第十八話 「必ず見つかる! あなたに合う歌い方が」
店から出るとひなたは上機嫌だった。
「買ってやったんだから、歌の練習は絶対にやれよな」
そう言うも、ひなたは無視してスマートフォンでなにかをしている。
「次は洋服屋さんに行こう! 買いたい物があるのよね」
ひなたはスマートフォンで店の情報を調べていたらしい。
洋服屋で買い物をした後も、いろいろなお店を見て回ることになった。
「いい加減にしろよ! いつになったら、歌の練習をするんだよ」
ハンバーガーショップで昼食をとる最中、僕はひなたにそう言い放つ。
話を聞いていないのか、ひなたはハンバーガーを食べている。僕はため息をつくと、同じようにポテトを食べる。
ーーこんなことなら、自宅で練習してたほうがマシだったな。
僕がそう考えていると、突然ひなたがしゃべり出す。
「それじゃあ行きましょうか!」
いきなり席を立ったひなたに、僕は呆れる。
「はあ? 次はどこに行くんだよ」
また別のところに連れていくだろうと思った僕は、そう聞いた。
「私の用事は終わってるから、次はがんちゃんの用事ね」
そう言うとひなたは、僕を連れて歩き出した。
「だから……どこに行くんだよ」
しばらく歩き、到着した場所はカラオケ店だった。
店に入るなり、ひなたは店員と話している。
カラオケは一度も来たことがない僕は、なにを話しているかわからなかった。
「ほら、がんちゃん! 行くわよ」
ひなたが歩くと、僕は後をついて行く。
部屋に入ると、大きいテレビとスピーカーなどがある。
「おい! カラオケなんか来て、どうするんだよ?」
そう言うとひなたは、ため息をついて話す。
「はあ……何のために、わざわざカラオケに来たと思ってるのよ」
リモコンでなにかを入力し終わるとマイクを持っていた。
すると曲が流れ出し、ひなたは言う。
「この歌を練習したいんでしょう?」
ひなたは曲を歌い始めると、その曲は僕がバンドで演奏する曲であった。
ーーうますぎる。
初めて彼女の歌声を聴いた僕は、素直にそう思った。
音程が外れることはなく、正確に歌っている。
それどころかパワフルで感情をフルに表している印象だ。
「すごいな! 原曲ぽく歌ってるのに、自分の曲にしてるみたいだ」
歌う姿を見た僕は、そう口にした。
ひなたは歌い終わるなり、ドリンクを注文する。
「大したことないわよ、好きな曲だから何回も歌ってきただけよ」
注文し終わって、そう僕に話す。
それでもカラオケで歌うレベルではなく、ライブとかで披露したほうがいいのではと思った。
ーー僕は、あそこまで歌うことができるのか。
考えている僕にひなたはマイクを手渡す。
「次はがんちゃんの番ね、とりあえず歌ってみないと判断できないもの」
マイクを手渡された僕は緊張しながらも歌う準備をする。
ーーこれも、バンドのためだ!
そう思いながら、曲が始まると僕は歌い出した。変わらず下手くそな歌声だが、最初に比べたら覚えられていると思う。
ひなたは目をつぶって僕の歌を聴いている。
しばらく歌っていると、サビの部分に入る。
ーーサビか、少し声を高くしないと歌いにくいんだよな。
僕は声の高さを変えて歌うが、急にむせてきた。
「げほっ! ちょっと……ストップ」
途中で曲を止め、僕はドリンクを飲んだ。
「くそう、サビのところが歌いにくいな、 声が出しづらいし」
僕の言葉を聞いたひなたは、なにかを考えている様子だった。
とりあえず、僕はもう一度最初から歌う。
しかし、何回も歌っても同じところで変になっていた。
「おい! さっきから黙ってないで、なんとか言ってくれよ」
歌い出してからなにも言わないひなたに、僕はそう尋ねる。
ひなたは僕の顔を見ると一言。
「がんちゃんって歌が下手なのね……」
そう話すひなたに、僕はブチッとキレる。
「だから! それをどうにかするために、おまえに頼んだろうが」
怒鳴る僕にひなたは、話を続ける。
「まあまあ、まだ話の途中よ! 聞きなさい」
ひなたは僕をなだめる。
「下手なのはあくまで原曲で歌っているからよ? 多分だけど、がんちゃんの声が曲のキーに合ってないのかも」
僕はひなたがなにを言ってるかわからずに黙って聞いている。
ーーキー? なんだそれ。
僕の声が曲に合ってないってことだろうか。
ひなたは曲を流すとまた歌う。
「がんちゃん、私の声のトーンって出せる?」
そう聞くと僕はマイクを持ってひなたのトーンを出してみる。
「出せない! なんか苦しくなる」
やっぱりかという顔したひなたは、リモコンでなにかしている。
「とりあえず原曲のキーを下げてみましょう、低くすれば苦しくないはず」
曲を聴くと原曲よりも低い音になっている。
「それじゃあ、これに合わせて歌って」
ひなたに言われるまま、僕は再び歌う。
ーーあれ? なんか歌いやすいような。
最初に歌った時よりも歌いやすいように僕は感じた。
「やっぱりね! がんちゃんは声が低いほうだから、そっちのほうが歌いやすいはず」
曲の音程を考えるだけでここまで変わることに、僕はおどいてしまった。
バンドで演奏する時は、原曲よりボーカルに合わせた音を作ればいいのだろう。
「おまえってすごいな! なんか、バンドとかしてるのか?」
そう聞くとひなたは、恥ずかしいそうにして言う。
「してるわけないでしょう? よく友達とカラオケに行く時なんかに、みんなやってるわよ」
照れながら話すひなたに僕はさらに話を続ける。
「他にもなんかあれば遠慮なく言ってくれ! 歌をうまくするためなら」
それからはひなたの指導の下、いろいろなことが学べた。
うまく声を出す方法や、曲の音程をよくするやりかたなど。
カラオケに入って数時間、同じ曲を歌いまくっていた。
店を出る頃には、すっかり暗くなっていた。
「いやあ! 今日はありがとうな、いろいろ勉強になった」
帰り際に僕がそう言うと、ひなたは尋ねてくる。
「バンドのライブって再来週だっけ?」
僕はスマートフォンで日時を確認するとひなたに伝える。
「そう、まあ暇だったら見に行くね」
そう言うとひなたは、駅へと向かっていった。
「おう! 期待してろよ、僕がどう変わってるかを」
帰るひなたのに僕は、大声でそう叫んだ。
「さて! 僕も帰って、さっそく金本先輩に相談してみよう」
僕は自宅へと帰るため、歩き出した。
「あっ! そうだ、忘れてた」
しばらく歩いて、とある店の前に立つと周りを確認して店内に入る。
なんだかんだ言いつつ、僕は店の中であるものを手にレジへと向かう。
「これください!」
僕が最後に買ったもの、それはやはり。
「ありがとうこざいますー! 八千八百円です」
ひなたに買った妹系のギャルゲーである。
「今日だけで約二万円が消えたか……」
財布の中身がなくなった僕は、後悔することなく上機嫌で帰るのだった。




