27 幸せを手に入れましたわ
実験を続けてみた結果、キャロラインが浄化魔法を限定して使えるようになるまでには、長い年月がかかりそうだということがわかった。
その度に、クリストファー様がわたくしの足元に転がるので、もう見飽きてしまっている
そのクリストファー様を蘇生するために、ブラッド様が黒魔法を使用するけれど、彼もいい加減手慣れてきて、ゾンビの作成はあっという間に終えていた。
それでも、そのせいでわたくしたちは王都から離れることができない。その役目を誰かに代わってもらえればいいのだけれど、未だに、このわたくしにもブラッド様が何をやって蘇生させているのかわからないし、何度説明を受けても覚えられる気がしないのだから、他の人間に取得しろと言っても、不可能に近いのではないかと思い始めている。
これは浄化魔法がキャロラインや特定の人間にしか使えないことと同じではないだろうか。
それに、クリストファー様のゾンビ化なんて、誰にも打ち明けることができない。ブラッド様とわたくし、二人だけの秘密だ。
そうそう、なんと、クリストファー様が始めた穢れの研究はちゃんと実を結ぶことができそうだ。
なぜかキャロラインが穢れのことに詳しかったので、話を聞いたブラッド様が解決方法を提案したことで光明が見え始めた。
「次元の割れ目ができて穢れが漏れてくるなら、発生した場所を特定して、簡易結界を張ればいいと思うんです。その割れ目が消えてなくなるまで、こちら側へ流れてこないようにしておいて、入ってきてしまった分は今まで通り聖女たちが浄化すれば、それほど街の中には広がらずに済むと思います」
「それなら、各地に派遣する要員として、結界魔法の使い手を育てる必要があるな。それはそう簡単な話ではないぞ」
「それだったら、結界石はどうでしょう? 昔、わたくしの部屋で使っていましたわよ」
「オリビア・ローリットのところは公爵家だから手に入ったんだろう。結界石は貴重なものだから、それも難しいと思うんだが」
方法があっても、それを実行するためには、難度が高すぎるようだ。
「たぶんそれ、オリビアがいるから強力なのが作れると思うわよ」
「キャロライン?」
途方に暮れて、行き詰まりそうになっていた状況を、キャロラインの発言が覆すことになった。
「どういうことですの?」
「高温で圧力をかければ、結界石を作るための原石を人工で製造できると思うんだけど。それが大きければ大きいほどいいなら、魔力が有り余っているオリビアが作ればいいんじゃないの?」
「それができるなら、結界は数と置き方でも強度が変わるから、次元の割れ目の大きさによって使い分けもできるな」
クリストファー様が結界石のことに詳しいのは、王家に結界石が用意されているからだろう。もしかして、わたくし用だった?
「だから、あなたが上質な物を大量生産しなさいよ」
人の方にびしっと人差し指を向けるキャロライン。
「結界石は魔力を注ぎ込めば継続して使えるんだったか。各街の守衛所に用意しておけば結界を張ることについては解決するな。頼めるかオリビア・ローリット」
ブラッド様のお願いはすべて叶えてあげたいのですけれど……。
「それはクリストファー様次第ですわ」
「なんだと!?」
名前を呼ぶと、毎回クリストファー様は身構える。だけど、これから先、嫌でも一生付き合わなければいけないのだから、そろそろ慣れてもいいのでは。
これでもし婚約が解消できずに、結婚相手のままだったら、いったいどうなっていたことか。
「早く答えなさいよ」
「そんなに急かさなくてもお話しますわ。いずれブラッド様も爵位を得て家の繁栄に努めなければいけないのですから、我が家で事業を起こしたいと思いますの」
「あっ、そうか」
わたくしの言葉で、ブラッド様はわたくしがこれから何を話すのか、把握できたらしい。
一応、わたくしの父が公爵とは別に伯爵の称号も保持しているので、ブラッド様はわたくしと結婚したあと、その爵位を分け与えられることが決まっていた。
継となれば、その伯爵家の維持をする必要が出てくる。だから、キャロラインが言った『結界石の原石の製造』はわたくしたちにとって降ってわいた幸運なのだ。
「原石から完成品までの工程すべてを、ブラッド様の継ぐ伯爵家の産業として認めていただければわたくしも身を粉にして頑張りますわよ。国のためとはいえ、ただ働きは嫌ですわ」
「産業?」
「そのことですが、殿下はまず穢れのこと、それから結界石のことを纏めたものを、計画書と一緒に、宰相様に提出してください。殿下の研究の成果で、民が救われるのですから、誰もが喜ばれるはずです」
「うむ、それで?」
「そのメンバーに聖女のキャロラインさんが入っていたとなれば、お二人の結婚は磐石なものになるでしょう。それにはオリビア・ローリットの協力が不可欠なので……彼女はかたくななところがありますから、俺……私が何を言っても、ただでは動かないと思います。どうかお願いできないでしょうか」
「そ、そうか? ではそうすることにしよう。結界石は穢れだけではなく、いろいろと応用がきくだろうし、我が国には今のところ、そんなことを産業にしている領地はどこにもないからな。たぶん大丈夫じゃないのか」
「では、計画書に真実味をもたせるため、わたくしがその原石をご用意しますわ。キャロラインさん、クリストファー様のために、お手伝いをお願いしてもよろしくって」
「それはいいけど」
「伯爵家の事業の件は、のちほどわたくしから陛下と宰相様にもお話して、進めさせていただきますわ」
キャロライン監修のもと製造した結界石の原石はわりと簡単にできたし、その副産物でとても美しい宝石までもできてしまった。
「君の才能はすごすぎるな」
ブラッド様に褒められたし、これでわたくしたちの未来は安泰だ。
それから、数年たち、穢れの報告書(代筆はブラッド様、サインをクリストファー様)を提出して、その計画を見事にやってのけたクリストファー様は国中から絶賛された。
貴族たちには、お互い愛する人と結婚するために婚約は破棄したけれど、クリストファー様にわたくしが忠誠を誓っていることを周知したので、王家は権威を取り戻すことに成功する。
わたくしと結婚して伯爵となったブラッド様は、領地に結界石と宝石の加工工場を建設した。
加工職人も各地から集めて革新的な事業を進めた結果、貴族家の中では、ずば抜けた資産家になる。
妬みはすごいけど、わたくしが睨みを利かせているので、若い領主だからといって、嫌がらせをされることもない。
「ブラッド様、わたくしやりたいことができましたの」
「なんか、またすごいことを考えているんじゃないだろうなオリビアは」
「キャロラインさんとお話をしていた時に気がついたのですけれど、領地の山に魔法を掛けたら、伯爵家の子孫のためになりそうなのですわ」
「山に魔法!?」
「そうすると鉱石ができるみたいなので、採掘は面倒ですけどわたくしがいなくなってから、孫もひ孫も領民も、とりあえずは路頭に迷うことはなくなりますでしょ」
「よくわからないが、ほどほどにな。すまん、今は、ちょっと話しかけないでくれないか」
「わかりましたわ」
「そうよ。そんな話は後にしなさいよ」
キャロラインは相変わらずわたくしに対して臆することなく不敬を働く。
王太子の婚約者の座を獲得したとしても、まだ妃になったわけではないのにふてぶてしい。
そう思いながらも、わたくしを怯えないのはブラッド様と彼女くらいなので、本人には絶対に言わないけど、実は初めてあった頃、彼女が馬鹿ではないとわかった時から、嫌いではなかった。
そんなやりとりをしているわたくしたちの足元にはクリストファー様が。
キャロラインが、また、浄化魔法で失敗したので、倒れたクリストファー様にブラッド様が蘇生魔法を施しているところだ。
山の件、ブラッド様は呆れているようで、実はわたくしのやることを、面白がっていることはお見通しだ。
すべてが順調で、ブラッド様との生活は、これ以上を望めないほど、毎日がとても幸せ。
これで、クリストファー様が足元で転がることさえなくなれば、わたくしは完璧でしてよ。
完結しました。
ご愛読、ありがとうございました。




