帰宅とお土産配り
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
お土産を配りに行ってきます。
285帰宅とお土産配り
イドゥベルガの診療所に一泊したあと、イシュカ達は久し振りにリグハーヴスの家へと帰宅した。
アーベント一家とファルベンには、いつでも遊びに来て欲しいと伝えた。こちらからも場所が解ったので、これからはすぐに会いに行ける。
〈Langue de chat〉の裏庭に〈転移〉し、そのまま台所のドアを開ける。
「お帰り」
台所には留守番を頼んでいたリュディガーがいて、丁度薬缶でお湯を沸かしていた。
「ただいま戻りました、リュディガー」
「お茶淹れるから、荷物置いておいでよ」
「有難う」
一階の居間にはギルベルトが待っていて、エンデュミオンを抱き上げた。
「お帰り、坊や」
「ただいま、ギルベルト」
「坊や、随分魔力が減っているな。何があった?」
「後で説明するから」
鋭いギルベルトに、エンデュミオンはぎゅっと抱き付いてから解放してもらい、孝宏から預かっていた荷物を部屋に置きに行く。
それぞれ着替えて手を洗って来て、居間に戻る。
「これ、お土産です」
ヴァイツェア産の干し果物や木の実、果物や花の香りの紅茶やマリアンに頼まれていた砂漠蚕の反物をイシュカはリュディガーに渡した。
「これ、試供品なの。マリアンとアデリナに」
ヴァルブルガもいくつか買ってきたファルベンの糸を渡す。
「有難う。反物の代金は後で持ってくるよ」
リュディガーはギルベルトの〈時空鞄〉にお土産をしまって貰う。
「ヴァイツェアはどうだった? 族長達に絡まれたりしなかったかい?」
「族長たちは父さんがなんとかしてくれたみたいで、関わらなかったんですけど、精霊樹のドリアードには絡まれました」
バッとギルベルトがエンデュミオンを見た。エンデュミオンはサッと顔を反らしたが、何をしたかバレた気がする。ギルベルトの視線が痛い。
「坊や?」
「……いや、魔法使いギルド本部の〈生きている甲冑〉の更新がされてなかったり、精霊樹の魔力が枯渇しかけていたりで、魔力を譲る羽目になったんだ」
「〈緑の蔦〉一族は?」
怪訝そうな顔になったリュディガーに、イシュカが答える。
「平原族と婚姻したあと、子孫が流行り病で減っていたらしくて。父さんとリュディガー、フォルクハルトと俺が末裔らしいです」
「誰も魔力供給にすら行ってなかったのか?」
「鍵の魔法陣、父さんも知らなかったんですよ。エンデュミオンがフォルクハルトとフリューゲルに教えて来ましたけど」
「また孝宏やイシュカを連れていかれたら困る」
溜め息を吐くエンデュミオンの隣で、ヴァルブルガが「ふふっ」と笑った。
「そのうちリュディガーとギルベルトも、精霊樹の様子を見に行ってくれ。精霊樹にドリアードがいるから」
「うむ。そのドリアードに教育的指導をしてこなければ」
ギルベルトが大きな肉球で顎を擦る。きらきらとした緑色の瞳がやる気になっている。
「準〈柱〉だから、枯らさない程度に頼む……」
「兄さんとフォルクハルトと話し合って来るよ」
リュディガーとギルベルトが請け負ってくれたので、一先ずほっとしたイシュカとエンデュミオンだった。
「エンデュミオンはアルフォンスのところに行ってくる」
リュディガーとギルベルトが〈針と紡糸〉に帰り、エンデュミオンは領主館への土産を持って〈転移〉した。
まずは騎士隊詰所に行って、ティティの様子を見てタンタンに干し果物と木の実、香り付き紅茶と南方で収穫される果物を箱で渡す。お菓子を作って騎士達に食べさせるだろう。
次に厨房に行って、オーラフとノーディカがいたので、こちらでも同じ物を渡す。
それからアルフォンスの執務室に〈転移〉した。
「邪魔するぞ」
「エンデュミオン!」
すぐにココシュカが飛んできた。翼のある白虎なので、文字通り飛んで来る。真珠色の鱗をもつ蛇の尻尾をぴんと立てている。
カティンカが居ないので、今日はエルゼがお休みの日なのだろう。
ぐるぐる喉を鳴らすココシュカの額と顎の下を撫でながら執務室を見回していると、ドアが開いてアルフォンスと執事のクラウスが入ってきた。
「来ていたのか、エンデュミオン」
「今来たところだ。ヴァイツェアに旅行に行っていたから土産を持ってきた」
ピクリとアルフォンスの眉が上がった。
「……聞いていないぞ」
「ん? そうだったか?」
あちこちに旅行に行くと知らせた気がするが、留守番を頼んだり、温室にいるコボルトの様子を見たりするように頼む人ばかりだったかもしれない。
「一週間ばかり、皆でヴァイツェアに行っていたんだ。イシュカの里帰りに」
「〈異界渡り〉が移動する時は知らせてくれないか」
「すまんすまん。これは土産だ。厨房にも置いてきたんだが」
エンデュミオンは〈時空鞄〉から、干し果物と木の実、生の果物も幾つかと、香り付き紅茶の箱、森蚕の反物を取り出した。
「有難う」
「森蚕の反物はハルトヴィヒからだ」
「そうか、礼状を書かなくてはな」
エンデュミオンはソファーによじ登った。ココシュカも隣に降りてくる。
「アルフォンス、実はエンデュミオンは他にも伝え忘れていた事があってな」
「……クラウス、お茶を頼む」
「はい、御前」
アルフォンスは向かいのソファーに腰を下ろした。
「嫌な予感しかしないんだが」
「以前、倭之國の大使が来た時に話題に出て、その後向こうから手紙が来たので判明した事なのだが」
「ほほう? 大使がいらっしゃったのは随分前の事だな」
「倭之國にいる帝の正妃と、英之國の大使が孝宏の親戚なのだ」
「なに?」
思わずアルフォンスが聞き返す。
「倭之國の帝の正妃と英之國の大使は〈異界渡り〉で、孝宏と親戚なのだ」
もう一度エンデュミオンが繰り返した。
「倭之國に二人いるのか」
「英之國に降りた方も、大使と言う名目で倭之國に送ったらしい。恐らく英之國では利用し難い天恵だったのだろう」
「それにしても帝の正妃とはな」
「公にはされていないそうだ」
「言えぬだろう。倭之國では〈異界渡り〉は表に出さぬものらしいからな。陛下にも伝えぬ訳にはいかないが、公表は出来ないだろう」
「ああ」
クラウスが簡易台所のある奥の小部屋から、ティーセットが乗ったワゴンを押してきた。
南で採れるオレンジ色の果物が食べやすいように切られて盛られた白磁の皿を静かにテーブルに置く。それから淀みのない手付きでティーポットからカップにお茶を注いだ。
エンデュミオンが持って来た茶葉を使ったのか、花と果実の香りがふわりと広がる。
「ほら、ココシュカ」
エンデュミオンは果物をフォークで刺し、ココシュカの口に入れてやった。すぐさまピンと蛇の尻尾が立つ。
「甘い。美味い。初めて食べた」
「この果物はヴァイツェアでしかならないものなあ」
フィッツェンドルフも南にあるが、海の街であり植生は少し異なる。食べ頃の状態で運んで来るとなると、傷みやすいし値段がかさむのでリグハーヴスに来るものは、加工されている物が殆どだ。
「うん、美味いな」
アルフォンスも口に入れ、頬を緩ます。それほど身体が強くなく、大食漢でもない彼は、果物を好む。
「アルフォンスはこれも好きか?」
孝宏がライチと呼ぶ、鎧のような赤茶色の皮に包まれた果物をエンデュミオンは〈時空鞄〉から取り出す。孝宏が好物だったらしく、エンデュミオンがまとめて買ったのだ。
「ああ。珍しい物を手に入れたのだな」
「いい匂い」
ココシュカがふんふんとエンデュミオンの手元を嗅ぐ。
「美容にも良いらしいから、ロジーナにも分けてやれ」
テーブルの上に一山乗せる。エンデュミオンはお茶を舐め終えると、皮と種を取り除いて貰ったライチを食べるココシュカの耳の付け根を掻いて、ソファーを下りた。
「もう行くのか?」
「慌ただしくてすまんな、アルフォンス。グラッフェンの顔を見に行こうと思ってな」
「これから行くのか。土産を有難うと、主達にも伝えてくれ」
「うむ、ではな」
エンデュミオンは〈転移〉をして、クルトの工房へと跳んだ。工房の中へ直接行くと危ないので、居間のドアの前へと出る。
「おーい、エンデュミオンだ。お邪魔するぞ」
「いらっしゃい、エンデュミオン」
直ぐにデニスを抱いたアンネマリーがドアを開けてくれた。
「待ってたわ、エンディ」
「何かあったか?」
どことなく安堵した雰囲気を感じさせるアンネマリーについて居間に入るが、グラッフェンもエッダの姿も無かった。
「二人共出掛けているのか?」
「いいえ、今日は家にいるのよ。実はエンデュミオンに会えなくて、グラウが拗ねちゃったの」
「旅行に行くと伝えた筈だが」
「グラウはまだ幼い子供だもの、寂しかったのね。二人共エッダの部屋にいるわ」
「解った」
グラッフェンはエンデュミオンと血の繋がった兄弟である。森林族の時でも兄弟がいなかったエンデュミオンにとっては初めての弟で、とても扱いが上手いとは思えない兄によく懐いてくれている。エッダに憑いてからも週に一回以上顔を合わせている。
エンデュミオンは居間の奥にある階段を登り、廊下を足音を立てずに歩き、ドアが開いていたエッダの部屋の中をそうっと覗き込んだ。
「グラウ、そろそろエンディ達帰って来る筈だから元気出して」
ベッドに腰掛けたエッダが、ベッドカバーの上で実寸大の鯖虎編みぐるみに抱き着いたまま不貞寝しているグラッフェンを撫でていた。話し掛けられる度に、尻尾をぱたんと動かすが、返事をしない。
エンデュミオンはエッダに向かって前肢を振った。エッダが気付いて微笑む。
「グラウ、エンディ帰って来たよ」
「でぃー!?」
がばりとグラッフェンが起き上がった。戸口に立つエンデュミオンを見て、黄緑色の目を丸くする。
「ただいま、グラッフェン」
「でぃー!」
「危ないから、待ってろ」
ベッドから下りようとしたグラッフェンを止め、エンデュミオンはベッドの近くまで行って、柔らかい革靴を脱いだ。
「よいしょ」
「む、すまんな」
エッダが抱き上げて、ベッドの上に乗せてくれた。
「でぃー」
ぎゅうっとグラッフェンが抱き着いてきたので、頭を撫でてやる。
「寂しかったか? エッダも居ただろう」
「にゃうー」
ぐりぐりとエンデュミオンの胸にグラッフェンが額を擦り付ける。エンデュミオンは別腹らしい。
「ヴァイツェアのお土産を持って来たんだぞ」
「おみやげ」
「そうだぞ」
離れたくないとばかりにエンデュミオンの尻尾を抱えるグラッフェンとエッダの前に、森蚕の布に刺繍された針刺しや、小物入れの袋を取り出した。
「エッダとアンネマリーはお裁縫をするから、針刺しにしたんだ。クルトとデニスとグラッフェン、メテオールとネーポムクは袋だ」
「とても綺麗! 有難う、エンディ」
つやつやとした薄い緑色の森蚕の布に香草の刺繍がされた針刺しは、エッダのお気に召したらしい。
「こっちの袋は細かい物を入れればいいと思う」
「中に何か入ってる?」
「ああ、ヴァイツェアでのお守りみたいなものらしい」
砂竜の刺繍がされた袋の中には、丸まっている小さな砂竜の木彫りが入っていた。
「すなりゅう?」
「〈暁の砂漠〉とヴァイツェアの守護竜だな。エンデュミオンはヴァイツェアで会ったぞ。人に姿を変えて美味しい氷屋をやっていた」
「こおり!」
グラッフェンが目を輝かせた。グラッフェンは砂竜よりも氷の方が気になるらしい。
「氷は今度孝宏に作って貰おうな」
「あいっ」
氷は作れるが、シロップが作れないエンデュミオンである。
「他にも果物や良い香りの付いた紅茶を持って来たぞ。アンネマリーに剥いて貰おうか」
「あいっ」
すっかり機嫌の治ったグラッフェンの笑顔の可愛さに、思わずぎゅっと抱きしめるエンデュミオンだった。
ギルベルトに直ぐにばれるエンデュミオンです。
ギルベルトの教育的指導は御想像にお任せします。
なにかと伝え忘れるエンデュミオンなのですが、アルフォンスに砂竜の事を伝え忘れています。
砂竜はヴァイツェアから移動してこないんで、いいんですが。
ココシュカは姿を現すようになってから、以前よりも色々と食べさせてもらっています。
前は魔力貰うだけで満足してたんですが、最近は嗜好品として食べ物を食べています。そもそもクラウスやアルフォンスが与えているので……。
可愛い弟グラッフェン。いつもは素直だけれど、エンデュミオンに会えなくて拗ねたりはします。
エッダもクルト達も大好きだけど、エンデュミオンは別腹! なのです。