第九十二話 「僕らのライブだ!」
ドクドクと心臓の音が鳴る。
僕らのライブが始まるのを、ステージ裏で待っていた。
リトルウイッチカルテットが、観客から盛大な拍手を浴びる。彼らの演奏がすべて終わり、ステージから去っていく。
僕はステージの裏から、その様子を見ていた。
「すげえ……顔合わせした時より、イキイキした顔をしてるよ」
彼らの顔は、最初よりも明るい。オドオドしていたのがウソのようだった。
「スタッフさんが機材を入れ替えてくれてるね」
慌ただしくスタッフさんが、僕らが使う機材を搬入している。
すると、ステージから聞き覚えがある音楽が流れる。ステージから突然現れたスクリーン。そこには、ギャルゲーのPVが流れていた。
「おお! さすがスタッフさん、僕のイメージ通りだ」
金本は、スクリーンに映し出された映像を見ながら感動している。
「先輩……なんですか? これ」
予定にはないギャルゲーのPV映像。
なにも知らされていない僕らは、ただ困惑する。
「ライブの指揮を高めるためと、見に来た人にギャルゲーを知ってもらうためにだよ」
「いやいや、金本……おまえはいいかもだけど。あきらかに観客は戸惑っているぞ」
いきなり現れて映し出された映像に、観客はあきらかに動揺していた。
先ほどまで盛り上がっていた雰囲気が、さあっと引き始める。
「知ってもらうにはいいかもだけど、 これ逆効果じゃないか?」
「なにを言う! あのかわいいキャラたちを見れば胸がときめくだろう!」
ーーいや、それはギャルゲーが好きな人にでしょう。
初めて見る人からしたら、完全にポカンとなるだろう。
「けっ、けど……やっぱりいい曲だなあ」
岡山は流れる曲を聴くと、感想を口にした。
「だろう? 僕らの演奏で、その良さを最大限に引き出すんだ!」
機材の搬入が終わり、映像が消える。
照明が暗くなると、スタッフさんから声がかかる。
「それじゃあステージにどうぞ! 頑張って」
そう言われた僕らは、ステージに上がる。
いよいよ僕らのライブが始まる。僕は、マイクスタンドの前立つ。
商業施設でもなければ、老人ホームでもない。ましてや、駐車場の片隅でもない。
ライブハウスという、音楽をやる本格的な場所。夢に見たステージに、僕は今立っている。
照明が点灯して、光が僕らを照らし出す。
ーーギャルゲーソングのかっこよさを見せてやるぜ!
意気込む僕は、マイクに向かってしゃべりだした。
「こんにちは! ジ・アゴッドです。よろしくお願いします!」
短く自己紹介をした僕に、観客はシーンとしている。
ギャルゲーのPVを見た後なのか、やけに反応が薄い。
「えー、僕たちは……ギャルゲーの知名度をもっと上げたいと思ってまして」
どのライブをした場所でも言ってきた言葉。にもかかわらず、今回はやけにしどろもどろ。
他とは違う場所の雰囲気に、僕は完全に飲まれていた。
「ええい! 岩崎君、マイクを貸せい!」
突然、金本は僕のマイクを奪うと、観客スペースに向かってさけぶ。
「ギャルゲーソングは、テレビなんぞで流れている曲よりも神曲がたくさんあります! まずは演奏を聴いてみてください」
マイクをひょいっと僕に返すと、スタスタと金本は戻っていく。
ーーピタッ。
なにかを思い出したのか、金本はまたマイクを取ってさけぶ。
「忘れてました! 今から弾く曲のギャルゲーも素晴らしいんで、ぜひ買ってください」
ーー今の話は、どう捉えていいんだ?
僕らを含め、この場にいる全員がそう思っただろう。
「ぷっ……くすくす」
響子は笑いを我慢するように、体を震わせている。
「とっ、とにかく! よろしくお願いします」
僕はぺこりと頭を下げ、演奏の準備をする。
金本のおかげかはわからない。先ほどの緊張や焦りが僕から消えていく。
薄暗いステージに、カラフルな証明が照らし出す。
ーーズダッツ、ドンドン! ズダッツ、ドンドン!
強くたたき出される岡山のドラムが演奏の始まりを告げる。
「まずは一曲目! 曲名は……」
僕が曲の名前を言うと、ギターとベースが鳴り始める。
エフェクターとい新たな武器が手に入ったことにより、音は前よりもすごみを増す。
そして、劇的に変わった音がアンプから流れ出ていく。
ーーギュワーン!
イントロを弾き始め、曲の出だしは完璧だ。
そこに響子のボーカルが合わさっていく。
ーー爆音。爆音。爆音!
巨大なアンプスピーカーから鳴る音。体に衝撃が伝わるほどだった。
かわいらしい言葉を歌に乗せ、響子は歌う。
観客はまだ曲にのれていない。
ーーアタシは脇役。キョウちゃんの出番だよ。
響子はあおるようなアイコンタクトで、僕にそう伝えた。
すべての曲は、僕を中心に構成されている。リードボーカルは、あくまで僕を支えるものなのだ。
僕はマイクに口を近づけ、ハモりパートを歌う。すると、観客からおどろく様子がうかがえる。
今まで見たことも聴いたこともないような雰囲気を僕は感じた。
原曲を壊すようなアレンジ。金本たちの、高い演奏力。
そこに派手に目立つハモりと、合間にあるコーラスが混じり合い会場へと響き渡る。
まだ一曲目にもかかわらず、僕らの演奏は白熱していく。最初は静まり返っていた観客も、次第に演奏にノリ始めていた。
ーーおお、これがライブハウスでの反応なのか。
今までやってきたライブとは違う観客の雰囲気に、僕は高揚していった。
曲も終わりが近づき、数分の曲なのに、短く感じる。
ーーギュイィィン!
金本のギターソロが、最後に締めくくる。全員がきれいに音を合わせると、タイミングよく曲を弾き終わった。
ーーよし、決まった!
無事に弾き終わり、僕は小さくガッツポーズをする。
しかし、まだライブは始まったばかりだ。
僕らはすぐに、次の曲へと気持ちを入れ替えた。




