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ハイエルンのコボルトの里へ

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

シュネーバルの家族に会いに。


283ハイエルンのコボルトの里へ


 一週間近くヴァイツェアでのんびりしていたイシュカ達だが、そろそろリグハーヴスへ戻る事にした。荷物やお土産を整理し、妖精フェアリー達が〈時空鞄〉へと収めていく。

「ん、んー」

 シュネーバルもエンツィアンやヘルマン達にお土産を買い、〈時空鞄〉にしまっていたが、その中にあった干し果物の袋を持って、じっと見詰める。

「どうした? シュネーバル」

 通りがかったエンデュミオンがそれを見咎めた。シュネーバルが顔を上げて、紅茶色の瞳を潤ませる。

おかしゃん(ムッター)に、あげたい」

「ふうん? なら行くか? とは言ってもエンデュミオンは場所を知らないから、エンツィアンに訊くしかないんだが」

「にーに?」

「そうだ。明日帰る時に、エンツィアンにハイエルンを案内して貰おうか。良いか? イシュカ」

 振り向いたエンデュミオンに、イシュカは「勿論」と答えた。シュネーバルの前に膝を付き、白い毛で覆われた小さな頭を掌で包む。

「シュネーバルの家族に会いに連れて行ってあげてなかったものな。元気な姿を見せに行こうか」

「う!」

 シュネーバルは笑顔で尻尾を振って、いそいそと干し果物の袋を〈時空鞄〉に入れたのだった。


 翌朝、イシュカ達はエデルガルドの他、見送りに来たハルトヴィヒとフォルクハルト、フリューゲルに再会の約束をして、エンデュミオンの〈転移〉で一度ヴァイツェアの塔へ向かった。とは言っても、塔には入らず湖の岸辺に出る。

「エンディ、フラウ・フィリーネには会わなくて良いの?」

「直ぐにクッキーを売りに来るだろう? その時にフィリーネに会うし、用事も片付ける事にする」

 門衛の甲冑だとか、柱の間の件だろう。エンデュミオンは文句を言いつつも、やる事はやる。

「ではエンツィアンを呼んで来る」

 孝宏たかひろの腕から下りたエンデュミオンは、シュネーバルと前肢を繋いで〈転移〉して行った。ヘルマン達のお土産は先に置いてくるつもりのようだ。今日の目的はハイエルンなので、それ程待たずに、エンツィアンを連れて戻って来る。

「おはよー」

 青紫色の瞳で尻尾が白い北方コボルトのエンツィアンは、フード付きのローブを着て魔法使い(ウィザード)の杖をちゃんと持って現れた。

「お早う、エンツィアン。案内宜しく」

「うん!」

 イシュカに元気よく頷き、エンツィアンがエンデュミオンへ向き直る。

「魔力はエンデュミオンが貸してくれるの?」

「エンツィアンだけで全員運ぶと、結構魔力使うだろう? だから魔法陣の目的地の部分をエンツィアンが書き込んでだな……」

 二人で頭を寄せ合い、転移陣について話し合う。シュネーバルは二人の間に頭を突っ込んで、尻尾を振っているが、特に邪魔にされずにエンデュミオンに頭を撫でられていた。

「じゃあ行くよー。集まってね」

「うむ」

 全員が集まった所で、エンデュミオンが足元に銀色の転移陣を描き出す。その転移陣の一部が空白になっている場所に、エンツィアンが杖の石突を突き立てた。

「えい」

 石突の先から銀色の細長い光が出てきてくるくると文字に変わる。ハイエルンという文字と座標のような数字が書き込まれる。

「行くよー」

 転移陣の光が一気に強くなり、孝宏はぎゅっと目を瞑った。

「孝宏、着いたぞ」

 エンデュミオンに膝を叩かれ、孝宏は目を開けた。

「森?」

 ぽっかりと丸く開けた森の中に立っていた。エンデュミオンが前肢で森の一部を指す。

「あそこに小道があるだろう。ここは〈転移〉用の場所なんだ」

 よく見なければ解らない小道だ。利用するのがコボルトと人狼なら、迷わないのだろう。

「あの奥に、人狼とコボルトの新しい村があるんだ」

「人狼といればコボルトも安心だからな」

 エンツィアンが先に立って歩き出したので、エンデュミオンも付いて行く。イシュカ達もその後に続いた。近くまで行って解ったが、人が三人は並んで通れそうな道幅があった。

 てくてくと二百メートルばかり進んだ先に、丸太で組まれた高い塀があった。村を囲んでいるのだろう。日中という事もあり、門は開いていた。

 エンツィアンはまっすぐに門に入って行く。特に身元確認はされないらしいが、視線は感じる。

 村の中に入ると、あちらこちらからトントンカラリと機を織る音が聞こえた。これが本来のコボルトの村なのだろう。朝食はすでに終えている時間帯なので、コボルトと人狼の子供達が走り回っているのが見える。

「エンツィアン達の家は診療所だからこっち」

 比較的門に近い家へとエンツィアンが向かっていく。通常のコボルトの家と違い、人狼も入れる大きさの家だった。

「人狼の魔女ウィッチと一緒に暮らしてるの」

 エンツィアンは診療所のドアの横に着いている、ベルから下がる紐に飛びついてカラーンと鳴らした。

「エンツィアンだよ!」

「はいはい」

 家の奥から足音が聞こえ、コボルトも自分で開けられるように上下に分かれた下側のドアが開く。ドアを開けたのは、白いシャツに綺麗な刺繍のある黒いベスト、赤系の色が多い縞のスカートを身に着け、白いエプロンをした北方コボルトだった。

「お帰り、エンツィアン。遊びに来たの?」

「今日はシュネーを連れて来た。シュネー」

「う」

 エンツィアンに手招きされて、イシュカの脚の陰に居たシュネーバルがちょこちょこと前に出る。

「おかしゃん」

「まあ、シュネー!」

 シュネーバルが母親に抱き着く。千切れそうに尻尾を振っているので、やはり会えて嬉しいのだろう。

「まあまあ、元気になって」

「シュネーバル、ふかふか!」

 毛量が増えたと母親に申告するのは重要だったらしい。

「お客かい?」

「なんだなんだ?」

「シュネー?」

 家の奥から足音が近付いてきて、上側のドアが開く。人狼と北方コボルトが二人出てきた。

 人狼は女性で栗色の長い髪を無造作に首の後ろで束ね、萌黄色のチュニックの下に焦げ茶色のズボンを履いていた。魔女は名前の通り、女性が多い職業である。

 コボルトの方は一人は明るい茶色の毛色で、もう一人はエンツィアンに似ていたがハチワレで口元が白かった。

おとしゃん(ファーター)!」

 シュネーバルが明るい茶色のコボルトに飛びつく。相手は吃驚した顔をしたが、直ぐにシュネーバルを抱きしめ、両脇を掬って高い高いをした。

「シュネー! 末の坊や、元気だったか」

「う!」

「お父さん、アインスにも抱っこさせて!」

「久し振りなんだから、もう一寸ちょっと父さんに抱っこさせてくれてもいいじゃないか」

「お父さんも兄さんも、シュネーを丁寧に扱って!」

「あらあらあら」

 シュネーバルの取り合いに、母親コボルトが頬に前肢を当てて微笑ましそうにしている。なんとなく家族全員が揃ったようだ。

「お客人はあの子の保護者かい? 私は魔女イドゥベルガ」

 栗色の人狼が話し掛けて来たので、イシュカはコボルト達から彼女に目を移した。

はい(ヤー)、そうです。俺はイシュカ・ヴァイツェア」

 イシュカの名前に、イドゥベルガが直ぐに反応する。

「ヴァイツェアの緑雨りょくう大君おおきみかい」

「ご存知でしたか」

「森を知る者として、ヴァイツェアの森林族と人狼は友好的な付き合いをしているのさ。人狼はハイエルンの〈黒き森〉の一部の自治権を認められているからね。そうでもしないと、良い木を求めてみんな切っちまいかねない奴らが多くて」

 ハイエルンは採掘族の職人が多い。最良の物を作りだそうとする採掘族の熱量は際限がないのだ。

 イシュカは孝宏達の紹介もしたが、イドゥベルガはヴァルブルガの名前を聞いて喜んだ。

「ヴァルブルガ! 魔女アガーテの一番弟子だね? あんたは森に帰ってしまったんじゃないかって、街の皆は惜しんでいたんだよ。そうかい、リグハーヴスで診療所を始めたのかい」

「うん。シュネーバルは弟子なの」

「良く育てておくれ」

「うん」

 家族に撫でられまくっている白い小さなコボルトを見て、ヴァルブルガがふふと笑う。

「一応教えておくけど、明るい毛色のコボルトが父親のアーベント。母親が目が青紫色なのでヴィオレット。一番上の息子のアインスだよ」

 アーベントが魔女、ヴィオレットが薬草師兼家事コボルト。アインスが魔女兼薬草師だという。

 人狼の村と解放されたコボルト達の村を合併する時に、診療所を一つにする話が持ち上がり、そのままイドゥベルガとアーベント一家が同居する形になったと言う。

「こんな所で立ち話もなんだね。入っておくれ、お茶にしよう。こんな森の中だからね、客も少ないのさ」

 期待するように、イドゥベルガの栗色の尻尾がぱさぱさと振られている。

「ええ、喜んで」

 元々シュネーバルが家族と過ごす時間を貰う予定だったのだ。イドゥベルガの好意を、イシュカは素直に受け入れた。

「ほら、アーベント、話すなら居間でゆっくりおし!」

「見ろ、イドゥベルガ! アーベント達の可愛いシュネーだ!」

「お茶の支度をすませたら、じっくり会わせて貰うよ。ほら行った行った」

 イドゥベルガがアーベント一家を居間に追い立てる。コボルトは集まると賑やかだ。

「イシュカ」

 孝宏がイシュカの袖を引く。

「どうした? 孝宏」

 孝宏は嬉しそうに微笑みながら、「どうもしないんだけど」と言った。

「シュネーが可愛がられていたんだなあと思って」

「そうだな」

 家族に変わりばんこに抱き締められるシュネーバルに、この光景を自分が子供の頃には味わえなかったのだな、という思いがふとイシュカの胸をかすめた。

 だが、子供の頃受け取る筈だった愛情は、時を掛けて今イシュカの元へと降り注がれている。

「連れてきて良かった」

 エンツィアンと前肢を繋ぎ居間に向かうシュネーバルが振り返って、イシュカに満面の笑みを見せ前肢を振る。

「いしゅかー」

 切なさと共に込み上げる歓喜に、イシュカは泣くのを全力で堪えた。


やっとシュネーバルの家族に会いに行けました。

寡黙な筈の北方コボルトも、喋る時には喋る! 可愛い末っ子にデレデレが止まりません。

イシュカ、今はとても幸せです。


『エンデュミオンと猫の舌1』文庫、10月末頃まで発売中。

詳しくは活動報告をご覧ください。


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