる。

 だらしなくあお向けたまま、つい先ほどまで心配していたものが杞憂に思えてきて、笑ってしまった。


 だから「それが答えならば、悪いようにはならない筈、か」 と、ぼそりと言われた言葉を、ついつい聞き流してしまっていた。


「ん? なんだ?」

「いいや。……どうせ、必要のない他者との識別のための記号に過ぎないが、まあいい。リベラだ。魔女でも、渓の守り人でも構わないさ」


 改めて聞き返しても、それだけで。

 なんだよ、もったいぶった割に普通の名前しやがって。



 それならもう、さっさと要件済ませてしまっていいよな?


 俺は今、猛烈に熱い風呂に入りたい。身体をあっつい湯に沈めてしまいたくて仕方がない!

 この後の予定? 決まっている! 温泉求めて火山帯にまっしぐら。何処がいいかな、北のエルド火山近郊の街なら温泉完備の宿、値は張るけれどもあったはずだ。今夜は絶対、そこに泊まる!



 予定は立った。ならばあとは、用件を片づけるのは当然だろう?


「で、ここに呼びつけた用事って、結局なんなんだ?」

「貴様はよくよく、ヒトの話を聞いていないらしいな。ここまでくると、大した忘れ癖なものだ」


 それ、百パー褒めていないよな? 喧嘩売ってる? 売ってるならクーリングオフ期間なしの高価買取してやんよ?

 ほらほら、俺の右腕、唸っちゃうよ~? ……なんて。煽るような事は、いつもの俺ならしたかもしれないけれど、弱り切ったこの状態でそれが出来るはずがなかった。

 くっそ!

 

 つまりもう用は済んだのかよ!

 なんかすっきりしねぇなあ、おい!

 

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