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剣の誓いは時を超えて 〜騎士、フェンシングで世界を制す〜  作者: 南蛇井


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14/33

はじめての“敗北感

開始の合図と同時に、レオは迷いなく踏み出した。

 観客の目にはただ速く見えたその一歩も、彼にとっては敵陣を蹂躙するための初動にすぎない。


 刃──いや、エペの切っ先が一直線に相手の胸へ。

 対面の選手は反応すら遅れ、気づけば一本目が奪われていた。


 「アレ……何だ?」

 観客席のざわめきが広がる。

 もう一本、さらにもう一本。突きが決まるたび、間合いを詰めるたびに、相手は退路を奪われていく。


 その姿はまるで、戦場を駆ける騎士。

 騎馬の勢いをそのまま人の足に宿したかのような突撃戦法。

 相手は剣先すら触れることなく、ただ後退し続けるしかなかった。


 最終スコアは大差。

 勝負が決まった瞬間、観客席からは「すごい新人がいる!」と興奮の声が飛ぶ。


 レオは歓声を背に、軽くエペを下ろし、小さく呟いた。

 「──やはり、剣を持てば負ける気はしない」


 その声音は、勝利の喜びというより、確信に近かった。



コート中央に立ったのは、凰英館高校二年──早乙女凛。

 黒地に金のラインが走るユニフォームが、まるで獣の毛皮のように光を吸い込む。

 その目は獲物を見つけた肉食獣のように細められていた。


 「君みたいなの、待ってたんだよ」

 試合前、凛はわざと間を置いてからニヤリと口角を上げる。

 挑発。それも、ただの言葉遊びではない。相手の感情を揺さぶり、動きを崩すための一撃。


 レオは真顔のまま、それを受け流した。

 だが、心の奥で微かに空気が変わる。

 ──この匂い。

 騎士として戦場に立った時、槍を構えた敵がよく放った視線と同じ。

 刃で殺す前に、心を削ぎ落とす者の眼だ。


 審判の声が響く。

 剣先が光を弾く瞬間、二人の間に緊張の糸が張り詰めた。



 試合開始の合図と同時に、早乙女は大きく一歩下がった。

 いや──下がったというより、「間合い」を意図的に広げたのだ。普通のフェンシング選手なら絶対に立たない距離。


 (……遠い?)

 レオが一瞬だけ眉をひそめた、その瞬間。


 「ほら、来いよ」

 挑発めいた声が、まるで罠の奥から響く。


 レオは迷わず踏み込む。

 だが、刹那。早乙女の剣先が鋭く跳ね、空気を切る音だけが耳を打った。

 ――空振り。

 踏み込んだはずの一歩が、見えない床の穴に落ちたように虚空へ消える。


 再び距離を詰めようとした途端、今度は逆に早乙女が一気に懐へ飛び込んでくる。

 反応が一瞬遅れる。鋼の感触が胸元をかすめた。


 攻めれば空を斬らされ、守れば牙の間に首を突っ込む。

 それはまるで、獣と踊らされているようだった。


 (くそっ……!)

 レオは必死に剣を走らせ、何とか応戦する。

 しかし、数本は完全に翻弄され、奪われた。観客席から小さなどよめきが広がる。



終盤、両者は一本ずつを奪い合い、スコアは拮抗していた。

 早乙女の剣先がわずかに外れた、その瞬間──レオの踏み込みが閃光のように走る。

 鋼が打ち合う甲高い音。審判の声が会場に響く。


 「……アレ!」


 ポイントランプが赤く点灯。

 勝負は決した。


 観客席から大きな拍手が湧き起こる。「すごい接戦だったな」「新人なのにあの動きは……」と感嘆の声が飛び交う。


 だが、レオは勝者の顔をしていなかった。

 息を整えながら、眉間に深い皺を寄せる。


 (勝った……なのに、このざらつきは何だ?)


 剣を構えたときの確信、踏み込んだときの自信──そのすべてが、今日の試合では霧の中に消えていた。

 握る柄が、ほんの少しだけ重く感じられた。


試合後、控室の空気はまだ熱を帯びていた。

 水のボトルを手にしたレオは、喉を潤しながらも、先ほどの攻防の映像が頭から離れない。


 「……レオ」

 静かな声が背後から届く。振り向けば、タオルを肩に掛けた蓮が立っていた。


 「あれは“フェンシング”じゃない。君の剣だ」


 レオの手が、わずかに止まる。

 「……何が違う?」


 蓮は短く息を吐き、真っ直ぐに視線をぶつけてくる。

 「君は試合じゃなく、“戦い”をしていた。ルールの中で剣を振ってはいたけど……それは、この競技の剣じゃない」


 その一言が、胸の奥に深く突き刺さった。

 喉を通る水が妙に重い。

 レオは何も言い返せず、ただ心の中で反芻する。


 (俺は……何を振るっていた? フェンシングじゃない、俺の剣……?)


 答えの出ない問いが、静かに残った。



控室を出たレオは、人気のない廊下に足を運んだ。

 窓から射し込む夕陽が、手に持ったエペの刃を朱色に染める。


 彼は柄を握り直し、その細身の剣先をじっと見つめた。


 (俺は……本当にフェンシングをしているのか?)


 脳裏に、土と血の匂いが蘇る。

 戦場で突き立てた剣――その重み。

 相手の目が見開き、崩れ落ちる瞬間の、あの生々しい感覚。


 そして、ほんの数分前のコート。

 歓声と拍手に包まれながら、空を斬らされ、翻弄された自分。

 同じ“剣”を振るっているはずなのに、何かが違う。


 勝利の甘さは、もうどこにもない。

 静かに残ったのは、胸をかき乱す“敗北感”だけだった。



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