10話 外出②
まずは、目の前で鼻血を噴き出してぶっ倒れた、郵便配達員らしきショートカットの美少女モブへと近づいた。
そして、ポケットから清潔なハンカチを取り出し、優しく差し出した。
「大丈夫ですか? お嬢さん、良ければこれを使ってください」
瞬間、モブ郵便配達員の動きがピタリと硬直した。
彼女は顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げると、激しく痙攣しながら『感情の処理ができません……!』と定型文を呟き、そのまま白目を剥いて完全フリーズしてしまった。
(お、やっぱりバグったな。じゃあ、こっちはどうだ?)
俺はフムフムと頷きながら立ち上がり、今度はこちらを血走った瞳で興味深げにゆっくりと迫っていた、学生らしき美少女たちに向かって振り返った。
大人の余裕たっぷりにひらひらと手を振り、――仕上げに極上の微笑みを添えて、チュッと軽やかに投げキスを贈ってみた。
元トップランカーとしての、単なる無作為な検証だった。
だが、その俺がとった行動の破壊力は凄まじかったようだ。
「「「ひッ……!?!?!?」」」
俺と目が合い、投げキッスを直撃させられた少女たちは、高級な真鍮製の日傘や、精緻な歯車細工の単眼鏡をポロッと石畳に落としながら、まるで一斉に心臓を撃ち抜かれたかのように胸を押さえてその場にひっくり返った。
そして口々に『好感度が、限界突破しています……!』『イベントフラグが立ちました!!』と顔を真っ赤にして壊れたラジオのように連呼し始めたのだった。
実際には、現実の生身の人間である彼女たちは、見たこともないほど均整の取れた美しい肉体を持った尊い男性が、女性を嫌悪する素振りすら見せず、極上の笑顔で投げキスをプレゼントされるという、天文学的な奇跡を前にして、脳の許容量を完全に超越してテンパり散らかしているだけなのだが、ユピテの解釈はどこまでもズレていた。
(うんうん。やっぱり屋敷の外でも、キャパオーバーを起こしたモブの反応は家族やメイドたちと一緒だな。……この世界のNPC達が定型文バグを吐き出したりフリーズしたりする姿、見慣れてくるとなんだか癖になるな)
俺は検証の結果に大満足だった。
ただのモブですら、こちらの突発アクションに処理限界までリアルタイム応答してくれる圧巻のクオリティ。
街のあちこちから吐き出される黒煙と蒸気、路面電車のガタゴトという金属音の中で倒れ伏す美少女たちを見下ろしながら、俺はひとり深く感心していた。
(……待てよ? 開発陣がドヤ顔で語っていた、超高度対話AIの真価ってこれか……!?)
俺は心の中で一人、合点がいったように膝を打った。
公式生放送で開発リーダーが悔しそうに語っていた裏話が脳裏をよぎる。
『キャラ全員に超高度対話AIを載せて動かしたところ、過剰な感情計算に耐えきれずスマホが信じられない熱を持って落ちまくったこと』
『泣く泣く、表現フィルターを被せ、フリーズ等のバグが起きないように調整したこと』
『「いつかPC版や完全版を出した時には、フィルター無しのフルスペックの彼女たちを見せたい」と熱弁していたこと』
――あの時語られていた表現フィルターの裏側が、まさに今これなのだ!
(容量やスペック限界に縛られない、この生データの世界にダイブしたからこそ……表現フィルターがかかっていない、本来の超高度対話AIの反応を見る事が出来ているんだ!)
俺が繰り出す、最適解のセリフがあまりにも強烈すぎて、AIの感情計算が上限をオーバーフロー!
結果として、デバッグ画面でしか見られないはずの、セーフモードのエラーログ(好感度が〜)が素でボイス出力されちゃっているというわけだ!
(……くぅ〜っ! 胸アツだな! 開発陣が涙をのんで調整したバグを、プレイヤーで俺だけが拝めてるって事だもんな!?)
ゲーマーとしての収集欲と知的好奇心が絶頂に達するのを感じる。
「生身の人間が『イベントフラグが立ちました』なんてシステム用語を白目剥いて叫ぶわけがない」という事実も手伝い、俺の中で「ここは100%データの世界であり、周りは全員NPCだ」という確信は、もはや絶対不可侵の真理として完成していた。
ともあれ、そんな大好きなゲームの世界に入り込んだ俺。
前世のトップランカーとして、公式が予算オーバーしてまで用意してくれたこの神仕様には、全力で乗っかって遊んでやるのがゲーマーとしての礼儀というものだ。
それにしても、と俺は大通りを進みながら思う。
(男女比1:200か……。そういえばゲームの本編や期間限定イベントでも、男が夜道で美少女集団に拉致されたという新聞の見出しがあったな)
なんなら主人公であるプレイヤー自身が、血走った瞳の下着姿の美少女たちに部屋の四方を囲まれて、あわや貞操の危機……といったラッキースケベ風のハプニングイベントが何度もあったはずだ。
当時の俺からすれば、そんなディストピアな描写も、単にゲームを盛り上げるためのコミカルなお約束イベントの一つに過ぎなかった。
そして今現在も、最推しであるエルザ先輩や、家族達への推し活を全力で楽しもうと思っている俺にとって、男女比1:200など、些細な問題でしかなく、心底どうでもいいと認識していたのだった。
ゆえに、この時の俺は、全く理解できていなかった。
男を求めても絶対に手に入らないという、この世界の女性たちが抱える、深淵よりも深い飢餓感と、とてつもない欲求の恐ろしさを。
そして、そんな世界において、程よく引き締まった完璧な肉体を持ち、女性を気遣う優しさを備えた伝説レベルの男が街を歩くことが、どれほどの国家を揺るがすレベルの核爆弾になり得るのかを。
実際、この世界であれば、男というだけでお金に困ることなどあり得なかった。それがユピテのような美少年ともなれば尚の事。
羽振りのよさそうな女性のデートの誘いに一回付き合ってあげるだけで、ものすごい大金が転がり込んでくるのは明白だった。
だが、悲しきかな。ユピテの脳は限界まで社畜精神とゲーマー思考に染まっていた。
(金を稼ぐ=労働だろ。前世で、仕事は出来ればしたくないってのが正直な気持ちではあったけど、汗水たらして働いてこそ、推しへ貢いだ時に報われた感があるってもんだ)
そんなズレきった思考のまま、俺は大通りを突き進んだ。
俺が通り過ぎた後ろで数々の美女・美少女たちがバタバタと卒倒していくのを他所に、俺は当初の目的地へと向かう。
スチームパンク特有の真鍮と鉄でできた巨大な歯車が壁面で厳かに回転する、街一番の一等地。
そこに、ゲーム内でもお馴染みだった大企業、ラプラス商会の巨大な店舗が堂々とそびえ立っていた。
「よし、ようやくラプラス商会にたどり着いたな」
見上げるほどに豪華なガラス張りのドアを前にして、俺は満足げに頷いた。
実家の女性たちの新衣装差分を堪能するための、第一歩。
この中に、あのメイド長に絶対似合うはずの最高級の巫女服や、姉貴たちへの可愛い限定コスチュームが取り揃えられているはずだった。
まずは店内の品揃えと、衣装の地域差による価格設定というゲームデータの確認から始めることにしたのだった。
前世のトップランカーとしての知識をフル稼働させ、推し活のための至高の金策へと繋げるために。
俺は最高のビジネススマイルを浮かべながら、商会の重厚な扉を開け一歩を踏み出したのだった――。
なろうでの投稿はここまでとなります。続きはカクヨムで読んで頂けると、作者が喜びます。
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