第82話 合理の使者
北方同盟代表エルヴァーン・ロシュは、三日後に王都へ入った。
随行は最小限。
過度な威圧はない。
だがその存在自体が圧だった。
灰銀の外套。
整えられた所作。
感情を読ませぬ瞳。
円卓室にて公式会談。
「王国の歓迎に感謝する」
低く落ち着いた声。
敵意はない。
礼も尽くす。
だが一切の無駄がない。
王太子が応じる。
「国境の安定は双方の利益だ」
「その通り」
即答。
エルヴァーンは書簡を差し出す。
「再画定案は現実的調整に過ぎぬ」
現実的。
だが王国側に不利な線引き。
第二王子が地図を見つめる。
「この線は、補給路を押さえる」
「合理的だ」
エルヴァーンは頷く。
「戦わずに勝つのが理想だ」
露骨ではない。
だが明確。
リリアーナが静かに口を開く。
「合理は短期か長期か」
視線が彼女へ向く。
「王国が不安定な今、圧をかけるのは短期合理」
「だが長期的には不信を残す」
数秒の沈黙。
エルヴァーンはわずかに口角を上げる。
「制度設計監査室長」
「名は聞いている」
彼は続ける。
「王が未確定の国に長期条約は結べない」
「それが我らの合理」
冷酷ではない。
事実を述べているだけ。
第二王子が静かに言う。
「北方は私を試している」
「試す価値があるかどうかだ」
エルヴァーンの返答は淡々としている。
微妙な緊張。
かつて北方で議論を交わした二人。
思想は近い。
だが立場は違う。
レオンが低く問う。
「監視団の常駐は受け入れ難い」
「互いにだ」
エルヴァーンは肩をすくめる。
「不信があるからこそ監視する」
円卓室の空気が張り詰める。
王太子が静かに言う。
「十四日では短い」
「王位は制度の問題だ」
エルヴァーンは即答する。
「制度は尊重する」
「だが期限は変わらぬ」
合理は感情を待たない。
会談後。
回廊でエルヴァーンはリリアーナに並ぶ。
「あなたは制度を信じる」
「はい」
「だが戦場は制度を待たぬ」
冷静な指摘。
「あなたならどうする」
問い。
「王位問題を外交と切り離します」
「どうやって」
沈黙。
「王が未確定でも、国家意思は確定していると示す」
エルヴァーンはわずかに笑う。
「それができれば、圧は弱まる」
だが。
それは容易ではない。
夜。
第二王子は一人で地図を見つめる。
「彼は変わらない」
小さく呟く。
北方は合理。
王国は揺らぎ。
十四日。
期限は刻一刻と迫る。
王位未決。
市場不安。
軍旗増加。
合理の使者は、静かに王国を測っている。
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