第四巻 第三章 唐揚げの距離
欠席七日目、梓は弁当を作らなかった。
「やめたの?」
私が尋ねると、空の机を見た。
「うん」
「西村さんが食べないから?」
「それもある」
「ほかには」
「私、唐揚げを作ることで、千尋を待ってるつもりになってた」
梓は購買のサンドイッチを開く。
「本当は、学校へ来てほしいって圧力かもしれない」
「西村さんは、写真しか見てないよ」
「写真も。毎朝送られたら、食べないと悪いって思うでしょう」
「そうかも」
「だから今日は、送らなかった」
「つらい?」
「うん」
素直な返事だった。
「何もしないの、すごくつらい」
「私も」
「真白は、家に行った」
「もう行かない」
「何を話したの?」
「本人の許可もらってない」
「私にも?」
「うん」
「親友なのに」
「友達だから」
梓は不満そうにパンを噛む。
「千尋が戻ってきたら、真白より先に話してもらう」
「それは西村さんが決めること」
「また」
「ごめん」
「真白、会長になってから謝るの上手くなった?」
「前から」
「前は、正しいと思ったら謝らなかった」
「今も、正しいと思ってる」
「じゃあ、謝らないで」
「梓が寂しそうだから」
「それ、同情?」
「違う」
「便利だね、違います」
「西村さんにも言われた」
梓が私を見る。
「会えたんだ」
「うん」
「顔色は」
「悪かった」
「制服?」
「部屋着だった」
「髪は」
「梓」
「知りたい」
「自分で聞いて」
「連絡していいの?」
「私が決めることじゃない」
「そうだった」
梓はスマートフォンを出した。
しばらく画面を見つめ、文字を打つ。
「何と?」
「『今日は唐揚げ作らなかった』」
「それだけ?」
「それだけ」
送信する。
返信は来なかった。
昼休みが終わる頃、既読だけがついた。
「読んだ」
「うん」
「返事、ないね」
「うん」
「でも、読んだ」
「うん」
梓はスマートフォンを伏せた。
少しだけ、呼吸が楽になった顔をしていた。
放課後、生徒会室へ戻ると、机の上に封筒があった。
差出人は西村千尋。
「誰が届けたんですか」
「伯母さまが受付へ持ってきてくださいました」
ひよりが答える。
封筒の中には、部活動変更届の試案が入っていた。
赤いペンで、細かな意見が書き込まれている。
『退部理由を詳しく書かせすぎると、前の部へ残る情報が増えます』
『転部先の承認前に、現所属の顧問へ通知する必要はありますか』
『戻る選択も含め、二週間の仮所属期間を設けては』
余白が足りず、別紙までついていた。
「意見を書くとは言っていない、でしたか」
文香先輩が横から覗く。
「言っていました」
「これだけ書いて?」
「西村さんらしいですね」
「嬉しそうです」
「はい」
認めた。
「返事を書きますか」
「制度上の質問へだけ」
「副会長の話は」
「触れません」
「よいと思います」
ひよりが封筒を見て、首を傾げる。
「この角、少し丸くなっています」
「何が?」
「何度か開けたり、閉じたりしたみたいです」
封筒の糊部分には、貼り直した跡がある。
書いて、送るか迷ったのだろう。
「ひより、新しい相談箱クッキーある?」
「はい」
「一つ、返事に入れて」
「書類と食べ物を一緒に送るのは」
文香先輩が止める。
「そうですね」
「別の袋にしてください」
「入れること自体は止めないんですね」
「小田さんのお菓子は、制度運用に必要です」
「元会長の公私が混ざっています」
「士気管理です」
ひよりは嬉しそうにクッキーを包んだ。
「味は、何でしょう」
「紅茶です」
「西村さん、好きでしょうか」
「以前、おいしいと言っていました」
「よく覚えていますね」
「お菓子の感想は、全部覚えています」
「ひよりも、意外と記録するんだね」
「はい」
返事には、試案へ意見をくれたことへの礼と、こちらの回答だけを書いた。
『急いで続きを書く必要はありません』
最後に一文。
『学校へ来なくても、あなたの意見は届きました』
副会長になってほしいとは、書かなかった。
翌朝、梓のスマートフォンへ返信が来た。
『唐揚げ以外も作れますか』
梓は教室で立ち上がった。
「真白!」
「声、大きい」
「返事!」
画面を見せられる。
「よかったね」
「何て返す?」
「自分で考えて」
「卵焼き?」
「西村さんは、梓の卵焼きを食べたことが?」
「ある。夏休みに、おかずを交換した」
「じゃあ、また作ってみたら」
「甘いのと、しょっぱいの、どっち」
「本人に聞いて」
「そうか」
梓が打つ。
『甘いのと、しょっぱいの、どっち』
今度はすぐに既読がついた。
『甘いものを』
「真白と同じ」
「私の好みは関係ない」
「莉々香様も甘いの好き」
「余計に関係ない」
「明日、作る」
「写真だけ?」
「うん。来いって言わない」
梓は笑った。
明日も西村さんは来ないかもしれない。
それでも梓の携帯には、千尋が自分で選んだ『甘いものを』の一文が残っていた。
昨日にはなかった距離の測り方だった。




