イシュカとヴァイツェア領主館
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
やっと領主館に着きます。
275イシュカとヴァイツェア領主館
ヴァイツェアの魔法使いギルドの塔の周囲を回る坂道を上がりきると、丁度塔の正面に出た。
今は開かれている大きな門のある煉瓦作りの厚い塀が見え、塔は広い塀で囲まれていたのだと解った。森の中に紛れ込むように塀があるので、解り難い。
門の両脇には銀色の槍を持った甲冑が一対立っていた。イシュカ達に気付き、ガシャリと音を立てて槍を持っていない方の腕を胸に当てる。
「ご苦労様。彼らは〈生きている甲冑〉だよ」
フォルクハルトの説明に、孝宏は思わず訊いていしまった。
「え、中身は?」
「空、というか魔力で動いているんだ、孝宏。今は誰が魔力を供給しているんだろう。フィーかな?」
エンデュミオンは彼らの傍まで行って、ぺたりと銀色の甲冑に肉球を押し付けた。フォンと空気が揺れ、甲冑の胸に緑色の魔法陣が浮かび上がる。魔法陣を読み取り、エンデュミオンが意外そうな顔をする。
「あれ? 書き換えられてないな。随分燃費が良かったんだな……」
訝しがりながらもエンデュミオンが「ついでだし魔力供給していくか」と呟くなり、魔法陣の緑色の光が濃くなった。もう一体の甲冑にも魔力を注ぎ込み、ぽんと甲冑の銀色の肌を叩く。
「守りを頼むぞ」
するとガシャリと金属音を鳴らして、甲冑がエンデュミオンに向かって片膝を付いた。
『承知。我らが叡智』
「わうっ!?」
低く唸るような声が甲冑から発せられ、フリューゲルとヨナタンの尻尾がきゅっと肢の間に入った。シュネーバルも孝宏のスリングの中で丸くなり、ぷるぷると震える。
ガシャリガシャリと門の左右に戻って行く甲冑を見詰め、孝宏は鳥肌の立った腕を擦った。
「び、吃驚した……。大丈夫? シュネー」
「こあい」
「俺も初めて喋るのを聞いたんだが……エンデュミオン?」
脚にしがみ付いてきたフリューゲルを撫で、フォルクハルトがエンデュミオンを問う眼差しで見る。エンデュミオンはふんと鼻を鳴らした。
「〈生きている甲冑〉は魔力をくれた者を認識するんだ。でも結構我儘だぞ。賃金の代わりに魔力を要求する契約を魔法使いの塔と結んでいるから、魔力の質が気にいらないと受け取らないし」
「それ、上級魔法使いか大魔法使い級じゃないと満足しないって事じゃないのか?」
「いや、質だ質。なんか、好みの魔力の質があるみたいだ」
まさかの甲冑の好みだった。
「甲冑の魔力が減ると、塔の守りも弱くなるからな。定期的に供給をした方がいいのだが。随分と魔力を受け取っていないみたいだな。なんでだ?」
孝宏がスリングの上からシュネーバルを撫でながら、思い付きを口に出す。
「好みの魔力の人居なかったのかなあ」
「はは、まさか」
孝宏に笑ってエンデュミオンが甲冑を見ると、さっと銀色の兜が揃って顔を背けた。
「おい……?」
『我らが叡智の魔力が一番美味い』
「エンデュミオンは普段リグハーヴスに居るんだぞ!? フィーから貰え!」
『我らが叡智が、時々塔に来ている事は知っている』
確かにエンデュミオンはクッキーを売りに時々〈転移〉で魔法使いの塔に来ている。塔と契約している甲冑はそれを当然知っていた。
『我らは上質の魔力を求む。それが古からの契約だ』
「一度美味しい物を味わっちゃったから、舌が肥えたと。あれ? 舌ないよね、どこで味わっているんだろう」
「孝宏……」
問題はそこでは無い。甲冑は頑固だ。古の契約を持ち出すほど頑固なのだ。エンデュミオンは頭を抱えた。本来魔法使いの塔に所属していないエンデュミオンの仕事ではないのだ。以前も王の行幸の供をした時に、片手間にやった気がする。
「うー、一応エンデュミオンも魔法使いギルドに所属している事になっているしなあ、仕方がないか」
エンデュミオンのギルドカードは、フィリーネが生存確認した後に復活している。
「じゃあクッキー売りに来た時に、魔力をやろう。それでいいか?」
『了承した。我らが叡智』
「いや、本来なら塔に所属の魔法使いから魔力を貰うんだぞ?」
念を押すエンデュミオンに、ぷいっと甲冑が横を向く。瞬間、エンデュミオンがイラッとしたのが解ったので、孝宏は鯖虎柄のケットシーの頭を撫でた。多分このまま平行線のまま日が暮れる気がする。
「そろそろ行こうか、エンディ」
「ん、そうだな。待たせてすまん」
一度甲冑をじろりと睨んでから、エンデュミオンはフォルクハルトに片前肢を上げた。
「全然。貴重な物を見せて貰ったからな」
フォルクハルトは笑って甲冑の間を通り抜けた。イシュカ達も後に続く。門の先は馬車が一台通れる程度の道が拓かれていた。道の両側は深い緑色の鬱蒼とした森である。森を通しても湖面は見えない。
フリューゲルとヨナタンが仲良く前肢を繋いで歩く後ろ姿を見ながら、イシュカは隣を歩くフォルクハルトに囁いた。
「島って聞いていたけれど、大きいんだな」
「この島がある湖は黒森之國で一番大きいんだ。島もそれなりの大きさがあるけど、殆どが森だよ。常駐しているのは基本的に魔法使いだけだし。補助の〈柱〉があるから土地の魔力が高いんだ」
濃度の高い魔力に慣れない者は、気分が悪くなったりするため、耐性がある魔法使いしか住めないらしい。
「どうしたの? ルッツ。何か居るの?」
先程からあちこち視線を向けながら歩くルッツに、カチヤが声を掛ける。ルッツはこくりと頷いた。
「あい」
「え、居るの?」
「敵意はないよ。多分、フォルクハルトの護衛の〈木葉〉じゃないかな」
テオがルッツと同じ場所に視線を向ける。戦闘技能があるテオとルッツには探索能力がある。その二人が戦闘態勢にならないので、危険はないようだ。
ヴァイツェアの次期公爵をコボルトと二人だけでふらふら歩かせる訳はない。モルゲンロートの継承者だが、普段ルッツと歩いているテオが言っても説得力はない気がするが。
エンデュミオンとヴァルブルガも、チラッと〈木葉〉が居る場所を確認しながら歩いている。この二人が己の主の安全を確認しないとは考えられない。
「んっんー」
シュネーバルは孝宏の胸元の青いスリングの中から顔を出し、景色を楽しみつつ鼻歌を歌っていた。甲冑から離れたので元気になっている。
「う?」
緑の濃い森の中の道を抜けきると、ぱあっと目の前が開けた。目の前に青空と森の緑を映した湖が広がる。湖畔には桟橋と小舟が見えた。
「うー!」
「落ちるよ、シュネー!」
スリングから伸び上がったシュネーバルを慌てて孝宏が両手で押さえた。
イシュカが小舟を指差す。
「フォルクハルト、対岸には小舟で行くのか?」
「そうなんだ。エンデュミオンみたいに〈転移〉が出来れば別だけど、殆どの人は〈転移陣〉を使う為に魔法使いの塔に来るからね」
小舟のある桟橋までは、板を敷き詰めた坂が緩やかに折り返していた。
先にフォルクハルトが小舟に移り、妖精達を一人ずつ抱き上げ移動させる。
「孝宏、カチヤ、この小舟は魔法で支えているから、それほど揺れないぞ」
おっかなびっくり小舟に移る孝宏とカチヤに、もやい綱の近くに居るエンデュミオンが言う。ちょっぴり小舟の木材に爪を立てている気がするが、エンデュミオンが乗っているので安全だと思われる。酷く揺れるなら、そもそもエンデュミオンは小舟に乗らないだろう。泳げない為、大量に水がある場所が大嫌いなのだ。
「そうは言うけど落っこちそうだよ」
「舟は初めてで。魚釣りも岸からですし」
時々コボルト達とリグハーヴスの湖に釣りに行くカチヤも舟は初めてだった。
「これ、オールないの?」
「向こう岸と島との往復用だから、魔法陣が刻まれているんだ。もやい綱を外すと移動する」
「凄いね、自動操縦?」
「そうだな。動くから座れ」
イシュカとテオも小舟に移り、横板に皆が腰を下ろすのを確認し、孝宏に両脇を掴まれたエンデュミオンがもやい綱を杭から外す。
「わうー!」
「にゃー!」
するすると動き出した小舟に、フリューゲルとルッツがはしゃいで船縁に寄る。
「うう、揺らすなよ……」
反対にエンデュミオンはしっかり孝宏に抱っこして貰っていた。水が苦手なエンデュミオンにとっては、湖自体が天敵だ。
風もなく穏やかな湖面の上を小舟が進む。小舟を中心に波紋が湖に広がっていくのが美しい。鏡のように映っていた景色がゆらゆらと崩れていく。
静かな森の中からチチチチと鳥の囀りが聞こえ、高い場所にある梢が風で揺れるのが見える。
無事に小舟は対岸に着いた。フォルクハルトとテオに腕をとってもらい、一人ずつ岸に上がる。
「ふう……」
孝宏の腕の中で、エンデュミオンは息を吐いた。
「えんでゅみおん、だいじょぶ? しゅねーばる、なでなでする?」
シュネーバルがスリング越しにエンデュミオンに抱き付いた。なでなで、とは〈治癒〉の事だ。
「有難う、大丈夫だ」
シュネーバルに頬擦りし、エンデュミオンはゆらゆら尻尾を振った。
岸には馬を繋いだ馬車が待っていた。一見四人乗りの箱形馬車に見える。エンデュミオンの黄緑色の瞳がキラリと光った。
「ほう、拡張魔法か」
「そうなんだ。見た目より中は広いよ。待たせたね」
馭者に声を掛け、フォルクハルトが馬車のドアを開けた。ここに淑女はいない為、銘々が妖精を抱いて乗り込む。
中は緑色のビロードが布張りされた座り心地の良い座席があり、全員きちんと座れる広さがあった。
ドアを閉め、馭者側の壁をフォルクハルトがコンコンと叩くと、馬車が動き出した。
「領主の館と言うと、ここからなら少し距離があるか」
「そうだね。表街の方が近いかな。表街の奥に、森街があるから。表街が主に交流の為の街で、若い森林族と他種族が住んでいるんだ。森街は昔からヴァイツェアに暮らしている一族が主に住んでいる。領主館があるのは表街と森街との境だね」
「相変わらず、長老組は偏屈なのか」
「はは……、昔からなんだ」
孝宏の膝に座っているエンデュミオンの呆れを含んだ眼差しに、フォルクハルトは乾いた笑いを浮かべてしまった。その長老組よりも、エンデュミオンの方が年上である。最もケットシーの年齢としてなら、エンデュミオンの方が若い。魔力が多いほど長寿なので、エンデュミオンは森林族としても長生きだった。
「最終決定権は領主にあるけど、それぞれの家長が意見は言うからね。実は今も一寸もめているんだ」
「森の木の事か? リュディガーが気に掛けていたな」
様子を見るよう頼まれていた事を、イシュカは思い出した。
「でもリュディガーは来なかったんだね」
「マリアンを認めない人が少なくないんだろう?」
「まあね。リュディガーは木の精霊の加護が強い樹木医だろう? ヴァイツェアとしては手放したくなかったんだよ。だから地元の人と結婚して欲しかったんだよね、家長達は。父上はリュディガーが弟だし、マリアンにも迷惑を掛けたからって、さっさと結婚許可証出しちゃったんだけど」
出身地の領主の結婚許可証が無くても教会で婚姻届けを出せばいいのだが、婚姻を確実にする為には領主の結婚許可証があると他人が横槍を入れられないのだ。
「ギルベルトがリュディガーに憑いているから、流石に家長達も黙ったけどね」
ギルベルトはマリアンも、同居しているアデリナとビーネもとても慈しんでいる。もし彼らに何かされたものなら──想像しただけでも背筋に氷を落とされた気分になる。
エンデュミオンを「坊や」と呼べる存在は、ギルベルトか女神シルヴァーナ位のものだろう。つまり、エンデュミオンでもギルベルトを止められない。
「森の木というのは精霊樹の事か? フォルクハルト」
「ああ。やっぱり知っているのか、エンデュミオンは」
「そりゃあな。精霊樹も補助の〈柱〉の一つだし、あれの管理は〈緑の蔦〉一族がしていただろう。〈緑の蔦〉一族は何をしているんだ?」
森林族のエンデュミオンは〈緑の蔦〉一族だった。ずば抜けた魔力を持っていたが為に王都に出て大魔法使いになったが、そうでなければ精霊樹の管理人をしていただろう。
「〈緑の蔦〉一族なんだけどね、平原族と何代か続けて結婚したのはいいんだけど……平原族は寿命が短いから」
言い難そうにフォルクハルトが言葉を濁した。エンデュミオンがその様子に、軽く目を瞠る。
「もしや失伝したのか。箱庭への入り方を」
「そう言う事。それで暫く精霊樹の管理が出来ていない状態だったりするんだ。直系の〈緑の蔦〉一族はもういなくてね」
「……あれは補助の〈柱〉だぞ?」
ギロリとエンデュミオンがフォルクハルトを睨んだ。
「それでリュディガーを呼ぼうとしていたんだよ。エンデュミオンは箱庭に入れる条件を知っているか?」
「当然だろう。エンデュミオンは妖精だし、鍵を知っているから今でも入れる筈だ。条件は〈緑の蔦〉一族の血を持つ事、入口の場所と鍵を知っている事、鍵となる魔法陣を正確に描ける事だな。で? 〈緑の蔦〉一族は傍系は残っているのか?」
「あー、それなんだけどね。父上とリュディガーの母親が〈緑の蔦〉一族だったんだ。だから、俺とイシュカも傍系に該当する」
「俺も!? 俺は平原族だぞ?」
驚くイシュカに、エンデュミオンは事も無げに言った。
「イシュカは森林族の血が結構濃いぞ。魔力もそれなりにあるが、先天的に体外放出出来ないから、計測器でも反応しないんだ」
体外放出出来ないので、魔法が使えないのである。ゆえに、イシュカは魔法陣も描けない。魔力を流せないからだ。
「もしイシュカが魔法陣を描こうとするなら、血液を使うしかないな。体液には魔力があるが血液が一番魔力を含む」
「止めとくよ……」
自分の血で魔法陣を描くなど、想像するだけで気分が悪くなりそうで、イシュカはげんなりした顔になった。
「エンデュミオンも薦めない。建設的なのはハルトヴィヒかフォルクハルト、あとはリュディガーに教える事かな。フリューゲルは家事兼庭師コボルトだろう?」
「わっう」
元気よくフリューゲルがフォルクハルトの膝の上で右前肢を上げた。
「精霊樹の世話も出来るだろう。木は木だからな。どうせ精霊樹の世話をどの家がやるのかをもめているんだろうから、正当な〈緑の蔦〉一族でやっておけ」
「解った。そう父上に話しておくよ」
話している内に森の木が減り始め、森から林にと風景を変えていく。途中小さな集落を幾つか通り過ぎた後、薄桃色のマーブル模様のある白い石で作られた重厚な囲壁が、馬車の窓から見えて来た。
「あれが表街の囲壁だよ。表街を南に抜けると、〈暁の砂漠〉への入口へ行ける。西に抜けると森街があるんだ」
「〈暁の砂漠〉とヴァイツェアは同盟関係にあるから、表街が砦でもあるんだ」
南のどん詰まりが〈暁の砂漠〉だから、とテオが宙に図を指で書いて孝宏に説明する。
正確には〈暁の砂漠〉、ヴァイツェア、リグハーヴスの三者同盟である。イシュカと孝宏、テオが居たからこそ結ばれたこの同盟は非公式であるが、継嗣には当然知らされている。
「ヴァイツェアの森も樹海なのか?」
「〈黒き森〉程じゃないけど、慣れないと迷うよ。古い森だから」
自分が絡んだ同盟だと気付きもしないイシュカに、フォルクハルトが内心安堵しながら答えた。
舗装はされていないがよく手入れされた道は、それ程馬車を揺らさずにここまでやって来た。表街に入る前に窓にカーテンを引く。薄いカーテンは中からは外が充分見渡せた。
囲壁の入口で門衛と御者のやり取りが小さく聞こえ、直ぐに馬車が動き出す。
カーテン越しに見えるヴァイツェアの表街の街並みは、典型的な黒森之國の建築様式だ。石組の土台、白い壁にがっしりとした黒い梁が模様のように出ている。
窓枠に花の鉢が置かれていたり、吊るされていたりするところは、年中緑が絶えないヴァイツェアらしい。
通りを歩いている住人達は、平原族と森林族が多い。テオと同じ蜜蝋色の髪をした〈暁の砂漠〉の民もちらほらと見える。
他の地区へ行ける道は馬車が二台並べる広さがあり、人は道の両端を歩く決まりのようだ。
ゆっくりとした速度で馬車は進み、西門へと向かった。
「昔より街が大きくなったか?」
「幾度か拡張しているよ。戦がなくなって、人口が増えたから。森林族も昔より増えている」
森林族は寿命が長い為、頻繁に子供を作らない。複数の子供がいても歳が離れている事はざらだ。
「その割には〈緑の蔦〉は枯れそうなのか」
「流行り病だったと聞いている。しかも妖精鈴花の蜂蜜が不作の年で手遅れになったそうだよ」
「あれは備蓄をしておかねばならぬものだ」
「時の王に献上を求められたそうだよ」
「ほう。アレの時か」
エンデュミオンの黄緑色の瞳が半分に細められる。どうやら該当する王に心当たりがあるらしい。
「既に墓の下なのが惜しい」
「王を呪うのか」
舌打ちしたエンデュミオンに苦笑したフォルクハルトだが、ルッツの無邪気な声に固まった。
「ルッツ、のろったよ!」
「えっ」
「ルッツはマクシミリアンを前に一寸呪ったな。アルフォンスもか。足の小指をぶつけるくらいだろうがな。死にはせん、現に生きている」
「そうなのか!?」
「あいっ」
「普段は誰彼構わず呪ったりしないんですけど」
テオがルッツの耳の間に掌を乗せた。ぐいぐいとルッツがテオの掌に頭を擦り付ける。
「呪われる事をしなければ呪われないな」
「そうなの」
エンデュミオンの言葉に、イシュカの膝の上に居たヴァルブルガがこくりと頷いた。
「言っておくが他人事ではないぞ。フォルクハルトに何かあれば、フリューゲルが相手に呪い付きで噛み付くからな? ヴァイツェアに治癒系の〈女神の祝福〉が出来る司祭はいるか? いなければリグハーヴスか聖都迄行かねばならないぞ。王都だとマヌエルになるだろうし」
マヌエルは司教である。〈浄化〉と〈治癒〉が出来るものが一人づついても解呪は出来るが、今では主流ではないらしい。
「そうか、コボルトも呪うんだっけ……」
可愛い顔をしているが、激痛付きの呪いをもたらすのがコボルトである。ちなみに主が甘噛みされても呪われない。
西門でも一度馬車は停まり、確認の後森街側へと入った。西門の向こうは古い森だった。明らかに雰囲気が違う。
「森街の方は、一族ごとに集落がある状態かな。森の中に木を利用した家があるんだ。領主の一族は、公的な仕事もするから普通の建物だけどね」
「おうち、おっきいよ」
フリューゲルが否定する。
「公的な仕事をする建物が一番手前にあって、その奥に家族毎の家があるんだよ。渡り廊下で行けるようになっているんだ。うちだけならそれ程は──大きい?」
「おっきいよ」
フリューゲルが断言するが、コボルトにしてみれば、大抵の家は大きい。
そんな話をしている内に、進行方向右側に白い建物が見えて来た。屋根の色は緑色だ。ヴァイツェアでは緑色の屋根が主流だ。
馬車が近付くと、花模様の黒い錬鉄の門が滑らかに開いた。車輪を止めることなく、馬車は敷地内に入って行く。白い建物は、リグハーヴスの領主館並みに大きかったが、公的な執務室や応接室のほか、王家や公爵など位階の高い来客用の宿泊施設も兼ね備えていると言う。
門内の広場は一角獣の像がある丸い噴水を中心に馬車回りになっていた。広場の奥には、数台の馬車が停まっているのが見える。
「やれやれ、まだいるのか」
フォルクハルトの呆れた声に、その馬車がヴァイツェアの古い一族のものたちの物だと解る。
「さあ、降りたらまっすぐにフラウ・エデルガルトの所に案内するよ」
「いいのか?」
「そのうち、父上も来る筈だから大丈夫」
玄関前に馬車が停まるのを待ち、フォルクハルトはドアを開ける。馬車の中に入り込んで来た風は濃い緑の匂いだった。
それはイシュカにとって、新鮮でいてどこか懐かしさを覚える匂いだった。
水が苦手だけど、孝宏やイシュカが初めて小舟に乗るので付き合うエンデュミオンです。
他をあたれと言っているのに、甲冑に懐かれるエンデュミオンですが、多分あとでフィリーネに苦情を言いそうです。甲冑に魔力を与えている人が本来塔を掌握できることになるので。
マクシミリアンには黙ってて、って言いそうです。
次回やっとこエデルガルトに再開です。