第二話 ③
「エミリアが目覚めたのは本当か!?」
すると外出先から帰ってきたお父様とお母様が、ノックなしで飛び込むように入ってきた。
「お父様! お母様!」
本当に三年が経っているのね。どちらもかなり老け……いえ、うん、老けているわとしか表現する言葉が見つからないわ。口が裂けても言えないけれど。
当然よね。大きな戦争もあって、お兄様が行方不明になって、私も眠り続けていたのだもの。心労が重なってお疲れなんだわ。
「ほ、本当だわ……」
「まさか、目覚めるなんてな……」
……あら?
てっきり喜んでくれると思ったのに、あからさまに迷惑そうだった。声のトーンもそうだし、思いっきり眉間に皺が寄っちゃってる。
さすがにその反応は傷付くんだけど……って、そんなこと考えている場合じゃない。
「お父様、お母様、カタリーナがジャック王子と結婚したと聞きました! どうして! どうしてカタリーナがジャック王子と!?」
カタリーナと結婚したということは。あのクズは身分をはく奪されていないのだろう。
それもそのはず……彼は国王夫妻に酷く溺愛されていて、何か問題を起こすたびに揉み消してきた。
一人弟はいるけれど、彼の母親は平民の使用人なので、次期国王にするとなれば反発が大きい。
そして質問しておいてアレだけど、カタリーナの結婚は私のせいに決まっている。
貴族の結婚は、家と家との結びつきだもの。ラクール公爵家の娘なら、私じゃなくてもいいのだ。
でも、感情が追い付かない。
『私もいつか、この本みたいに素敵な人と出会って結婚したいなぁ』
恋愛小説が大好きだったカタリーナ、お気に入りの本を抱きしめ、頬を赤くして語っていたことを思い出す。
「カタリーナ、なんてことなの」
この家で私を思いやってくれるのは、マリーとカタリーナだけだった。
無理をして高熱を出し、寝込んだ時は朝まで傍に居てくれた。お父様が少し無理をしたくらいで倒れるなんて情けないと嫌味を言った時には、泣きながら抗議してくれた。
優しいカタリーナ……誰よりも幸せになって欲しかったのに、私のせいで、ジャック王子となんて結婚することになってしまうなんて……。
今からでも私に変えられないかしら!? これじゃあんまりだわ。
そんなことは許されないとわかっていても、どうにかカタリーナから私に変える方法を考えてしまう。
「エミリア様、なんてお可哀相……」
涙を流す私を、マリーが後ろから背中を擦ってくれる。
マリー……この涙は、多分あなたが考えている涙の意味とは違うと思うわ。
私は元々ジャック王子が嫌いだった。
何かと『僕は王子だ』『僕は次期国王だ』なんて権力をちらつかせて我儘放題! おまけに国王夫妻から溺愛されているから余計にね。
私は次期王妃になるべく厳しい勉強を強いられてきたけれどあの人は……といえば、王妃様の後ろでのほほんと暮らしていた。
私があんなに厳しい勉強をさせられてきたのは、将来あの人が国王になった時の補佐をさせられるためでもあったのだ。
王子っぽいのは、見た目だけ。金髪碧眼、王家はみんな美男美女ばかりだから、その遺伝で顔はよかったけど、性格は最悪! 自分が気にくわないことがあれば不機嫌を露わにし、話を誇張させて国王夫妻に報告、そして私がお父様とお母様から怒られるというパターンよ。
特に嫌だったのは、私が十歳、奴が……えーっと、四歳年上だから、十四歳の時のことだったわ。
『ちょっ……や、やめてください!』
『どうしてだよ! エミリアは将来僕の妻になるんだから、キスぐらいしてもいいじゃないか!』
王妃様のお茶会に招かれ、その後にジャック王子とお庭を散歩することになったのだけど、突然あのクズは私に顔を近づけてきた。
日傘でぶん殴りそうになったのを我慢して、奴の身体を押して回避したら怒り出したのだ。
しかもいい雰囲気になったわけじゃない。突然キスされそうになったのよ。
『でも、今はまだ婚約者です。結婚するまでそういうことはしてはいけないと習いました』
習わなかったとしても嫌だわ。生理的に受け付けないのよ。
『硬いこと言うなよ』
『いけません!』
いけませんっていうか、嫌なのよ。察しなさいよ。
『じゃあさ、キスは諦めてやる。だから代わりにお胸を揉ませてくれよ』
『……は?』
耳を疑った。
『だから、お胸を揉ませてって』
『な、何を仰って……』
『だってお前のお胸って小さいだろ? 揉むと育つらしいからさ』
まだ十一歳よ!? 膨らんでなくてもおかしくないでしょうよ。というか、どこを見てるのよ! どこを!
『お前のためを思って言ってあげてるんだよ?』
う、嘘よ! 絶対あんたが触りたいだけでしょう!
鼻息を荒くし、両手をわしわし動かしながら近づいてきた。
『きゃあああああ! 嫌っ! 嫌っ!』
『痛っ! うわっ……や、やめろ……っ……ひぃぃぃ! お母様、助けてぇ……っ!』
気が付いたら、日傘でぶん殴っていた。ゴッスンゴッスンすごい音がしたし、彼はベソベソ泣いていた。
ジャック……いえ、ジャックズ王子は、キスや胸に触ろうとしてきたことを隠して、突然私が襲い掛かってきたと国王夫妻に泣きついた。
私はいつものように両親から叱られた上、その日は食事抜き! おまけに暗くて寒くてジメジメした地下室に一週間閉じ込められた。
本当のことなんて、恥ずかしくて言えなかったわ。まあ、言ったところで信じて貰えなかったでしょうし。
あんなクズと結婚しなくてもいいことは嬉しい。でも、カタリーナが辛い思いをするのはそれ以上に嫌だ。
大切な妹なのよ。誰よりも幸せになって貰いたいのに、私のせいであんな男と結婚させられるなんて……ああ、自分で自分が許せない。
どうして三年も目覚めなかったの!? 三日で起きなさいよ 。
「お父様、お母様、カタリーナは……っ……!?」
今、どうしているか聞こうとしたら、お父様に頬を叩かれた。パンッといい音がした。
「お父様?」
「エミリア! お前という娘は……」
お父様はワナワナ震え、お母様は侮蔑の表情を浮かべていた。
「お前はいつもカタリーナに嫉妬ばかりして! あの子がどんな思いをして生きてきたと思っている!」
え? 嫉妬? なんのこと?
「お前のような娘、王妃になど相応しくない! カタリーナが嫁いでくれてよかった」
「そうよ! 実の娘だからと目を瞑ってきたけれど、もう限界よ。あのまま、目覚めなければよかったのに!」
「そうだ。ずっと眠っていればよかったんだ」
ええ――――――……!?
「旦那様、奥様、あんまりです!」
マリーが声を上げ、私の前に立って庇ってくれる。お父様とお母様はバツが悪そうな顔をして、何も言わずに呆然とした私を残して部屋を出て行った。
「エミリアお嬢様、大丈夫ですか!? ああ、大変……赤くなっているわ。すぐに頬を冷やしましょう」
「え、ええ、ありがとう、マリー……」
王妃に相応しくないうんぬんは置いておいて、私がカタリーナに嫉妬ってどういうこと?
何か誤解があるみたい。私、誤解させるような態度を取っていたのかしら。もしかして、カタリーナにも?
……にしても、目覚めなければよかったは酷すぎない?
今までも厳しい言葉をかけられてきたから耐性はあるけれど、今のはあんまりよ。聞き流せないわ。
マリーが冷やしてくれたおかげで、叩かれた頬は腫れることはなかった。
でも、心にはさっきの言葉が突き刺さったまま取れそうになさそう。
最初は悲しみ、でも時間が経つと怒りの方が大きくなった。
どうして、あんな言われ方をしないといけないの?
私は深夜こっそり部屋を抜け出し、ホールに飾ってある壺にごみを入れた。この壺は両親が新婚旅行の記念に購入したもので、とても大切にしているものだ。
「ふっ……ふふっ」
思わず笑ってしまう。少しだけ気持ちが晴れた。
翌日、『なぜ、ごみが入っている!』と騒ぐお父様の声を聞いて、さらに胸がスッとするのを感じた。
気に入ってくださったら、評価ブックマークいただけると嬉しいです~!
更新の励みになります!




