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オフライン・シンギュラリティ  作者: つっきー
第二章:観測不可能な少女
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幕間2:オカルトの終焉と、消えた親友

 8月半ば。帝都の街はうだるような熱気と茹で上がるようなアスファルトの匂いに包まれていた。

 大学近くの冷房が効きすぎた薄暗い純喫茶。そのテーブル席で、佐久間はまるで世界の終わりでも宣告されたかのように、両手で頭を抱えて突っ伏していた。


「⋯⋯信じられない。本当に、ただのアイドルのライブとして終わっちまったなんて」


 テーブルの上に放り出された佐久間のスマートフォンには、オカルト系ネット掲示板のまとめサイトが表示されている。

『星川 綺羅々コラボライブ、伝説の大成功!』『同時接続数一千万人超えの経済効果』といった華々しい見出しが並ぶ一方で、佐久間が期待していたような「集団幻覚」「謎の発光現象」「空間の歪み」といった超常的な書き込みは、ただの一件も見当たらなかった。


「ああ⋯⋯何も起きなかった⋯⋯特異点も、世界の裏側がめくれる瞬間も……全部、俺の妄想だったみたいに綺麗に消えちまったんだ!」


 絶望の底から絞り出すような佐久間の嘆きを聞きながら、向かいの席に座る大介は、グラスの中で溶けかけた氷をストローでカラカラと鳴らした。


「お前の場合妄想の割合が9割だろ。これが現実ってもんだ。諦めろ、佐久間」


 大介の口から出たのは、どこまでも冷ややかで現実的な、一切のオカルトを切り捨てる言葉だった。


「世界はそんな安いSF小説みたいにはできてないんだよ。どれだけ大衆が熱狂しようが、奇跡なんて起きない。物理法則は今日も正常だ。あのライブは優秀なスタッフと演者が全力を出し切って、それが世間にウケた。ただそれだけの真っ当で平和なニュースじゃないか」


「でも、俺は……っ、この退屈な世界がひっくり返るのをっ!」


「退屈で結構。明日も明後日も、俺たちは満員電車に乗って、単位や就職に怯えながらこの凡庸な現実を生きていくんだ。それが一番マシな生き方だろ」


 大介の身も蓋もない正論に、佐久間はぐうの音も出ず、再びテーブルに突っ伏した。

 大介は呆れたように息を吐き、手元のスマートフォンでニュースアプリをスクロールする。どこを見ても世界は平和で、平穏で、そしてひどく退屈だった。


 ただ一点の「欠落」を除いては。


「それにしても」


 大介がふと、ぽつりと呟いた。その声には、先ほどまでの冷めた響きとは違う、隠しきれない焦燥と不安が混じっていた。


「あいつ⋯⋯透のやつ、マジでどこに行っちまったんだろうな」


 その名前に佐久間も顔を上げた。

 オカルトへの熱意を失い、意気消沈していた佐久間の目にも深刻な影が落ちる。


「⋯⋯ああ。ラインも既読がつかないし、電話も繋がらない。マンションにもライブの日の朝から一度も帰ってきてないらしいじゃないか」

「流れ星スタジオの連中も大騒ぎしてるらしい。あれだけのプロジェクトを成功させた立役者が、打ち上げにも顔を出さずに荷物も残したまま神隠しにでも遭ったみたいに消えちまったんだからな」


 大介はアイスコーヒーをあおり、苛立たしげにテーブルを指で叩いた。


 透という男は確かに偏屈で何を考えているか分からないところがあった。妹の伊知花に異常な執着を見せていると思えば、突然システム構築に没頭して周囲を突き放すような、極端な不器用さを持っていた。

 だが、理由もなく自分の責任を放棄して失踪するような無責任な男ではないことくらい、腐れ縁の大介にはよく分かっていた。


「佐久間。お前の好きなオカルト的に言えば透はどうなったんだよ」


 大介の投げやりに聞こえる問いかけに、佐久間は少しだけ真面目な顔をして、虚空を見つめた。


「⋯⋯さあな。案外、俺たちが気づかなかっただけで、あいつ一人だけが世界の裏側に触れて⋯⋯そのまま向こう側に行っちまったのかもな」


「バカ言え。そんな非科学的なこと、あいつが一番嫌うだろ」


 大介は鼻で笑ったが、それ以上は否定しなかった。

 透が消えたあの夜から、世界はエピステミオンという未解明の存在を失い、完全な「現実」へと落ち着いた。

 まるで透という一人の天才が、自らの存在と引き換えにこの退屈な平穏を買い戻したかのように。


「……早く戻ってこいよ、透。お前がいないとこの凡庸な世界は……少しだけ静かすぎるんだよ」


 大介の誰に届くわけでもない独り言は、喫茶店の喧騒と冷房の微かな駆動音の中に、虚しく溶けて消えていった。

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