勇者マンフ誕生!
マンフが主役だと?
午前の練習が終わり、ラグビー部の部室で昼食を食べる。
ここに居るのは、みんなラグビー部員とマネージャー達。
何も変わらない夏休みの昼下がり。
いつもの光景だった。
「斎藤君、まだカップ麺を食べるの?」
「食べ盛りなんだよ」
「カロリーの摂りすぎよ、身体にも悪いし」
弁当を食べ終えた斎藤は君島の言葉を気にする事もなく、部室に置かれていたポットからカップ麺に湯を入れて机に置いた。
「まだ昼から練習だ亮二、しっかり食えよ」
「だな」
浅利はそんな斎藤達を見ながら握り飯を頬張る。
アイツの食べているおにぎりは自分の持って来たんじゃない。
俺の幼馴染、川島美愛が持って来たおにぎりなのに何でお前が食ってるんだ?
「クソ…」
浅利の隣に座っている楠野史佳に視線を送る。
なんともいえない様子で浅利達を見ていた史佳は俺の視線に気づき顔を伏せた。
史佳は浅利の彼女。
斎藤と君島も恋人同士。
この中でカップルじゃないのは俺と美愛だけ。
俺はずっと幼馴染の川島美愛が好きだった。
それなのに美愛は俺の好意に全く応えてくれないどころか、この1年で浅利の奴にどんどん惹かれていった。
だが浅利は美愛の好意に全く気づいていない。
だが俺と史佳は美愛の好意に直ぐ気がついた。
浅利に向ける視線に熱を感じていたからだ。
「な?」
「なんだ!」
突然床が光り輝く。
眩い光りに照らされ、目の前が真っ白に染まった。
「おお成功じゃ!」
「素晴らしい!」
光が収まると俺達はだだっ広い床に倒れていた。
その周りを十数人のジジイ共と兵士が取り囲み、なんだか興奮している。
「…これって異世界召喚?」
史佳が呆然と呟いた。
異世界とか、召喚という言葉は聞いた事がある。
だが所詮はフィクションの世界だと思っていた。
「あの…ここは」
次に美愛が呟く、なんで浅利の袖を掴んでいるんだ、ここは幼馴染の俺だろうが!
「どうか我が世界をお救い下さい!」
「救世主様!!」
周りのジジイ共が一斉に床へ這いつくばる。
この世界の土下座なのか?
「ま…まあとりあえず話を聞こう」
「そうよね」
俺達より斎藤と君島は落ち着きながら、ジジイ共に近づいた。
「実は魔王が…」
ジジイ共の話はテンプレ通りの展開だった。
5年前に現れた魔王が魔族を従え人間の世界に攻め込み始めた。
当初の戦いは拮抗していたが、昨年から新たに生まれた3匹の魔族によってそのバランスが崩れ人間側が苦境に立たされたという話だった。
「亮二、どうするよ?」
「どうもこうもないだろ、そもそも俺達で魔王を倒せるのか?」
斎藤と浅利は呑気に言うが、言う事はそこじゃないだろうが!
「俺達帰れんの?」
「は…はい」
ジジイの一人は俺の質問に詰まりながら頷いた。
「なら今すぐ戻せ」
「それは…その」
ジジイ共は冷や汗を流し、周りとブツブツ言ってやがる。
これは人に言えない秘密がある時の反応だ、俺と史佳には分かった。
「言わないなら協力は出来ません」
「おい史佳…」
「政志は黙ってて」
史佳は浅利の言葉を遮る。
こういう時の史佳は肝が座ってやがる。
「その…勇者と聖女が魔王を倒したら元の世界に戻れます」
「はあ?」
なんだそのイカれた条件は。
「ふざけんな!
討伐に失敗したらどうなるんだ!!」
「その、またここからやり直しに」
「おい!!」
なんでクリアするまで続けなければならないんだ、ふざけてる!
「その…私達は勇者とか聖女ではないと思うんですが」
美愛がおずおずと口を開く。
引っ込み思案の美愛にしたら良く頑張った。
「そこは間違いありません、私達の召喚魔術は勇者と聖女を呼び出す物でした」
「へえ…」
「勇者か…」
斎藤と浅利は何ニヤニヤしてるんだ?
「それなら2人でしょ、残りの4人は?」
「それは…巻き込まれたのかと」
「…お前らな」
そんなふざけた理由があんのか?
「どうやって勇者と聖女を見分けるつもり?」
それまで黙っていた君島がジジイ共に迫る。
アイツ顔が整っている分、迫力が半端ねえな。
「か…ジョブ鑑定を致します」
「さっさとなさい」
「は…はい」
君島に言われたジジイ共が部屋の奥に控えていた奴等を呼ぶ。
ソイツ等は手にした道具を俺達に翳し始めた。
「…ありませんな」
「そう…」
美愛と君島の二人にジョブは無かった。
それでも召喚された人間はジョブが無くても、こっちの世界の人間より遥かに強いそうだ。
「おお!これは!!」
次に浅利を見た連中が叫んだ。
まさか浅利が勇者?
アイツはまた俺が望む物を奪うつもりか…
「きかんし…」
「きかんし?」
なんだそれは?
「おい、きかんしって何だ、機械でも扱うジョブか?」
「知るかよ」
「おい斎藤、浅利も黙れ!」
話が進まねえだろうが。
「きかんしとは、帰還魔術を使う事の出来るジョブです」
「マジか、なら元の世界に帰れるのかよ」
どうやら帰還士って事か、それなら直ぐ帰れる。
よくやった浅利、見直したぞ。
安堵の空気が広がる、この世界の奴等に悪いがさっさと帰るとしよう。
「浅利、その帰還魔術っての直ぐ使えよ」
「どうやって?」
浅利はキョトンとした面で俺を見る。
「俺が知るわけないだろ!
なんかあるだろ、頭ん中にステータス画面とか」
「んなもんあるかよ!」
無いのか?
俺も無いが。
「その…ジョブから魔法は直ぐ使えませぬ」
「使えない?」
「魔法は鍛えて行く物で、直ぐ使える事はないのです」
「帰られたら困るからって嘘ついてんじゃねえ!」
「う、嘘ではありませぬ!」
首を締め上げるとジジイは必死で叫んだ。
「…嘘はついてないみたい」
史佳は青白い顔で俺の腕を掴んだ。
「なんで分かるんだ?」
「詳しくは分からない、でも私の頭の中にその人の言葉が聞こえた」
「まさか?」
史佳の言葉に鑑定士どもが群がる。
一体なんだってんだ?
「おお聖女さま…真の声を聞くスキル、間違いない」
周りの連中が一斉にひれ伏す。
本当に史佳が聖女なのか?
「どうしよう、政志?
私が聖女だって!」
勝ち誇った顔で史佳は政志に笑う。
正確には政志じゃなく美愛に対してだ。
「では勇者は…」
俺か斎藤のどちらかって事か。
どちらでもいい、早く浅利のスキルが定着すりゃ魔術で帰れるんだからな。
「ジョブはありませぬ」
「…無念」
斎藤が項垂れる、なら俺がか?
「俺が勇者?」
「そのようです」
「ウッシ!」
ガッツポーズを繰り返し叫ぶ。
これで俺は救世主だ!
コイツらは俺の下僕確定だぜ。
「なら直ぐに魔王討伐に出発だ」
さっさと終わらせてやる。
浅利の使えないバカ魔法なんに頼るもんか。
俺が活躍すりゃ、美愛だって絶対に見直すだろ。
「その勇者のジョブも定着するのに時間が」
「なんだと?
聖女は直ぐに力が使えただろ!」
「聖女が特別なのです。
それに聖女の治癒魔法も鍛えねば、蘇生魔法どころか、大した傷すら癒せませぬ」
「なんだよそれ…」
ジョブは直ぐ発現する。
しかし聖女すら最初の魔術レベルは鍛えて上げて行かなくてはならない。
そう説明された。
「ふざけやがって!」
ジジイ共を怒鳴りつける、俺の剣幕に鑑定士達が逃げ出し、辺りは異様な雰囲気に包まれた。
「これは勇者の威圧…」
「はあ?」
スキルが発動したような感覚が身体を駆け巡る。
しかしその力は弱く、魔王なんか全く倒せる気がしなかった。
「さすがは勇者…既に聖女と契りを結ばれていだけの事はある」
「契り?」
「何だそれ?」
「契りって…まさか」
鑑定士の言葉に空気が凍る。
ここで言うことじゃねえだろ!
「契りって身体の?」
「はい、聖女様の力は絆の証。
その身体と交わりし者に勇者のジョブは授かるのです」
「止めて!!」
要らねえ事を言いやがって、史佳は耳を塞ぎ泣き崩れた。
「まさか史佳…お前嘘だろ」
呆然と浅利は史佳を見る。
なんだよそのツラ?
だいたいお前が悪いからじゃねえか…
「ざまあねえな浅利」
「馬場…お前」
浅利は静かに俺を見た。
信じられない顔に、快楽が脳内を支配する。
目の前が歪み、身体が熱くなる。
「お前が悪いんだ、楠野…いや史佳に手を出さねえからだ」
「お前なにを」
「良い身体してたぜ…バカが、もったいねえから貰ってやったぜ」
「馬場!!」
激昂した浅利は俺に掴み掛かる。
確かに凄い力だ、元々は浅利の方が俺より強かった。でも今は違う。
「弱えんだよ!」
「ガアァァ!」
浅利の右腕を掴み、そのまま回転をつけて壁へ投げつける。
投げ放たれた浅利の身体は、凄まじい勢いのまま部屋の壁に激突した。
「イヤァ政志!」
「浅利君!」
史佳と美愛が浅利の元に走る。
これだけの力を見せたのに誰も俺を讃えようとしない。
勇者の尊厳を踏みにじった罪は重い、身体から溢れる力に突き動かされた。
「…立てよ」
「フ…グウゥ」
浅利を介抱していた斎藤を蹴り飛ばす。
俺は胸ぐらを掴み、浅利を立たせた。
顔は腫れ上がり、口元からは夥しい血が滴り折れた歯が溢れ落ちていた。
「止めて馬場君!
政志さんを離して!!」
「美愛…」
美愛は必死で俺の腕を掴む。
惨めな化け物みたいになった浅利を見てもお前は、クソ…
拳を固め、浅利の顔を何度も殴り続ける。
もう終わりだ、終わらせてやるよ!
ぐったりした浅利の身体を高く掲げ、力一杯床へ叩きつける。
床一面に飛び散る血しぶき、浅利は身動き一つしなくなった。
「止めんか!」
「離せ」
タックルをする斎藤を振りほどく、奴は何度も床に身体を打ち付け動かなくなる。
「許さない!」
「黙れ!」
前からスカした君島の面が嫌いだった。
その横面を叩くと君島は激しく身体を回転させて倒れ伏す。
床には数本の折れた歯が残されていた。
「いかん力の暴走じゃ!」
「早く拘束魔法を!!」
「先程からずっと掛けております!」
「皆でやるのじゃ、魔力を全てぶつけて止めねば全員殺されてしまうぞ!!」
ジジイ共の叫び声。
身体が動かなくなる、これは一体なんだ?
「止めて…」
「ふ、史佳」
自由を奪われ、倒れた俺の前に史佳が立つ。
怒りでもない、その無表情に俺の怒りは収まり、頭が急速に冷めて行く。
「これは…一体」
冷静に辺りを見渡す。
倒れ伏す浅利と斎藤に君島。
美愛は浅利の身体に縋り付き泣いていた。
「…これは俺がやったのか?」
「…そうよ」
史佳が頷く。
そんな…まさか…
「政志が…死んじゃった」
「死んだ?」
政志が?
俺が殺したって事か?
「…兵士さんからナイフを借りて、政志の服を破って身体を確認したの…骨が殆ど砕かれててさ…それで折れた肋骨が肺に突き刺さって…息が出来なくなったみたい…だんだん呼吸が浅くなって…」
どうして史佳は冷静でいられるんだ、お前は政志が好きなはずだろ?
いつも罪悪感はあるって…
「…聖女だろ、蘇生魔法を掛けたら」
「そんなの使えるはずない、さっき教えて貰ったでしょ…」
「ははは…人を殺したのか…」
浅利を殺した。
そんなつもりは無かった。
だが人を殺したのに、頭は酷く冷静で何の感情も起きて来ない。
「いけません!」
兵士の叫び声に振り返る。
美愛は手にしていたナイフで自分の喉を掻き切っていた。
「美愛!!」
ありったけの力を身体に込めると、縛りつけていた何かがはじけ飛び身体に自由が戻る。
呆然としたまま動かない史佳を突き飛ばし、倒れた美愛を抱きかかえる。
吹き上がる血飛沫、必死で傷口を押さえるが血は一向に止まらない。
「史佳、なんでもいいから魔法を」
膝立ちのまま動かない史佳に叫ぶ。
光の失われた瞳の史佳は小さく首を振った。
「…だから無理なんだって」
「お前ら、なんか魔法はないのか」
周りのジジイ連中を怒鳴りつけるが奴等もただ首を振るだけだった。
「なんでだ?
なんでこんな事に…美愛…」
美愛の呼吸が浅くなり、血の勢いが弱まる。
血にまみれ、血色が失われた美愛の顔。
その瞳が俺を捉える。
僅かに動く口元、なんだ?何が言いたいんだ。
『ユル…サナイ…』
その意味に俺は言葉を、そして美愛の全てを失ったと知った。
「そうか…そうだよな」
美愛の亡骸をそっと床に寝かせる。
彼女の死を前に正気なんかで居られるはずがない、それなのに頭は絶えず急速に冷めてしまう。
なぜだ?なにがおきている?
「…精神安定のスキル」
そう言って史佳は浅利と美愛の遺体を並べ、二人の瞼をそっと閉じた。
「勇者は絶望しない…世界を救うまで、どれだけ苦しもうと…私もみたい。
馬場君、大切な人を一緒に殺した気分はどうかしら?」
「あああぁぁ…」
歪んだ笑顔のまま見つめる史佳。
これは呪いだ!
叫ぶ事も絶望も出来ないなんて。
残された俺達4人は王国の人間によって別室に案内される。
翌日、浅利と美愛の遺体が消え失せてしまったと報告を受けたのだった。
次も少しシリアス




