俺と僕の結末
廊下は走らない。と書いてあるポスターを思いっきり無視して全力で走り抜ける。
『工』の字になった校舎の新校舎から連絡通路を通り、旧校舎へと進む。
呼吸が苦しいとか汗が出てくるとか御構い無しに階段を一段飛ばしで駆け上る。
ノンストップで勢いのまま。体が動くまま。俺は、高嶺 薫は美術部へと突撃する。
「うわっ! 誰ですかいきなり⁉︎」
夕日が差し込む教室で、芸術家たちの石膏に囲まれた中、一人の生徒がいた。
短く切り揃えられた黒髪。揺れ動く大きな瞳。雪のように白い肌。身長は低くてヒョロっとしている。
昨日は冷静に観察する余裕なんてなかったけど、今なら色眼鏡をかけずに早乙女 瑞希という人間を認識できる。
「高嶺先輩……あの、どうしていきなり。返事は明日って」
「ごめん、早乙女くん。俺、どうしても君に伝えなきゃいけないことがあって、我慢できなくて」
「それって……告白の返事ですか」
「そう。心の整理がとか何とか理由つけて伸ばしたけど、気が変わったから。今、どうしても言いたい」
ギュッと早乙女は手に持っていたスケッチ用の鉛筆を両手で握りしめた。
緊張しているのが伝わる。
俺も乱れた息を整えて、心からの言葉を伝えなくちゃ。
「早乙女 瑞希。俺、君と付き合うのは無理だ!」
これに変わりはない。本人の性的好みなんかは俺には理解できない。
昔とかなら周囲からの反対や強制で差別問題とかになってるのかもしれない。でも、現代においてはある程度受け入れられてるし、どうぞご勝手にって風潮もある。
けどそれは、お互いの了承があってからのものだと思う。生憎と、俺には男が好きだっていう感情はない。
「……そう、ですか。そうですよね。いきなり僕みたいなのが先輩に告白して、OKなんて貰えるわけないし……」
「でも、分かっていても我慢できなかった。そうだろ?」
早乙女の言葉の続きを語る。
「俺もそういう経験があったから。だから、お前の気持ちは理解できる。その上で俺は断る」
「……わかりました。僕も思いさえ伝えれればそれでよかったんです。だから、わざわざ悩んでくれて、断る理由まで教えて下さってありがとうございました」
なんだか、スッキリしました。
そう言いながら、早乙女は涙を拭う。
「あれ……あれ? 前が滲んで……止まらない。泣いちゃダメなのに止まらない」
「……………………ほら」
その姿が昔の誰かに重なって見えて、どうしようもなく馬鹿な俺は、早乙女に胸を貸す。
上手く言葉にできないけど、こういう時は顔を見られたくないもので、それでも誰かの体温を感じていたい。
そうでもしないと、胸にポッカリ空いた穴を涙で埋めることができないから。
ったく、何してんだろ俺。男子校で後輩と二人っきりで抱き合ってる。
泣かしたやつと泣くやつ。
告白された者と告白した者。
フった先輩とフられた後輩。
嗚咽を堪えたくても我慢できない背中をトントンと叩く。
十分くらいたっただろうか。ようやく落ち着いた早乙女が離れると、学ランの胸ポケット周囲が湿っている。
「すいません。制服汚しちゃって。涙とか鼻水とか……何も考えずにしがみついて」
「いや。なんつーかさ。こっちも失恋させちまった側だから。これくらいアフターケアはしてやらないと! って思ったり」
「何ですかそれ。普通はそんなお人好しなこと考えないですよ……ふふっ」
口に手を当てて小さく笑う姿は、とても女性らしくて男には見えないくらい綺麗だった。
「本当、勿体ねーよな」
「何か言いましたか先輩?」
「うんにゃ。なんも言ってねー」
ポンポンと頭を撫でて誤魔化す。
目を細めるな、『んっ』とか変な言葉を出すな。もやもやする。
「あのさ、早乙女」
「はい。先輩」
「告白断っておいてなんだけどさ」
「えぇ」
「俺と友達にならねーか? 理由は……特にこれってのは無いというか有るというか……色々さ、お前のこと聞いてたら友達いないだろお前」
「うっ。……一体、誰からそれを。僕も自分で気にしてたのに」
「それでだ。友達になろう。友達から始めよう。……お前は好きな先輩と一緒にいれてラッキー。俺はフった後輩への心配事が無くなってラッキー。どうだ? WINーWINだろ」
「自分で変なこと言ってるのわかります?」
「わかってる。わかってる上で提案してる」
清麿が聞いたら『何を言ってるんだこの馬鹿者』とか頭叩かれてるんだろうけど。
それでも、そうしたいって思う我儘な馬鹿者がいる。
「じゃあ、それでお願いします」
「了解。改めてよろしく瑞希」
「………………照れますね先輩」
「お前も名前で呼べよ。俺は友達は名前で呼ぶ派だ」
「……か……薫………………先輩」
「なんだよ。結局、先輩呼びかよ」
「友達だろうと、上下関係はしっかりしないといけませんから」
「確かに。……そういえば、さっきチラッと見たけど。瑞希の絵は上手だよな」
〜 こうしてこの件は終わった〜
男子校で同性後輩から告白されるというか珍事件は解決した。
めでたしめでたし。
ー終ー
学校のどこか。
「おい。そこの貴様」
「えっと……鳳凰院先輩ですよね」
「そうだ。貴様に聞きたいことがある。早乙女 瑞希」
「何でしょうか」
「さっき、うちの駄犬……薫が言っていたが、貴様はあいつと友達になったそうだな」
「はい」
「どうして、隠し事を明かさなかった? 事実を伝えればあいつは喜んで付き合ったと思うが? あぁ、別に警戒するな。俺はどうこうするつもりはない。面白ければそれでいいし、あいつに被害がない範囲なら干渉せん」
「……泣いてたんです」
「泣いていた?」
「美術室に来た時、汗だくで涙流しながら。ビックリして……そのまま済し崩しに言いそびれました」
「あー……あの馬鹿者は。それは、すまんことをした。あの感受性豊かな真っ直ぐさは美点だが、修正するべきだった」
「いえ。あのままの方が良いです。僕は……私はあの先輩が好きですから」
「そうか。………ならこれから色々と忙しくなるな」
「え?それってどういう意味ですか」
「貴様とあの馬鹿者がどうなるのか興味が出てきた。楽しみにしておけ」
やばい奴にロックオンされた。
とりあえずここまでで、一旦完結。
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