18
「いらっしゃいま〜…?せ、ご注文は?」
あと少しで今日はおしまいだというところで、僅かに見知った相手に会った。
私の動揺のせいもあって、相手方がこちらをチラッと見る。
見覚えのあるクロムイエローの瞳が揺れた後、ニコリと細められた。
スマホを買う時に会った、ヘルナーヴィさんだろう。
彼女は私のことを捨てられたとでも思ったのだろうか。
少し想像力を働かせたが、あまりに不快な想像だったので思考を振り払う。
わざとらしく、彼女は隣の男の腕に巻き付く。
「パルオピアさぁーん、ルミアまだ迷ってて…どれが良いと思います?」
パルオピアと呼ばれる男はヘルナーヴィさんよりも、一回りほど年が離れているように見える。
ヘルナーヴィさんの露骨なアピールに、鼻の下を伸ばすこともないが嫌な顔もしないのを見るに、それなりに裕福な男なのだろうと思える。
今日のヘルナーヴィさんは、爽やかな酸味と繊細で甘い、ライチとローズの合わさったような香りがした。
最初の会ったときのような、甘い色気のある香りというよりは、今回は甘いながらフレッシュで柔らかい印象を受けた。
ということは、意図して香水を選んでいるのだろうか。
まさか、ミカルアさんの好みが…と考えたが、そんな趣味は悪くないと信じたい。
注文がこなさすぎて、ふと意識が沈んでいたことに気づく。
しかし、2人はまだ話しながら悩んでいた。
呼び出したくせに、決めない面倒な客、というのは一定数いる。
「ご注文はお決まりですか?当店、おすすめは、グリーンナッツヨーグルトケーキでございますが。」
急かすと、パルオピアさんは一瞬申し訳なさそうにして、ヘルナーヴィさんに決断を急かす。
うーん、とまだ頭を悩ます様子にうんざりしていると、パルオピアさんは先に注文を始める。
「じゃあ、わたくしはそのグリーンナッツヨーグルトケーキと、…ブレンドコーヒーにしようか。」
それでも、パルオピアさんも決まってはいなかったようで、悩みながら飲み物を決めた。
サイズを確認すると、全て最も少ないものを頼まれた。
少食なのだろうか、と考えたが、年齢的にも胃もたれするのかと心のなかで頷いておいた。
ヘルナーヴィさんはまだ、メニュー表とにらめっこをしている。
もはや、嫌がらせなのではないだろうか。
「ルミアもグリーンナッツヨーグルトケーキ?にしようかな。それと、マンゴーティーも飲む!」
「サイズはどうしますか?ヨーグルトケーキは小さめ大きめ、お飲み物はS,M,Lがございます」
そう聞くと、またヘルナーヴィさんは悩みだす。
早く決めろよと思って、ようやく決まった注文を繰り返して確認する。
「グリーンナッツヨーグルトケーキの小さめを、お2つ。ブレンドコーヒーSサイズお1つ。マンゴーティーMサイズをお1つ。で、よろしかったですか?」
「ルミア、やっぱりマンゴーティーSサイズにする〜」
かしこまりました、と全てを飲み込んで、伝票を持って席を後にした。
次、持っていく係に当たりたくない…と思ってキッチンに向かうと、挙動不審なアリアーコルさんが目に入った。
伝票を渡してふと、気になって質問してみる。
「アリアーコルさん、どうしたんですか?」
「…ちょうどよかった。さっき、貴方が接客した男女いるでしょう?」
多分、ヘルナーヴィさんたちだよね…と思って頷く。
アリアーコルさんは言いにくそうに、少し黙った後話し始めた。
「あの男の人のほう、私のお父様なんですよねー…。女性の方もお会いしたことはありまして、父が愛人候補だと話していましたし。ヴァーグさんは女性の方と面識がありそうだったので…」
アリアーコルとは、と疑問に思っていた、リアリィスさんの父があの人だとは、私は驚いてしまった。
女性について教えてほしい、という事かと解釈して、出会いとともに説明する。
ヘロルでミカルアさんに粉をかけていたということも含めて。
「なるほど、ヘロルというキャリアショップの店員なのですね。実は私がここで働いてるのを見られてしまうと、まずいんです」
「あ、許可は取ってますよ!?あの、ですので、私がお父様に見えないようにホールに行かない許可を店長に取ってきて頂けませんか?」
まるで許可を取ってないような言い方に、慌てたセルフで修正が入る。
あまりにも、怯える様子に妙な不安を覚えて頷いてしまった。
店長さんは今、珈琲準備で、自分から見て左の部屋に居る。
アリアーコルさんにはキッチンの中に居てもらって、店長さんのところに向かった。
お客さんに話しかけづらいように、仏頂面を纏って駆け足で向かう。
「店長さん、アリアーコルさんなんですけど。お客さんのことでちょっと調子がよくないみたいで、休憩に入らせてもいいですか?」
私のその質問に店長さんは不思議そうにした。
なんで本人が言いに来ないか、ということらしい。
アリアーコルさんから聞いた事情をプライバシーも考え、掻い摘んで説明すると、納得してくれた。
「それは…なるほど。なんとなく想像できたわ。いいわよ。キッチンからの道で、ガレージに連れて行ってあげて。できれば、リリちゃんもしばらく滞在してると誤魔化せるんじゃないかしら。」
店長さんの気遣いもあって、私はキッチンに戻った。




