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第17話 ――まだ。

 帰宅したエルネスタはさっそく、ブローチピンをマーヤたちに見せた。


「まあ! アレキサンドライトですか?」

 マーヤが目を丸くする。


「クロード様から頂きましたの!」

 エルネスタが嬉しそうに答える。


「まあまあ……」

 メイドたちがざわついた。

「侯爵家の方から宝石を?」

「しかも、アレキサンドライトは希少な宝石ですわね」

「そうなの?」

 エルネスタは小首を傾げる。

「ええ。特定の山脈付近でしか採れない宝石で、昼と夜で色が変わります」

 マーヤが答える。

「色が?」

「太陽光の下では緑色。人工光の下では赤紫色」

「まあっ」

 エルネスタは目を見張った。その顔は、純粋な好奇心に満ちている。

「なら明日、外でこのブローチを見てみますわ!」

 

 メイドの一人が、ぼそりと言う。

「もしかしてエル様、ザハリアス侯爵に気に入られたのでは……?」


 エルネスタはきょとんとする。

「気に入られる?」


「将来の婚約者候補、ということです」


 その瞬間。

 壁際に立っていたギルベルトの動きが、ぴたりと止まった。


「婚約者……?」

 エルネスタは首を傾げた。

「つまり、未来の旦那様候補です」

「旦那様!」

 エルネスタの頬がぱっと赤くなる。


 ギルベルトが無言で窓の外を向いた。


 メイドたちが、きゃあきゃあと盛り上がる。


「エル様は」

 ギルベルトが口を開く。

 エルネスタとメイドたちは、一斉に彼の方を見た。

「十二歳です。婚約はまだ早いのでは」


「あら」

 それに応えたのはマーヤだった。

「十二歳から婚約の話は珍しくありませんよ。今年に入って、旦那様と奥様が、エルネスタ様に社交の場へ行かせるようにしたのは、そういう理由もあります」

 ギルベルトの眉が僅かに動く。

「……そういう理由?」

「ええ。要するに”婚活”です」


 ギルベルトは言葉を失ったまま、呆然となった。


「婚約者候補……」

 エルネスタはブローチを胸の前で握りしめた。

「旦那様って、毎日一緒に踊るのかしら」


「そうですわよ」

 メイドたちが盛り上がる。

「まあ素敵!」

「クロード様とエル様、お似合いですわ!」


 ギルベルトのこめかみが、ぴくりと動く。


 逆に、エルネスタの動きが止まった。


「もし婚約したなら……もう、森へは行けないのでしょうか」

 エルネスタが小さく呟く。


 先ほどまで盛り上がっていたメイドたちが、きょとんと顔を見合わせた。

 

「まあ……」

「婚約者様次第では?」


 エルネスタはしゅんと肩を落とした。


「いやですわ」


 その声に、部屋が静まる。


「わたくし、森へ行くの好きですもの。ギルと一緒に歩くのも、好きですし……」

 ぎゅっと、エルネスタはブローチを握りしめた。

「毎日ダンスばかりなんて、つまらないですわ」


 メイドたちが苦笑する。


 だが――壁際に立っていたギルベルトだけは、僅かに目を伏せた。

 胸の奥に張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩む。


「……エル様」

 低い声だった。


 エルネスタが振り返る。


 ギルベルトは窓際から離れると、彼女の前へ歩み寄った。

「明日、雪が止めば森へ行きましょう」


 エルネスタの藍色の瞳が、ぱっと輝く。


「本当!?」

「ええ」

 エルネスタは嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ながら、ギルベルトは静かに目を細める。


 ――まだ。


 まだ、誰にも渡したくない。


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