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バーニーと蜜蜂

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

養蜂師バーニーです。

272バーニーと蜜蜂


 南方コボルトのバーニーは産まれた時から〈小熊ちゃん〉と呼ばれていた。見掛けが小熊そっくりだったからだ。尻尾を見せるまでコボルトだと気付かれない事も度々あったが、小さな村に住んでいたので皆顔見知りだった。

 そんな村も、ある日コボルト狩りの集団に襲われて壊滅した。今でも皆ばらばらで、再会していない。

 三頭魔犬ケルベロスに救われてバーニーはリグハーヴスに来た。アルフォンスはハイエルンに問い合わせをしてくれているが、まだ村のその後は解らないようだ。

 ハイエルンでは庭師として働いていたバーニーだが、村では養蜂師だった。

 コボルトは蜂蜜が好きで、養蜂も盛んだ。蜂蜜玉を作ったのもコボルト達だ。ハイエルンで養蜂をしているのは、人族よりコボルトの方が多いのだ。


 どちらかと言うと今まで外活動が多かったバーニーは、リグハーヴスに来てもほぼ毎日散歩をしていた。

 今は夏で暑くなるので、なるべく朝早くか夕方に散歩する。今朝はアルスも一緒だ。

「たう……」

「眩しい? 手拭い被る?」

 図書室に籠りがちなアルスを引っ張り出して来た手前、バーニーは〈時空鞄〉から手拭いを取り出してアルスの頭に被せてやった。

 今度クラウスかアルフォンスに頼んで、帽子を作って貰おう。庭師コボルトのカシュにも必要だ。

 領主館の囲壁の内側は広い。四方の門の立ち番の他に、敷地内を巡回している騎士達がいるので、安全にコボルト達も散歩出来る。

 てくてくと畑のある方に向かう。

 非常時の食料になるように、それなりの広さがある畑は、公爵家の庭師達が手掛けているが、一人は老爺であり、カシュが手伝うようになって有り難がられているようだ。

 畑は領主館に飾る花を育てるための花畑や、苗を育てたりする温室もある。

 コボルトの歩幅は狭いので、てくてく歩いても時間が掛かる。

 アルスと並んで途中の門番に手を振りつつ歩いていると、畑のある方向から騎士が一人走ってきた。若い騎士でハノと言う名前だった。バーニーはお風呂に入れて貰った事がある。

「たうっ」

 男の人が怖いアルスが慌ててバーニーの背中に隠れる。バーニーの方がアルスより少し大きいので、ぎりぎりである。

 走ってきたハノは、アルスに気が付いたのか、バーニーの二メートル程手前で勢いよく止まった。

「驚かせてごめんな、アルス。バーニー、向こうに行ったら危ないぞ」

「何で?」

「蜂だよ蜜蜂。沢山いるんだ。木に集まってる」

分蜂ぶんぽうのこと?」

「へ?」

 走り出そうとしたハノが、ぐるりと顔をバーニーに向けた。

「分蜂だよ。蜜蜂の巣が近くにあるんだよ。新しい女王蜂が生まれたから、古い女王蜂が働き蜂半分つれて巣を出たんだよ。空の巣箱ないの? バーニー移せるよ?」

「な、何で?」

 バーニーは右前肢をしゅっと上げた。

「バーニー、養蜂師」

「あああ、今聞いてくるからここで待ってて!」

 ハノは再び見事な速さで走り去っていった。

「たう?」

「分蜂中の蜜蜂はあんまり刺さないよ」

「たうー」

「領主館だから蜂の巣箱あると思うんだけどなー」

 分蜂する程の蜜蜂がいるなら、巣箱がある筈だ。保存食にもなるし、栄養価も高いので、蜂蜜を作っているだろう。

「おーまーたーせー」

 走りっぱなしな気がするのだが、軽い足取りでハノが戻ってきた。

「空の巣箱は物置だってさ」

「養蜂してなかったの?」

「去年まで来ていた養蜂師が引退しちゃって、春に蜂が入ったままの巣箱をどうぞって置いてったんだって。うちの庭師は蜂に刺されると凄く腫れる身体で、面倒をみられなかったみたい。空の巣箱は分蜂用だってさ」

「あー」

 蜂に刺されて過剰に腫れる人は、蜂に近付いてはならない。下手をしたら死んでしまう。

 放置していたならば、古い巣箱にも蜂蜜がたまったままかもしれない。

 話しながら、バーニーはハノと畑に向かう。アルスもハノに慣れたのかついてくる。

 蜂がびっしり付いているのは畑の脇の木で、遠巻きにハノの相棒であるキーランドが待っていた。ハノよりも体格の良いキーランドが、バーニー達を見て顔を顰めた。

「おい、ハノ。バーニー達連れてきて大丈夫かよ!?」

「バーニーが養蜂師なんだって」

「そうなのか? 助かる」

「あそこの物置かな。有難う(ダンケ)、カシュ」

 畑近くの物置の戸をカシュが開けていた。カシュも南方コボルトで、アルスと同じく手拭いを頭に被っていた。異なるのはカシュが顎下で手拭いを結んでいる点か。南方コボルトは黒褐色の毛色なので日光を集めて暑いのだ。

「バーニー、これ?」

「そうそう」

「俺が出してあげるよ」

 カシュが見つけ出した足付きの四角い箱を、ハノが物置の外に出す。

 箱は上の蓋が開けられるようになっている。中には木枠が何枚も上から差し込まれ、蜂が巣を作りやすいようになっていた。

「蓋の重石になるような石ないかな」

 辺りを見回すが、そんな都合のいい石はなかった。

「作ろうか?」

 キーランドが土の精霊(ノーム)魔法で、土を長方形の石のように固めた物を作ってくれた。

「有難う」

 バーニーは空の巣箱と重石を〈時空鞄〉に入れた。

「皆ここから動かないでね」

 養蜂師は養蜂師の技術がある。バーニーは水の精霊(マイム)魔法で身体の回りに膜を作った。これで例え蜂に刺されても、針が身体に届かない。

 バーニーは蜂が集っている木に歩みより、巣箱を近くに出す。

 それから蜂の中から女王蜂を見付け出し捕まえると、さっさと空の巣箱の中に入れてしまった。巣箱に蓋をして重石を乗せる。

 これで女王蜂を追って、箱の下部にある出入口から、働き蜂も移動する。

 バーニーは巣箱をそのままにして、皆の元へ戻った。勿論、蜂が身体に付いていないか確認する。

「あのまま暫く置いておいたら蜜蜂が移るよ」

「本職は違うなー」

「蜜蜂が移ったら、どこか花畑に移動させるかなあ。あとね、古い巣箱も見てみないと。ハノ、場所知ってる?」

「畑の端の方にあるよ。見る?」

「うーん、まずは燻煙してからじゃないと開けられないかな」

 分蜂した後なので、蜂蜜は減っているかもしれないが、確認はしたい。しかし蜂の動きを鈍らせてからでないと、バーニーもやりにくい。

 物置を覗き、予備の仕切り板と噴霧器を発見する。それと、蜂蜜分離機も。

「んーと」

 バーニーは燻煙に使う薬草を〈時空鞄〉から取り出して噴霧器に詰め込んだ。

「これに火を点ける」

「はいはい」

 ハノが指先に小さな火を点し、薬草に移してくれる。じわじわと火が薬草に広がり、バーニーは噴霧器の蓋を閉めた。少し待ってから噴霧器のレバーをかしかしと押し引きすると、先端から煙が出始めた。

「よし、と。一寸高さ足りない。ハノとキーランドは身体の回りに水の膜張れる?」

「一応。火事活動の時用に」

「じゃあ、水の膜張って手伝って。蜜蜂に刺されにくくなるから」

「解った。アルスもカシュも大丈夫か?」

 ハノの問いに、アルスもカシュも頷く。

「たう!」

 アルスも魔法が使える。カシュも木と水の精霊魔法は使えた。皆で身体の回りに水の膜を張ってから、バーニーは巣箱に煙を吹き付け始めた。ブンブン蜜蜂が飛び交い始め、ハノ達の顔が引きつる。

「キーランド、蓋開けて。ハノ、バーニー持ち上げて」

「上からも煙入れるんだね?」

「うん」

 蓋を外した上からも、噴霧器で煙を送り込む。暫くして目に見えて蜜蜂の動きが鈍くなった。

「持っててー」

 噴霧器をキーランドに渡し、バーニーはハノに胴を持って貰ったまま、仕切り板を一枚引き上げた。

「重い」

「おお、すげえ!」

 ハノが感嘆の声を上げる。

 仕切り板にはびっしりと蜂の巣が出来ていて、蜜蝋で蓋がされていた。蜂蜜が入っている確率が高い。予備の仕切り板と交換し、蜜を溜めている仕切り板を〈時空鞄〉に入れる。巣箱に元通り蓋をして重石を乗せ、ハノはバーニーとカシュを、キーランドは噴霧器とアルスを抱えて撤退した。燻煙の効果が薄れれば、蜜蜂はまた活性化するからだ。

「あーっ、緊張した!」

「冷や汗かいたな」

「蜂怖い」

「たうー」

「お疲れ。お手伝い有難う」

 ハノとキーランドが水筒を出し、冷たいお茶をバーニーとアルスとカシュにも分けてくれた。

「これから蜂蜜を搾るのか?」

「うん。蓋になってる蜜蝋削ってね。分離機に嵌め込んでぐるぐる回すの。濾す為の綺麗な布と大きい鍋必要かな」

「オーラフに言えばくれるよ。頼むついでに、応援頼んで来るわ」

 そう言えば、ハノとキーランドは巡回当番だった。他の騎士達が巡回しているとはいえ、仕事を中断させてしまったようだ。

「ごめんね」

「いいんだよ。バーニー達だけじゃ届かなかっただろ? それに蜂の扱い知っているのはバーニーだけだし。非番の奴等いるからさ」

 待っててなー、とハノは宿舎へと走っていった。やっぱりハノは足が速い。

 キーランドに手伝って貰い、分離機や鍋を乗せる台を準備する。道具類はきちんと手入れされていた。

 びっしりと蜜の詰まった蜂の巣の、蜜蝋で施された蓋をナイフで削り取り、分離機に嵌め込んでいく。バーニーだと高さが足りないので、キーランドに嵌め込んで貰った。

「おー、やってるねー」

「バーニー!」

 ハノがつれてきたのは、剣帯しているが私服のディルクとリーンハルト、そしてクヌートだった。

 ててててと走ってきたクヌートが、興味深そうに分離機を見ている。

 持ってきた大鍋を台に置き、ハノが生成りの布で細長く袋状に縫われた物を、バーニーに差し出す。

「これ口金に付けるやつだって、ノーディカがくれたよ」

「有難う」

 分離機の口金に針金で袋をくくりつける。

「これでハンドル回す」

 とは言え当然コボルト組は前肢が届かない。

「誰か回して」

「はいよ」

 ディルクがハンドルを持って回し始めると、カラカラと寸胴の分離機の中で、蜂の巣の詰まった木枠も回り始める。

「ハノとキーランドは巡回に戻ったらどうだ?」

「いやー、見ていたい!」

 仕事に戻れと言うリーンハルトに、ハノが悔しそうな顔になる。

「一回りしてくる間でも終わらないと思うが。瓶詰めもあるだろう?」

「あ、瓶!」

「今、厨房で煮沸消毒して貰っているよ」

 瓶の存在を忘れていたらしいバーニーの頭を、リーンハルトが撫でた。

「良かった。……蜂蜜もうすぐ出るかな?」

 バーニーの声にコボルト達が大鍋の回りに集まる。が、見えない。

「見たいー」

 ぴょんぴょん跳ねるコボルト達を、結局皆で抱えて鍋を覗かせる。

「来た」

 とろり、と布を通して金色の蜂蜜が鍋の底に落ち始める。

 分蜂したあととは言え、鍋の三分の一程の量の蜂蜜が採れた。

「まだ蜂蜜取ってないのあるから、それはそのまま食べられるよ」

 一度に分離機に入らなかったので、残りの木枠には蜜の詰まった蜂の巣が付いている。

 蜂蜜を取ってしまった蜂の巣は、加熱すれば蜜蝋に加工出来る。蜜蝋は、蝋燭や家具を磨くワックスにも使えるので無駄がない。

「蜂の巣のまま食えるの? すげえ贅沢だなあ」

 ハノが目を丸くする。

「うん。適当な大きさに切ればいいよ。栄養ある。タンタンに渡しておく」

 領主館で一番栄養が必要なのは騎士である。タンタンに渡せば騎士に食べさせるだろう。二枠あるので、片方をオーラフに渡せばいいだろう。

 蜂蜜を取った蜂の巣は適当な大きさに切って木桶に入れ、分離機の底に残った蜂蜜も濾して鍋に移した。分離機についた蜂蜜を指で掬って舐めるのは、仕事をした者の特権である。

「んー、クローバー多めの百花蜜ひゃっかみつかな」

 一種類の花だけを回りに咲かせている訳ではないので、色々な花の蜜が混じっている味だ。

「たーうー」

「うん、美味しいね」

「美味しー」

 アルスは気に入ったのか、尻尾をぱたぱたと振っている。カシュとクヌートも蜂蜜のついた指を嬉しそうに舐めている。

「蜂蜜は厨房に持っていって、オーラフとイェレミアスに瓶に詰めて貰う?」

「うん。バーニーは分離機片付けてから、分蜂した巣箱を確認する」

「じゃあ先に持って行くよ」

 リーンハルトが蜂蜜の鍋を持ち厨房へ向かう。

 バーニーは水の精霊魔法で分離機と、蜂の巣を外した木枠を洗浄し、風の精霊(ウィンディ)魔法で乾燥させた。噴霧器も中身を取り出して冷やす。

 ディルクが分離機を持ち上げる。

「これ、物置にしまえばいいのか?」

「そうそう、あそこから出したんだ」

 ディルクとハノ、キーランドが手分けして分離機と木枠、噴霧器を物置に片付ける。人族用の物なので、コボルトには重いのだ。

「どうなったかな」

 バーニーは分蜂していた蜂の動向を確認する。蜂蜜を採取している間に、蜂達は新しい巣箱にすっかり収まっていた。

 この巣箱をどうするかだが、領主館の敷地に二つとなると、置場所が難しい。

「いっそ別の場所に置くかなあ。でもバーニー、リグハーヴスのいい場所解んない」

「エンデュミオンに聞けばいいんじゃない?」

 バーニーにクヌートが提案した。解らない事は、エンデュミオンに聞くと大抵教えてくれるのだ。

「そっか」

 そうする事にした。息を吸い込み、名前を呼ぶ。

「エンデュミオーン!」

 領主館のコボルト達はエンデュミオンの庇護下にあるので、喚ばれれば行くと言われていた。

 ぽんっとコルクが抜けたような音を立てて、エンデュミオンが現れる。

「どうした? バーニー」

 バーニーは巣箱を指差した。

「巣箱を置くいい場所知らない?」

「巣箱?」

 エンデュミオンが黄緑色の目を細める。

「分蜂した」

「成程。そうだな、エンデュミオンが作って欲しい花の蜂蜜があるんだがな」

「じゃあそこに置く」

 あっさりとバーニーは決めてしまった。色々な蜂蜜を作ってみたいのが養蜂師である。

「世話をするのにクヌートも場所を知っておいた方がいいか」

「あれ、エンデュミオン? 何処か行くのか?」

 分離機を片付けたディルク達が戻ってきた。

「巣箱をエンデュミオンが知っている花畑に置きに行くんだ。ディルクも来るか? 置いたらすぐに戻ってくるが」

 ハノとキーランドは制服を着ているので勤務中だと判断したのだろう。エンデュミオンはディルクだけを指名した。

「クヌートも行くんだろ? ついていくよ。ハノ達は巡回に戻れよ」

「ああ。気を付けてな」

 蜂問題が解決したので、ハノとキーランドが巡回警備に戻っていく。巡回警備をしているのは、ハノ達以外の組もいる為、一時的に抜けても許されるが、平和な証拠でもある。

「まずは蜂を大人しくさせておくか」

 エンデュミオンは闇の精霊(セーマ)魔法で、巣箱を薄暗い靄で包み込んだ。夜だと勘違いして蜂が大人しくなるのだ。

「カシュとアルスも行くか?」

「うん」

「たう」

 ててて、とエンデュミオンの回りに皆が集まる。

「よし」

 エンデュミオンが呟くと、ぶわっと足元に銀色の魔法陣マギラッドが広がり、一瞬後風景が変わった。

「青い花」

 ぽっかりと開けた野原に青い花が咲き乱れていた。野原の回りはぐるりと背の高い森に囲まれている。木々の梢の上に青空が見えた。

 ディルクが顔をめぐらせて辺りを見回した。魔力が濃いのが肌で感じる。

「もしかしてここは〈黒き森〉かい?」

「そうだ。ここの花で蜂蜜を作って欲しくてな」

「この花は……?」

 下向きの鈴のような形をした青い花を付けた可憐な植物は、ディルクが見た記憶がないものだった。花が白ければ鈴蘭に似ている。

「これは〈精霊水〉で育つ花で、妖精鈴花フェアリーベルと呼ばれるものだ。これ自体が錬金術素材になるんだが、蜂蜜が薬剤にもなってな。蘇生薬や再生回復薬の素材なんだ」

「それ、物凄く貴重なんじゃないのか!?」

「ラルスかグラッツェルにしか卸せないな。薬を作れる技術があるものにしか卸せない。エンデュミオンは妖精鈴花フェアリーベルがなくても欠損部位を生やせるが」

 なんだかとんでもない事をエンデュミオンが言っているが、とりあえずここで作る蜂蜜は秘密素材と判断して良さそうだ。

「んっんー」

 バーニーは鼻歌を歌いながら、巣箱を設置し、土の精霊魔法で固定している。花が沢山あるこの場所に不満はないらしい。

 クヌートとカシュ、アルスは妖精鈴花フェアリーベルを観察していた。

「少し摘んでいくか? 薬効があるから、お茶に花を数輪入れても元気になるぞ。お茶が青くなるんだ」

「摘んでく!」

 エンデュミオンの言葉に、クヌート達が妖精鈴花フェアリーベルを幾つか摘み、〈時空鞄〉にしまった。

 エンデュミオン自身もあちこちから花を摘んでいた。花畑に穴が開かないように、一ヶ所からまとめて摘まないのだろう。数本ずつ幾つかの束に紐でくくり、〈時空鞄〉にしまいこむ。

「こんなもんか。では戻るぞ」

 再びエンデュミオンの〈転移〉で領主館に戻った。

「バーニー、蜂の世話をする時はエンデュミオンかクヌートに頼め」

「うん。蜂蜜、瓶に入ったか見てくる。タンタンにも届けないと」

「たーう」

「カシュも蜂蜜ー」

 厨房へとバーニー達が走っていく。クヌートはディルクの隣に残った。

 エンデュミオンはディルクを見上げた。

「ディルク、パトリックには報告するのだろう?」

「一応ね」

 見た以上報告しない訳にはいかない。ディルクはエンデュミオンの前にしゃがんだ。

「どこまで言っていいんだ?」

「薬の素材のための蜂蜜にするとは言ってもいいが、何の薬になるかは秘密だ。リーンハルトだけに言ってもいいぞ」

「了解」

「誰かが大怪我をしたら、とっととヴァルブルガとエンデュミオンを喚ぶんだな。切断部位が残ってるならくっつけてやるし、無くても生やしてやる」

 エンデュミオンはニヤリと笑った。ディルクは前髪をぐしゃりと掻き上げた。

大魔法使い(マイスター)の治療って、治療費幾らだよ……」

「ふん、エンデュミオンは魔女ウィッチじゃないから治療費は貰えないぞ。その代りアルフォンスの貸しだな」

「ははは……」

 鼻を鳴らすエンデュミオンに、ディルクは笑うしかない。

 それは、ただより高いものはない、を地で行く気がする。

「エンデュミオーン」

 てててとバーニーが小走りに戻ってきた。前肢に広口の硝子瓶を抱えている。

「はい、蜂の巣」

 バーニーが差し出した瓶の中には、蜜がたっぷり詰まった蜂の巣を四角く切ったものが幾つか入っていた。

「貰っていいのか?」

「うん」

「有難う。孝宏たかひろが喜ぶ」

 顔を綻ばせ、エンデュミオンが瓶を受け取った。

「ではな。また何かあれば喚べ」

 ぽんっとエンデュミオンが姿を消す。

 本当にいとも簡単に〈転移〉をしていくが、妖精フェアリーでも〈転移〉が使えない者もいるのだから、ケットシーになってもエンデュミオンはエンデュミオンなのだろう。

 そしてエンデュミオンがあの笑顔になる時は、やはり孝宏絡みなのだ。過去に王家と契約しても、王にひざまずかなかったエンデュミオンが、今はただ一人の少年をあるじと慕っている。とても幸せそうに。

 バーニーがディルクの膝をぺちぺち叩いた。

「ディルク、クヌート。タンタンが蜂蜜を使ったお菓子焼いてくれるって」

「やったー」

 クヌートがぴょんと跳ねて喜びを表す。

 騎士隊の賄いさんであるタンタンは、毎日軽食を作っている。素材を提供すれば、それを使ったお菓子を焼いてくれるのだ。

 クヌートがバーニーと前肢を繋ぎ、騎士詰所に向かって歩き始める。ディルクも立ち上がり、二人の後ろについていく。

「青いお花、タンタンにお茶に入れて貰おうよ」

「どんな味かな」

 きゃっきゃと話しながら前を行くコボルト達の可愛い後ろ姿を見ながら、ディルクは微笑む。

 とても貴重な妖精鈴花フェアリーベルも、妖精にかかればお茶になる。これが王都にでも流出したら、かなりの高値がつくだろう。ただし、あの花畑に行くには、〈黒き森〉の相当奥に入らねばならない筈だ。〈黒き森〉にある〈精霊の泉〉は、いまだ発見されていないのだから。

 ケットシーの里にある水場も〈精霊の泉〉だが、あれはケットシーの生活用水である。

 あの花畑は、ケットシーに案内されなければいけない場所にあるのだろう。

(蘇生薬って、かなり貴重なんだけどな)

 エンデュミオンの口ぶりから、ラルスとグラッツェルは作成可能らしい。おまけにエンデュミオンは再生魔法が使えるようだ。

 エンデュミオンが使える魔法は、殆どが解明されていない。唯一の弟子である大魔法使いフィリーネも公にしていないからだ。再生魔法が使えるのならばなおの事、王家はエンデュミオンを手放さなかっただろう。大魔法使いエンデュミオンが生きていた時代は、まだ戦があったから。

 今、黒森之國くろもりのくにに大勢の人が死ぬような戦はない。

 エンデュミオンがただのケットシーでいられる時代だった。


 ちなみに妖精鈴花フェアリーベルはアルスがクラウスに渡した事で存在をアルフォンスに知られる。呼び出されたエンデュミオンは黙って、乾燥させた妖精鈴花フェアリーベル入りの茶葉をアルフォンスに渡した。結果、その重要性を認識したアルフォンスにより、妖精鈴花フェアリーベルの蜂蜜造りは秘匿されるのだった。


見た目が小熊なバーニー、大きめのコボルトです。

庭仕事もするけど、本職は養蜂師です。

カシュは庭師コボルト。お仕事中はいつもほっかむりをしています。土の上でも構わず座るので、服が汚れがちです。

領主館のほか、〈Langue de chat〉の畑も、来たら手入れをしちゃうカシュです。

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