会って話すと書いて会話
「……」
ぐったりと眠る少年の足を見る。動脈は外したとは言え、傷口からは血が流れ出ていた。
急いで緊急用に渡されていた黒い布を、ポケットから取り出す。怪我をした部分のズボンを手で破ると、生々しい光景が見えてしまった。
そうだ、俺が撃ったのは人だ。化け物達を相手にしてたから麻痺してたが、人間だとなんてグロテスクな……
「くそ…ごめん」
眉を顰め、黒い布を傷口に軽くあてがうと、肌にピタリと張り付く。すると布は肌を吸着したままキュッと収縮し、傷口を塞いだ。
「行くよ」
俺はAを抱きかかえて、歩き始めた。それも大事そうに、我が子を抱くように、しっかりと胸の中に包み込んだ。
「テツ」
その去り際、後ろに居たムバーが呼びかける。振り返る気力はない。
「一応言っておこう、気に病むなよ。先に攻撃してきたのはAだ。君は……そう、ただ役目を果たしただけ。Aもこの森に入るということは、その覚悟があるってことさ」
「分かってる…こんな気持ち……すぐ良くなる。化け物共が来る前にさっさと行くぞ」
その歩みは疲れからか、重い足取りだった。
***
「ん……」
鈍い痛みと混沌する意識の中で目覚める。まだ瞼は重く、開かない。
おかしい、先程まで人型のドゥネルと戦っていたはず。僕は、死んだのか?いや、死んでない。瞼の先から光が見える…
「———」(おはよう…体は平気か?)
何処かで聞いたようなその声。それは恐怖と痛みの記憶に結びつく。僕はその瞬間、ハッと目を覚ました!
「んん!!」
声を出そうとするが、出せない。何かで口を塞がれてるんだ。
「!」
あの人型のドゥネルだ。鋭い目つきで黒くて短い髪、なによりあの鉄の肌。目の前で、椅子に座って前屈みに手を組みながら僕を見つめている。
———ガタッ
僕は、全力で身体を動かそうとする。けど座らされている椅子に、鉄のロープで全身を縛られて自由に動けない。椅子も、ちっとも動かない。頭に何か付けられているような違和感もある。
「———」(なぁ、これ大丈夫なんだよな?この子、動かないよな?)
「———」(そんなこと分からんよ。動かず魔法を使えるってんならお手上げ、になるぜ)
別の声が聞こえる。ここから、僕は何をされるんだろう。
もしかしたら、お父さんみたいにガラスになっちゃう?お母さんみたいに……別の頭が体から生えてくる?
それを想像すると、どんどん、視界がぼやけていく。ごめん、やっぱり僕は泣き虫だ。
皆、本当にごめん...!誰か...助けて!姉ちゃん!
***
「よしでは二人とも。RFFを始めるよ」
「おぉ、やれ!やれ!」
「頼んだ」
怯えた表情の子供が、椅子に括り付けられていて、あまりにも酷い光景だ。その頭には小型で円形の脳波計測装置が何個も何個も取り付けられている。
彼の横にある箱型の機械は、AIの二人が作っていた例の装置だ。
「本当に非侵襲なんだろうな」
「その点は安心しろ。急ピッチだが完成させた!ま、頭かっぴらいて調べろって言うならやってもいいけどな」
「物騒だわサイコAIめ」
俺とヘルメがわちゃわちゃ言い合う内に、ムバーはせかせかと動く。まずは少年の口枷を外した。可哀想に、歯をガタガタ震わしているぞ。
その時、ブオンと機械が起動した。
「あーっと、適当な言葉言えばいいんだよな。きみ、名前は?」
「———」
「やめて!……だとよ」
「やっぱり警戒するよな。まぁ、悪いけど続けていくか」
俺らが今行なっていること、それは未知を既知に転化させる作業に違いない。
脳波を読み取って、思考を既知の言語に翻訳する。それを未知の発音と照合させて、既知の発音にする。そういう手筈。
この技術はヘルメの世界の産物——RFFと言うらしい。たしか、こちらの世界でも似たようなことが出来た筈だ。ニュースで見たことがある。
ただしここの人間の脳波が、元の世界の人間のものと同じとは限らない。正しい反応が得られない時は、その場で修正するのだと。地道な作業だ。
「ボルトが折れるぜ、こりゃ。まっーたく、パーツが無かったからデータ精度も良くねぇしよ」
「その通りだ、この処理量じゃ内部がアチアチになってしまう」
「さぁ頑張ってくれよAI達。この子の体力も無限じゃないんだ。さっさと休ませてやりたい」
こんな感じで、なかなか忙しくその作業は進んでいった。
俺は少年の汗を定期的に拭き取り、水を飲ませたりした。なかなか嫌がってたから、もの凄く大変だった。指を噛まれたりもした(噛んだ方が痛がってた)。
「——」
「————!?」
途中、試しにムバー達が収集したデータを転送してもらい、単語を言ってみる。その意味は助けてくれ!だ。
まぁなんと、俺と少年の状況を端的に表した良い言葉じゃないか。その言葉に彼は目をまんまるくして見せた。
そのあとは、非常にスムーズだった。あっちも俺らで実験を始めたからだ。彼は単語を羅列したり、彼ですら知らない言葉で惑わせてきたり、しっかりとした文で応答を求めた。これはもはや探り合いだ。
さて、4時間程経った頃、疲れてきたのか反応が少なくなる。先ほどから首が取れそうな動きをしている。
まぁ、それも当然。知らない言語を喋る人間相手によく持った方だ。おまけに拉致されてるし。
「なぁ………いや、流石に疲れたか」
「そうらしいなぁ。どうだ?ムバー、こっちはあらかたOKだ」
「こちらも基本的な事は十分に学べた。よしテツ、全ての翻訳データを送るぞ」
「待ってくれ、脳に情報が一気に流れるのってキツイんだっけ?」
「「そうらしい」」プスッ
俺の首のコネクタに、勝手にコードが挿入される。ビビビと脳みそや背骨に電流が流れるのを感じる。
「あががががががががが!」
あったま痛い!キツイって負荷とかじゃなくて、普通に痛いんだ!
「がっ!!はぁはぁはぁ」
1分間の地獄を乗り越え、見る景色。俺の悲鳴に少年も目が覚めてしまったようだ。
「なんだ?一体キミは?」
聞こえる、聞こえるぜ!言語が…母国語みたいに。
「自己紹介が…はぁ…まだだったな。俺はテツヤだ」
「は、話せるように、なったんだ!」
少年はその緑色の瞳孔を丸めて、驚愕の目で俺を見た。




