閑話:ことりちゃんと夫婦石
茹だるような暑さも過ぎ去り、少しばかり涼しさを感じるようになってきたある日の事であった。
その日、部屋で寛ぐ僕の所へ、ことりちゃんが神妙な面持ちでやって来た。
「パネ田さん……」
「ん? どうかしたのかいことりちゃん?」
ことりちゃんの大好きなカロピス――涼しくなってきたから氷無しのものを出しながら、僕は話を促す。
いつも元気で、どこか不思議な性格をしていることりちゃんには珍しく、今日の彼女はしおらしい。
キョロキョロと辺りを見回し、恐らく他に誰もいないであろう事を確認したことりちゃんは、少しだけ恥ずかしそうに両の指をモジモジとさせながら小さく呟く。
「実は、パネ田さんを見込んで少しお願いがあるのです……」
「お願い? 何かな? 僕にできる事だったらなんでも言ってよ!」
のじゃーさんはお出かけ中。新妻さんも本日は遊びに来ていない。
その恥ずかし気な様子から、ことりちゃんがわざわざ僕だけにお願いする為に時間を選んでいた事が分かる。
さしあたって思い当たる点がないのでどの様な話が出てくるか怪訝に思う。
まぁ、ことりちゃんのお願いだったら大抵の事は聞いちゃうけどね!
「はい……では」
ことりちゃんは何かを決心したかの様に頷く。
そして、先程とは一転して俯いていた顔を勢い良く上げると、目を瞑りながら大声で叫んだ。
「パネ田さん! ことりの旦那様になってください!!」
………
……
…
早速式場へと向かおうとする僕をことりちゃんが押しとどめ、取り敢えずはと事情の説明を行ってくれる。
突然の事態に、ことりちゃんのご両親への挨拶を必死に考える僕であったが、彼女曰く話は少し違うらしい。
「――成る程、夫婦石の呪い……ねぇ」
「はい、そうなのです。実は、ことりは最近お仕えする神社よりある夫婦石の調伏を命じられていたのです……」
夫婦石……夫婦岩とも呼ばれるそれは日本各地で信仰される、夫婦円満のご利益がある神様の一種だ。
一般的には伊勢にある夫婦岩が有名であるが、それ以外にも全国各地に同じような物が点在している。
ことりちゃんが言っているのはそんな中の一つなんだろう。
……しかし、どういう事だ? その話はおかしいぞ?
「待って。調伏って……夫婦石って皆に信仰されている有難い神様の一種でしょ? なんで調伏なんて話になるの?」
「昔はそうだったみたいなのです。けれど戦時中の空襲で妻石が失われたみたいで……伴侶を失った悲しみより荒御魂となっているのです」
「なるほどー」
陰陽、表裏、昼夜、左右、――そして夫婦。
二面性というのはこちら側の世界に置いて重要な意味を持っており、いわばバランスが取れている状態を表している。
その片側が失われているとなれば夫婦石に宿る存在が荒御魂……呪いや厄災を齎す神となるのも不思議ではない。
「いままでいろんな人が慰撫を試みましたが効果がなく。ついに調伏の命が出され、ことりが赴いたのですが……」
「負けちゃったと」
「はい、2ラウンド目にまさかあんな形でカウンターパンチを貰うとは思いませんでした……」
悲しそうに説明してくれることりちゃん。
ことりちゃんと相手の間で、どんな戦いがあったのかは分からない。だがことりちゃんは負け、そして呪いを受けてしまったらしい。
しかし呪いか……。これは面倒な事になってるぞ。
「大丈夫かい? 呪いってどんな物なの?」
「失われた妻石の代わりとして、夫石の妻にされてしまう呪いなのです。必死に調べた結果、自分が既に婚姻済みである事を証明すれば呪いが解けそうなのです。ですが、期限も差し迫っていたので……」
「それで、僕に白羽の矢が立ったと言う訳だね」
「はい、ことりの知っている男の人はパネ田さんとカレー屋のおっちゃんだけなので……。あ、でも! 男の人だったら誰でもいいって訳でもなくて、パネ田さんはことりのペリーなので……」
控えめに語ることりちゃん。
たしかに、よく目を凝らすと彼女に呪いらしき邪念が纏わり付いているのが分かった。
つまり彼女は呪いを解くために僕に偽の夫婦を演じて欲しいと言うわけだ。
本気の結婚ではないのが残念だが問題ない。既成事実というのは重要なのだ。
それに、女の子に頼られて悪い気になる男なんていない。こんなに可愛らしい子だったら尚更だ。
「僕とことりちゃんはラヴラヴだからねっ!」
「そうなのです。ラヴなのですっ」
僕の返事にニコニコと両手でピースを作りながら答えることりちゃん。
うんうん。この調子この調子。
こうやって段々とその距離を近づけておいて、最終的にノーと言えない状況を作るのだ。 僕は満足気にことりちゃんを見つめる。
「でも……困りました。勢いで言いましたが、パネ田さんにはのじゃーさんもニイヅマーも、他にもいろんな女の子がいます。ごっことは言え、やっぱりことりがこんなお願いしては駄目だと思うのです」
うーむと両腕を組みながら考えこむことりちゃん。
勢い余って僕にお願いしたは良いものの、少し冷静になって考えて自分の発言に疑問を感じたのだろう。
僕も対策を考える。ことりちゃんも実際に呪いに晒されているわけだし、あんまり危険が無い方法がいいかな。
「その……何か呪術避けの護符とかありませんか? 時間を稼げればお仕えする神社でなんとかしてもらえると思うのです」
ことりちゃんは、ふと何かを思いついたような表情を見せると、期待を込めた視線を僕へと向けてくる。
その表情を見て僕も閃いた。護符か……よし、この作戦で行こう。
万が一の時の為。僕の部屋には呪い返しの護符がいくつかストックされている。
僕はその事を思い出しながらことりちゃんに返事をする。
「大丈夫だよことりちゃん。安心して……」
「おお!? やっぱりありましたか! 流石パネ田さんです! 頼もしさもパネェですね!!」
僕の言葉に頼もしさを感じたのか、途端に笑顔になることりちゃん。
そんな彼女に僕も思わずその表情がほころぶのが分かる。
安心して、全て僕に任せておいてね!
さぁ、ことりちゃん!!
「――結婚しよう」
「ふえっ!?」
「護符とか無いから結婚しよう!」
「ええっ!!」
護符はあるけど結婚する。今決めた。
って言うか護符が破られて万が一が起こったら嫌だからね。
僕は珍しくワタワタと慌てることりちゃんを、チャンスとばかりに言いくるめるのであった。
◇ ◇ ◇
「ぱ、パネ田さん。やっぱり良くないんじゃないでしょうか? ことりは心配です……」
人気のない住宅街をことりちゃんと歩いていると、先程からソワソワと不審げなことりちゃんがそんな事を言い出す。
あれから、突然の事に動揺するマイワイフを押しに押して無理やり婚姻を了解させた僕は、早速その夫石とやらの呪いを解く為に、祀られている社へと向かっていた。
横に居るはマイワイフ。ちょっぴり不思議な性格が魅力的な、木菟の神使であることりちゃんだ。
僕は半ば強引であるが彼女と結婚した事に満足しながら、自らのお嫁さんにその作法を伝授する。
「おいおいことりちゃん。僕の事は旦那様って呼ぶように言ったでしょ? なんせことりちゃんは僕のお嫁さんなんだからね!」
新婚さんプレイ!
僕のテンションはうなぎ登りだ。僕は内心悟られないように、極自然な笑みを浮かべながら、その事が当然とばかりにことりちゃんを誘導する。
ふふふ、さぁ、僕の事を旦那様と呼ぶのだことりちゃん!
「あう、わかりました。……旦那様」
「ぐっ! 破壊力が高ぇ!」
小さく、それでいてハッキリと告げられるその言葉。
思わずその場に倒れ込みそうになる。
予想以上にヤバかった。これがギャップ萌えと言うやつなのであろうか?
普段掴みどころが無く、マイペースな子が不意に見せる女の子な仕草。
僕は新時代の幕開けを感じながら、この世の全てに感謝の念を送る。
「旦那様? どうかしたのですか?」
「な、なんでもないよことりちゃん!」
「……? そうですか? 変な旦那様ですね」
不思議そうに見つめてくる彼女に、返事の代わりの笑顔を向ける。
その笑顔をどう捉えたのか、ことりちゃんは僕と目があった瞬間、頬を赤らめながらそのまま俯いてしまった。
この子は何か? 僕を萌え殺そうとしているのだろうか?
僕はことりちゃんの隠された魅力に心の中で本日何度目かになる敗北宣言を行う。
……気が付くと、辺りは先ほどの住宅街から代わって山道に入り、緑豊かな遊歩道となっている。
あまり見る所もない、と言うか、本当に何もない場所らしく今は人の気配すらない。
響くのは木の葉が風に揺れる音、二人の足音だけだ。
――無言の時間が続く。何か話題を持ちだそうかと思ったが、特に思い立たない。
いつもは元気に不思議な話題を提供してくることりちゃんも、流石に嫁宣言が効いたのか、今は恥ずかしがって俯いてばかりだ。
「あの、旦那様。ことりは立派な奥さんになれるよう、頑張りますので。その……手を、繋いで欲しいです」
その言葉に少し驚き、彼女の方を見た。
ことりちゃんは先ほどと同じように俯いたままだ。
だが、彼女の手だけは、自らの想いを表すようにこちらへと差し出されている。
……よし、帰ったら押し倒そう。
僕はそう、固く心に決める。そして彼女の手を優しく握りこんだ。
………
……
…
無言のまま歩き続ける。
だが、先ほどとは違い気まずい雰囲気は無かった。
二人の間には言葉以上の何かが有り、暖かな雰囲気があった。
そしてどの程度、その穏やかな空気を楽しんだろうか……。
「着きました。ここです旦那様」
「これが例の石か……」
目の前には小さな社があった。
大の大人が数人いれば運べそうな、そんな小さな社だ。横には『夫婦石』とあり、その謂れを説明書きした看板が立っている。
そして、社の中には確かに一抱え程の石が鎮座していた。……一つだけ。
「そうなのです。ことりは怖いので頼もしい旦那様の影に隠れます。ガクガクブルブル」
少しだけ元気になったのだろうか。いつもの調子を取り戻したことりちゃんが自ら擬音を発しながら僕の影へと隠れる。
「ふふふ、任せてよハニー。こんな奴イチコロさ! さぁ、夫石よ! 僕の呼びかけに答えよ! ことりちゃんの夫が来たぞ、呪いを解け!!」
愛しのマイワイフの期待に答えるよう、威勢よく声を上げる。
面倒事はさっさと終わらせるに限る。そしてことりちゃんとの愛の語らいを続けなければいけないのだ!
『おお! 憎きかな憎きかな! ようやく我の妻が戻るかと思うたのに、またどこぞの馬の骨が現れおった!』
脳内に直接響き渡るような声が聞こえる。
眼前に鎮座する石より見るからに分かるどす黒い意思を含んだ邪悪な瘴気が湧き上がると、人の顔を形取った。
……おでましか。神と崇められたくせに酷い有り様だ。
「それはこっちの台詞だ! 僕の大切お嫁さんをこんなに困らせて! 事情はわかるがお前の妻の代わりは誰にも務まらないんだぞ!」
『悲しい! 悲しい! 我が妻は何処ぞにおるのだ!』
荒ぶっているせいか、僕の言葉はあまり届いていない。
だがそれでも問題ない。神などと言った存在は、その強大な力と引き換えに、一定の法則に縛られることが多い。
この様に零落した神とて同じだ。
ことりちゃんの言うとおり、呪われた女性を守護する者として、その夫を持ってくれば手出しをする事は不可能だろう。
堕ちても夫婦円満を司る神なのだ、夫婦の仲を引き裂いてしまっては消え去るしか無い。
「知らないね! 少なくともことりちゃんじゃない事は確かだよ!」
「頼もしいです……旦那様」
威勢良く放たれる僕の言葉に、どこかうっとりとした言葉で呟くことりちゃん。
僕はこの後ことりちゃんを全力で甘やかすことを誓いながら、怨嗟の声をあげる夫石を睨みつける。
『ええい忌々しい! 伴侶が居ない娘はおらぬか! 我が妻となる娘は!』
夫石は苦しそうに悶えながら、憎悪の篭った念を辺りに撒き散らす。
……自らの存在意義とその行動の矛盾に苦しんでいるな。
このまま上手くいけば、ことりちゃんの呪いも解いた上、調伏も可能か?
「こ、この調子なら呪いを解いて貰えそうですよ。旦那様」
「ふ、真実の愛の前にはこの程度の呪い、恐るに足らずさハニー!」
いつの間にか僕の腕に抱きついていることりちゃん。
そんな彼女をここぞとばかりに腕の中へと抱き寄せると、強い意思を込めて夫石へと宣言する。
「さぁ、呪いを解け! でないと実力行使に出るぞ!」
『ぐぅああああ……』
「さぁ! 早く!」
僕の言葉が効いたのだろう、夫石は自己矛盾に耐え切れず今にも消え去りそうだ。
くっくっく。簡単すぎるね!
後はこの夫石の呪いを祓って、ことりちゃんの好感度をアップ。そして初めての共同作業をすれば完璧だ!
やぁ、テンション上がってきたな! うーん、ことりちゃんはこれでもう完全に僕の嫁だし、あとはのじゃーさんと新妻さん、スーさんと坩堝ちゃんも嫁にしたいなー!
むむむ! なんだか楽しくなってきたぞ!
僕は輝かしい未来に思いを馳せる。僕が大好きな女の子達とそれはそれは楽しく幸せに暮す未来予想図だ。
まさに極楽、まさにエルドラド! 僕の伝説は今より始まるのだ!
『ぐぬぬ……ん? ……ちょっと待て。貴様、何かやましい想いを隠しておるな?』
「な、なんの事かな!?」
始まらなかった。
「これはヤバイですよ旦那様。 仮面夫婦である事が完全にバレてますね。でもことりの旦那様は最強なので大丈夫です。ぎゅーっ」
しかもことりちゃんがぶっちゃける。
彼女は幸せそうに目を瞑りながら、僕の胸に頭を押し付けている。
うんうん、僕もことりちゃんが抱きついてくれて嬉しいよ。でもね、君はもうちょっとTPO考えようかい?
僕だって何でもかんでも誤魔化せる訳じゃあないんだよ?
『我が目は誤魔化せぬ! 貴様の心の中に他の娘の影があるぞ! 貴様、謀っておったな! そこな娘は妻ではないであろう!?』
うげぇ、こいつ心を読めるのかよ!
神といっても持つ能力は様々なだ、それなりの位階になると心を覗くこともできるのだが……。予想以上に相手の位階が高かったか!
僕は内心で舌打ちすると、どうやってこの場を切り抜けるか考えを巡らす。
『ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、……貴様! 何人の娘を侍らすつもりじゃ!』
「か、勘違いしているよ。彼女達は仲の良い友達だね」
勘違いじゃありません、五人程侍らそうと企んでいます。
僕の心は正直者だ、いつだって嘘は許さない。
そんなピュアハートな僕の内心を覗いたのか、先程より憎悪の念を増した夫石が憎しみを持って宣言する。
『騙されるか! だがしかし……これでそこな娘は儂の物じゃのう?』
「だ、旦那様!」
黒い瘴気がことりちゃんを連れ去ろうと近づいてくる。
先ほどまで幸せの表情だったことりちゃんが途端に怯えの表情を見せる。
そんな彼女を安心させるように、優しく声を掛けた。
「安心してことりちゃん。君の旦那様に任せておいてよ」
『白々しいわこの軟派者め! さぁ、そこな娘はワシがもろうて行くぞ!』
「駄目だね、ことりちゃんはお前に絶対渡さない。何があってもだ」
「旦那様!」
胸の中に抱きとめたことりちゃんより喜びの声が聴こえる。
僕は大切な女の子を決して離さぬよう抱きしめると、夫石を強く睨みつける。
『何を言うか! 夫でもない貴様に何かを言える権利などないわ!』
「違う。ことりちゃんは僕の嫁だ」
その言葉に夫石が小馬鹿にしたような笑い声を上げる。
下品な声だ、胸の内でことりちゃんがひぃっと怯えの声を上げた。
『戯けが! では頭におる他の娘達は何ぞ!? どうせ浮ついた気持ちでおるのだろう!』
こいつは何か勘違いをしている。よもや他の女の子がいるから僕がことりちゃんを諦めるとでも思っているのだろうか?
伊達や酔狂でことりちゃんを自分の嫁宣言をしているとでも思っているのだろうか?
……ありえない。
だから、言ってやった。
「彼女達も嫁だ」
『ん?』
空気が止まる。
なに言ってるんだろうこの人。――そんな空気が場を満たす。
うん、ちゃんと聞こえなかったのかな? よし、じゃあもう一度。
「全員僕の嫁だ」
『――っ!? こやつ、心に一点の曇もない! 本心から言うておる!!』
「法律、世間体、種属の差、家族の視線、本人の同意……。問題は沢山あるだろう。けど僕は言える。皆大切な僕のお嫁さんだって!!」
僕は叫んだ。心の底から叫んだ。
届けこの想い! 僕の大切なお嫁さん全員に届け!
『現実を見よ! いろいろどう考えても不可能だろうが! って言うかせめて本人の同意ぐらい取れ!』
「現実が怖くて皆とイチャイチャできるか! 僕は刹那的に生きてやる! どうなったって知るもんか! 全員嫁にしてやるぞ! と言うか嫁だ! 同意とかまだ取ってないけど別に良いよね!!」
『ロックに生き過ぎだろうが!!』
僕の生き様に夫石がツッコミを入れてくる。
その言葉は的確だ、完全に正論である。ぐぅの音も出ない。
だが正論が勝つと思ったら大間違いである、こういうのは本人達の気持ちの問題なのだ。
「旦那様……かっこいいです」
『落ち着け! おぬし騙されておるぞ!』
ふふふ、ほら見たことか! 僕のお嫁さんは満更でもないぞ! って言うか僕がちょっと不安になる位チョロいぞ!
僕は勝ち誇った笑みを浮かべると、見下すように夫石を見やる。
既に僕の勝利は揺るぎない物となっている、後はどう終わらせるかだけだ!
『ぐぬぬ、しかし本当に良いのか!? 娘よ! お主は一人の男を愛しても、その男はお主だけを見るだけではないのだぞ!?』
悪あがきだろうか、夫石はその矛先を僕からことりちゃんへと変えると、正論を持って彼女を説得しようとする。
「うう……それは」
『こんな優柔不断な男と一緒におった所で破滅しかないぞ!? 目を覚ませ!』
夫石の言葉にことりちゃんが揺らぐ。
確かに僕は優柔不断な駄目な奴かもしれない。
けど、けど! この気持ちだけは本当なんだ! 信じてくれことりちゃん!
――と、言うわけなので。僕は早速ことりちゃんを言いくるめることにした。
「大好きだよ、ことりちゃん。絶対に大切にするからね、僕を信じて?」
「――っ!? えっと、ことりはお嫁さんの一人でもいいです。旦那様のお嫁さんにしてくれるなら……」
『チョロイなお主!!』
素晴らしいねことりちゃん!
僕は素直で愛らしいマイワイフに最高の笑みを浮かべながら、同時に不敵な笑みを夫石に向ける。
くくく、これで分かったかい? 初めからお前が勝利するルートなんて用意されてなかったんだよ!
「二人の愛は引き裂けないって事だね。そんな訳で、呪いを解くぞ! おまけに呪詛返しだ!」
『認めぬ! 認めぬぞ! こんな事、こんな羨ましいこ――』
――ギャァァアァアアア!!!
手で印を組み、簡易の呪詛返しの法を行う。
相手も負けを認めていたのか、ことりちゃんに纏わりついていた呪いの影は驚くほどあっさりと解かれる。
その瞬間、普通の人には聞こえない絶叫が響く。同時に夫石に大きな亀裂が入った。
……確定された勝利とは、これほどまでにも無情なのか。
僕はこの結果に満足しながらことりちゃんへと声をかける。
夫石を調伏したはよいが、ご神体である石にヒビが入っている。この場面を誰かに見られてあらぬ疑いをかけられない為にもさっさと帰るのが一番だからだ。
後の雑用的なあれこれはことりちゃんが使える神社を通じて、専門の人達が処理してくれるだろう。
「長く、苦しい戦いだった……。さぁ、呪いも解けたことだし帰ろうかことりちゃん!」
「おお、流石。ことりは今回も助けられてしまいましたね。本当にありがとうございます」
「気にしない気にしない。この位、お安いご用さ!」
僕の腕から離れると、自らの様子を確認するように腕や身体を動かしす。そして異常がない事を確認すると礼の言葉を述べることりちゃん。
どうやらいつもの調子も完全に戻ってきているようだ。
やっぱり君はそっちの方が似合っているよ!
僕も上機嫌だ。嬉しそうにはしゃぐ彼女を見ながら笑顔でこの場からの逃走を促す。
……早く、人来る前に逃げようよ!
だけど、ことりちゃんは一転して静かになると、こちらを真剣に見つめる。
……ん? どうしたのかな?
「でもことりは嬉しかったですよ? お芝居でしたけど、パネ田さんのお嫁さんになれたので……」
「ことりちゃん……」
不意に、そんな言葉が彼女から告げられた。
自らのスカートをギュッと掴みながら。どこか困った様な、寂しそうな、そんな不思議な表情を見せながら。彼女はそう言った。
「パネ田さん。お願いがあるのです」
「何かな?
続けて語る。
僕も彼女から視線を離さない。
この場だけはいつもみたいに巫山戯てはいけない気がした。
「もし、ことりの勘違いじゃなかったら……。いつかその時が来たら――」
数分、いや、数秒だろうか? 彼女が言葉を告げる決心が付くまで僕は待つ。
そして……。
「――今後は、本物のお嫁さんにしてくださいね」
彼女はやわらかな笑みを浮かべて、そう告げた。
「もちろんだよ」
「……はい」
――元来た道を歩む。いつの間にか二人の手はここへ来る時と同じように重なりあっていた。
………
……
…
「と、ところでパネ田さん……」
「なんだい?」
「ことりは旦那様にとって何番のお嫁さんなのでしょうか?」
「うーん、一番かな? みーんな、一番」
「むーっ! パネ田さんは意地悪な人です! ことりは機嫌を悪くしました。つーん」
「えー? 順番なんて決められないよ!」
「別に関係ない話ですけど、『嘘も方便』と言う諺がある事をことりはパネ田さんにお伝えします。つーん!」
「機嫌直してよー。そうだ、ちょうどいい時間だし二人だけでお昼にカレーを食べに行こうよ。好きでしょ? カレー」
「そ、そんな事でことりをはぐらかそうとしても駄目ですよ! ことりはグローバルな大人なので……じゅるり」
「じゃあ決まりだね! 早速行こうよ!」
「し、仕方ないですね。パネ田さんがそこまで言うのなら。わくわく」
……あの時言った言葉は、僕の偽らぬ本心だ。
たしかに、問題は多く、壁は大きいだろう。
けど、今日の事を忘れずに。隣で豪華な昼食に思いを馳せながらヨダレを垂らす、このいじらしい女の子を大切にしよう。
僕は、誰に告げるでもなく、そう心に誓いながら、ことりちゃんの手を引くのであった。
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