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9 原罪と大罪

 私はまるでゴミのように、あの国に、インフィ国に捨てられた。実際、あの国から見た私は、ゴミ以下の存在だったのだろう。


 でも、確かにあの国は私を『聖女』として迎えると約束したから、私はあの国に行ったのに。

 友人と会えなくなるのは寂しいけど、城で暮らせるようになれば両親に今より楽な暮らしをさせてあげられるかもと思った。


 だけど、あの国の王は私と両親を牢に放り込んだ。

 『聖女』だと偽った罪で。


 私は否定した。せめて関係ない両親は出してほしいと懇願した。

 見える場所で鞭打たれても。

 聞こえる場所で純潔を散らされて汚されても。

 両親は助けてほしいと。何度も何度も。


 だけど、母はそのまま心労と、不衛生な環境のせいで持病をこじらせて帰らぬ人となった。父は私を助けようと看守に飛びかかり、その場で切り捨てられた。

 両親の遺体がどうなったか、私は知らされなかったけど、きっとそこらに野晒しにされて、魔物に食べられてしまったのだろう。


 そして私は、生かされ、罪人の刺青を入れられて、国外追放された。




 私が欲を出さなければ、両親はあんな惨い死に方をしなかった。


 両親を連れてこなければ。


 ……あの国が、私を利用しなければ。


 偶然知った。私を騙して、『聖女』だった私をメイフィア国から離して、二度と『聖女』を現れなくするためだったと。


 愚かだった。

 私は、『聖女』としてとても愚かで、取り返しのつかないことをしてしまった。


 届かないだろうと思いながら、それでも、もし届いたならと希望を込めて、メイフィア国王宛に私がインフィ国にされたことを手紙を書いた。


 それが本当に届くこと、そしてその顛末を、私は知らない。もうこの世界にいなかったから。


 私は私で、あの国に復讐すると決めて、そして思い付いたから。

 国を守る存在である『聖女』が、あの国を滅ぼす仕掛け(呪い)を。




 それには準備がいる。

 両親を追ってすぐに死ぬ気でいたけど、やることができて、皮肉にも生きる気力がわいてきた。


 幸い攻撃魔法は得意だったし、どの国の魔力にも適応できたから襲ってくる魔物を退治できて、一人で旅する分には困らなかった。

 魔物の中には食べられるものもいる。だから食には困らない。服も、皮を加工すればそれなりに見た目も整えられる。寝る場所も適当な洞窟や木のうろを使った。


 ただ、街や村を通るときが、苦痛だった。

 顔にも入れられた刺青を完全に隠すことは難しい。

 罪人だと知られると魔物の素材の換金も断られるし、いきなり石は投げられるし、最悪だった。


 それでも生きていたのは、あの国に、インフィ国に復讐するためだ。

 そのためだけに生き延びて、時間をかけて仕掛け(呪い)を完成させた。


 あとは仕掛け(呪い)産む(・・)女性を探すだけ。

 



 その人たちと出会ったのは、インフィ国から二つほど離れた国だった。

 移動演劇を生業にした集団で、私が一人で歩いているのを見て、親切で馬車に乗せてくれた。

 役者や大道具等を乗せるのに数台の馬車を使って移動していて、私を乗せてくれた馬車には、花形役者らしい見目のいい若い女と、端役を担っていると思われる若い女性が十名ほど乗っていた。


 最初は友好的に話しかけてきた彼女たちも、目深に被った布の向こうの、私の顔に彫られた罪人の入れ墨に気付くと、顔をしかめて黙ってしまう。

 罪人だったと言って馬車から追い出してしまえばいいのに、彼女たちは不思議とそうしなかった。


 そして、黒い髪に灰の目の少女一人だけが、変わらず私に話しかけてきた。

「大陸を越えると行っていたけど、どんなところに行きたいの?」

「特に決めてないわ……ここじゃないなら、どこでも」

「あら。じゃあ、南の大陸にある国なんかおすすめよ。海が近くてね、この辺りじゃ珍しい海産物が美味しいの!」

「食べ物にはあまり興味ないわ……」

「そうなの? あとは織物が有名なあの国とか。女の人が一人でも暮らしやすそうなあの国とか」

「……詳しいのね」

「ええ。色んな国が見たくて、移動演劇に入ったの。だから楽しいわ」

「そう……」

「ねえ、貴女のいた国はどう……あ、」

 彼女は出会う人によく訊くのだろうか。私にも尋ねて、ようやく私が罪人であったことを思い出したようだ。

「あの……ごめんなさい、無神経だったわ……」

 しょんぼりと縮こまった少女を伺う。

 これだけ見れば無邪気な少女のうっかりだったのだと思うが、こっそり窺うと周囲の者たちが私を見てほくそ笑んでいる。


 なるほど。私を馬車から下ろさなかったのは、退屈しのぎだったのか。

 遠回しに私をからかい、見下し、きっと適当なところで「罪人」と騒いで馬車から放り出すつもりなのだろう。


 下らない。

 だけど、そういう魂胆なら遠慮はしなくていい。

 そう思って私は、仕掛け(呪い)を、気付かれないよう少女にかける。


「……いいえ。気にしないわ。めぼしいものはなにもない、つまらない国だったから。でも、そうね。

『隣のインフィ国はいい国だったわ。国王も『聖女』様も素晴らしい方だし、守られている国民もとても幸せそうで、家族で暮らしてみたかった』

……向こうの大陸にもそんな国があったら、いいけれど」


 会話に呪文を混ぜて、魔法は終了する。




 さあ……あの国を滅ぼす仕掛け(呪い)を宿した子の母体になるといい。




 * * *




 発動した魔法に気付くことなく、少女は罪人にも優しい好奇心旺盛な役を、この滑稽な舞台で演じ続けようとして、悲鳴を上げた。連鎖するように他の女たちも、彼女を見て叫ぶ。


 男たちが慌てて馬車を止めて見ると、途中で乗せた彼女が事切れていた。


 なにがあったと尋ねても「突然死んだ」としか女たちは答えず、乗せた彼女が罪人であったこともあり、厄介事はごめんだと、彼女の死体を適当な森に捨て去った。


 燃えるような赤だった彼女の目は、燃え尽きた灰のような色に変わっていた。

 

 仕掛け(呪い)には魂が必要だった。だから彼女は自分の魂に術式を描いて使い、そして仕掛け(呪い)が成功したため、彼女は魂を失った。


 彼女が少女にかけた仕掛け(呪い)は、術がふたつ組み合わさっている。


 ひとつは、女を産むと必ず『聖女』と『片割れ』になる双子で、『聖女』は私欲を優先し『片割れ』を虐げ、国から追い出す行動を取る。『片割れ』を虐げるたびに『聖女』の欲は膨らみ、やがて自分では制御できなくなる。

 男を産んだ場合、発動しなかった仕掛け(呪い)はその子に移る。術の影響で男の場合その後は子どもができなくなるが、女が産まれるまでそうして仕掛け(呪い)を次代に引き継いでいく。


 もうひとつはインフィ国の『聖女』でなくては意味がないので、どこにいても、インフィ国へ戻りたくなる暗示。

 そしてインフィ国で、インフィ国の人間と婚姻し、インフィ国で子を成せば、あとは仕掛け(呪い)が動くのを待つだけ。




 その後、仕掛け(呪い)をかけられた少女は、公演先にインフィ国を熱望し、インフィ男性と恋に落ち、引退してインフィ国に移住し婚姻して、そしてインフィ国で亡くなった。

 産まれた子は仕掛け(呪い)を継いだ『呪いの子』。そんなこと知るよしもない夫婦は、子どもを可愛がった。

 呪いの影響でもあった。子が仕掛け(呪い)を継がせる前に死んでは意味がないから、両親が慈しむように。




 そして仕掛け(呪い)はサニーの父親、ジェイニが継いで、アリアドネとの間に子を授かり、その双子は彼女が呪ったように『聖女』と『片割れ』になり、インフィ国を破滅へ導いた。


 彼女も、人知れず復讐を果たした。




 その後、仕掛け(呪い)に使われた彼女の魂を持つサニーは、彼女が産まれたメイフィア国で、家族を作り、生涯を終えた。

 いつか彼女が、孤独な旅の中で、望んだように。


 その望みを、叶えたかのように。




 * * *




 『憤怒』を宿す魂の破片が戻ってきた。

 それは私の中、欠けていた部分、元の場所におさまる。まるでパズルのピースのように。

 戻ってくるまでの経緯で少し変質していたけど、問題はない。

 気が遠くなりそうな長い年月をかけて、ようやく一割といったところか。かといって私はまだ動けない(・・・・・・)から、自然に戻ってくるのを待つしかできないのだけど。


 だけど暇潰しはある。戻ってきた破片の記憶だ。

 この魂の破片は、仕掛け(呪い)に使われて『聖女』として国をひとつ滅したようだ。


 へえ、面白いことをしたのね。

 この『聖女』は『強欲』に近いけど、仕掛け(呪い)に使われた元『聖女』の『憤怒』に影響されて暴力的になったのかしら。


 そんなことを思いながら、目を閉じる。

 目を閉じて、思い出す。




 まだ私が『厭世の魔女』と呼ばれていた頃。


 『魔女』は、体内に魔力を宿し、その魔力をもって魔法を扱うことができる唯一の存在。


 その頃の『魔女』はその力で世界を守ることを強いられていたけど、私は、それが嫌だった。

 『魔女』だって、ただ魔法が使えるだけの、人間と変わらない存在なのに。何故、見返りもなにもないのに、『魔女』に守られるのが当たり前だと怠ける人間たちを守らねばならないのか。


 『慧眼の魔女』が知恵を授けた。

 『豊穣の魔女』が実りを与えた。

 他にも、いろんな『魔女』たちが、いろんなものを人間に授けた。なのに人間たちは身勝手に『魔女』に恩恵を求めて、都合が悪くなると『魔女』に責任転嫁して、まるで紙切れのように燃やす。

 それでも世界は何度でも『魔女』生み出し、人間に与えるから、負の繰り返し。いつまでも人間は愚かなまま。


 だから私は、思うままに生きた。

 世界の怒りを聞いた。だけど無視した。

 人間が争い始め、土地が焼かれ、重ねた知恵も失って、人間がたくさん死んだ。

 だけど、全て放置した。


 いつしか私は『厭世の魔女』と呼ばれるようになった。


 人間たちに干渉しなかった結果、生き残った人間たちは私を恨み、私に全ての責任を押し付けて、なぶり殺した。

 体は七つに裂かれ、ばらばらに葬られた。

 魂は細かく砕かれ、世界中に散らばった。


 殺された。

 だけど私は、消えなかった。

 体も、心も、魂も。炎で焼かなかったから、私は消えず、こうして残っている。

 存在が残っているから、二度と『魔女』は生まれなくなった。負の繰り返しをようやく断ち切ったと思った。




 だけど世界は、どうしても特異なものを存在させたかったらしい。


 まず、私の体の上に大陸ができた。

 体に残った魔力が大陸に染み渡り、その影響で後に産まれた人間たちは魔法を扱うことができるようになった。


 その大陸に、散らばった魂の数だけ国ができた。そして、その国の魔力の()に一番近しい人間に魂の破片が呼応し、魔力を充分に使えるように力を補う存在を与えた。『聖女』が『片割れ』との双子になるのは、破片が『片割れ』を与えるからだ。

 そうして常人以上に魔法を扱えるようになった彼女たちは、いつしか『聖女』と呼ばれるようになった。


 『聖女』は国を守る要となり、人間たちは彼女たちに依存していく。

 精巧な絵画のような美しく身勝手な偶像を与えて、額縁からはみ出さないよう、生き方を押し付ける。

 清廉であれ。

 慈悲深くあれ。

 無欲であれ。

 無害であれ。

 献身的であれ。

 全部、与えられる側にとって都合がいい理想でしかない。


 まるで世界が、人間たちが『魔女』から『聖女』に依存先を変えただけの愚かさを、私に見せつけて私の行いが無意味だったと嘲笑っているかのように思えた。


 私は、これが大罪を犯した罰なのかと、やがて全てがどうでもよくなった。




 それに気付いたのは、偶然だった。

 ある国の『聖女』が私欲に溺れ、国を滅ぼした。そのとき、私の魂の破片が戻ってきたのを感じた。

 どうやら国の魔力で破片を繋ぎ止めていたらしい。

 領土が他の国のものになれば、魔力もその国のものに塗り変わる。だから、戻ったのだろう。


 もし魂の破片が、全て戻ってきたら。


 私の体はもう朽ちたけど、私の魔力が染みた大陸なら、自由にできるかもしれない。


 ……世界に、復讐する好機ではないか?




 最初の頃の『聖女』の扱いは、まるで奴隷のようだった。

 休む間もなく魔法を使い続け、乞われるままに祈り続け、施しをする。そうあることを押し付けられた、哀れな女たち。

 自ら命を絶つ者も少なくはなかった。

 更に人間たちは国にとって都合の悪い『聖女』を処刑したり、国を見限った『聖女』が役目を放棄して逃亡することも多かった。

 そのため、魂の破片の回収は容易かった。


 だけどいつしか小賢しい人間が『聖女』を保護する確約を作り、一転して彼女たちを優遇することで国にしばりつけるようになり、破片の回収が難しくなってしまった。

 待遇がよければ、国から離れる理由も逆らう理由もない。

 『聖女』たちは喜んで、望まれる『聖女』を演じ、役目を果たすようになってしまった。


 それでも、『聖女』も人間。

 数十年も待てば、一人くらい愚行を犯して国を滅ぼす者や、愚王の振るまいを見限り国を去る者もいた。


 少しづつ、魂の破片を取り戻しつつある。

 私が諦めなければ、復活の日が、復讐の日が、必ず訪れる。


 気の遠くなる話。

 だけど、不可能ではない。




 私はその日を、今日も夢に見る。





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