一.黄金ある竹を見つくる
「みつき」
「え?」
「昨日から、いやもっと前かもしれないけど、運命の女の子が見える」
「んだ、それは。馬鹿みてえ……」
今年も順当に春がやって来て、窓の外では当たり前のように桜が咲いている。高校二年生へと無事に進級した俺は、この無性にソワソワする新学期を、こんな意味の無い会話に費やして迎えていた。新しい教室で頬杖をついてうだうだしているってわけだ。
会話の相手は、去年から同じクラスだった冨田だ。隣の席に座り、丸眼鏡を掛け、天パで、ワイシャツをズボンから出している。本人的にはカッコつけているつもりらしい。
「だってさ、運命どころか、俺もお前も彼女すらいない。いきなりどうしたんだよ。もしかして二年目にして、恋愛をこじらせちまったか? かわいそーだな、アイ」
アイってのは、まあ俺の特殊なあだ名だ。やめろと言っているんだけどな。
「それが、ここ最近ヘンなんだよ」
俺は自分に起きているちょっとした異変を冨田に話した。コイツに話しても何も解決しないと思うけど、気晴らしだ。
ここ数日になって、俺の頭に不思議な映像がフラッシュバックしてくる。それは妙にリアルで具体的だった。——金色の髪で、綺麗な顔立ちの女の子が黒板前の教壇に立っている。制服は我が星陽高校のブレザーだ。全く見知らぬ彼女はチョークで名前を書くんだが、その文字は楷書で「竹本美月」。そして、はにかみながらこう言う。
——「竹本美月です。去年まで海外の中学校に通っていました。一日でも早く馴染めるよう頑張りますので三組の皆さん、よろしくお願いします」
で、俺は机からその眩しいばかりの微笑を眺めている。それだけ。でも俺はこの女の子を知っている気がするんだ。予知夢みたいなものなのか。それかどこかにある古い記憶がチラチラと顔を覗かせているんだろうか。
確かに俺と冨田は去年三組だった。だが、竹本美月なる人物はクラスにいなかったし、今年は二年六組。どういう因果か知らないが、可愛い子だったし、冨田がもし知り合いなら教えてもらいたいな。
話し終えると、冨田はニヤニヤしていた。なんだよ馬鹿。
「まさかとは思うが、こじらせた結果、脳内で空想上の女子を作り上げてその子に恋しちゃったんじゃないか。ますます不憫だな、お前」
冨田はクスクスクスと忍び笑いをしている。くそ、そんなんじゃねーぞ。たぶん。だってなぜだかわからんが、俺は確信しているんだ。その子が絶対どこかにいるって。俺が反論を試みようとしたとき——
「チャラ田、邪魔。どけ」
冨田の背後に立った女子が、襟を掴んで体ごと引き上げた。可哀想なことに冨田は首が絞まって、鬱血している。
「おい、放してやれよ。片瀬」
「放すけどさ。はあ、どうしてまたチャラ田たちと同じクラスなのかな。死にたい」
そのショートヘアの女子は、水泳部で去年も同じクラスの片瀬だった。あんまり言うと殺されそうだけど、腕っぷしが強くて口と手が同時に出るタイプだ。不真面目な冨田にはよく鉄拳を食らわせていた記憶がある。
ちなみに「チャラ田」っていうのは、冨田のニックネームだ。文字通り可愛い女子に目が無くて、ありとあらゆる女の子に何度もアタックしては虚しく散っている。
「ってか、もう時間じゃねえか。冨田、席に戻れ」
冨田は襟を正すと、時計を見て片瀬に怯えて、それから溜息を吐いた。
「わかったって。アイにも運命の相手が現れるよう、まずは自己紹介頑張れよ」
そう言い残し、後方の座席へ帰ってしまった。そうだよ、自己紹介! 俺は苗字が忌々しいことに「相田」だから、いつも出席番号は一。自己紹介もトップバッター。毎年毎年、春が憂鬱になるよ。冨田が去ると、片瀬が隣の席に座った。そこ片瀬の席なのか。ライオンと同じ檻に入れられてる気分だ。
「竹本美月さんのこと、あんたも気になるんだ」
そう言い捨てられた。……え、片瀬もその子を知ってんの? 訊き返そうとしたときには、教室のドアが開いて新しい担任が入って来た。結局質問できずに始業を迎える。まあ、わかると思うけど俺は今日美月と出逢う。運命的に。
——忘れもしない、春の日だった。
1章の終わりに登場人物紹介を掲載しています。
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