25
家の裏通り。
「剣の稽古に付き合ってくれ。リリー。ハンデとして、その片手剣で頼むよ」
「エル、本気?」
リリーが戸惑いながら古い片手剣を構える。
いつもあの大きい剣を持っているせいか、通常サイズの片手剣なのに、随分小さく感じる。
「あぁ」
「せめて鎧を装備してくれないと…」
「心配しなくても、当たらないよ」
「私は剣士だ」
「じゃあ、当ててみろ」
リリーに向かって、レイピアを伸ばす。
「…行くよ」
リリーが飛び出す。流石、早い。
初撃をレイピアで受け流す。攻撃も重い。
すかさず、リリーは向きを変えて胴体を狙う。
攻撃を受け止め、風の魔法で後方に飛ぶ。
追いかけて来たリリーの剣をかわす…、かわそうとしたところで、剣の向きが急に変わる。
レイピアで受け止めて、風の魔法で上に飛ぶ。
リリーも飛び、剣で薙ぎ払う…、のを、風の魔法で飛んだ方向を変えて回避する。
着地と同時に、レイピアを構える。
リリーも片手剣を構え直す。
今度は左から。剣先ぎりぎりで避けると、レイピアでリリーの剣を突く。
「くっ」
剣の向きを変えられても、動じずにリリーは、正確に薙ぎ払う。
やっぱり、普段使ってる剣じゃないからだろう。動きが大振りだ。
後ろに下がって攻撃を避ける。
今度は…、上から!まずい。
レイピアを斜めにして、リリーの剣を当てる。
「!」
レイピアのガードの装飾で剣を絡め取って、剣を振り落とすと、リリーは俺の右側で軽くよろける。 が、すぐに、そのまま落ちた剣を振り上げる。
レイピアの剣先を足で支えて衝撃に備える。
リリーの攻撃による衝撃と風の魔法で、宙返りして飛び、地面に手を付いて跳ねる。
続けてリリーが刺しに来るのを風の魔法で回避し、二撃目をレイピアで受け流す。こんなの、まともに受けてたら体力が持たない。
振り返ってレイピアを構えると、リリーは片手剣を振り下ろす。
鍔迫り合いになったところで…。
音を立てて、レイピアが砕けた。
「あ、」
剣を落としてよろけるリリーの体を受け止める。
「やっぱり新調しなきゃだめだな。…大丈夫か?リリー」
っていうか。
滅茶苦茶強いな。
「付き合ってくれてありがとう」
「…のに」
「ん?」
「負けた」
「え?負けてないだろ」
そもそも、俺は戦ってない。
「一撃も当てられなかった…」
「リリー?」
「エル、もう一回勝負してくれ」
「いや、レイピアがないと無理だ。俺が扱えるのは軽い剣だけだし」
「じゃあ探しに行こう」
「あぁ。そのつもりだけど」
そんなに、悔しかったのか?
空を見上げる。まだ、昼までは時間があるし、買い物に行くか。
「急ごう、エル」
「先に行くなよ。迷子になるぞ」
武具店は、イーストストリート沿いにある。ここからは結構歩く距離だ。
「わかってると思うけど、俺は魔法を使ってるんだぞ?」
「そうなの?」
「じゃなかったら、あんな大道芸みたいな真似、できるわけないだろ」
「風の魔法?」
「そうだよ。風の魔法で、飛ぶ向きを変えたり、加速したりしてる」
「だから、あんなに動きが変則的なのか」
「読みにくいか?」
「エルみたいに軽い動きをする相手は初めてだ」
「アリシアだって十分…」
「アリシアは慣れてる。剣の稽古を一緒にやっていた」
「あぁ、そうだろうな。ほかの姉妹も?」
「うん。みんな強いよ。イーシャにもポリーにも、負けたことがある」
「イーシャ?」
「一番目。名前はディーリシア」
愛称を名前にしてたのか。
「なんだか似たような名前ばっかりだな」
「あぁ。伝統なんだ」
「伝統?」
「名前には、みんなリシアがつく」
「女王はブランシュだろ?」
「それは、女王になったから。本名はフェリシアだよ。女王になると名前を変える。…たぶん、こうして表に出てる時の名前じゃ、いけないんじゃないかな」
あぁ、そういう意味があるのか。
…本当に、それだけの意味か?
※
「これじゃ、だめだ」
「って言っても、俺が持てるのなんてそうそうないんだから」
「こんな強度の剣じゃ、また壊れてしまう」
「そう言われてもねぇ。レイピアタイプでこれ以上強度があるのは、うちでは扱ってないよ。他の店に行くか、鍛冶屋に行ってもらわないと」
「エル、こっちの剣は?」
「俺は剣士じゃないんだぞ。杖より重い剣を持ってくるな」
「違う店に行こう」
「待て。どこ行ったって一緒だよ。この辺りの店が相手にしてるのは、王都の守備隊だ。レイピアが充実してる店なんてないだろ」
「あるかもしれない」
まさか、見つかるまで探すつもりか?
結局、五つの店を梯子した結果、昼が過ぎる。
「こんなに大きな街なのに、ないなんて」
広場でキッシュを食べながら、リリーが言う。
「だから言ってるだろ。需要のないものは売ってないんだよ」
「作るしかないのかな」
「そうだな。鍛冶屋に頼むか」
「いや、私が作るよ」
「…は?」
「プラチナ鉱石なら軽いし、かなりの強度が期待できる。それに溶岩鉱…。違う。星屑の方がいいかな。…でも、道具がない。借りられる場所、あるかな」
「鍛冶ができるのか?」
「うん。自分の剣は自分で作りたいから」
「じゃあ、いつも持ってるのも?」
今日は俺と稽古をしてたから持ち歩いていないけれど。
「あれは私が作ったものじゃないよ。私の師が作ってくれたんだ。あんなにすごいのは、まだ作れない」
「なんでもできるんだな」
俺には無理だ。
「…ない」
「ん?何か言ったか?」
「午後からはキャロルとの約束があるから、また明日になっちゃうな。レイピア、守備隊のところで借りられないかな」
守備隊の演習用の武具は持ち出し禁止だからな…。って。
「何でリリーが守備隊のこと知ってるんだよ」
「ええと。…マリーに連れて行ってもらったんだ。守備隊の三番隊隊長とも演習をしてきたよ。あの人もとても強い」
「勝ったのか?」
「えっと…」
リリーの返事は、なんだか歯切れが悪い。
負けたらあんなに落ち込むんだから、負けてはいないんだろう。
「引き分けか?」
リリー。どれだけ強いんだよ。
「三番隊隊長って言ったら、ガラハド隊長だろ?あの人は有名な傭兵で、五年ぐらい前にラングリオンの皇太子が勧誘して守備隊隊長になったんだよ」
「そんなすごい人なんだ」
「でも、気さくな人だろ」
「エルも知ってるの?」
「…良く、世話になったからな」
あんまり思い出したいことではないけれど。
※
「ルイス、店番は俺がしてるから、昨日出した課題をやってこい」
「いいの?」
「あぁ」
「わかった」
リリーとキャロルは厨房を立ち入り禁止にして何かやっているようだし。
注文を受けてるものも作り終わったし、しばらく店は暇だろう。
眼鏡をかけて、アリシアのところから持ってきた本を開く。
のんびりした午後だ。
胸焼けがするほどの甘い匂いが漂ってきたのは、三分の一ほどを読み解いた時。
「……」
バターと砂糖の濃い匂い。なんだろう。チーズも混ざってる?
濃いコーヒーが飲みたい。
「はい、エル」
タイミング良く、ルイスがコーヒーを持って入ってくる。
「おかわりは自分で作ってよ。サイフォン置いて行くから」
そう言って、ルイスがカウンターにサイフォンとコーヒーの粉をセットする。
「リリーとキャロルは、何やってるんだ?」
「お菓子作り」
「…そうか」
「さっき廊下の窓も開けたから、少しはましになるんじゃないかな。…エル、大丈夫?店番替わろうか?」
「いや、大丈夫だ」
コーヒーの香りがあれば、大丈夫だろう。
「エルってさ」
「ん?」
「そんなにリリーシアのことが好きなの?」
「なんでそう思うんだ?」
「きっと、自分でもわかってないんだろうね」
リリーを好きだって自覚はあるんだけど。
「えーるっ!」
扉を開いて、キャロルとリリーが入ってくる。
「見て、リリーと一緒に作ったのよ」
匂いの、正体。
「冷やした方が美味しいと思うんだけど…」
「冷やすか?」
雪の魔法なら、急速冷却できるだろう。
「だめだよ。ゆっくり冷やさないと、なじまない。明日にはちょうど良くなってるんじゃないかな」
「えー、明日までお預け?」
キャロルの言葉に、リリーが笑う。
「焼き立ては焼き立てで美味しいと思うよ」
「じゃあ、一個ずつあげるね」
キャロルが、俺とルイスにチーズタルトを渡す。
「まだまだ焼くわよー」
キャロルが走って行く。
「あの、きっと甘いと思うから、無理して食べないでね」
「食べるよ」
「リリー!はやくー!」
キャロルに呼ばれて、リリーが走って行く。
「エル、食べるの?これ」
一口、口に入れる。
やばい。
「食べてあげようか?」
「いや、食べるよ。せっかく二人が作ってくれたんだし」
きっと、ゆっくり食べればなんとかなるだろう。
「そう。じゃあ、頑張って」
ルイスも奥に行く。
タルトをつまみながら、コーヒーを飲む。
甘いけれど、コーヒーに合う菓子だ。
「あれ、珍しいな。お前が店番なんて」
カミーユ。
「もう仕事終わったのか?」
「今日は早上がり。ほら、これ」
「…なんだ?」
カミーユが渡してきたのは、船酔い止め薬のレシピ。
「お前が作ったやつの方が、副作用は少なそうだよな」
「当然だ」
「効くか知らないけど」
「効くに決まってるだろ」
「はいはい」
カミーユは肩をすくめる。
「良い匂いするな。何作ってるんだ?」
「キャロルとリリーがこれを焼いてる」
食べかけのチーズタルトを持ち上げて見せる。
「おおっ!美味そうだな」
カミーユがとろうとするのを、かわす。
「やらねーよ」
「いいだろ、どうせ食わないんだから」
「食べるよ」
「お前が?」
タルトを食べて、コーヒーを飲む。
「無理すんなって」
「食いたかったら、奥で焼いてるからもらってこいよ」
「まじか。行ってくる」
カミーユが奥の部屋に消えていく。
残りのタルトを口に放り込んで咀嚼する。
もう少し、レモンを効かせた方がいいだろう。…コーヒーがあるから良いけれど。
夕方になり、店じまいをする。
甘い匂いはもう収まっていた。
サイフォンのセットとカップを持って奥に入ると、台所にはリリーが居た。
「あ、エル」
リリーはタルトを一つ一つ、丁寧にラッピングしている。
「配るのか?」
「うん。マリーにもあげたいから」
「そうか」
サイフォンとカップを洗う。
「あの、食べられた?」
「あぁ」
「甘くなかった?」
「甘かったな」
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「無理に食べさせたから…」
「無理になんか食べないよ。食べたいから食べた。コーヒーに合うよ。そのまま食べるなら、もう少しレモンを効かせた方が好みだな」
「うん。わかった」
「やっぱり得意なんじゃないか。菓子作り。これから夕飯作るから、手伝ってくれよ」
「え?私、料理は…」
「一緒だろ?」
「包丁が苦手なんだ」
意外だな。
「教えてやるよ。…何作るかな」
野菜保存庫と、保冷庫を覗く。
「あんまり包丁使わない奴。ロールキャベツでも作るか」
ボール二つとミンサー、それから材料を出して並べる。
「ミンサーで肉を引いて、ひき肉を作る。それをボールで粘りが出るまで捏ねて、材料を入れてさらに捏ねる。他の材料と調味料は、こっちの小さいボールに入れておくから」
「えっと…。はい」
今日はトマトのソースにするかな。
※
冷えたタルトを口に運ぶ。
焼き立ての時よりも食べやすい。
「エル?」
部屋に入ってきたリリーが、机に向かっている俺の顔を覗き込む。
「ん?」
「食べても平気?」
どういう意味だ。
「夜食に食べるようなものじゃないよ」
「え?夜食に食べるようなもんだろ?」
読書の共には丁度良い。
タルトを食べて、もう冷めかかったコーヒーを飲む。
「エルは変わってる」
「それは褒めてるのか?貶してるのか?」
リリーは首をかしげる。
どっちでもないのかな。
「明日、剣を作りに行こうと思う」
「どこに?」
「近くの鍛冶屋に行ってみる。だめだったら、剣の材料を渡してくる」
「材料?」
「ルイスとキャロルが用意してくれたんだ」
「そうか」
プラチナ鉱石なんて家にあったかな。用意したのか?
「まだ起きてる?」
「あぁ、もう少し、区切りのいいところまで読むよ」
「じゃあ、私も読もうかな」
ベッドに行こうとするリリーの腕をつかむ。
「リリー」
「うん?」
「キスしてもいい?」
「だ、だめだよ」
「何故?俺が好きな相手じゃないから?」
「私は、誰かを好きになるなんて…」
好きな相手がいるわけではないのか。
「まだ、試してないことがある」
「え?」
「リリーから、キスしてほしい」
「そんなの、絶対だめだ」
「それじゃあ、俺の魔力を奪って」
「え?」
「奪って欲しい」
「えっと…?」
「ほら」
リリーを抱き寄せる。
なんで。いつも無抵抗なんだ。
「恥ずかしい。目を閉じて、エル」
目を閉じる。
リリーの唇が、一瞬だけ触れて、離れる。
その唇を追う。
離さない。
「エルは、どうして、こんなことするの?」
好きだからって言ってるんだけど。
「嫌か?」
「わからなくなってる。エルから魔力を奪うことに、抵抗がなくなってるのが、怖い」
「俺は俺の欲求を叶えてるだけだ。リリーが困ることなんて何もない」
「困る」
「なぜ?」
リリーは俺を見る。
「エルは、酷い」
酷い、か。
わかってるよ。
本当は嫌だって。
「今度、セルメアに行こう」
「セルメア?」
「ラングリオンの南にある国だ。そこに、ディーリシアが居るかもしれない」
「イーシャが?だって、イーシャは…」
リリーも気づいているのだろう。修行の期間を過ぎても、ディーリシアが帰らなかったことを。
「どうして、エルがそんなこと知ってるの?」
「修行の期間を過ぎても、城に帰らないとどうなるのか。確かめたい。だから、探していた」
「アリシアから聞いたの?」
「想像に任せるよ」
「イーシャは生きているの?」
「わからない。まだ詳しい居場所は調査中だ。結果が届いたら、出発する」
「うん」
もう少し、王都でゆっくりするつもりだったけど。
そうも言ってられないだろう。




