第八十五話 「さあ! ライブハウスに向けて練習だ!」
ライブハウスで演奏する日が、だんだんと近づいてくる。僕たちは、それまでにできることをひたすらやる毎日を送っていた。
「へえ、そんなことがあったのか……」
響子とのことを聞いた金本は、腕を組みながら静かにそう発した。
あれから三日が過ぎ、響子は部活を早抜けしたりしていた。今日も足早に去っていき、練習らしい練習はできていない。
「そうか、そんな事情がKORUKAにあったんだな」
「それで、馬場さんは歌うのをためらっている……と?」
同じく話を聞いていた和田は、僕に尋ねる。
「なんか思入れがあるみたいで、気持ちの整理がつかないような感じでしたね」
今思えば、KORUKAの曲を演奏すると言った時、響子はあまりいい顔はしていなかった気がする。
最初はバンドで歌うことに慣れていないからだと思って、気にはしていなかった。
「まあ、アーティストにもいろいろな人がいるからね」
ギャルゲーソングを歌う人が、そのゲームを好きかどうかはわからない。
あくまで、ゲームを盛り上げる要素にしかならないと思う人もいるのだろう。
「だからこそ、僕らはその良さを広めなければならないのだ!」
机をたたき、すっと立ち上がった金本はそう意気込む。
「ただ曲をやるだけではダメだな、なにか考えなければ」
ぶつぶつと独り言を言って、なにかを考える金本。その姿は、文字通り考える人。
そこへ、和田が僕に声をかけてくる。
「けど、岩崎君が言ったことは正しいね。ライブで考えを変えるっていうの」
「はい、あなたの曲はこんな風に使われているんですよー! みたいな」
きちんとゲームの作風に合っている。プレイした人が、この音楽がゲームを表してくれる。
そう思う人もいるということを僕はライブで伝えたいと考えていた。僕だけじゃなく、響子にも。
「あとは響子次第ですね、あいつがどうするか」
こればっかりは僕にもわからない。できることと言えば、待つことくらいしかできなかった。
「しかし……」
声がしたほうへ向くと、金本が眉間にシワを寄せて僕をにらんでいる。
「君はいつから、馬場さんと喫茶店でお茶をする仲になったんだ?」
「……え?」
そう返事をした瞬間、金本の鉄拳制裁が僕のほほへ向かってくる。もちろん、痛くはない。
「この……エロ介さんがああ! ギャルゲーの主人公か君は!」
怒号が飛び、金本の手がわなわなと震えている。なぜ殴られなければわからず、僕は呆気にとられる。
「女の子と喫茶店デート、あげくの果てには同級生とハッピーエンド」
ーーよくある、ギャルゲーの個別ルートみたいな展開か。
最近になって、こういう展開がギャルゲーのようなものでは?と考えたりする僕もいる。
「違いますよ! そんなラブコメな話になるわけないです」
自分がそんな現象が起こるはずがないと、全力で否定する。
「いや……君の周りには、そんな気配が漂っている」
僕の話を信じず、まるで犯罪者を見るかのような目で見ている。
「リアルに女の子の知り合いがいるならば、君はギャルゲーの主人公だよ! 僕らは、モブキャラか!」
「ぼっ、僕たち……女の子とか、ギャルゲーでしか会話しない」
岡山はうなだれながら、ボソッと吐き捨てる。
なんとかわいそうなことだろう。というか、ギャルゲーの女の子と会話ってどうなのだろうか。
僕だって、親しい女の子の友達は少ない。というか、ほぼいない。お互いの傷を悪化させているような、かなしい会話になってしまった。
「まあまあ、今は馬場さんが歌ってくれることを信じて練習するしかないさ」
重たい空気の中、和田は話を変える。彼のいう通り、今の僕らにできるのは曲を完璧に仕上げることだった。
「そうですね! さあさあ、練習を始めましょう」
ぱんぱんと手をたたき、僕は金本たちにそう声をかけた。
金本は頭の後ろをかきながら、ギターを手に持つ。
「納得はしてないが……ぐぬぬ! やるしかないか」
全員が楽器を持ち、曲を練習する。
ーーガラガラ。
練習の途中、部室の戸が開く。そこには響子が立っていた。
「あれ? 馬場さん、帰ったんじゃないの?」
「んー、ちょっとね」
響子は落ち着かない様子で、部室の中に入ってくる。
「聞きたいんだけど……みんなって、そんなにこの曲をやりたいの?」
この曲とは、今練習していた曲。KORUKAの曲だ。
「当たり前だろう? 初めてこの曲を聴いた時、弾きたいって強く思ったし」
「うむ! ゲームだけじゃなく、アーティストも素晴らしいと思わせたいぞ!」
僕たちの考えていることは同じで、ここにいる全員が同じ気持ちだ。
「ふーん、アーティストがその曲を隠したがってても?」
響子の問いに、僕らはうなずく。
「はっはっは! 当たり前だろう、本人が嫌いでも僕らが好きだからな」
金本が笑いながら、そう口を開いた。僕も金本と同じで、まったく同じことを考えていた。
たとえ、KORUKAが仕方なく歌っていた曲だとしても、僕らはこれが弾きたい。
その気持ちがあれば、今はそれだけでいい。
金本の言葉を聞いた響子はため息をついて、髪を掻き分ける。
「そうねー、やっぱりそうだよね。あたしも曲は嫌いになれない」
響子自身も、いろいろ考えていたのだろう。他の人からしたら、小さなことかもしれない。
それでも、この曲を歌いたい。心の中にある気持ちが、そう思わせる。
「やってやるわ! KORUKAより、うまく歌っちゃうんだから!」
そう言ってマイクを握る響子。マイクのスピーカーをオンにして、歌う仕草をする。
僕らはお互いに笑いながら、楽器を弾く姿勢になる。
「それじゃあ、頭っからやるぞ! せーの!」
アンプから鳴り響く楽器の音、それに合わせて歌う響子。
僕らの練習が、やっと形になっていく。全員が同じ気持ちになっているのだから。




