剣を振る理由
観客席がざわめきで揺れた。
予選後半、名を轟かす全国常連――蘭陽学園の入場だ。
白地に藍の肩ラインが揃ったユニフォームが、光を受けて一糸乱れぬ列を描く。
歩幅、姿勢、視線。すべてが計算されたかのように統一され、まるで儀仗兵の行進を見ているようだった。
レオの瞳が細くなる。
(……あれは、ただのスポーツマンじゃない)
脳裏に浮かぶのは、中世の戦場で見た精鋭部隊。無駄口も、無駄な動きもない。必要な瞬間にだけ剣を振るう兵たち――あの空気と同じ匂いがした。
試合形式は団体戦。先鋒、次鋒と試合が進み、
三番手――中堅として、レオは蘭陽の主将・真堂環と刃を交えることになる。
胸の奥で、静かに血が熱くなり始めた。
しかしそれは、歓喜か、緊張か……本人にも分からなかった。
レオがコート中央に歩み出ると、そこには白地に藍色の肩ラインをまとった男が、静かに立っていた。
真堂環――蘭陽学園の主将。
構えは低く、両足は地面に吸いつくように安定している。剣先はわずかな揺れすら許さず、空気を切り裂く一点を射抜いていた。
レオは形式通り、右手を差し出す。
しかし真堂は軽く会釈するだけで、その視線を一度も剣先から外さなかった。
その無言の拒絶が、礼儀を欠いたものではなく、ただ戦うために不要なことを排した結果だと、レオには直感で分かった。
「……感情は戦いを鈍らせる」
開始直前、真堂の低く落ち着いた声が届く。
「我々は勝つためだけに剣を振る」
一瞬、レオの眉がわずかに動いた。
(……勝つためだけ、か)
その言葉が胸の奥で、重く沈んでいった。
開始の合図が響いた瞬間――真堂は動かなかった。
いや、動いてはいる。だがその歩みは、極端に遅く見える。
一歩、また一歩。まるで神前に進む巫のように、型は寸分の狂いもなく整っていた。
レオは機を見て踏み込む。
だが、真堂の剣先がわずかに揺れたかと思えば、その一撃は吸い込まれるように受け止められた。
しかも、わずか半歩の反撃が、喉元を正確に突こうと迫る。あと一瞬反応が遅ければ、確実に一本を奪われていた。
(……隙がない)
レオは、攻めれば絡め取られ、守れば間合いを崩される感覚に囚われる。
観客席からは小さなざわめきが広がった。
「派手さはないけど……」「型が美しいな」
その声は、戦いを芸術の域にまで昇華する真堂の立ち姿を称えていた。
真堂の一糸乱れぬ型を見つめているうちに、レオの胸の奥で何かがざわめいた。
――土の匂い、炎の赤。
中世の戦場、燃えさかる村を背に立つ自分。
隣には泥まみれの仲間たち。全員が、恐怖を押し殺して剣を構えていた。
守るべき民の泣き声が、耳の奥に響く。
あのときの剣は、勝つためだけじゃなかった。
命を、誇りを、そして大切なものを守るために振っていた。
視界が現在へと引き戻される。
真堂の剣はただ一つ――勝利のためだけに振られている。
(俺は……今、何のために剣を振っている?)
胸の奥に、初めて冷たい問いが芽生えた。
終盤、息を詰めるような間合いの攻防が続く。
真堂の剣先がわずかに揺れた、その瞬間――レオは反射で踏み込んだ。
鋼のきらめきが交錯し、審判の旗が上がる。
「一本!」
歓声が爆発した。
観客席からは割れんばかりの拍手、仲間たちも立ち上がって喜びを示す。
スコアは僅差でレオの勝ち。確かに、数字の上では勝利だった。
しかし、真堂は表情一つ変えない。
「次も勝つ」
短く言い残すと、背筋を伸ばしたまま静かに去っていった。
レオはその背中を目で追いながら、胸の奥にひんやりとした空洞を感じていた。
勝ったはずなのに――心の中には、なぜか誇らしさよりも虚しさだけが残っていた。
控室に戻ると、仲間たちの歓声と笑い声が耳に飛び込んできた。
「やったな、レオ!」
「中堅戦、でかかったぞ!」
肩を叩かれる感触はあったが、その音も手の温もりも、どこか遠くで響いているようだった。
(勝つためにだけ……剣を振る?)
真堂の低い声が頭の奥で反芻される。
(それが、この競技の答えなのか? それでいいのか……俺は?)
握りしめたエペは、いつもより冷たかった。
手のひらに伝わる金属の重みが、心の中でじわじわと硬く沈んでいく。
歓声はまだ続いている。だが、レオの視界はゆっくりと霞み、剣に込めた意味までもが、薄い霧に呑まれるようにぼやけていった。




