飛竜の渓のワイバン .6
「ついて来い」 と言われて、断れる筈がなかった。ワイバンのテリトリーに入ってもいいのかが疑問だったのだけど、有無を言わさない彼の姿に押し負けたのだ。
俺らはエンマまでもと連れ立って、洞穴の中を歩いていた。洞穴の中と言っても、霧の中ほど暗くはない。天井が削れて切れて、空がちらちらと見えているせいだろう。
あんなにも反り立っていた岩壁から、そんなにカンタンに空が見えるだなんて不思議だわあ、って? そりゃな、渓谷は何も谷底まで抉れているのがそうだと言う訳じゃない。
地形が変わり、それによって当に枯れた水脈の一つ。それが今は、ワイバン達の棲家となっているそうだ。
例えるならばパイピングで穴が空いた所に天井からのガリエロージョン。丁度丸底フラスコが入りそうな形に抉れている、と言えば解りやすいだろうか?
……え? 突然の専門用語なんて意味が解らないって? ……別に、地質学者気取ったつもりも専門知識ひけらかしたつもりもないんだけどな。他に説明しやすい言葉を知らなかったんだ。許してくれ。
要は谷底までいかない地割れに、ワイバンの棲家があるってだけの話だ。
さて。そんな周りの様子なんてどうでも良くってだ。
少し前を行く青紫の足取りはゆったりとしている。かつり、こつりと踵をあえてならしている様は、聞き様によっては相手に恐怖しか与えないだろう。洞穴がいくつもに枝分かれしていようが、しっかりと目的地は定めているようで迷いがない。
……ぶっちゃけ怖い。俺が逆の立場だったら、青紫の存在を知った時点で、既に逃げ出している事だろう。
それでも、青紫とワイバンからの攻撃されるリスクを背負って玉子を盗みに来る彼らには尊敬する。得られた時の利益を考えれば、手を出さずにはいられない魅力っていうのかね?
エンマの金額を例に上げるなら、売値は一千万以上かそこそこだろう。価値を例えるならば……場所と使い方さえ間違えなければ、間違いなく一生たらふく食っていけるだけの金額だ。
玉子から得た飛竜は人に慣れやすいから、その分扱いやすい。調教に手間暇かかるにしても、一攫千金足りうるのだ。正に『金の玉子』。利益は十分すぎる程に出る。
ただ同時に気がついてしまった。青紫の存在が、ただでさえ入手の難しい飛竜の玉子をさらに困難にして、その稀少性や価値を高めているんじゃないだろうか。
……なーんて。はは。細かい事は考えないでおこう。
それにしても随分と奥深くまで来たのではないだろうか。天井から斜めに差し込むカーテンのような光に照らされて、そこは広がっていた。
渓の植物製だろうか? 木の皮を始めとする植物で出来ているらしい、寄せ集めで作ったドングリの帽子を引っくり返したような物体が、そこにはあった。
恐らくそれが、ワイバンの巣なのだろう。屋根裏に作られた鳥の巣みたいだ、なんてな。
そこには本来いる筈の飛竜の姿は全くなく、変わりに俺なんてぷちっとカンタンに捻り潰されてしまうんじゃないだろうかと思われるような、むさくて厳ついおっさん達が何やら群がっていた。
その数、三人。……あれ、おかしいな。話し声から思うに、もう少し人数居るような気がしたんだけど。
「さて、これはこれはどうしたものかな」
俺らの出現に、彼らも俺らも戦慄する。微かにあった話し声も、ピタリと止んだ。
遠くの方で、また飛竜の鳴き声が聞こえたせいもあって、ここの静寂は際立つ。
一触即発。まさに、そんな感じ。
ああ、『むさくて厳つい』なんて言ったが、屈強すぎて熊みたいだし、ボサボサの髭は絵に書いたような山賊にしか見えない。要は、前科十犯も百犯も侵していそうな、極悪人にしか見えないって話だ。
その手には、彼らが抱えて『大きいな』と思えるような巨大なまだら模様の玉子が二個。すーげえ、あれが飛竜の玉子か。俺が知っているサイズよりもでっかいな。
あのおっさん達が持って大きいと思えるんだ。俺が抱えたら、一つでも抱えるのがやっとだと思う。
そしてそれを二個。
業突く張りだわ。そこにあるもの全部、頂いてしまおうっていう精神が凄いわ。
え? 俺はまた随分と余裕ぶっこいちゃっているじゃないかって? そりゃ、な。ただ、美しい光景に見惚れるフリでもして全力でしようと思った現実逃避すらも、目の前の青紫はさせてくれないようだった。
「さあ、宴でもはじめようじゃないか。ふ、ふ、ふ」
そこにあった盗人達への第一声。吟うように告げて、一歩また、かつりと踵を鳴らして踏み出した。
その宴って血祭りですよね、解ります。
……誰かここに君臨した魔王から、俺らを助けてください。俺は無実だから! ねえ、ホント!
しかも今の俺の立場ってさ、あからさまに渓の守人である青紫サイドの人間だと思われているよな?!
うーわー! 俺は関係ないから! そんな睨まないで!
ほら見て、今にも足が笑いそうだから!
……そんな俺の内心なんて知るよしもない青紫は、かつりかつりと優雅に進む。
その足音に真っ先に我に返ったのは、飛び抜けてでかく日に焼けたスキンヘッドの強面だった。
「てめえらさっさと行きやがれ! ズラかるぞ!」
なんて、すっげー野太い声で吠えていた。かと思うと、自分はこちらに向かいながら、周りを逃がしちゃう男前。
……あ、泥棒に男前も何もないか。だが自己犠牲の精神は、何だか天晴れだ。
とはいえ、スキンヘッドの気迫にビビッて逃げ腰なのは俺だけのようだ。目の前の事からつい、余所見をしようとしてしまう。
「守人だか何だか知らねぇが、俺に勝てるかぁ?! 優男!」
あっと言う間に、そいつと青紫との距離は縮まってしまう。野郎は一段と力強く踏み込んだかと思うと、巨体にあるまじき跳躍力て飛び上がったのだった。
「うぉおおおおおおおお! かち割れろ!!」
ついポカンとして見上げると、背負っていた両手剣――――って、言うのかね? 俺の身長くらいあるんじゃないかって思ってしまうような刀身のそれが、ぎらりと凶悪に太陽の光を返していた。
あ、ヤバい。ここにいたら巻き込まれて死ぬ。そんな想像がついて目に見えてしまった死に、身体が動けなくなっていた。
でも。
「貴様だけで勝てると思っているとでも? ま、良いだろう」
余裕たっぷりに、「遊んでやる」 なんて、青紫は悪役のセリフ吐いちゃってる。
同時に、俺の前に飛び出してきたのは、俺を守るように腕を広げた我が義弟だ。…………おかしいな。助かった事は喜ばしい筈なのに、心がしょっぱい。
いや、俺の事はどうでもよくってさ。青紫がどうやってその太刀筋に受けて立つつもりなのかと見ていれば、軽々と素手で受け止めていた。
うん。素手。
刃先の方を軽々掴み、握りしめているように見えるのに、肉に刃が食い込む素振りすら見えない。
ばちっ、ばちっ、と散らしているのは火花なのか? どう考えても人間業じゃねぇぞ。お兄さんの腕は鋼鉄製ですか? 鉄腕? オートメイル? げふんげふん。
吹き込む筈のない風の渦が、火花を散らす彼らを取り巻いているのが解る。
その事実に驚いているのは、何も俺だけじゃない。
「クソッ! 化け物めが……!」
「ふ、ふ、ふ。心外だな。これでも身体はちゃんとヒューマンそのものだよ」
にやりと犬歯を向いて笑う姿が凶悪過ぎて――――ついでに言えば、素手と刀身から発される火花に照らされた満面の笑みが、少なからず俺には恐ろしすぎる。そしてその表情を間近で見てしまったスキンヘッドのおっさんは、びくりと身体を強張らせていた。
ああ、そいつだけじゃないわ。
ぺたんと、俺すらも腰が抜けてしりもちを付いていた。ラズはそんな俺を庇わんと間に立ちはだかってくれる。
最早、情けないとかカッコ悪いとか言っている場合ではなかった。
無理だ。怖い。こいつを敵にまわして勝てる筈がない。
「いいのか? 攻撃の手を緩めたりして。ならば私は他の奴等を追うとしようか」
ぎゅっと指先に力を込めれば、ミシミシと両手剣が軋みだす。
……え、いや指の力強すぎないか?! まさかと思うけど、素手で武器破壊?!
え、嘘だよな?!
ヤバいよ、今の俺はあのおっさんに大変共感している所だよ!
つい、その呆然としている表情を伺ってしまう。
おっさん、グットラック! 来世の幸運を俺は心から祈るよ!
せめて骨は拾ってやるからさ! 鳥葬ならぬ、竜葬でもいいかな?
ひょっとしたら、骨までもが残らないかもしれないが、な。悪く思わないでくれ。
え、鳥葬を知らない? ……はは、知らないならそれはそれで。うん、いいんだ。そうだ、知らないならいいんだ。
「そこの竜」
「……僕はラズ。その呼び方不快だよ」
「それは失礼? さておきこいつの始末は君に頼むよ」
「なんで僕が。このヒト追い払いたいのはそっちでしょ?」
「なら、そこのそいつにやらせるか?」
……えーと、『そこのそいつ』って俺ですか。
ちょっと? とんでもない無茶振りは勘弁して欲しいぞ。やめてくれ。
なんて物申したいのは山々なのたが、剣を指で断つ奴なんかに文句を言って、果たして意味があるか? ……否! 正直逆らうことすら出来そうにない。
だからと言って、ラズにやらせる道理もないか。
「……いいぜ、やってやろうじゃねぇか」
男なら、虚勢張るときに張って散れ、と。そういう事なんだろう? ならば、やってやろうじゃないか。
正直言って戦うなんて怖い。
痛いのは嫌だ。
大体、殴り合いの喧嘩の仕方すら知らないってのに、一体俺にどう戦えと? 得物なんて持ってないから、やっぱりここはタイマンって奴かね?
グーパンの親指は握り込むべき? むしろ握ったらダメ?
確か握ると骨折するんだっけ? まずはそこから教えて欲しいぞ。
っていうか、俺のパンチ力があの筋肉の鎧に勝てるかどうか、だよな。
狙うべきはやっぱ、脳震盪を狙って顎かな。いやいや、一撃必殺野郎の急所?
なんて、ぐるぐる、ぐるぐる考えながら力を込めて腕を突き、踏ん張りやすいよう足を引き寄せる。
何でもいい、やれるだけの事はやってやるさ。最悪、ラズが止めてくれると期待しよう。他力本願過ぎて泣けてくるが、今の俺の精一杯だ。
刮目せよ!
さあ、今こそ立ち上がるとき! 俺のヘタレ根性にだって、五分の魂籠っているんだって見せてやろうじゃねぇか!!
筋肉達磨だろうが強面の山賊だろうが、覚悟しろよ! 今こそ俺の隠されていた能力が開花する時――――――!!
……なんて、思っていたら。
「……あ、れ?」
足に力を入れて立ち上がろうとするのだけれども、立ち上がるどころか腰が上がる気配すらなかった。
あれ?!
俺これでもかつてないほど手足に力、入れてるぜ? だというのに、まるで地面に張り付いたか? なんて思ってしまうくらいに、てんで動こうとしない。
まるでそこだけ、自分の身体ではなくなってしまったかのように。
え、え?! 嘘だろ?!
確かにさっき、青紫の様子に腰が抜けて尻餅ついたけれどもさ?! まさかここまで?! どんだけ俺ヘタレなのよ!
おい、頼むから立ってくれ! 自分で自分に叱咤するなんて変だけどさ、今俺見せ場だから!
なんてやってる内に、ラズは俺に何が起こっているのか解っていないらしくておろおろしているし、青紫には呆れられたらしい。
「……まさかここまで酷いとは」
頭を抱えて溜め息ついている様子は様になってはいるけれども、カラーン! なんて、手が離された両手剣が地面に落っこちていた。
あ、れ?
正面を伺えば、既にそこはがらんどう。こわもておっさんの姿は忽然と消えて、どこからともなく駆けている足音が聞こえた。
「………………って! いねぇし!」
逃げられた! 得物捨ててまで逃げられちゃったよ!?
うーわー! 嘘だろ?! そんなのアリかよ!
「ちょっと? 情けないにも程があるよ」
ただ、青紫にとっては玉子泥棒よりも俺らしい。じとりとした視線を向けられて、俺は視線がさ迷った。
「いや……、その、悪い」
「全く、ここまで酷いとなると、不安は想像以上だな。こうなったら、是が非でも彼らを追いかけて貰わないと、君に」
「は?!」
先程の身も凍るような笑みとはがらりと違い、慈愛に満ちたその笑顔。だけれども今、何かとんでもない単語が聞こえた気がする。気のせい、だよな?
「いや、ちょっと、今は無理だって! 立てねぇし!」
「安心するといい。他者の人体を操るのは得意中の得意分野だ」
「いや、何も大丈夫じゃねえよ! 俺そんな体力なんて……あの、だから――――」
「ほら、つべこべ言わずに立て」
なんて言葉と共に青紫が指を軽く振ると、俺の意思とは関係なしに、何か見えない力に引かれるようにして立ち上がっていた。
え、何これ! ナニコレ?!
「さあ、奴等を追いかけて玉子を取り返してこい。……地の果てまで」
「嘘っ、うわ、やめろ! やめてくれって!」
「安心しろ。手足をもぐようなことはしない」
勝手に足が前に出て、自然と身体が腕を振る。
自分の身に何をされているのか理解したくなくて、助けを求めるようにラズやエンマを振り返った。ただ、突き放されるだけだというのに。
「兄ちゃんごめん、僕の力じゃ太刀打ちできないよ。変わりに、僕も走るからさ」
それはつまり、諦めて走らされろ、と?
うーわ、嘘だろ? 嘘だろ?!
どうして、何が起こってこうなった?!
誰か助けてー!! ああ――――――っ!!




