第二十五話 「覚悟はできているか? 僕らはできてはいない」
会場から聞こえる演奏の音、観客の拍手が待合室まで響いている。ほとんどのバンドが演奏を終えていた。
「……なんか時間が早く感じるな」
荒木は時計を見ながら話す。まだ始まって二十分ほどしかたっていないく、確かに早く感じた。周りを見ると、他の出演者もソワソワしている。
ーー若葉は大丈夫だろうか。
学校でしかライブをしていないはずだから、緊張をしているだろうと僕は思った。心配になった僕は、若葉がいるほうを見る。
「あれ? なんか、普通に笑って話してるんだが」
若葉は緊張するどころか、バンドメンバーと楽しく談笑している。余裕がある印象に僕はおどろいた。
「普通は緊張したり、心配になって落ち着かないだろ……こいつらみたいに」
金本たちは、先ほどからソワソワしている。楽譜を見てはイメージしながら手を動かしていたり、立っては座ったり。
「先輩たち、そんなに緊張しないでくださいよ」
僕は、金本たちにそう話しかけた。
「君は、緊張しないのか?」
なにもしていない僕に和田は尋ねてきた。
言われると確かにあまり僕は緊張はしていなかった。
「まあ……前に学校のステージで演奏したから、慣れちゃいましたよ」
和田はうなずくと、笑っている。
「あれはひどかったね、まるで罰ゲームだよ」
ーーこいつ、ケンカを売ってるのか!
嫌な過去を思い出した僕は、少しイラっとする。
「そんな睨みつけないでくれよ、冗談だよ冗談」
和田は笑いながら僕をなだめる。
僕は椅子に座り、スケジュール表を見ることにした。若葉の演奏が四番目、そして最後が僕たちになっている。
「ふむ、ちょっとくらいなら見に行けるだろうか」
若葉たちの演奏する姿を見てみたいと思った僕は時間を確認する。
バンドごとに演奏し終わると、次のバンドが演奏する準備がある。
「準備が完了するまで少し時間があるし、ギリギリまで大丈夫か」
若葉の演奏を見られると思った僕は金本に相談する。
「金本先輩、妹の演奏が始まったら見に行ってもいいですか?」
僕がそう聞くと、金本は楽譜を見ながら親指を立てる。
「岩崎君、妹さんのを見に行くの?」
話を聞いていた荒木は僕に話しかけてくる。
見る時間が少しあることを荒木に伝え、荒木は一緒に見に行こうかと提案する。
「え? 荒木先輩もついてきてくれるんですか?」
意外なことで僕はおどろいた。
「ここで待ってるよりはマシかなって、気晴らしになるしさ」
荒木たちとそんな会話をしていると、演奏が終わったバンドが待合室に戻ってくる。
「ああ、だんだん出番が近づいていく……」
金本はいつもと違く、弱気なことを口にする。
普段の金本ならば、変なノリでごまかしそうなのに。
僕はそんな金本に声をかけた。
「先輩! ライブを成功させて、アニソンやらギャルゲーソングの良さを広めていくんでしょう?」
弱気にならず自信を持つように、僕は説得する。
「そっ、そうだよな。こんなことでビクビクすることはないな! 僕らの野望を成し遂げなければ」
席を立つなり、金本はそう自分に言い聞かせる。
「ならば、やることはすべてやる!」
紙とペンを取り出すと、なにやら書き始める。
なにを書くのか見ようとしていたら、和田から呼び出される。
「岩崎君! しゃべっている時間が惜しいからギターの確認をしよう」
金本がなにをするか気にはなるが、和田から言われてその場を後にする。しばらくの間、和田とバンドで弾くギターについて話し合う。
ある程度時間が過ぎると、若葉のバンドが準備を始めている。
「おっ、ついに若葉の番か」
前のバンドと入れ替わるように、若葉はステージに向かっていった。
待合室を出る時、若葉は僕のほうを見てアッカンベーをしてくる。私のほうがすごい演奏するわよと言われているようだった。
ーーけど、若葉のギターの腕はどうなんだ?
いろいろなことを考えた僕は、若葉の姿を目で見送った。
「よし! 見に行こうじゃないか!」
僕はそう言うと席を立つ。荒木に声をかけて若葉が演奏するステージまで向かうことにした。
「僕らの番になる前には、帰ってくるだよー」
僕と荒木はうなずいて待合室を出る。
ステージがある場所に到着するが、人が思ったよりも多い。素人のバンドにもかかわらず、その多さに僕らはおどろいた。
「ステージ前にすら行けない、全然見えないぞ」
荒木は辺りを見回すなり、どこか見える場所を探している。
すると司会者がバンド紹介を始める。
「次のバンドはなんと! 中学生のガールズバンドです、かわいいですねー」
僕らはエスカレーターで二階に上がり、真下から見える位置まで移動する。
「ここなら大丈夫だろう、そろそろ曲が始まるな」
ステージに若葉たちが現れ、会場から大きな拍手があがる。
ボーカルの子が軽くあいさつをすると演奏が始まった。ドラムのリズミカルな音が鳴り出す。
それに合わさるように、ギターとベースが入ってくる。
「……うまいじゃないか」
テンポがずれることがなく、若葉の弾くギターは曲の形を作り出していた。
ボーカルの声もうまく、僕の思っていたのよりも完成度が高い。
流行りの曲で観客もノリがよく、盛り上がっているのが見てわかる。
となりにいる荒木は黙っている。
「どう思いますか? 荒木先輩」
感想を求めた僕は、荒木に尋ねる。
「いやあ、まあうまいとは思うよ? 中学生には見えない演奏のレベル」
そう話す荒木は、ベースを指差している。
「見てごらん、ベースがミスすることなくリズムを保っている」
ベースラインがきちんとしているから他のパートのリズムが崩れていないと、荒木は説明する。
「ドラム、ベースがうまいとバンドはいい形になるんだよ」
僕は荒木の言葉を聞いて、ドラムとベースの音に集中しながら見る。
荒木の言う通りに観察すると、途中で若葉がベースの子を見たりしている。
弾きながら他のパートが弾く音を確認しているようだ。
ボーカルがサビの部分を歌い出すと、若葉がマイクに近づく。
「マジかよ、コーラスで参加してやがる」
ボーカルと一緒に歌い出している。
ーーお兄ちゃんよりも、うまいじゃないか……。
すべてにおいて僕よりもうまくこなしている姿に軽いショックを受けた。
すると荒木のスマートフォンが鳴り出した。
荒木は電話に出ると、僕に話しかける。
「岩崎君、金本がそろそろ帰ってこいって」
最高まで聴いていたいと思っていたが、荒木に言われるようにその場を後にする。
待合室に戻ると、金本たちが準備をしている。
「もう少しすると僕らの番だから、支度しておけってさ」
そう和田が伝えると、僕らはケースから楽器を取り出す。
「それじゃあ、行きましょうか!」
若葉たちの演奏が終わったのか、待合室にまで観客の声が聞こえてくる。
全員が準備が終わると、僕らはステージに向かって歩き出した。




