区切られた森
ルリユール〈Langue de chat〉は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
森の住人とご対面。
451区切られた森
「こんにちはー」
朗らかに、生首が挨拶して来た。綺麗な顔立ちの、テオとプラネルトより年上に見なくもない長身の青年の、生首。首の切れ目はなんだか不思議な状態だった。真っ黒な闇で、銀粉のようなきらきらしたものが舞っているように見える。
「おあ!」
「ヴ!(こんちはー)」
エアネストとヴェスパがすんなりと、挨拶を返した。つまり、無害。
とりあえず全員で挨拶と自己紹介をすませ、エンデュミオンは青年を見上げた。どうにもチグハグなのだ、この青年は。なにしろ、魔物ではない。魔物の首なし騎士かと思ったのだが、気配が人間なのだ。人間なのに、首が切れている状態で生きているのは、まあおかしい。
(うーん、月の女神シルヴァーナが何かしたかなあ)
生命に関する〈時〉は、月の女神シルヴァーナの管轄なのだ。〈柱〉であるエンデュミオンも〈治癒〉に関してだけは〈時〉を少し使えるが、代償として物凄い魔力を消耗する。
(まあ、無害ならいいんだが)
青年はヴィンフリートで、闇竜はキーゼルという名前だと言う。
「ヴィンフリート、この森で誰と暮らしているのか教えてくれないか」
エンデュミオンは出来るだけ柔らかい言葉遣いで訊いた。理由はある。小難しい言葉遣いでは、ヴィンフリートが理解しない気がしたのだ。
「いいよー」
エンデュミオン以外の妖精達に囲まれていたヴィンフリートが、にこーと笑う。そして右手の指を折りながら名前を上げる。
「イサとー、グリムとー、ララとー、エーヴァとー、ヨルク! キーゼルも!」
「イサはコボルトだな?」
「うん! エアよりまっくろ」
南方コボルトなのかな? とエンデュミオンは髭を撫でる。
「エンデュミオン、イサが生きているの? 凄く昔の時代の人だよね?」
孝宏の疑問ももっともだ。千年単位で昔の人物の筈だから。
「ここは区切られた時点で、時間の流れが物凄くゆっくりになっていたみたいなんだ、孝宏」
魔法陣が間違っていたからだ。間違っていたから、内側から解除も出来なかったのだろう。
孝宏がこっそり囁く。
「ヴィンがあの状態なのはどうして?」
「それはエンデュミオンも解らない。解る者がいれば聞こう」
エンデュミオンは気配を感じ始めた木立の向こうをちらりと見た。そろそろ接触する距離だ。
「ヴィーン! ヴィンフリートどこだー!」
「はーい!」
聞こえて来た声に、ヴィンフリートが頭を抱えていた方の手を上げて返事をした。当然頭が落下する。
「きゃああ!」
「たううう!」
ヴィンフリートの頭の落下地点にいたビブリオとアルスが、持っていた本や帳面を放り出してヴィンフリートの頭を受け止めた。エンデュミオンも咄嗟に風の精霊魔法で受け止めた。人の頭は意外と重たいものなのだ。ビブリオとアルスだけなら取り落してしまう。
「あっぶな……心臓に悪いな、おい」
草の上にゆっくりとヴィンフリートの頭を下ろし、エンデュミオンは汗をかいてしまった肉球をズボンで拭った。孝宏達の顔も強張っている。
「わあ、ふかふか」と笑っているのはヴィンフリートくらいだ。お怒りのビブリオとアルスにぐりぐりと頭を擦り付けられている。
「だいじょぶ? だいじょぶ?」
「ヴヴヴヴヴ!」
ルッツは半泣きで、ヴェスパはダンダンとスタンピングしている。この混沌とした状況をどうしてくれる。
「ヴィン!」
がさがさと繁みを揺らし、出て来たのは黒いコボルトだった。焦げ茶色の瞳は、どの地域のコボルトとも違う。コボルトは基本青系の目だ。
「うひょわ!?」
知らない妖精と人族がいるのに驚いたコボルトが変な声を上げた。無理もない。
「えっ、誰!? いやそれよりもヴィン! キーゼルも! 二人だけで出掛けたら駄目だって言っただろ! 頭落っことすんだから!」
妖精達に囲まれてもふもふされているヴィンフリートの頭に、腰に前肢を当てた黒いコボルトが叱る。
頭を落とす常習犯だったのか。エンデュミオンは溜め息を吐いた。
「うん、さっきもそこの泉に頭を落としていたな。返事した時もぽろって落としていたぞ」
エンデュミオンの暴露に、黒いコボルトがぐりんとこちらを向く。
「ひ、拾ってくれたり?」
「テオとプラネルトが」と、エンデュミオンはテオとプラネルトを前肢で指す。
「うわああ、どうも有難う! 取り敢えず、皆うちに来てくれるか? ヴィン、頭持って」
「はーい」
ぐだぐだである。孝宏に抱っこされて眠ってしまっているエアネストが、ヴィンフリートの頭がころりしたのを見なくて良かったと思うべきだろうか。
テオとプラネルトに宥められたルッツとヴェスパが落ち着くのを待って、黒いコボルトの案内で彼らの家へと向かった。
「きゅっきゅー」
「ぴー」
─へー、この森で卵をヴィンフリートに拾ってもらったの。
道案内のように飛ぶ闇竜キーゼルの左右について、木竜グリューネヴァルトと雷竜レーニシュがお喋りしている。
どうやらキーゼルの卵を、ヴィンフリートが拾って孵したらしい。つまり、ヴィンフリートは竜騎士だ。まだまだ幼体のキーゼルだから、乗る事は出来ないが。
(竜騎士登録するか、難しいところだなあ)
エンデュミオンは、前を歩く黒いコボルトの後頭部を見ながら内心唸る。
「孝宏、木の根があるから気を付けて」
「うん」
安全な場所なのでエアネストはプラネルトが引き取り、孝宏は危なっかしい足取りで小道を歩いている。
体感として十分くらいで木立が切れ、ぽっかりとした広場に出た。広場には巨大な木があって、その太い木の根に守られるように家があった。木の幹にはぐるりと階段が付いていて、幹の上の枝にも下の家よりは小さな家がある。
「イサ! ヴィンとキーゼル見付けたのか!? 良かった」
家の前に居た白金色の髪の人狼の青年が、こちらに気付いて駆け寄ってきた。リグハーヴスの人狼騎士ゲルト並みの体格で、見るからに腕が立ちそうだ。
「ヨルク、泉にいたんだよ。こっちの皆に見付けて貰ってた」
「えっ!? 何処から!?」
ヨルクの言いたい事は解る。エンデュミオンが彼らの立場でも同じ事を言いそうだ。
「エンデュミオン達は正攻法で来たぞ。詳しくはあとでな。他の皆は?」
「ああ、反対側の森を探しているんだ」
「じゃあイサが呼び戻そう。信号弾を上げるよ」
イサが指先から赤い光の弾を空に向かって打ち上げた。光の弾は、ヒュルルル~と音を立てて上空でポンと弾ける。
「グリム達が戻って来るまで、一休みしようか」
にゅるっとイサが〈時空鞄〉からテーブルを取り出す。
「そうだな」
エンデュミオンも〈時空鞄〉からテーブルを取り出した。双方人数が多いのでテーブルも椅子も足りないだろう。お茶の道具も取り出し、テーブルの上に置く。孝宏の作り置きのお菓子は双方のテーブルに置いた。
「わあ、お菓子! ここだと材料が限られるから、素朴なものが多くて。うわ、チョコレートが付いてる!」
輪切りオレンジの砂糖煮の半分にチョコレートが付いたものを見て、椅子に登って覗きき込んでいたイサが巻き尻尾をぶんぶん振る。
「あった。これ使えないかな、エンデュミオン」
〈魔法鞄〉をごそごそしていた孝宏が、取り出したものを見せて来た。ヴァルブルガが編んだ、黒く染めた砂漠蚕の筒型の首巻だ。ぴったりとしていて騎士服でも使える。砂漠蚕は暑い時は涼しく、寒い時は暖かい。
「これ?」
「これ付けている時には、ヴィンの首が落ちないように出来ないかなと」
「なるほど、出来るぞ。〈不落〉でいいかな」
エンデュミオンは砂漠蚕の首巻に〈不落〉の魔法陣を付与した。そしてグリューネヴァルトに頼んでイサの元に運んでもらう。イサの隣には、おやつ待ちのヴィンフリートとキーゼルがいたからだ。
「これなにー?」
「ヴィンフリートの首に付けてやれ。付けている間は首が落っこちなくなる」
「あっ、〈不落〉の魔法陣か。あー、こういう構成なんだ」
「あとで紙に書いてやるから」
首巻の魔法陣を研究しそうになったイサを、エンデュミオンは止めた。コボルトはこれだから。
「ヴィン、首押さえて動くなよ」
「うん?」
良く解っていなさそうなヴィンフリートの首に頭を乗せさせ、イサが首巻をすぽりと被せる。首の根元まで首巻を下ろして整えて、イサがヴィンフリートの頭を撫でる。
「よし、動いてもいいぞ」
「うん」
にこにこしているヴィンフリートの頭はきちんと首の上に据え置かれていた。そこにお盆に乗せたお茶道具を運んできたヨルクが戻って来る。
「どうしたんだ? ヴィンの首」
「首巻に〈不落〉の魔法陣を付与したんだ。首巻をしている間は首が落ちないぞ」
「それは助かる。遊びに行っては首をそこらに放置するから。見える範囲で身体だけで遊ぼうとするんだよ」
夢中になると頭を置き忘れると。それは困る。
ヨルクがお茶を持って来たので、孝宏も〈魔法鞄〉から出したお茶道具でお茶を淹れる。
各自一杯目のお茶に口を付けて、気の抜けた吐息を漏らす。
「そろそろ戻って来るかな」
ぴくりとイサが耳を動かした。
「ヴ(うん)」
胡桃のクッキーを齧るヴェスパも頷く。
「……ただいま」
巨木の後ろの茂みから、ふわあっと黒い布が飛んで来た。同時にさあっと身体の中を囁き声が吹き抜けていく。
「ウィスパーか」
イサの近くに停まったウィスパーは、フードを深く被った袖の長いマント姿だった。大きさはイサと殆ど変わらないし、フードは丸みがあって中に何か入っているような感じだ。
「ピルグリム、あっちのエンデュミオン達がヴィンフリートとキーゼルを見付けてくれたんだよ」
「……エンデュミオン?」
ふい、とこちらを向いたピルグリムのフードの下は闇で、黄緑色の光の玉が二つ光っていた。エンデュミオンをじっと見詰めた後、ピルグリムがイサに向き直る。
「……あれ、七番目じゃないの?」
「や、気付いたけど言っちゃ駄目だって、グリム」
慌てるイサに、エンデュミオンは半眼になった。隠す気はないのか。
「そっちは三番目と五番目か」
「……イサ、バレてるよ」
「もおお、グリムー」
ぽかぽかとイサがグリムを前肢で叩く。
エアネストに林檎の一口パイを取って上げていた孝宏が首を傾げる。
「エンデュミオン、七番とか何の番号?」
「〈柱〉の番号だ。イサが五番で、ピルグリムが三番だ。エンデュミオンは七番。柱は全部で七本あるんだ。〈人柱〉になっているのはエンデュミオンだけだと思っていたんだがなあ」
「多分ここを不完全に区切っちゃったからだね、それ」
イサが前肢で頭を掻く。
がさがさと巨木の後ろの茂みが揺れた。
「速いわよ、グリム!」
「グリムは飛べるからねえ」
文句を言いつつ広場に駆けこんできたのは、金髪の森林族と、青黒毛の人狼だった。森林族の方は女性と見まがう程美しく細身で、人狼の方はヨルクよりは少し小柄だが騎士体型だ。
「ララー」
ぱあっとヴィンフリートが森林族の青年に向かっていき、抱き着いた。
「キーゼルの他に、誰かと一緒に出掛けなさいって言ったでしょ? ヴィン」
「うん」
「ごめんなさいは? 心配したのよ、皆」
「ごめんなさい」
しゅんと項垂れるヴィンフリートに垂れる耳と尻尾を幻視しそうになる。
「これで全員揃ったかな。コボルトのイサ、ウィスパーのピルグリム、人狼のヨルクとエーヴァルトで、この二人は番。森林族のラライラと平原族のヴィンフリートだよ。ララとヴィンも番。ヴィンは一寸妖精化しているかも? それとヴィンの闇竜のキーゼル」
「あとで詳しく聞かせろ。〈柱〉としてな」
「解った」
ふー、と息を吐いてから、エンデュミオンもこちら側の紹介をする。
「ケットシーのエンデュミオンだ。エンデュミオンの主の塔ノ守孝宏と木竜グリューネヴァルト。〈暁の旅団〉のテオフィルとテオのケットシーのルッツ、プラネルトと魔熊のエアネストと雷竜レーニシュ。コボルトのビブリオとアルスだ」
「はいっ、塔ノ守って、イサと同じ塔ノ守?」
イサが挙手して質問する。
「イサと同じ塔ノ守だな。なんでお前はコボルトなんだ?」
「元々は人間だったよ。古王國の聖女召喚に巻き込まれてさ」
「倭之國の召喚じゃなくてか? 塔ノ守が引っ張られるのは倭之國の召喚だろう?」
「ううん、この國の召喚だった。聖女召喚自体は女神シルヴァーナが上手い事やってくれて、〈治癒〉より下位の〈回復〉だけくっつけて教会に落っことしたんだよ。あの頃は〈治癒〉や〈回復〉持ちの修道女は皆聖女って呼ばれていたから。でも本来召喚されたのはイサだから、こっちに色々とスキルが付いちゃってね。同時召喚された聖女に人間体の顔見られていたし、女神シルヴァーナに姿を変えてもらったんだよ。で、ハイエルンの森に落としてもらった。イサの毛と目の色は元々の身体の持つ色だからだな」
「……イサは、ピルグリムが見付けた」
「三番って事は、ピルグリムの保護者が嵐の魔女だったのか?」
「……そう。ピルグリムはエルネスティーネ婆ちゃんが、人工的に生み出したウィスパー」
「聞いちゃいいけない事を聞いた気がする」
エンデュミオンは鼻の頭に皺を寄せた。
「嵐の称号は三番だろう? どうしてイサも嵐を名乗っているんだ? 五番なら称号は碧羅だろうに」
「それはねえ、イサは大魔女エルネスティーネの嵐の魔導書で勉強したからだよ。五番の前任者は奪われる前に、古代シルヴァーナ大図書館に碧羅の魔導書を預けたんだって。古代シルヴァーナ大図書館を見付けたら、渡してもらえるみたい」
「ぶふっ」
「たう!?」
ざっとビブリオにエンデュミオン達の視線が集まる。ビブリオはお茶を噴き出してアルスに背中を擦られていた。
「おい、ビブリオ。落ち着いてからでいいから、碧羅の魔導書を出してくれ」
「うー、鼻にお茶が……」
「鼻かんで、ビブリオ」
孝宏に端切れを貰い、ビブリオが鼻をかむ。
「なあ、ビブリオって」
イサが信じられないものを見る目で、焦がしカラメル色のコボルトを見る。
「ビブリオだよ。古代シルヴァーナ大図書館の管理者だ。アルスはその侍従で司書だ。最近うちの屋根裏に古代シルヴァーナ大図書館があるのが解ってな」
「屋根裏!? 意味が解らない!!」
「開かずの間だったんだよ!」
「……屋根裏に収まるものなの?」
「異空間に繋がるから、入口があるだけだぞ」
「……納得」
ピルグリムは納得したようだが、イサは「屋根裏、屋根裏」と呟きながら、無意識に孝宏のクッキーに前肢を伸ばしてばりばり食べた。そして目を丸くする。
「美味しい! くそう材料があれば……っ」
「ここでは楓の樹液か、蜂蜜だからね」
エーヴァルトが笑う。どうやら、主に料理をするのはこの二人らしい。
「はあ、びっくりした。碧羅の魔導書ね、確かに預かってるよ。一寸待っててね」
復活したビブリオが椅子を下り、アルスと一緒にテーブルから少し離れる。ビブリオが前肢で空間に触れるように動かすと、その場に古めかしい重厚な扉が現れた。ビブリオとアルスが軽く触れるだけで、扉が開く。扉の向こうには、本棚がずらりと立ち並んでいるのが見えた。
ビブリオとアルスが本棚の間に消える。ビブリオには魔導書の場所が解っているので、長く待つ必要もなく、緑青の革装の分厚い魔導書を二人がかりで運び戻って来た。
「これが碧羅の魔導書だよ。エンデュミオン布敷いてー」
「はいよ」
エンデュミオンは〈時空鞄〉から敷布を取り出して、孝宏と草の上に広げた。その上にビブリオとアルスが魔導書を置く。
革装の魔導書は四隅に金具が付けてあり、表紙にも飾り金具で青とも碧ともつかない色の魔石が埋め込んであった。
「イサ、魔石に触って正式名を名乗ってね」
「うん」
イサが魔導書に近付き、前肢を魔石に乗せる。
「イサ・トウノモリ=グリフィス・レニが碧羅の魔導書を継承する!」
青碧色の魔石がイサの魔力を吸い込み輝き出す。銀色の複雑な魔法陣が魔導書の表紙一杯に広がった後、逆戻りするように魔導書からイサに光が戻り、スン……と光が消える。イサが安堵の息を漏らして魔導書を〈時空鞄〉にしまった。
「グリフィス・レニとは?」
聞き逃せない名前に、エンデュミオンはイサを問い詰める。
「グリフィスはヨルクの家名だよ。イサがこっちに来た時は、もうエルネスティーネ婆ちゃんは亡くなってたから、保護者として名前をくれたんだ。ピルグリムにもね。レニは調薬を教えてもらった時に、家族待遇で名前を貰った」
「家名があったのか? ヨルク」
ヨルクが肩を竦める。
「あの時代は、ハイエルンに小さな自治区が沢山あったんだ。自治区の長には小領主として家名があった。俺は長の息子だったからな」
「元レニの集落近くの自治区……もう、森に侵食されている筈だ」
「そうか……」
「エーヴァルトの色の人狼を知っているから、集落の場所を移したんだと思うぞ」
ヨルクの白金毛は兎も角、青黒毛は珍しい色だ。恐らくゲルトの一族と繋がっているだろう。
「それなら良いのだが」
ヨルクが小さく笑う。すっとここに閉じこもっている状態だったのだから、外の状況は知り得なかったのだろう。
「イサ、ピルグリム、この空間は区切られて宙に浮いている状態なのは解るか?」
「一応はね。イサは純粋にコボルトじゃないから、魔法陣について勉強不足なんだ」
「確かに間違っていたな。ここの時間はもの凄く緩やかだっただろう?」
「白夜と極夜を繰り返す感じにね。そのおかげで今まで生きていられたんだけど」
イサが自虐的な笑みを浮かべる。
「この森の大きさは?」
「一キロ四方くらいかな。この家の周りを区切ったから」
「そのくらいなら、そのまま空き地に移植出来ると思うぞ。ただし元の場所は森に戻っているから難しいな。どこかの集落に掛かるかもしれないし」
「そっかー、そんな空き地ある?」
「リグハーヴスの囲壁の外ならいけるんじゃないかな。だだっぴろい草原なんだ。一キロ四方の古代の森が生えたくらい、誤差だろう」
「誤差、か?」
「……誤差?」
イサとピルグリムが同時に同じ方向に首を傾げる。
「エンデュミオン、陛下とリグハーヴス公爵に許可貰ってからだぞ?」
「〈柱〉がリグハーヴスに三本って、問題になるからね?」
テオとプラネルトが真顔で忠告して来た。その通りだ。
「マクシミリアンとアルフォンスには知らせるが、三番と五番の〈人柱〉の事は、公にしないと思うぞ。面倒臭いから。〈柱〉の本数が増えただけで御の字なんだし。古代の森が増えたとしても、「エンデュミオンがやらかしました」で済むだろう。聖域として、制限を掛けてもらえばいいし」
「なんだ、その前科がありそうな言い方」
イサの視線が痛い。
「気にするな」
貴重な動植物がある場所として、保護地区にしてもらうという方法もある。
「ではエンデュミオンは、マクシミリアンとアルフォンスから許可をもぎ取って来る。イサとピルグリムも来るか?」
「説明しないとならないよね」
「……そうだねえ」
〈柱〉である以上、國王に顔見せは必要である。
「皆はお茶を飲んで友好を深めてろ。じゃあ、行ってくる」
エンデュミオンはイサとピルグリムを連れて、サクッと区切られた空間の入口である魔法陣前へと転移したのだった。
イサの元々の名前は、塔ノ守伊佐。
古王国(前王朝)の聖女召喚で呼ばれるものの、本来巻き込まれた側の聖女(偽)がイサを押しのける形になり、聖女(聖人)なんてまっぴらごめんだったイサは、女神様に姿を変えてもらってハイエルンのグリフィス自治区に逃亡。
王位継承争いの内乱の時代で、現王家(シュヴァルツヴァルト家)を守って斬首されたヴィンフリートの身体を回収して、区切られた森に引き籠る。
ヴィンフリート、地味に現王家の命の恩人。
エーヴァルトの兄弟姉妹の誰かが、ゲルトの先祖筋になる。




