第九十四話 「ラストソングにかける思い!」
ギターにある六つの弦が、激しく揺れる。その音がアンプに伝わり、爆音がフロアに響き渡っていた。
僕の音に合わせるように、金本たちのギターも鳴り始めた。
ーーギュィィン! ギュワァァン !
気迫ある楽器の音が、一つになって曲になる。
ラストで演奏する曲。それは、KORUKAの曲だ。
僕が偶然見つけたCDから始まって、使われていたギャルゲーもプレイできた。ゲームに合っていた主題歌で、こうしてライブで演奏できる。
ーーそういえば、ジャスティンさんもこの曲がきっかけだったな。
ギターを弾きながら、僕は今までのことを思い出していた。
なにより、純粋にこの曲を弾くのが楽しい。それに応えるように、音がいつもと違って聴こえてくる。
ーー後は、その思いがみんなに伝わるかだよな。
一瞬、そんな不安を考える。しかし、響子の歌が始まるとそんな考えはすぐに消し飛んだ。
響子が歌い出した瞬間、その歌声は今までやったのとは違うものを感じた。
ーーどうしたよ響子、すごいじゃないか。
歌声を聴いた僕は、素直におどろき息を飲む。
感情が込められた声。思いを伝えたいという気持ちが、全身からあふれ出ているように見えた。
ただ歌っているだけの、格好ばかりに気をつかう歌手とは違う。響子の歌う姿は、まさに本当のボーカリスト、そのものだった。
その思いに応えるように、響子が歌い始めてから観客の湧き上がる歓声が聞こえる。
ギャルゲーソングであるのにかかわらず、歓声は大きくなっていく。
ーーまだ曲は始まったばかり、僕だってやってやるさ。
響子が歌う中、僕はギターを弾きながらマイクに近づく。
そして、僕も歌い始める。
ボーカルのメロディに重なるように、すこし離れたキーの音程。決して違和感を生み出さず、タイミングが合う音域。
響子のメロディに、僕のハモりが加わった。
ここまでならば、普通にバンドがやる構成だろう。僕たちのバンドは違う。
ボーカルは、あくまで引き立て役。
ーー響子ばかりがすごいわけじゃない! 僕だって、湧かせてやるさ。
僕は声のボリュームを上げ、響子が歌うメロディよりも強調する。
すると次第に、ボーカルとコーラスの立場が逆転した。コーラスがメインに響き渡り、ボーカルはそれに合わせてくる。
原曲の形など、もうどこにも存在しなかった。
ーージャガーン! ドンッ、ドドン!
金本たちが弾く楽器も、だんだんとヒートアップしていく。
左手の複雑な動きによって、さまざまなギターの音が鳴る。正解なリズムながら、パワフルでダイナミックなドラムサウンド。
ーーボンッ! ボボーン!
低く重い音が曲のバランスを整える。荒木の弾くベースが、演奏の形を整えてくれる。
二本の指を巧みに使い、ギターよりも太い弦を正確にはじく。
息の合ったすべての楽器が、曲を生み出していく。
ーーアレンジありの、原曲ブレイカー。
けれど、まぎれもなくこれはKORUKAの曲だ。ゲームをプレイして、僕たちなりに感じたことを曲で表現する。
シナリオ、登場人物たちの心情。それが、この曲の歌詞に込められていた。
ーー見ているか、KORUKA。これが、あんたが作った曲だ。
僕の目は観客にいるKORUKAに向けられる。
ギャルゲーに使われていると知らずに作ったであろう曲が、こうして僕らの手によって演奏されている。
ゲームに使われたからって、曲のイメージが崩れるわけじゃない。まぎれもなく、ゲームのイメージ通りの曲だ。
ーーギャルゲーだからって、隠す必要がない。間違いなく神曲だよ。
そうを訴えるかのように、僕と響子は力の限り歌い続ける。
ステージから響き渡る、僕らの演奏。フロアから聴こえる、観客の歓声。楽器の音と、人の声が一つになっている気がした。
ーーまだまだ! 一番盛り上がるのは、ここからだよ。
曲はBメロを過ぎ、サビに入ろうとしていた。
ここは、最初のサビと違った歌い方をする。
ほんの微妙な違いだけど、その後に来るギターソロを引き立てる。
僕はここでギターを手から離し、コーラスとハモりに集中する。ここまで曲が盛り上がって、観客も受け入れてきている。ミスは絶対に許されない。
音程に気をつかいながら、頭の中でイメージする。
ーーいいぞ、音はずれていない。あと少し、よしここだ!
曲のコード進行が変わり、サビに入った。
僕は、マイクに向かって歌う。最初は変わらない歌い出し、けれどあるポイントは大きく変わる。
その違いを、観客たちは気づくだろうか。わずが数秒、ワンフレーズに思いを込めて口にする。
歌った瞬間、観客の何人かはおどろくような顔をしていた。そして、先ほどよりもテンションが上がっているように見えた。
ーー何人かは、感じ取ったみたいね。
響子はそう話すように、僕に目線を向ける。
ーーああ、感じ取ってくれた人がいただけもでよかったよ。
僕は響子にそう目線で返した。残る見せ場は、ギターソロだけになる。
このままノンストップで、ギターソロに向かう。
僕はギターを手に持ち、ソロを弾くタイミングを計る。合図は、金本が先に弾くギターソロ。
「よしきた! 岩崎君、ビシッと決めるぞ」
金本がそう声をかけてくると、僕は小さくうなずく。
ーーギュワーン! ジャガジャガ。
金本の弾くギターから、ソロのパートが鳴り始める。
高音が鳴り、素早い音の動きが繰り出された。その動きに一切の無駄はなく、正確に弾かれている。金本のアレンジは、その日によって違う。練習していた時とは、違うギターソロだ。
ーー違うんだけど、やっぱりすごいな。曲に合わせても違和感がない。
どう考えたら、あそこまで曲に合うようにギターソロを作れるのか。
金本のギターセンスに、僕はいつでもおどろかされる。
ーーけど、僕も食らいつくよ。
金本のギターソロが終わる瞬間、次に僕のギターソロに変わる。ビブラートの音が消えかかると同時に、僕はギターを鳴らした。
ーーキュイィィン!
感情が込められた、チョーキングが鳴り始める。
そこから左指を動かして、連打のように弦を押さえてはじく。
正直、金本よりはうまい演奏とは言えない。難しさがあり、まだまだ荒削りのギターソロ。
それでも、僕には笑みがこぼれる。
ーー弾くのが、すごい気持ちいい。
ヘタクソだろうけれど、なによりもギターソロを弾くのが楽しいのだ。
数十秒のソロパートを、ただ純粋に楽しむ。
このソロが終われば、もう曲も終わる。
ーー終わって欲しくない。もっと、弾いていたい。
そう思うが、僕のギターソロはもうじき終わる。
観客がどう反応しているか、KORUKAはどう見ているか。
このソロを弾いている時だけは、自分のことだけを考えていたい。
最後のフレーズを弾き終わり、曲もラストスパート。響子が歌い、僕らは楽器を弾く。
アウトロの最後、僕は思いっきり飛び上がる。
ーージャーン、ジャン!
着地したと同時に、曲を弾き終わった。
すべての曲をやり切った僕は、その場に倒れてしまう。
会場からは大きな歓声、鳴りやまない拍手。放心状態だったけれど、その音だけははっきりと聞こえる。
ライブハウスでの、僕らのライブは終わった。
僕らにとって、最高のライブになったに違いない。そう思えるほど、僕は満足だったのだから。