第八話 ④
「間諜……?」
スパイってこと!?
「ああ、デュランタ国王と交渉し、モラエナの戦況を報告する代わりに、ラクール公爵領には手を出さないように約束を取り付けることに成功したんだ。」
「なんだって!? 俺はそんな話、聞いていないぞ」
レオンが声を上げる。
そうよね。知っていたら、私にお兄様の無事を教えてくれるはずだもの。
あ、そういえば……。
『そなたが、ラクール公爵家の令嬢か』
昨日の国王様とのやり取りを思い出す。
デュランタにまで名が届くような家柄じゃないのに、ラクール公爵家のことを知っていた。
あれはきっと、ハンスお兄様を知っていたから出た言葉だわ。
「さっきから誰だ貴様は、というか、なぜエミリアの隣に座っている。馴れ馴れしい」
「ちょっ……ハンスお兄様!?」
あれ!? ハンスお兄様って、こんなに好戦的な人だったかしら!?
「デュランタ国第二王子、レオン・リースフェルトだ」
「何? 第二王子? デュランタの第二王子とエミリアが、どうして一緒に居るんだ?」
「それよりも、ハンスお兄様の話の方が先よ。どうして戦争が終わったのに、デュランタに居るの? どうしてモラエナに帰って来てくれないの?」
「いや、私も戦争が終わったら、すぐにモラエナに帰ろうと思っていた。お前のことが心配だしな」
「それなら、どうして……」
「我が国の馬鹿代表……いや、ジャック王子が、そこの第二王子に毒を飲ませただろう。そのおかげで和平交渉は中断されて、またいつ戦争が始まってもおかしくないのではないかと思ってな」
あの、クズ王子のせいだったのね……!
「我が国は、再びモラエナと戦争など起こそうと思っていないから安心していい」
「和平交渉が正式に結ばれるまでは信用ならない。……私の話は終わりだ。エミリア、なぜお前がデュランタに居る? なぜこの第二王子と共に行動しているんだ? それにさっきは……とても親しげに見えたが?」
ハンスお兄様のお顔は、なぜかものすっごく忌々しいといった表情を浮かべていた。
どうして、こんな表情になるの!?
「実はね、私、目覚めた後にお父様とお母様を怒らせて家を追い出されてしまって、おばあさまのお屋敷でお世話になっていたの」
「なんだって!? 前から風当たりが強いとは思っていたが、何があったんだ?」
私は目覚めてから、おばあさまの屋敷で暮らすまでのことを話した。
迷ったけれど、カタリーナのことも……。
マリーは信じてくれたけれど、ハンスお兄様は信じてくれないでしょうね……。
いつものカタリーナの姿を見ていたら、とても想像できない話だもの。
「……そうだったのか」
「え……」
「どうした?」
「信じてくれるの? あのカタリーナの話よ? 愛らしくて、人懐っこいあのカタリーナよ?」
「当たり前だろう。お前が嘘を言うわけがない。お前がそうだと言うのなら、それが真実だ」
「……っ」
まさか、信じてくれると思わなかった。
嬉しくて、涙が出てきそうになる。
泣いては、駄目よ。話が出来なくなってしまうわ。
お父様とお母様は信じてくれなかったけれど、私をこうして信じてくれる人がいる。なんて心強いのだろう。
「カタリーナには、常日頃引っかかることが少しあった」
「え、そうなの?」
「あいつは、よく笑うだろう?」
「そうね、笑っていたわ」
「ずっと、目が笑っていないような気がしていた」
「えっ! そうだった?」
「ああ、あいつの笑顔を見ていると薄気味悪く感じていた 」
全然気が付かなかったわ。普通に可愛い笑顔だとしか思わなかった。
「モラエナ兵の大半は、嫌々参戦している者ばかりだったが、中には心から戦争を楽しんでいる者もいた。カタリーナの目は、そいつが人を痛めつけて笑っている時の目とそっくりだと思っていたところだ」
背筋がゾッとした。
もう治った背中の傷跡が、ちょっと痛んだ気がした。
「それで、どうしてお前がデュランタに居るんだ?」
「レオンとは旧知の仲でね。出かけた時に偶然再会して話を聞いてくれてね。それで気晴らしに旅行に誘ってくれたのよ。ね、レオン」
「いや、俺はエミリアに俺の妃になって欲しいと思って誘った」
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