第八話 ③
え!? 全然気付かなかった。
背中を刺されたことを思い出し、ゾッとする。
レオンが剣を突き付けた人は、深くフードを被っていて顔が見えない。でも、体形で男の人だということはわかる。
な、何? 私、また何か危害を加えられるところだったの!? もう、私はジャック王子の婚約者じゃないのよ!? ……あっ! 元婚約者ってことで恨みを買って……?
「エミリアお嬢様!」
「マリーさん、いけない!」
マリーが駆け寄ろうとするのを、デニスさんが止めてくれた。
デニスさん、ありがとう! マリーなら進んで私の盾になりかねないわ!
「貴様こそ、何者だ」
え、この声って……!
聞き覚えのある声に、心臓が大きく跳ね上がった。
「待って、レオン、その人は……!」
もしかして――……。
目の前の男性が、フードを脱いだ。
「やっぱり、エミリア!」
艶やかな黒髪に、海のような青い目――目の前の人は、確かにハンスお兄様だった。
「ハンスお兄様!」
「えっ! ハンス様!?」
「……! この人が、エミリアの兄上? 失礼しました」
レオンはすぐに剣を引き、鞘に納めた。私は彼の手を離れ、ハンスお兄様に駆け寄る。三年前より大人びた顔立ちをしていて、背も少し伸びたみたい。
「エミリアお前、目が覚めたんだな。よかった……いつ目が覚めたんだ?」
「半年ぐらい前よ。それよりも、ハンスお兄様がご無事でよかった……でも、無事ならどうしてデュランタに? どうしてモラエナに帰ってきてくださらなかったの?」
「エミリア、人が集まってきた。ひとまず場所を移した方がよさそうだ」
レオンの言葉にハッと我に返り、周りを見るとたくさんの人たちが集まってきて、こちらを見ていた。
「皆さん、馬車に戻りましょう。こちらです!」
デニスさんの後ろを付いて行く。裏路地に入ってじぐざぐに走り、さっきの騒ぎに集まってきた人たちが誰も居ないことを確認し、乗ってきた馬車に戻った。
レオン、私、マリーが並んで座り、向かいにハンスお兄様とデニスさんが座る。
い、息が苦しいわ……。
「エミリア、マリー、大丈夫か?」
レオンが気遣ってくれる。
「え、ええ……大丈夫よ」
「は、い……大丈夫です……っ」
結構走ったのに、私とマリーだけしか息が上がっていない。
レオンもお兄様もデニスさんも、体力があるのね……。
「冷たいお水がありますが、お二人とも飲みますか?」
「わあ、ありがたいわ」
「い、いただけますか?」
さっきのお肉の串焼きで喉も乾いていたし、冷たいお水が美味しい。
「ありがとうございます。落ち着きました……」
胸に手を当てて息を整えていると、ハンスお兄様がジッと私を見ていた。
「お兄様?」
目が合うと、サッと目を背けられた。
「ああ、いや、お前が目覚めたのが嬉しくて、ついな」
「心配してくださって、ありがとうございます」
「後遺症はないのか?」
「はい、全くないです」
「傷は痛まないか?」
「ええ、大丈夫です」
ハンスお兄様とこんなに会話が続くのは初めてだわ。
私を心配してくれていることが伝わってきて、胸の中が温かくなる。
「それよりも、ハンスお兄様のことよ! どうしてデュランタに? そもそもどうしてお兄様が戦争に行ったの?」
我が家には男の子が生まれなかったから、跡取りがいない。わざわざ養子に貰った大切な存在なのに、どうしてハンスお兄様が戦争に行くことになったのだろう。
貴族の家から、誰かが戦争に行くことは珍しくない。でも、それは跡取り候補が何人もいる家の話だ。
我が家は公爵家、それに王妃を輩出した家だ。お兄様を戦争に行かせないように手を回すくらいは、容易いはずなのに……。
「目的があったから、自分の意志で参戦した。お父様は最後まで反対していたから、隙を見て抜け出したんだ」
「目的って、そんな、命をかけないといけない目的って何?」
「……ああ、お前だって、モラエナがデュランタに戦争を仕掛けたところで、負けは見えていることはわかっているだろう?」
「ええ、子供だってわかるわ」
子供にだってわかることを、ジャック王子はわかっていなかったわけで……。
「デュランタの手が、我が公爵領にも伸びて被害が出るかもしれないわけだ」
「そうね。それが戦争だもの」
でも、戦争後にしては、あまり被害が出ていなかったような……。
「……お前は、お父様によく思われていないだろう?」
「う……え、ええ、そうね」
わかっていることだけど、他の人から言われると心にグサッと刺さるわね。
「あの時、お前はまだ目を覚ましていなかった。デュランタの兵が公爵領に攻め込んできたとして、お父様はお前を連れて逃げてくれるだろうか――と考えた時、置き去りにしそうだと思った」
「……そ、そうね。悲しいことに」
お父様のことだもの。少しも躊躇わずに、置いてけぼりにされそう……。
「私がいれば、もちろん連れて逃げる。だが、運悪く外出している時だったら? と考えたら、このままだとお前が危ないと思って、俺は戦争を反対するよう国王に進言して欲しいとお父様に頼んだ。お前のことは伏せて、勝ち目のない戦争をするのはあまりに不毛だと理由を付けてな」
「えっ!」
まさか、お兄様が私のためにそんなことを!?
「だが、いくら言っても聞き入れて貰えなかった。国王に逆らうのが怖かったんだろう。私が自分で国王に訴えるにしても、私はまだ、ただのラクール公爵家の跡取りというだけで立場が弱くて、謁見の許可すら下りなかった」
「そうだったの……」
ジャック王子も馬鹿だけど、正直、国王様も頭がいいわけじゃないのよね。此の親にして此の子あり! って感じ。
「だから、戦争に出ることにしたんだ。もちろん、デュランタに勝つなんて無謀な希望は持っていない。だから私は、間諜になることにした」
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