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第一話 平常の中の異常

 

 東京の繁華街の路地裏。

 金髪の高校生はその細道を歩く。

 その細道には異変がある。


 壁には血痕が付いている。

 目線の先には、死体を食い散らかす獣の姿。

 金髪の少年は、その光景を見て憎悪の念を抱く。


 それからは、その獣と闘っていた気がする。

 でも、俺は負けた。その獣に殺されるはずだった。


 だが、俺は生き残った。


 少年を助けたのは、銀髪の少女。

 そしてその少女は少年に名乗る。



「私はデスティーナ。異世界から渡ってきた神、とでも言っておこう」



 ――――――――――――――――――――



「くっそ、熱すぎてスマホがまともに使えねえな」


 灼熱のように暑い、明るく発展している東京の町並み。

 そこに住み、懸命に勉学に励んだり、社会で勤めていたりする普通の人々。

 みんなスマートフォンなどという万能の電子の板を持ち歩きながら、神妙な面持ちでニュースを眺めたり、SNSで誰かの愚痴を書き込んだりしている。

 かくいうそんな人混みの一員、五十泉いずみ匡真きょうまは、排熱が追いついてないないスマートフォンを片手に、都立月島(つきしま)高校へ教科書やノートが少し入っている鞄と足を運んでいた。


「あーあ、現代人はみんなスマホ依存症なんだっつーの。夏の暑さに負けるほど俺のスマホは弱かったか?」


 俺のスマホはどこぞのリンゴマークの入った、世界的に広く使われている機種の最新モデル……の、一個前。いや、二個前…?三個前だったか?

 何年か前に買ったものだから、そろそろ買い替え時なのかもしれない。


「と言ってもなぁ。最近のリンゴスマホは高くて手が届きにくいし、アンドロイドでも良いけどさ」


 なんて妥協しようと思った。いや、アンドロイドを妥協と呼ぶのは、アンドロイド派に失礼なのでは…?なんて思い、心の中で謝罪をした。



 ふと、周りを見渡す。


 学校までの道で見える大橋、この埋立地の浮かぶ東京湾、そんなものを毎日変わらず見続け歩く。

 晴天から差される光は町を、人々を照らす。

 自分も例外なくその光の恩恵を受けている。

 こんな自分も日光の暖かさに甘えていいというのだから、太陽には感謝すべきだろう。

 当たり前、常識、平常。

 そういったものが人々の意識に植え付けられている間は、感謝すべきものにも感謝できない。


 定期考査も終了し、一学期もあともう少しで終わる夏の初め。

 五十泉いずみ匡真きょうまは、そんな平常の中の異常であり続ける。



 徐々に自分の高校の生徒が増えてくる。友人同士、男女、または一人。自分は一人、だと思っていたのだが…。


「よう、匡真。こんな晴天に何をしてんだ?」


 今しがた一人を味わっていた自分を一人にさせなくしたこの赤髪を縛っている男は笠元かさもと政夷まさい

 同じクラスの友人…あまり認めたくはないが友人だ。

 明るく元気、悪く言えばズボラで粗雑そざつ。そんなやつだ。

 でも意外なことに馬鹿では無い。

 いや馬鹿ではあるのだが、頭はえている。テストの点数もクラスで一桁順位を取っている人間だ。


「何してるって、登校していること以外に何かあるのかよ」


 ため息を付き、うんざりしながらそう適当にあしらおうとする。


「いやー、また晴天に思いをせて、自分もこの太陽光のおかげで生きてるんだとか考えてそうだなあってよ」


 なんて驚異の洞察力。

 いや、洞察力とかそういう問題じゃないな、普通に心読んできてるじゃねえか。

 というかそんな雰囲気お前には出してないだろ、なんて思ったが、こいつにまともなことを言っても仕方がない。


「ああそうですか。俺は今すごくうんざりしてるよ」


 何に対してか。

 そんなことは言わなくてもわかるだろと、その洞察力を以て察しろ、という意味で言ったのだが。


「ああ、どうせスマホの回線が悪かったとかそういうことなんじゃねえの?」


 なんか違う。

 事実ではあるのだが、そっちじゃない。

 わざとなのか?わざとかもしれない。というか絶対わざとだろ。

 心のなかで文句をつけても仕方ないので、もうそういうことにしておいた。


「はあ、もうそれでいい。っと、スマホ治ったな」


 なんとなくニュースサイトを開く。

 微笑ましいニュース、事件のニュースなどがぞろぞろと出てくる。

 その中、一つのニュースに目が留まる。


『謎の負傷者が相次いで発見。その中には死亡者もいるが、一体どのようなもので負傷したのかは不明』


「ああ、確かそれ今朝も死んだやつが出たらしいぜ」


 政夷は他人事のように言う。

 自分は事件には巻き込まれないとでも思っているように。

 いや、もしくは巻き込まれてもなんとかなると思っているのか。


「方法がわからないなんてことあるんだな。外傷ならわかりやすいだろうし、外傷がなかったら内的な要因、毒やら薬やらでアテはつくだろうに」


「いやー、科学では解決できない問題とかあるもんだぜ?原因不明の死、なんだかワクワクすんなー」


「笑い事かっつーの。そんなオカルトある訳...」


 ある訳、ないとも言い切れない。

 なぜって、それは悪魔の証明だからだ。

 存在があやふやなものを、ないと証明するのは難しい。


「まあ、オカルトがあってくれないと、説明できないこともあるけどさ」


「それってもしかして超能力者のことか?」


 超能力者。

 最近話題のオカルト話だ。

 手から炎を出せたり、サイコキネシスだったりなど、そういったことができるやつらが実在するという噂だ。

 実際に動画も出回っていたが...。


「でもどうせ、CGとかAIとかなんかじゃないのかねぇ」


 当然、存在するはずがない。

 この世界が平常に動いてくれる限りそんなことは起きるはずがない。

 だが、政夷は言う。


「オレは信じるぜ。あったほうが面白いじゃねえか。みんながルールに縛られ続けているこの世界は真面目すぎるし、もう少し遊びがあってもいいじゃねえか」


 この世界は退屈だと、お巫山戯(ふざけ)が足りないと彼は言う。

 まるでこの世界のありとあらゆるものを知っているかのように。

 だが匡真はそれについては驚かない。

 笠元かさもと政夷まさいはいつもこんな人間だと知っている。

 いつもは馬鹿なくせに、時折妙に達観する。

 だが、それがこの男の本質なのかもしれない。

 そんな匡真による政夷評をしている間に、校門に着いていた。



 八時二〇分、生徒が最も登校してくる時間帯。校門はありったけの生徒と快晴の青空、そして鮮やかな緑葉で飾られていた。校門の前には教師が立っており、生徒に挨拶を交わしている。


「おはようございます」

「おはようございまーす」


 なんて適当に返されたり、黙って素通りされたりしている。気温が三十度近くあるこの空の下で、汗をかきながら教師という役割を全うしている。教師がこちらに目線を向けたので、こちらも挨拶を交わそうと声をかけようとすると、


「おはざーす」


 なんて腑抜けた声が聞こえた。間違いなく笠元政夷(隣の馬鹿)のものである。こんなものでも教師はちゃんと挨拶を返してくれる。


「おはようございます」


 こっちも挨拶を交わし、見慣れた校舎へと向かう。下駄箱で上履きに履き替えていると、黒髪のメガネを掛けた男が声を掛けてきた。


「おす、五十泉、笠元。また何か馬鹿やってんのか?」

「お前にだけは言われたくない普常ふつね


 普常ふつね文道あやと。五十泉匡真の友人その二。

 言ってしまえばただのオタク。変なところでこだわりが強く、性癖に関しては一家言あるそうな。

 政夷とは違ったタイプの馬鹿だろう、知性のある馬鹿と普通の馬鹿。

 両手にクソとでも言えばいいのかこれは。と、ボロクソに言っていたら普常が枯れるような声で言ってきた。


「二人とも、どっちでもいいから…課題を見させろぉぉぉぉぉおおおお」

「俺、嫌」「オレも、嫌」


 そう、思わず二人で同調してしまうほどだ。

 あくまでこいつが悪いのだから俺達が手を貸す義理はない。

 こいつテストの点数そこまで悪くないくせに課題をめちゃくちゃサボる。

 ちなみにその事を随分前に言ったところ、『家で勉強したくないもーん。アニメ見てラノベ読んで過ごしていたいもーん』なんて言ってきやがった。しろよ。


「はぁ…もう諦めろ普常。俺はお前がいいヤツだったって記憶しておくからさ」


 そうだ、お前は歴史に名前も刻まれないまま消えるかもしれないが、お前がここにいたということは俺が覚えておいてやるよ…。


「薄情者めぇ…!それでも僕の盟友かぁ!?」


 普常は五十泉匡真の肩を揺らしながら文句を言う。

 薄情者とは失礼な。俺は優しく骨を拾ってやると言ってるんだぞ。


「てかオレ達いつ盟友まで行ったんだ?」


 確かに、それもそうだ。ここはなんの連盟なんだよ。

 ただの高校生が三人集まっているだけだろうに。


「盟友は盟友だから良いんだよ。あーあ、もういいや。諦めてお叱り受けますよ」


 ねたように言い残してスタスタと教室へと歩いていった。


「オレ達も行くぞ。チャイムが鳴る」


 ああ。と、匡真達の教室である二年八組へ向かう。



 いつも通り授業を受ける。ホワイトボードに書かれた文字、数字、図形をただ板書していく。若干の眠気に襲われながらもペンをノートに走らせる。


「まったく…教師ってどいつもこいつも催眠術師みたいだよな…」


 なんて愚痴をこぼしながら、七限まで乗り切る。



 放課後。匡真達を迎えたのは青空だった。夏以外ならば黄昏の空を見れたのかも知れないが、夏の太陽は完全な夜までこの星を照らし続けるようだ。


「じゃ、オレはちょっと用事あるから」


 と、いつも三人で同じ道を歩いていたのが、政夷は反対の道を歩いていった。

「そうか、じゃあな」


 と、軽く手を振って別れた。そこからはなんでもない話を普常としていた。学校での出来事、家での出来事などをただ話していた。


「…っていう感じでさ!基本コメディだけどアクションシーンはめちゃくちゃカッコイイんだよ!」


 今は映画の話だ。普常は根っからのオタクだが、俺も映画やアニメはよく見る方だ、勿論こいつに勧められたものが殆どだが。


「テンポが凄く良かったな。見ていて飽きない」


 と感想を語り合い、普常は二階建ての一軒家に、匡真は普常の家とは少し離れたマンションへと足を向けた。



 月島駅周辺の繁華街を抜ける。下校、退勤中の人々が大勢集まり、教師や上司への愚痴や、流行はやりのシールコレクションの話をしていたり、これからバイトへ向かう者もおれば、塾へ通う者もいる。その中、五十泉匡真はその路地裏に異変があることに気づく。





 くちゃ、くちゃり



 喧騒によって音はかき消され、街の人々にはその音は届かない。だが、五十泉匡真にははっきりと聞こえた、その異様な音が。



 くちゃり、ぐちゃっ



 その音が出る場所へと足を向ける。なんのために、それは、



 ぐちゃっ、ぐちゃり



 好奇心からか。それもあるだろう。だが、一番は、



 ぐっちゃ、ゴクッ



 それが想像通りのものだった場合、それを許すことができないからだ。



 曲がりくねった路地裏の奥の少し開けた空き地、薄汚れた壁には赤い飛沫しぶきがかかっており、脳をツンと刺すような匂いが鼻を通る。匡真はその光景を見た、



 人を喰らう獣を。



「っ!」


 獣はこちらを睨む。

 まるで新たな餌が現れたとほくそ笑むように、こちらを弱者だと見定めて余裕そうに振り返る。

 容姿はまるで狼。だが日本のものより一回りも二回りも大きく、黒く、凶暴。

 奥にはかろうじて人だったとわかる肉塊がある。

 腸は飛び出ており、肝臓や胃はむさぼられ、心臓は、すでに無くなっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 動悸が恐怖を煽る。

 その異常が、あってはならない異変が、平常な世界に生きていた自分を異常へと変化させていく。

 口に小腸の一部が残っている獣は、餌を見てよだれを垂らす。

 ジリジリと近寄るその捕食者は、その獲物を捉えて飛ぶ――!


「がっ…!」


 捕食者は獲物に向かってその強靭な牙を立てる。

 獲物は、匡真は後ろへ逃げるように飛ぶが、捕食者にとって見ればそんな飛躍はしてもしなくても何も変わらない。

 捕食者は獲物へと覆いかぶさり、絶好のチャンス、と興奮を抑えきれずに牙をその肉へと立てる。


「っぐ…!!やめろ…やめろって言ってんだろ!このっ!!」


 なんとか獣を蹴飛ばし、状況を立て直そうとする。だが、



「なんだ…?あれ…」



 起き上がった獣の口から、謎の光が見える。

 何かを溜めているような動作、ならば、そこから繰り出されるものはわかっている。


「っ…まさか!?」


 獣の口から青白い弾丸が発射される。

 弾丸は空気を切り裂く音を出し、獲物へと向かう。

 獲物は反射的に腕を出し自身を守ろうとする、そんな脆弱やわな肉体では貫かれるとわかっていながら。


「ぐっ……っがぁああ!!」



 ――だが、腕は貫かれなかった。

 身体は腕に起きた衝撃で、2メートルほど弾き飛ばされる。

 弾丸を防いだ腕には何の傷もなく、肉体は在り続けた。


「…俺、まだ生きてるのか」


 その奇跡で、頭は真っ白になる。

 何故自分が生きているのか、何故あの弾丸をこの手で防ぐことができたのか。

 そんな疑問が湧くが、今はそれどころではない。


「はあ、はぁ…」


 もう死闘で疲れ果てた肉体を起こし、獣を見据える。

 もう獣はこちらへ飛ぶ準備ができており、今か今かと足が地面を蹴るところだ。


「どうする、いや、今は逃げるしか…逃げるしか今はできないんだよ、俺は!」


 路地裏の細道へとただ闇雲に逃げる。

 あんなやつに殺されるものか、俺は、あいつを、あれを、()()()()()()()()()()


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 だが、また違う空き地に着いた所で涎を垂らした捕食者に追いつかれてしまう。

 獣は匡真の肉体を求めて襲いかかる――!

「――っ!」

 死が見えた。

 自身の死が、肉体の崩壊を予見した。

 赤い鮮血が自身の肉体から溢れ出て、肉を貪られる光景を、五十泉匡真は垣間見る。



 その時、閃光が走った。



 蒼銀そうぎんの剣を持った銀髪の少女が突然現れ、獣の牙を受け止めた。


「はあっ!」


 その瞬間、獣は壁へと弾き飛ばされた。

 獣はその少女を弱者えものとは見なかった。

 その少女に対する恐怖、畏怖が獣へと走る。


「あんたは…一体…」


 だが獣は攻撃に出る。

 捕食のためではなく、自身の防衛のために。

 少女は、その獣の攻撃を華麗にかわし、反撃へ出る。


「魔獣なんて、この科学の世界にはそぐわぬものだ」


 銀髪の少女はそう言い放ち、獣をその蒼銀の剣で斬り捨てる。

 捕食者だったはずの獣は、血を出しながら地面へ倒れ、異常はさらなる異常を前に敗北する。


「大丈夫か?よくあの魔獣相手に耐えたな、賛辞さんじを贈ろう」


 少女はこちらを見て言う。

 五十泉匡真は、その姿に見惚みとれた。

 薄暗い路地裏に現れた少女は、まるで暗闇の中で輝く一筋の光のよう。

 その光は、闇に覆われそうになった匡真を救った。


「…君は、誰なんだ?」


 当然の問いかけ、その問いに少女は答える。



「私はデスティーナ。異世界から渡ってきた神、とでも言っておこう」

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― 新着の感想 ―
匡真の心の声?とか全体的にとってもおもしろかったです!あと状況説明が分かりやすくて、脳内に風景が浮かびました!終わり方がめっちゃいい!次読みたくなりました!
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