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イシュカとヴァイツェアの街(上)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

ヴァイツェアの街に観光に行きます。

280イシュカとヴァイツェアの街(上)


 ガラガラと車輪を鳴らしながら馬車が進む。

「街へ入る門の預け場所で馬車を置いて行くんだ」

「荷運びの馬車以外は限定されるのは、リグハーヴスも同じだな」

 ヴァイツェアの街へと向かう道すがらのフォルクハルトの説明にイシュカは頷き、森の木立が見える窓の外を眺めた。膝の上では赤く染められた砂漠蚕のフード付きマントを着たヴァルブルガが座っている。

 孝宏たかひろの膝の上に座っていたエンデュミオンが、黄緑色の瞳をキラリと光らせた。

「フォルクハルト、魔法陣マギラッドは描けるようになったか?」

「描けても飛ばす時に消える」

「気を緩めるからだな。そのまま指先に魔力を乗せたまま弾くと良い」

「それで試してみるよ」

 フォルクハルトは本館に戻ってからも練習していたらしい。最近の魔法使いは(ウィーザード)は殆ど使わないやり方だというのだが、魔法を使えないイシュカには何も手伝えない。

 エンデュミオンは〈時空鞄〉から琥珀色のボンボンの入った小瓶を取り出した。小瓶の蓋を開け、一粒取り出して口に入れる。コロコロと口の中で飴を転がしながら、エンデュミオンはフォルクハルトに小瓶を差し出した

「舐めるか?」

「飴?」

「魔力回復飴だ。ヴァイツェアに来た時に、イシュカが渡した薬箱の中にも入っている奴だ。魔法陣の練習をして、魔力を使っているだろう?」

有難う(ダンケ)。フリューゲルも食べる?」

「わっう。あー」

 ぱか、と開けたフリューゲルの口に、フォルクハルトが飴を入れてやる。コロリと舌の上で転がし、「あまー」とフリューゲルが頬を押さえる。

「エンデュミオン、ルッツもあめほしいな」

 テオの膝の上に居たルッツが、肉球を上にした前肢を差し出す。シュネーバルも真似をして、小さな前肢を差し出した。

「う。しゅねーばるも」

「んー、果物の味の方がいいか? ルッツ達は魔力減ってないだろう」

「あいっ」

 エンデュミオンは再び〈時空鞄〉に前肢を突っ込んだ。そして色とりどりの棒付き飴の入った瓶を取り出す。

「フリューゲルも好きなのを取れ。〈時空鞄〉に入れておいて後で食べると良い」

「わう」

「何色が良い?」

 孝宏が飴の瓶をエンデュミオンから受け取り、ルッツ達が欲しい色の飴を次々と取ってやる。

「ヨナタンはラムネがいい」

「はい、ラムネね。ヴァルは?」

「ラズベリーにするの」

「はい」

 赤紫色の飴が巻き付いた棒をヴァルブルガに渡す。ヴァルブルガはいつもベリー系を選ぶ。

「エンデュミオンはいつもおやつを持っているのか?」

「何かと必要でな。魔力回復飴はエンデュミオンが作った奴だが、自分の魔力で作った飴で回復すると言うのは自給自足のような気がする」

 いささか不本意そうに、エンデュミオンがぱたぱたと尻尾を動かした。

 精霊樹に大量に魔力を渡した後では、魔力回復飴の一つや二つでは回復量は微々たるものだろう。

「魔力回復薬って高いだろう。そんなものをくれたのか?」

「これは薬ではなく飴だからな。魔力回復薬が馬鹿みたく高いから作ったんだ。魔力枯渇症の患者がいたからな。あれは治療しないと衰弱してしまう」

「……薬箱の中に他に何が入っているのか聞いて良い?」

「蘇生薬と再生回復薬だな。開封しなければ悪くはならないように封をしてある。あとは妖精鈴花フェアリーベルを混ぜたお茶だな。アルフォンスにやるのに作ったんだが、良い出来だったから」

 内容を聞いて、フォルクハルトが何とも言えない顔になる。

「おかしいな、それだけで一財産になる気がするんだけど。俺の気のせいかな」

「エンデュミオンの材料持ち込みでラルスに作って貰ったからな。幼馴染価格でそれ程しないんだ」

「献上品だからね、その内容。解ってる? エンデュミオン」

「献上品か……欲しいと言うなら作ってやっても良いが……王家なら既にあるだろう」

 物凄く厭そうな顔で、エンデュミオンが鼻の頭に皺を寄せた。直ぐに孝宏が指先で皺を撫でる。むーと唸って、エンデュミオンが孝宏の掌に頭を擦り付けた。

「そうだね」

 エンデュミオンと王宮の確執は有名なので、フォルクハルトも直ぐに引き下がった。

「街が見えてきましたよ」

 カチヤが窓の外を指差す。森の木々が開け、ヴァイツェアの街の囲壁いへきが見えて来ていた。囲壁を回り込むように馬車は速度を落としながら走り、馬車の預け場所へと向かう。

 馭者が馬を止める掛け声が聞こえ、馬車が止まった。

「街に着きましたよ」

 トントンとドアがノックされた後、外側から開く。

「有難う」

 妖精達が齧っていた飴の棒を回収する。身軽にテオがルッツを肩に乗せたまま最初に下り、以降に下りる仲間に手を貸す。イシュカは兎も角、孝宏やカチヤは慣れていないので危なっかしいからだ。

「はあー、立派な囲壁だねえ」

「美しいですねえ」

 孝宏とカチヤは二人並んで、ヴァイツェアの薄桃色をしたマーブル模様の囲壁を見上げる。完全にやっている事が観光客だ。

「この石は〈暁の砂漠〉で産出されるものだ。石切り場がある──今もあるのか?」

 エンデュミオンは孝宏の腕の中から、テオを振り返った。エンデュミオンの現代知識は〈黒き森〉に居る間の事が抜けているので、変わってしまっているものも多い。

「あるけど、こんな風に大きなものは作らないね。今は小物や、噴水、バスタブやタイルに加工してるかな。他の色もあるよ」

「へえ、砂漠の中に石切り場があるんだ」

「だから、暑くて〈暁の砂漠〉の民しか行けないんだ」

 〈暁の砂漠〉の暑さに耐性があるのは、〈暁の砂漠〉の民だけである。他の領の住人は、オアシスを目指して最短距離で移動する以外ない。もしくは〈転移〉を使うかだが、〈暁の砂漠〉に直接行ける転移陣はない。砂漠の端にあるヴァイツェアの転移陣が最寄りのものなのだ。

 転移陣がなくても移動出来る者は、とても限られる。大魔法使い(マイスター)か、魔法使い級の妖精に憑かれているかである。

 〈暁の砂漠〉には様々な産出物があるものの、砂漠全体を自治権を持つ族長モルゲンロート一族が治めているので、他領の者は勝手に採取出来ない。砂漠に入る時は必ず〈暁の砂漠〉の民が同行する決まりだ。何故なら、確実に遭難するからである。命の危険があるので、モルゲンロート一族は砂漠の出入りを厳重に管理しているのだ。

 土地は厳しく、住む者は生まれながらの戦士。古きより王でさえ持て余す土地、と語られるのが〈暁の砂漠〉なのである。故に、黒森之國くろもりのくにの王は族長モルゲンロートに自治権を渡すしか無かった。〈暁の砂漠〉を侵略するのは愚の骨頂だと、数度の経験で思い知らされたからだ。

 砂漠の恵みを採取出来るのは、月の女神シルヴァーナに選ばれた民だけなのである。

「俺、ここの気温でも結構暑いよ」

「私もです」

 つむじをじりじりと焼かれる気がして、孝宏とカチヤはいそいそと砂漠蚕で作られた上着のフードを被った。フードを被った途端、頭部がひんやりとした涼しさに包まれる。

 テオとフォルクハルトはけろりとした顔をしているが、イシュカもフードを被っていた。王都に長く住んでいたので、ヴァイツェアは暑いらしい。

「シュネーバルもフード被って」

「う」

 ケットシーの耳の形に縫製されたフードを被った赤ずきんヴァルブルガが、シュネーバルにひよこ色のフードを被せてやっている。体毛の色が濃いルッツやヨナタン、フリューゲルも、それぞれフードを被っていた。皆ヴァイツェア生まれではない。

「フォルクハルト、これ目立たない?」

 思わず訊ねた孝宏に、フォルクハルトが笑った。

「女性は日に焼けないようにするし、〈暁の砂漠〉の民は普段から砂漠蚕の布を纏うから、珍しくないんだよ」

「そうなんだ」

 不審者扱いにならないのか、心配したが杞憂だったらしい。

 身支度がすんだ所で、街に入る。門の所にある入口で身分証明書を見せる。ギルドカードがあればそれが身分証になる。

「おはようございます、若君様」

 フォルクハルトの顔を見て、門衛の騎士が挨拶をする。

「おはよう」

 挨拶を返し、フォルクハルトはきちんと自分の身分証である、ヴァイツェア領主家の紋章の入ったメダルを見せた。フォルクハルトに抱かれたフリューゲルも、自分の首に下がるメダルを引っ張り出す。

「俺はギルドカードでいいのかな?」

 イシュカはブレスレットのように手首に着けているギルドカードを騎士に見せた。実はイシュカのギルドカードは認知を受けた後に作り直されて、フルネームが入っている。

「え!? は!?」

 思い切り騎士はイシュカとギルドカードを二度見した。

「り、緑雨りょくう大君おおきみ!?」

「そう呼ばれるみたいだね」

「はい、ヴァルブルガとシュネーバルの」

 ヴァルブルガとシュネーバルもギルドカードを見せる。

「ど、どうぞお通り下さい」

 イシュカ達の後に孝宏とエンデュミオンギルドカードを見せる。カッと騎士の目が見開いた。

「エンデュミオン……! まさかあの!?」

「ふん、エンデュミオンは唯一人だ。エンデュミオン達はヴァイツェア公爵家の客人だ」

「そ、そうですか。お通り下さい」

 段々顔色の悪くなる騎士を不憫に思いつつ、孝宏は待っているフォルクハルトとイシュカの元へと行く。テオはギルドカードにフルネームを使っておらず、カチヤもイシュカの徒弟と言う事であっさりと門を通された。余りにも驚いていたからなのか、全員妖精を連れていた事に気付かれていない気がする。

 ヴァイツェアの街は、リグハーヴスより古い。だから蔦が盛大に絡みついている家なども多かった。石造りの土台に濃い色の梁がむき出しの白い壁。窓辺には花が咲き乱れた鉢が並ぶ。籠に入った花鉢が吊るされていたりもして、この街の人たちは植物を育てるのが好きなのだと解る。

「この街は交易の為の街でもあるから賑やかなんだ」

 〈暁の砂漠〉を含む、ヴァイツェア以外の領との交流の為の街らしい。街を歩いている人達も、種族が様々だ。リグハーヴスも地下迷宮ダンジョンがあるし、領主アルフォンスが罪を償っていない犯罪者以外の出入りを許可しているので、人種も多様だ。それでも街で暮らす〈暁の砂漠〉の民は、テオとイージドールしかいない。

「必ず妖精と一緒にいて、もしはぐれたらその場から動かないで待っているか、あそこにある教会キアヒェを目指して」

 教会の鐘楼は、街中のどの建物よりも高いので見失わない。待ち合わせの場所としては最適だ。

 フォルクハルトの言葉に、ふんふんとコボルトであるフリューゲルとヨナタンが、皆の匂いを改めて嗅いでいる。シュネーバルの場合はイシュカのスリングの中に居るので、迷子になりようがない。

「じゃあ、何処に行きたいって場所はある?」

「土産になりそうな、菓子や果物が売っている場所や、布屋、ルリユールは覗いてみたいな」

 布屋はマリアンから「布見本が欲しい」と頼まれているし、ヴァルブルガとヨナタンも行きたがっていた。布屋、と言っても糸なども置いている。ヴァイツェアの街にある大きな布屋が服飾ギルドの支部らしい。

 ルリユールは師匠筋や土地柄で仕事に特徴があるので、イシュカとカチヤには興味深い。

 孝宏は何を見ても面白いので、きょろきょろしているが、一番迷子になりそうなので、エンデュミオンが目を光らせていた。

「ここから近いのは服飾ギルドかな」

「そうですね」

 地元の一部と言っても良いヴァイツェアの地理は、テオも頭の中に入っている。

「こっちだよ」

 歩き出したフォルクハルトに、イシュカ達はぞろぞろとついて行くのだった。


ヴァイツェア観光編前編。

門衛の騎士をびびらせつつ街に入ります。

普段あまり色んな所に連れて行ってあげられていないので、ヴァルブルガたちの好きな場所へ連れて行くイシュカです。

テオは、孝宏とカチヤが迷子にならないか列後方で見張っています。

孝宏の場合は、エンデュミオンが居るので迷子にはならなそうですが(エンデュミオンはヴァイツェア産まれ)。

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