第八十六話 「負けてられねぇ! 練習は偉大なり」
この日の練習は、いつもより熱が入っている。お互いのダメなところを見つけると、すぐにダメ出しが入るほどに。
「岩崎君! そこはもっとガガガーンと弾くんだ!」
「なんですか、ガガガーンって。もっと具体的に言ってくださいよ!」
たまにヒートアップしすぎて、ケンカのようなことになってしまうことがある。
もちろん仲が悪くてケンカをするのではない。みんな、今よりもうまくなりたいと思っているからだ。
ーーギュイィィン!
アンプからは、僕の弾く歪ませたギターの音が鳴り響く。
「よーし! そこで二人の歌だ、うまく合わせてー」
金本の指示に従って、僕と響子は合わせるように歌い出す。
悪くはない。きちんと声を出して歌えているから、うまくできている。そう思うけれど、違和感を感じてなにかが足りないような。
「岩崎君……ギター、弾き忘れているよ」
和田にそう言われた僕は、慌てて確認をする。彼の言う通り、ギターを弾き忘れていた。
「はい! やり直しー」
僕はがっくりとうなだれて、テンションが一気に下がってしまう。自分がミスをしてしまったからなおさらだ。
「まあまあー、曲はほとんど弾けているんだから気にしない気にしない」
響子は僕の肩をたたきながら、そう言って励ましてくる。僕はそうだなと返事をすると、またギターを手に持つ。
ーー次はミスがないように頑張るぞ!
それからも、練習は続く。みんなが納得するまで、弾いては話し合うの繰り返す。
気がつけば、部活の時間がとうに過ぎていた。
「いてて! 指が痛くてヒリヒリする」
「長い時間、ギターを弾いてたら痛くなるよね。わかるわかる」
真っ赤になっている僕の指を見ながら、和田はなにかを思い出すように言う。
「僕もギターを始めた頃は、よく痛めたよ」
ギターを弾いている人は、左手の指先が少し硬い。
これは何回も弦を押さえては弾き続けてなる、努力の結果である。硬い分だけ、その人が頑張って弾いてきたことがわかる。
僕は自分の指先を見る。触ってみても、それほど硬くはない。
「まだまだ……かな?」
最近は歌ばかりを中心に力を入れてしまい、ギターがおろそかになっていた。
その結果が、先ほどのミスにつながってしまったのだろう。僕は左手をにぎり、自分に言い聞かせる。
ーーもっと練習をしよう。ギターも、今よりうまくなるんだ。
この日の練習が終わり、みんなが帰っていく。ギターをケースに入れ、僕も部室を後にする。
「よし! 自宅に帰ったら、今日の復習だ」
そう口にした僕は、急いで自宅に向かう。帰り道の途中、リサイクルショップに目がいく。
「……中古楽器のフェアか」
店の前にあるのぼりを見た僕は、ぴたりと足が止まった。リサイクルショップにある楽器は、あまりいいイメージがない。
楽器屋と比べてしまうと、雑な扱いを受けているような印象だ。
「まだ時間はあるか……ちょっとだけ見て行こうかな」
少し遅い時間ではあるが、気になった僕はそのまま店に入ることにした。
店内に入り、いろいろなものがある中で楽器コーナーへたどり着く。
「へえ、リサイクルショップにしては品ぞろえが豊富じゃないか」
横一列に並んであるギターやベースを見ながら、そう口にした。ギターの種類もたくさんあり、中古楽器屋さんに負けていないくらいだった。
ーーレスポールやストラトキャスター。
有名なモデルから、マニアックなギターまである。
「おっ! 僕が使っているギターにそっくりだ」
目の前には、黒いレスポールタイプのギターが壁に飾ってあった。安いメーカーのギターであるものの、僕のよりいい音が鳴りそうなギターだ。
「あれ? 岩崎君じゃないか」
そう声が聞こえ、僕は横を振り向く。そこには、鏡香と酒井がいた。
「久しぶりね、あんたもギターを見に来たの?」
「ああ、つい気になってな」
鏡香たちの学校で会ったのが最後で、しばらく会っていなかった僕たち。
それでも変わらず、鏡香たちは気さくに話しかけてきた。
「どう? そっちのバンドはうまくやってる?」
楽器を見ながら聞いてきた鏡香に僕は返す。
「当たり前だ! 今は、みんな気合いが入ってるよ」
それを聞いた鏡香は、にやりと笑う。
「なら良かった。あたしたちも、順調ってとこね」
「野中さんから聞いたよ、彼女の家のライブハウスに行ったんだってね」
話の途中、酒井が思い出したように尋ねてきた。野中さんが話したのだろう、僕はそうだと答える。
「なんか女の子がいたらしいけど、岩崎君の彼女?」
「そんなわけないだろう! うちのバンドに入った新しいボーカルだよ!」
いきなりなにを言い出すかと思ったら、酒井はとんでもないことを言いやがる。僕はすぐにそれを否定して、酒井たちに説明する。
「ボーカルが入ったなら、あんたは歌わないの?」
鏡香たちは、僕らのバンドがどう変わったか知らないのだろう。
この場でじっくりと話してやりたいが、あえてその話はしなかった。
「ふふ……ライブの本番になれば、すべてわかるさ」
決して見栄を張っているわけではない。事実、以前よりパワーアップしているのは間違いないのだから。
僕がそう話すと、鏡香たちも答える。
「そう、なら期待してる。あたしたちの演奏も
、前よりすごいよ」
どこか自信に満ちた言葉に、僕の闘争心が燃える。ライバルと言っていいのか分からないが、自分のモチベーションが上がっているのがわかる。
「じゃあ、あたしたちはそろそろ行くね。これから、練習だから」
「それじゃあまたね岩崎君、 ライブ当日で会おう」
鏡香たちはそのまま去っていき、僕は一人になる。
ーー負けてられないな! 帰って練習だ。
僕もすぐに店を後にして、自宅に急ぐ。
「ただいま! 練習だ練習!」
自宅に着いて、足早に部屋に向かう。
「おかえりー、って恭介! 夕飯は?」
母さんの呼ぶ声を聞かずに、勢いよくドアを閉める。ケースからギターを取り出して、さっそく曲の練習を始めた。
「さあ! 今日もオールナイトだぜ!」
時間を忘れ、僕はひたすらギターをかき鳴らした。ライブハウスでの演奏は近い、それまでにできることはすべてやる。
それだけが、僕を突き動かしていた。




