22話
「昂明!あんたこいつらに何か言ってよ!私を解放しろって!」
「母さん……」
「あの人はどこなの!?なんでいないの!!」
「……母さん」
勇気を振り絞って呼んだ。喚き散らすこの人にはその声は届かなかったけれど、俺は2度、確かに呼んだ。これが最後だと、噛み締めるように。
「ねぇ、昂明……助けて、助けてよ!!」
たすけて
その言葉は、俺が何度もこの人に言ったセリフだ。お腹がすいた時、男に殴られた時、外へ放り出された時……数え切れないほど、そのセリフとともに手を伸ばした。1度たりとも、その手を握ってくれたことはなかった。
陽夏はそのセリフすら、手すら伸ばせないまま、この人に捨てられた。助けを求めることを知らないまま、地獄に置いていかれた。どれほど苦しみ悲しみ、心をすり減らしただろう。たくさんの愛情を知って、笑顔が増えた陽夏。出会ったばかりと比べると、まるで別人のような姿。それが目を閉じれば鮮明に浮かんでくる。
「……あんたは、そうやって誰かに助けを求められる立場なのか?」
「は?」
「あんたも、あの男も、俺に……俺に助けを乞えられる立場なのかよ!俺は、俺はずっと苦しかった。何度も何度も死にたくて、逃げ出したくて……でもいつか、あんたが俺を見てくれるって、そう信じてた。置いてかれても、きっと迎えに来てくれる。俺を抱きしめてくれるって思ってたんだ!!でも、あんたは、1度だって俺を見なかった。俺を抱きしめてなんてくれなかった!」
俺の叫びを、女は意味がわからないという顔をして聞いている。一言発する度に喉が痛み、体が震える。怒りや悲しみが全部吐き出されていく気がする。
「あんたの声も体温も知らない陽夏は、俺みたいにあんたに怒りをぶつけることも出来ない」
この女しか、与えることが出来ないものはたくさんある。俺がどれだけ必死になっても、陽夏には母の優しさも温もりも与えてやれない。
「はるか?はるかって誰よ」
教えてやる気はなかった。この女の中で、自分の子供と認識しているのは俺だけでいい。陽夏はじいちゃんの子だ。こんなやつの子供なんかじゃない。
「俺にはあんた達を助ける義理はない。鳳仙組組長の言った通り、さっさと引き渡されてしまえ。そんで、俺の人生から出て行け」
「は?ちょ、ちょっと昂明!昂明ってば!!」
暴れだした女を、2人の組員が押さえつける。じいちゃんと入れ替わりで俺は部屋を出た。陽夏が来るかもしれないから、自室には行けず、兵助の部屋へと走った。
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「勝手に入るなよ」
「鍵開けてたのはそっちだろ」
俺が入って数分後、部屋の主である兵助がやって来た。リビングの隅に蹲る俺を見て、以前のお嬢のようだと兵助は笑った。
「くそがき、喚き散らした感想は?」
「……喉が痛い」
「アホらしい」
そう言いつつ、兵助は俺に水を差し出す。グイッと一気に飲み干し、心を落ち着かせるために大きく呼吸をした。
「なんか、タバコ臭さが減った気がする」
「あぁ、お嬢がいるからな、本数減らして、ここ数日は吸わなくても平気だわ」
「陽夏のため?」
「おう」
当たり前だろというような様子に思わず笑ってしまう。昔は兵助とよく喧嘩して、最終的には殴られて俺が負けるばかりだった。それが兵助が折れるものに変わり、俺がバカをするばかりでは無くなった。それに陽夏が来て、俺はまた少し変わった。誰かを守る難しさと幸せを知ったんだ。
「陽夏に向けるのとは違う愛情があったんだよ」
愛情も優しさも全部両親から貰いたかった。もっと温かな声で名前を呼んで欲しかった。わがままを言ってみたかった。
「他のやつが持ってるもんを、お前ら兄妹は持ってない。でも、他のやつが持ってないもんをお前らは持ってる。どうやったって、ないものねだりになるんだよ。俺らの世界は何もかも奪っていく憎たらしい場所だけどさ、昂明とお嬢を与えてくれたことは心の底から感謝してる」
兵助は俺の隣に座り込みぐるっと肩に回した。俺の顔を見るのではなく、天井を見つめていた。だから、兵助のことは気にせず、不器用な体温を隣に感じて、ただ泣いていた。
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