29》犯罪者の中の犯罪者
破壊された地下の天井の隙間から、次々と命綱なしに《灰かぶりの銃弾》が飛び降りてくる。自殺願望者などではない。下りる途中で獅子の《バク》に能力で攻撃を仕掛け、むしろ生き残るために必死という様子だ。ここで勝負を決めなければ、『グルマタの惨禍』の再現だ。いや、再現どころか、完全にグルマタが崩壊してしまう。
ついさっきまでは、グルマタの《デバイサー》の過半数も居合わせていなかったが、ようやく人数が揃ってきた。獅子の《バク》が天井を壊してくれたおかげで、ようやく広いスペースで戦うことができる。思う存分、《灰かぶりの銃弾》も戦力を投入できる。
「獅子の《バク》と敵対する今、少しでも戦力が欲しい時。今ここで《フルハートファミリー》と決裂してしまえば、こちらは負けないにしても相応の犠牲を強いられることになる。それは得策ではない。だから――」
獅子の《バク》に銃弾を浴びせながら、ヴァルヴォルテは銃声に負けないように声を張り上げる。
「不本意ながら君たちに手を貸してあげよう。死神を罰するのは全てが終わったあとで、きっちりやらせてもらう」
獅子の《バク》は、何度も倍に返されるヴァルヴォルテと正面から戦うのは不利だと思ったのか、標的を変える。憔悴しきっているエニスを狙って、ボコボコと木の根が複数生える。黒い色をした木の根は本家よりも細長かったが、再生速度が段違いに速い。手の形をした木の根が、まるで亡者が腕だけを霊体化したみたいに襲い掛かってくる。
「これは――俺の能力……!!」
一気に四、五本むかってきた木の根を完全に処理することはできない。あえてひきつけて一点に集中したところを切り刻む。そう考えていたのは、カナルだけではなかったらしい。
ザンッ! と木の根を一閃して切断する。
細かったとはいえ、複数の木の根を一撃において切断したのは斧の切れ味が鋭すぎるからだ。だが、それ以上に、能力を行使してあらゆるものを斬りなれているからでもある。
「なんだ、随分脆い能力じゃん」
《灰かぶりの銃弾》の四番隊隊長。アクス。
他国の小隊長を務めていたアクスは、かつて自分の隊員を皆殺しにした。誰も殺害の目撃者はいなく、動機も不明だったがアクス自らが罪を認めたことにより永久国外追放された。
「てめぇ、獅子の《バク》より先にてめぇを仕留めてやろうか!?」
アローンの言葉にカチン、ときたアクスは上等とばかりに斧を振って襲い掛かろうとする。止めなければと足を踏み出すが、ぐらりと視界が傾く。
血を流し過ぎたせいで意識が混濁する。後ろからエニスのあっ、という声が聞こえたきがするが、身体が強烈に休息を欲する。と、
ボスン、と倒れそうだったカナルは前から支えられる。
柔らかなものに包まれたような感覚がすると、身体が急に軽くなる。肉体だけではない。カナルの周囲の壊れていた石の床や、それから溶解していた剣をも瞬く間に修復されていく。
「ゴホッ。私の能力は一度に一種類しか使えない。最低限度の傷しか治さないぞ」
「十分だ。ありがとう、シルキー」
「……相変わらず無茶ばかりする。だがそれでこそ私も治療のしようがあるというものだな……ゴホッ」
《灰かぶりの銃弾》の三番隊隊長。シルキー。
かつて敵国の《無心機》を能力で片っ端に修復させたことによって、戦況が大きく傾き。再三にわたって故郷の政府から注意勧告を受けたにも関わらず、完全に無視。それによって国を滅ぼしかけたシルキー。
《灰かぶりの銃弾》の多くは、他国の《デバイサー》によって組織されている。どいつもこいつも自分の国に追われるほどの犯罪を起こして、グルマタに逃げ込んだものばかりだ。政府に雇われ、犯罪者を摑まえるために構成された元犯罪者の集団。特に隊長に抜擢されるような奴は、どいつもこいつも一筋縄ではいかない凶悪な犯罪者だったものばかりだ。
「危ないっ!」
シルキーが回復に重点を置いている時には、即座に攻撃に転じることはできない。それを狙ったのかたまたまなのかは分からないが、獅子の《バク》が拳を振り下ろしてきた。が、それを封じたのはフローラだった。
ヴァルヴォルテの能力を散々返された獅子の《バク》は能力を使うのを恐れて、肉弾戦に切り替えた。だが、獅子の《バク》の一撃をまともに喰らえば、紙のように潰される。だが、肉弾戦に切り替えたからこそ、次の一手が読みやすい。
フローラの花粉の障壁はいつも無駄が多かった。大雑把に広げて防ぐことばかり念頭においていたが、今回は花粉を展開する場所を絞った。それができたのは、獅子の《バク》の狙いや、どんな攻撃が来るかを事前に察せたからだろう。
「私はアローンと違ってねぼすけじゃないんですよ。おにいちゃんが私のためを思って色々と言ってくれたのだって聴いちゃいました。だから、ちょっとだけ許してあげます」
アローンの面倒を見ることばかり気にかけて、今まで自分の戦闘については無頓着だったフローラ。だが、今は自分の能力を高めることに集中できている。
ドバァ、とオイルが地面を滑り、獅子をこけさせる。
「私のオイルじゃ、片膝をつかせることしか……」
ツキミがオイルを地に這わせたが、獅子の《バク》に一瞬の隙を作ることしかできない。しかし、その間があればこそ、エニスは疲労で半眼になりながらも、ヴァルヴォルテに炎の刃を当てることができる。――正確には、ヴァルヴァルテが持っている拳銃にだ。
獅子の《バク》が能力を使わなくなった以上、他の《デバイサー》から補填させることでしかヴァルヴァルテの本領は発揮できない。
「少しは立場が分かってるみたいだね」
「さっさとやって!」
この場にいる《デバイサー》の能力の中で最も殺傷力のある能力は、恐らくエニスの能力だろう。いくら相性がいいからといって、アローンの木の根を一気に焼き斬ったのは相当の破壊力だ。その他にもアクスや、それこそカナルの能力であってもいい気がするが、衝撃だけを吸収してしまう。まんべんなく。一遍の余力もなく能力を効率よく吸収して、銃弾の威力を高めるにはエニスが一番適任だ。
グルマタを滅ぼしかけたエニスの能力を、ヴァルヴァルテがより強力にした銃弾に込めて引き金を引いた――。




