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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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第7話

 五日目の昼すぎ、景色が変わった。


 なだらかな丘が続いていた街道が、いつの間にか広い平野へと開けた。空が広い。雲が低い。風が冷たく、頬を刺す。王都の春とは明らかに違う、まだ冬の名残を引きずったような空気だった。


 エリゼは窓から顔を出した。


 地平線まで続く草原。所々に低木が茂っているが、木立と呼べるほどの密度はない。土の色は、王都近くの肥えた黒土とは違って、赤みがかった乾いた色をしていた。


 広大だ、とエリゼは思った。そして荒涼としている、とも。


 馬車が速度を落とした。



「止まれ」


 御者が声を上げた。


 前方に、騎馬の一団が街道を塞いでいた。五人ほど。全員が革鎧を着け、腰に剣を帯びている。旅人を脅す賊ではない——その装いは、明らかに正規の騎士だった。


 先頭の男が馬を進めてきた。三十代半ばほどで、赤みがかった短い顎髭を持つ、がっしりした体格の男だった。


「アルトワ侯爵令嬢のご一行とお見受けします」


 礼儀正しい声だったが、目が笑っていなかった。


「ヴォルフ伯領副官、ゲルハルトと申します。お迎えにあがりました」


 エリゼは馬車の扉を開け、自ら降りた。リーナが慌てて続く。


「エリゼ・フォン・アルトワです。遠くまでお迎えいただき、ありがとうございます」


 ゲルハルトが軽く頭を下げた。その間も、エリゼを測るような視線が続いていた。


 上から下まで、一通り見る。令嬢の格好をしているか。旅疲れで憔悴していないか。辺境暮らしに耐えられそうな人間かどうか。そういうことを、品定めしている目だった。



 エリゼは視線を受け止めた。


 逸らさず、かといって挑発的にもならず、ただ静かに受け止めた。


「率直に申し上げます」


 ゲルハルトが言った。


「我々の主は、貴族の社交というものに興味がございません。領内の作法も王都とは異なりますし、生活は質素です。仕事ができないのであれば、はっきり申し上げて、邪魔になるだけです」


 背後でリーナが息を呑む気配がした。


 エリゼは少し間を置いた。それから、微笑んだ。


「では、結果でお見せします」


 ゲルハルトの眉が、わずかに動いた。


 言い訳も、抗議も、媚びも来ると思っていたのだろう。その代わりに来た、静かな一言。それが少し意外だったようで、副官はしばらくエリゼの顔を見ていた。


「……そうですか」


 それだけ言って、馬を返した。


「ご案内します。城まではここからさらに一時間ほどです」



 馬車が再び動き出すと、リーナが小声で言った。


「感じの悪い人ですね」


「正直な人よ」


 エリゼは窓の外に目を向けた。


「あの目は、主人を心配している目だもの。よそ者が入ってきて、厄介を持ち込むんじゃないかって。それは当然の感情だわ」


「お嬢様はどうしてそう……」


「私も同じことをしてきたから」


 エリゼは小さく笑った。


「誰かのために、余計な人間を遠ざけようとしたことが、何度もある。あの副官は、主人に誠実なのよ」


 リーナがしばらく考えてから「なるほど」と言った。



 道の両側に広がる景色を、エリゼはじっくりと眺めた。


 痩せた土地だ。草は生えているが、背が低い。水路の跡らしい窪みがあるが、水が流れている様子はない。遠くに農地らしき区画が見えたが、作物が育っているようには見えなかった。


 でも広い。とても広い。


 何かを育てるための場所が、ここにはある。まだ眠っているだけで、何もない土地ではない——エリゼにはそう見えた。


 指先が、また少し温かくなった。


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― 新着の感想 ―
「仕事ができないのであれば、はっきり申し上げて、邪魔になるだけです」 でも、貴方がそれを言うのは無礼であり、貴族社会を理解できていない幼稚さを露にしていますね。と言ってあげたら良かったのに。
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