第七十二話 「ださいのかかっこいいかはその人次第」
馬場さんがつけたバンド名に、金本が賛成するはずがなかった。
「なんだその名前は! 僕は、反対だ!」
ダサくもなく、かといってかっこいいわけでもない。微妙なネーミングに、僕らはどう反応していいかわからずにいた。
「なんでよー! いいじゃん、バンドっぽいし」
馬場さんは、金本の言葉に納得がいかない様子だ。
「いろいろ、怒られそうな名前だよね」
苦笑いを浮かべながら、和田はそう話している。
「じゃあ、なにかいい名前があるっていうの?」
僕らの顔を見ながら、馬場さんが尋ねてくる。どんな名前がふさわしいか、頭で思い浮かべてみる。
ーーやっぱり、かっこいいのがいいよな。インパクトがあるような。
そうは考えても、すぐに思いつかない。僕がしばらく考えていると、金本が手を挙げた。
「はい! 考えたぞ、完璧だ!」
そう言って、紙になにかを書いている。
「早いですね……大丈夫なんですか?」
嫌な予感をしつつも、金本が書き終わるのを僕は待つ。
「まかせたまえよ! ずばり、これだ」
金本は書いた紙を、僕らに見せる。
空想音楽隊、アニギャルソンガー。そう紙に書かれていた。
「なに……それ」
まるでロボットアニメの、タイトルみたいな名前だった。あまりにもセンスのなさに、僕らは凍りつく。
「金本……それは、さすがにないわ」
荒木は顔を引きつりながら、口にした。
「なんだと! こんな完璧すぎる目的を表した名前、そうはないぞ」
「いや……先輩。マジにないっすよ」
荒木と同じように、僕もそう話す。
それを聞いた金本は怒りをあらわにする。
「なんだいなんだい! よってたかって、じゃあ他になにかあるのか?」
金本は、僕たちの顔を見ながら聞いてくる。しかし、誰もなにも言わない。
「じゃあ、やっぱりあたしの考えたバンド名で……」
「それもない!」
バンド名が決まらず、ただ時間だけが過ぎていく。すると、和田がなにかアイデアを出してきた。
「なにかキーワードみたいなのを、いくつか考えればいいんじゃないか?」
闇雲に名前を考えるのではなく、いくつかの単語を出していく。
その単語を合わせて、一つの名前にしていくようだった。
「例えば……ロックとか?」
バンドといえば、ロックだ。そう思っている僕は、おそるおそる言ってみる。
「そうそう! そんな感じ、演奏しているジャンルがロックだしね」
難しく考える必要はなく、それっぽい単語を言っていけばいいようだった。
「じゃあ、僕は……」
それから、僕らは思いついた言葉を言い合っていく。
「ちょっと、多すぎないか?」
紙にびっしり書かれた数に、荒木はおどろく。
「これらを使って、一つの名前にしていくんだよな?」
「……ああ」
それは、普通にバンド名を考えるよりも大変だと誰もが知っていた。
「ねえ、これって意味あるの?」
馬場さんの核心に触れる一言に、和田は黙ってしまう。
「とにかくだ! とびりき、かっこいい名前を決めようじゃないか!」
「あっ、ああ。そうだな、決まるかな?」
僕は紙に書かれたワードに、目を通す。その時、一つの名前を思いついた。
「……ワンオタロック」
オタクとロック。それは、僕と金本たちを表している。これほどまで、合う名前はそうはないだろう。
僕の思いついたバンド名を聞くと、金本たちは目を丸くしている。
「岩崎君……」
「どうです? これなら、かっこよくて僕たちっぽいでしょう?」
これならば、金本たちも納得する。僕はそう思っていた。
「それは怒られるやつだ、完全にアウト」
真顔でそう言われてしまい、僕の思いついたバンド名は却下される。
「いろいろ試してみたけど、微妙な名前になってばかりだな」
なにごともなかったように、会話が進んでいく。
「つっ、つまり……ギャルゲーとかアニメの曲を弾きたいバンドの名前にしたいんだろう?」
ずっと黙って話を聞いていた岡山が、そう話しかけた。
「ああ、そうだな」
「それで岩崎君たちは、バンドっぽい名前にしたいと……」
パンを食べながら、紙を見る岡山。彼は、なにかの単語に丸を書いた。
「だったら、こうすればいいんじゃないか?」
岡山がつけた丸に書かれた名前を合わせたものに、僕らはうなり声を上げた。
「これにしよう! まさに、この同好会らしい名前だ」
金本は満足そうな顔をしながら、新しい紙にその名前を書き直す。
「今日から、僕らのバンド名はこれだ!」
「……まあ、いっか」
和田や荒木も、その名前で納得しているようだった。
「まあ、読み方を変えればかっこいい名前ですよね」
「そうねー、けどやっぱりあたしが考えたのが……」
馬場さんが話すのを遮り、金本は声を張り上げる。
「決まりだな!」
納得する者、そうでない者がいるが、僕らのバンド名が決まった。
これから、このバンド名でやっていくことになるだろう。
「まあ、徐々に愛着も湧くかな……」
バンド名が書かれた紙を見て、僕はそう思うことにした。
「あとは、曲をうまく演奏できるようにしないとね」
馬場さんが立ち上がると、マイクを手に持つ。
「さあ! さっそく練習するわよ、楽器を持って!」
かけ声を聞き、僕らは楽器を持った。バンドの名前が決まり、みんなテンションが高い。
「うむ! さっそく練習だ」
馬場さんを迎え、僕らは本格的に練習を開始した。
ーーブーンブーン。
僕のスマートフォンが鳴り、一通のメールが届いた。
「やあ! 岩崎君、ライブハウスでやるバンドのリストを作るから、バンド名を教えてくれるかい?」
送り主は、鏡香たちのバンドのメンバーである酒井が書いたようだ。
ーーバンド名、THEAGOD
するとすぐに、返事が来る。
「いい名前だね! なんて読むの?」
読み方は、ザ・アゴッド。
しかし、酒井たちは知らないだろう。名前に隠された、もう一つの意味が。
「言えるはずないもんな……」
ーーアニメ、ギャルゲーオタクです。
それぞれの頭文字を取ってつけた名前なのだから。
「アゴッドでいこう!」
そう、それが僕らのバンド名だ。
作者の一言。
バンド名が今さらながら決まりました。
他にもいろんな候補がありましたが、一番わかりやすくてシンプルな感じに。
没になった名前は、この先のお話で使っていきたいと思います。




