1話 いつも通りの日常…?
今、このレイケンル王国にフェリクスという隣国の第二王子が滞在しているらしい。
ビアンカはこの屋敷から出られないので、風の噂程度のものだが、噂によると容姿端麗、成績優秀、しかも紳士的という完璧な王子なのだという。そんな様々な実績を積んでいる彼だが、王位を継げるのは第一王子だけと隣国では決まっているらしく、立太子は出来なかったのだそうだ。
礼儀のない令嬢らが立太子出来ないことをどう思っているか彼に聞けば、フェリクスは毎回「第二王子に生まれたことを誇りに思っておりますので」と返し、令嬢たちを次々と虜にしていっているのだとか。
噂を整理するに、フェリクスは恵まれている。自分とは正反対だと、ビアンカは思った。
ビアンカは公爵家の一人娘だ。だが、生まれたことを許されていなかった。
理由は分からないが、分からないからこそ、怖い。
父親の公爵はビアンカを毛嫌いしていて近付かず、母親の公爵夫人は同じくビアンカを毛嫌いしているものの、縄をいつも決まった時間にビアンカの住む屋根裏部屋に持って来て、ビアンカを躾けている。
謝るために声を出すことすら許されず、もう何年も声を出していない。
だから、声を出すとしたら己の声はガラガラだろう。水分も一日に一回、しかも少量しか飲んでいないのだから。
それでも、ビアンカは逃げ出せない。ここで生涯を終えてしまうのだろうか。
「明日から暫し、視察のため留守にする」
「…………?」
数分前に使用人に父が己を呼んでいると告げられ、今は執務室で椅子に座っている父と立って向き合っている状態となる。
どうしたのだろうと、首を傾げそうになるのを抑えた。
いつもならば、今のようにビアンカに告げることもせずに母と共に視察に行っている。視察は長くて二週間は掛かり、毎日視察に行ったかどうかと楽しみにしていた。だが、このように面と向かって留守にすると言われると、逆に戸惑ってしまう。
「……だがその日は、隣国の第二王子が来る日なのだ」
(………………えっ、ぇ?)
予想すらしていなかった事情を告げられ、ビアンカは声を上げそうになった。
***
『だから、お前が一人でどうにかしてくれ』
この執務室を出る前に最後に父に告げられた言葉が、まだ頭に残っている。
意味が分からない。視察は先延ばしにすることが出来るが、公爵という王族を除いて最高峰の地位を持ちながらも、隣国の第二王子を娘に預けるだなんて。いつも両親が共に視察する日を楽しみにしていた自分が思うのも何だが、一日くらいは視察を延期しても良いと思うのだ。
(大変なことになったわ)
明日は早起きをして、身支度はまともに出来ない代わりに礼儀や言葉遣いを学ばなければ。いや、今から始めよう。だが、どこで学べと言うのだろうか。書斎はあるものの、そこは全てビアンカが足を踏み入れて良い場所ではない。屋根裏部屋にはベッドや机さえもない。
取り敢えず、母が言っているような「ですわ」などを言おうと思う。
(………お願い。上手くいきますように)
屋根裏部屋の壁に疲れ果てたように背中を付けながら、ビアンカはそう願った。




