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第二話 ④


 翌日、私は家をこっそり抜け出し、辻馬車を拾って王城に来ていた。家の馬車を使わなかったのは、もちろん親バレ防止のためだ。


 もちろん、カタリーナに会うためだ。


 最初は手紙を書いたのだけど、お父様に見つかって出して貰えなかった。


 なんとか手紙を届けたところで、この調子だと返事を渡して貰える可能性は低いだろう。


 ……ということで、残された道はアポなしで直接カタリーナの元へ行くことだった。



「お取次ぎできません」


 予想はしていたけれど、門前払いされた。何度頼んでも駄目だった。


 でも、私は知っている。


 昔、ジャック王子から得意げな顔で教えて貰ったのよ。


 王族だけが知っている隠し通路をね。


 僕んちはすごいんだぞ~! みたいなノリで教えてくれた。


 あの調子じゃ、他の人間にも教えているんじゃないかって不安になる。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息が続かない。それにしても、疲れたわ。


 馬車から降りて少ししか歩いていないのよ? それなのに、前世の体育の授業 でグラウンド十周したぐらいヘトヘトだし、足がガクガク震えている。


 三年間動かなかったから、体力も筋力も底辺になっているみたい。隠し通路は王城の裏の森にあるけど、少し休まないと動けそうにない。


 空を見上げると、厚い雲に覆われていた。


 呪われたっていうのは、本当なのね。


 城門の横で休憩を取っていると、一台の豪奢な馬車が停まった。デュランタの国旗が飾られている。


 デュランタの王族……かしら。


 クラクラする。まずいわ。


 目の前がワントーン……ううん、ツートーンぐらい暗い。貧血を起こしているかも。


 馬車から誰かが降りてきて、こちらに向かってくる。



「失礼、レディ、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」



 低くて、誠実そうで、若い男性の声だった。


 目の前が暗くて、顔が見えない。どなたかしら。


 というか、まずいわ。


 ジャック王子の元婚約者の私が、デュランタの関係者の前で失態を踏むわけにはいかない。


 これ以上心象を悪くすれば、モラエナの国民に被害が及ぶ。


「ご親切にありがとうございます。少しだけ疲れて休んでいただけなので、心配なさらないでください。では、失礼致します」


 今にも倒れそうだったけど、根性でドレスの裾をつまんで左足を下げ、右膝を軽く曲げて挨拶をし、そそくさとその場を後にした。


 敵国の民を気にかけてくれるなんて、デュランタ国の方々は優しいわ。


 改めて、ジャック王子のクズ行動に苛立つ。


 本当にあいつ、なんてことをしてくれたわけ? クズどころか疫病神じゃない。あいつだけが罰を受ければよかったのに! あいつが行方不明になればよかったのに!




 森の中に入って少しだけ休み、隠し通路から王城に侵入することに成功した。


 きっとカタリーナは私の使う予定だった部屋にいるはずだわ。あそこは第一王子の妃が代々使っている部屋だから。


 人目を避けながらカタリーナの部屋を目指して歩いていると――。



「おや? まさか、あなたは……エミリア嬢?」



 後ろから声をかけられ、心臓が大きく跳ね上がった。


 うわぁぁぁ……見つかった! 最悪だわ!


 ドレスじゃ走れないし、変装なんてしていないもの。三年経ったとはいえ、そこまで容姿なんて変わってないし、誤魔化せるとは思えない。


 ここは、どうどうとしていよう。


「ご、ごきげんよう」


 振り返ると、そこに立っていたのはジャックの側近だった。


 げぇ……っ! よりによって!


 リボンで一つにまとめられたサラサラの長い金髪、エメラルド色の瞳はたれ目がちで、右に泣きぼくろがあり、麗しい容姿をしている。


 彼は若くしてシャブリエ公爵家の家門を継ぎ、次期宰相は間違いないと言われている天才だった。ジャックと同じ歳だから、今は二十二歳のはず。


 欠点は……女癖が悪いこと。


 恵まれた容姿で甘い言葉を囁き、令嬢たちをとっかえひっかえしているそうだ。


 というか、実際口説いていた現場を見たこともあるし、見境がないみたいで、ジャック王子の婚約者である私にも二人きりで会いたいなんて言ってきたことがある。


「やっぱり、エミリア嬢だ……ああ、目覚めたという話は本当だったんだね」


 シャブリエ公爵はあっという間に距離を詰め、私の手をギュッと握った。


 近い! 近い! 近い!


「お、お久しぶりです。シャブリエ公爵」


 彼の名は……ああ、心の中でも名前を呼ぶのに抵抗があるわ。



 えーっと、彼の名は、ドスケベチンポ・シャブリエ公爵……前世だと、とんでもない名前だ。



「嫌だな。前から言っているだろう? シャブリエ公爵なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、気軽に愛称で……『チンポ』って呼んで欲しいな」



 呼べるか――……!


「と、とんでもございません」


 ちなみにこの世界で『ドスケベ』は『勇敢』、『チン』……無理! 伏字で失礼『チン●』は『英雄』という意味だ。


 昔から愛称で呼んでと言われていたけれど、そのことにとんでもなく抵抗を感じたのは、前世の記憶が騒いだに違いない。


「相変わらず、つれないな。でも、そこがいいよね。今日はカタリーナ妃に会いに? それとも、ジャック王子に会いに?」


「カタリーナです」


 よかった。不法侵入したことは、バレていないようね。


「そっか。……辛いね。本当ならキミがジャック王子と結婚していたはずなのに。ああ、なんてことだろう」


「いえ……」


 女癖は置いておいて、悪い人ではないのよね。


「寂しくて眠れない夜は僕を呼んで。キミのドスケベチンポが、必ずキミの心にできてしまった寂しい穴を埋めてみせるよ。きっとお互い素晴らしい時間を過ごせるに違いない」


 シャブリエ公爵は私の手を取り、手の甲にチュッとキスした。鳥肌がゾクゾクゾクッと立つ。


 や、やっぱり、悪い人だわ……!


「カタリーナ妃は、多分自室にいらっしゃるよ。送ろうか?」


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」



 そそくさとその場を後にし、とうとうカタリーナの部屋の前に辿り着いた。


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