タンタンとお姫様
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
タンタン、雛を拾う。
270タンタンとお姫様
タンタンはリグハーヴス騎士隊の賄いさんである。
騎士は三交代だが、タンタンは朝御飯の後に出勤し、おやつの時間のあとには退勤する。週に休みは二日あり、土の日と陽の日はお休みだ。あとは、遊びに行きたい日は休んでいい。
今日はエンデュミオンから「ケットシーの里にベリーを摘みにおいで」と精霊便が届いたので、午前中で仕事を切り上げ、〈Langue de chat〉に領主館の妖精と魔物達と遊びに来た。
「沢山摘んでいくといい」とエンデュミオンや里のケットシー達に案内されて、ベリーのなっている茂みに行ったタンタン達は、鈴生りになっているベリーに大喜びになった。
四つ足で歩くココシュカは自分では摘めないので、エンデュミオンとカティンカが摘んで口に入れてやっていた。
タンタンもクヌートとクーデルカと一緒にベリーを摘んでは籠に入れた。
「明日はベリーのタルトかなー」
新鮮なベリーで作ったら、騎士隊の騎士達は喜ぶだろう。
夢中で摘んでいたら、ベリーのなる区域の外れまで来てしまっていた。
「んしょ」
たっぷりと色々なベリーの入った籠を〈時空鞄〉に入れ、皆のいる方へ戻ろうとしたタンタンの耳に微かに鳥の鳴き声が聞こえた。
「ピィ……」
弱々しい鳴き声に、タンタンは茂みの隙間を覗き込んだ。
「鳥の巣?」
茂みの奥に、鳥の巣らしきものが見えた。四つん這いになり、茂みの隙間から潜り込む。
「鳥の巣、大きい」
鳥の巣だと思ったものは、結構大きかった。巣の中にはタンタンの半分位の大きさの雛がいた。そして、巣の外にそれより大分小さな雛が転がっていて、そちらが弱々しく鳴いていた。
(鷹獅子?)
雛は上半身が鳥、下半身が獣だった。鷹獅子と呼ばれる魔獣だ。もっとも、地下迷宮にいる鷹獅子が魔獣と呼ばれるのであり、地上にいるものは幻獣と呼ばれる。幻のように珍しいからだ。
ちなみに地下迷宮にいる鷹獅子は肉食だが、地上にいる鷹獅子は草食である。ゆえに、人などを滅多に襲わない。
親は近くにいないようだ。餌を取りに行っているのかもしれない。
「ピィ、ピュ……」
ふむ、とタンタンは雛を見比べた。以前宿に来ていた配達屋が話しているのを聞いた事があるが、大型になる獣の中には、子供が複数いても、その中で大きく育った一匹しか育てないものもあるという。鷹獅子もそうだった記憶がある。
巣から落ちたこの子は、育てられない子なのだろう。
ならばタンタンが引き取っても構わない筈だ。その配達屋も、そういった幻獣を相棒にしていた。
タンタンはベリーで汚れた前肢を洗って綺麗にしてから、そっと巣から落ちている雛を抱き上げた。
「ピィ」
「冷えてる」
雛は冷えてはいけない。
タンタンはシャツの釦を外し、懐に雛を入れて、釦を閉め直した。
雛は少しの間ピィピィ鳴いていたが、タンタンの体温と馴染む頃には大人しくなった。そっと掌を当てると、呼吸する度に雛が動く。
「大丈夫」
タンタンは茂みの間を抜けて、ベリーのなる方へ出た。入れ替わるように背後にバサバサと大きな羽音が聞こえたが、振り返らずに皆のいる方へ歩く。
「タンタン、どこまで行ってたの?」
クーデルカがタンタンに気付いて駆け寄ってきた。
「向こうまで行っちゃった。そろそろ戻る?」
「うん。集まってたところ。……タンタン、お腹どうしたの?」
流石にクーデルカは見逃さなかった。雛がいる分ぽこんと出たタンタンのお腹を。
「巣から落ちてたの」
タンタンは釦を開けて、雛を見せる。クーデルカはタンタンの腹毛に嘴を埋めて寝ている雛を見て唸った。
「うーん、エンデュミオンに聞いた方がいいかも。一寸待ってね」
少し離れた場所にエンデュミオンといたクヌートにクーデルカが振り返る。何故かそれだけで、クヌートはエンデュミオンを連れてこちらにやって来た。
双子のクヌートとクーデルカは会話をしなくても意思疎通が出来るらしく、タンタンには不思議だった。
「どしたの?」
「何かあったか?」
「タンタンがこの子拾ったって」
「ほう?」
エンデュミオンが雛を見て、黄緑色の瞳を煌めかせた。
「鷹獅子か。巣から落ちた雛を拾ってはいけない法律はないぞ。見付けて貴族や王族に売る者達もいるくらいだ」
「タンタンが育てる」
「領主館で育てる分には問題なかろう。腐っても公爵だしな。アルフォンスに一筆書いてやろう。病気ではなさそうだが、ヴァルブルガに診察してもらえ」
「うん」
皆でケットシーの里まで戻り、解散する。エンデュミオンの温室経由で来ている者は、温室へ戻る。
鷹獅子は「暖かい寝床作ってあげて、潰した果物食べさせてあげれば大丈夫」と診察したヴァルブルガに太鼓判を貰ったので、タンタンはそのまま連れて帰る事にした。
アルフォンスへの手紙と〈鷹獅子の育て方〉という冊子をエンデュミオンから受け取ったのだが、なぜこれを持っていたのだろうか。
「昔写本して魔法使いギルドの金庫に入れていた中にあった」らしい。有り難く受け取った。
クヌートとクーデルカに騎士詰所前に送って貰う。
ベリーの籠を持ったカティンカとココシュカはエルゼと執事のクラウスの元へと向かい、クヌートとクーデルカも主の元へ駆けて行った。他のコボルト達も仲良くしている騎士達がいるであろう、食堂のある宿舎へ向かっていく。
タンタンも風通しの為ドアが開け放たれている騎士詰所に入った。
「ただいまー」
「お帰り、タンタン」
「ぴるー」
風竜キュッテルを肩に乗せたラファエルが、入ってすぐの待機室で待っていてくれた。
「ベリー沢山取れた?」
「うん。あとね、この子見付けたの。籠と柔らかい布ないかな」
お腹の鷹獅子を見たラファエルは、微笑みを浮かべたまま固まった。
「駄目?」
高い場所にあるのでラファエルの顔を見上げ、タンタンはお願いしてみる。
「用意してあげられるけど、隊長にもその子を見せてからね」
「うん」
「お、タンタン帰って来てたのか、お帰り」
噂をすれば、隊長のパトリックが執務室のある方のドアを開けて、待機室に入ってきた。
「パトリック、タンタンこの子育てるの」
「ん? 鷹獅子か? 小さいな」
パトリックはタンタンの前にしゃがんで、そっとシャツの中を覗き混んだ。
「巣から落ちてたの」
「そうか……。ご飯をお腹いっぱい食べるようになったら大きくなるぞ」
「楽しみ」
鳥の方の前肢で腹毛をぎゅっと握ったまま寝ている雛の頭を、タンタンは指先で撫でた。
「騎士詰所に居る時と、温室に居る時ように籠が要りますね」
「そうだな。成長しても幼体化出来たと思ったが、幼体化してもタンタン位にはなるだろうし」
「雛は暖かくしませんといけませんので、行火も用意しましょう。餌はまだ桃などの柔らかいものが良いかと思います」
「ラファエル詳しいな」
「近衛騎士の騎獣が鷹獅子なので、学院を卒業してすぐに世話係りになったんですよ」
王宮の近衛騎士は見目の良い者が選ばれる花形職だ。ただし、それは親の地位が高い者であって、平民出身の場合は下働きだ。鷹獅子や巨狼を騎獣に出来るのも、一部の近衛騎士である。
ラファエルは平民出身の騎士だった。見た目が整っていたので近衛になったが、下働きは苦ではなかったにも拘わらず、人間関係が非常に面倒臭かった。
パトリックは若い頃から先代リグハーヴス公爵に仕え、王族や貴族が地下迷宮に潜る時には、王都騎士団の地下迷宮探索部隊の補佐をしていた。その時に近衛で同行していたラファエルと知り合った。
結局、ラファエルはその時の縁で、アルフォンスに引き抜かれ、リグハーヴス騎士隊に入っている。
「あのね、エンデュミオンからお手紙貰ってきてる」
タンタンがパトリックに差し出したのは、二つ折りにされた紙だった。
「見て良いのか?」
「うん」
開いた紙の冒頭には、アルフォンスとパトリックの名前が連名になっていた。
タンタンが連れた鷹獅子は巣から落ちていた雛で間違いがない。雛はタンタン自身が育てるので、必要な物を揃えてやってほしい、と書いてあった。
「つまりこれは、雛をどこかにやったら呪うぞ、という意味か?」
「でしょうねえ。鷹獅子の雛は王宮に届けると報償金が出ますから、牽制でしょう」
近衛騎士団で調教され騎獣になる鷹獅子も、元は巣から落ちた雛を保護した個体が殆どなのだ。巣の中に居る雛は、手を出すとどこまでも親に追い掛けられるので狙わないのである。
「……」
うるうるとした眼差しで二人を見上げたタンタンが、シャツをかき合わせて鷹獅子を隠していた。
「ああっ、心配するなタンタン!」
「妖精や幻獣好きな公爵が、タンタンから取り上げるなんて事はないからね!」
慌ててパトリックとラファエルは、タンタンを宥める。
アルフォンスならば、すぐさまクラウスに必要な物を用意させるだろう。
「私から公爵に手紙を渡しておくよ。タンタンはこの子に名前を付けたのかい?」
「うん、ティティ。女の子」
「可愛い名前だ。ラファエル、詰所にある籠や毛布で使えるものがあったら、見繕ってあげてくれ」
「はい。前に寄付して頂いた毛布で、可愛らしいのがあった筈です」
男が多い騎士隊の面子なので、使われずに備品庫に残っている。
「私はヘア・クラウスが執事室にいるかもしれないから行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。タンタン、僕らは備品庫に行こうか」
「うん」
てててて、とラファエルについてタンタンが詰所の奥に行く。
パトリックは待機室のテーブルに呼び出し用のベルを置いてから、領主館に歩いていった。
表玄関ではなく、厨房横の出入口から中に入る。
「おう、ご苦労さん」
マグカップを片手に料理長のオーラフと、領主館で預かっているコボルトが一人、厨房入口近くで休憩していた。
ノーディカというこの北方コボルトは家事コボルトで、来て早々厨房に入り込んで、オーラフの仕事を覗き見ていた為、暇ならと野菜の皮剥き等を手伝って貰っているのだ。香草使いが上手で、最近は賄いも作るようだ。
「ご苦労様、ヘア・クラウスは執事室かな?」
「さっきカティンカがエルゼを呼びに来たから、執事室に居るんじゃないかな。ベリー摘んで来たんだろ? 俺にも分けてくれたぞ」
「ああ。カティンカとココシュカがもう伝えている気がするが、タンタンが鷹獅子の雛を保護してきた」
「鷹獅子!? あんなのが〈黒き森〉のケットシー達の住み処の近くにもいるのか」
「ハイエルンにもいるよー」
のんびり答えたのはノーディカだ。ノーディカは女の子の北方コボルトで、今はメイド服を着ていた。きっと〈針と紡糸〉のマリアンとアデリナが張り切って縫ったのだろう。紺色のお仕着せに、白いエプロンが可愛い。スカートの下には白いフリル付きのパンツがチラリと見えているが、あれは見えてもいいもののようだ。
パトリックは女の子のコボルトは初めて見たが、可愛らしい声をしていた。タンタンは男の子の声だなと思うので、コボルトの男女分けは声で出来る気がする。
「詰所に帰る時に桃を貰えるかな。ティティの食事に」
「ティティは鷹獅子なの?」
「そうだよ。まだ小さいんだ」
「用意しとくー」
細かい素材管理は既にノーディカの方が解っているようだ。オーラフが苦笑いしている。
パトリックは二人に手を振り、廊下を進んだ。一階にある執事室のドアを叩く。
「はい」
「パトリックです」
「どうぞ」
クラウスの声で返事があったので、パトリックはドアを開けた。
エルゼとカティンカの姿はなかったので、宿舎に戻ったのだろう。
ソファーの上でココシュカが丸くなって寝ており、クラウスは執務机の横に立っていた。
「既にカティンカとココシュカに聞いているかもしれないんですが、タンタンが鷹獅子の雛を連れ帰りましたのでご報告に。こちらがエンデュミオンからの手紙です」
「エンデュミオンから?」
クラウスは手紙を受け取り、長くない文面にさっと目を走らせた。
「……タンタンが育てるから邪魔をするなと言う事ですね」
「そうでしょうね」
「鷹獅子なら成長すればコボルトを守ってくれるでしょうから、問題ありません」
クラウスは手紙を元通りに二つ折りにし、丁寧な手付きで執務机の上に置く。
「名前はティティと付けていました。女の子です」
「解りました。御前に申し伝えておきます。鷹獅子の食事に必要な果物は厨房経由で頼んでください」
「了解しました」
軽く頭を下げ、パトリックはクラウスの執務室を辞した。
ふう、と息を吐く。
穏やかそうな外見だが、クラウスは魔剣ココシュカを振り回す魔法剣士である。確実にパトリックより強い。
魔剣の中身はソファーで寝ていたが、実際のところ中身の魔物ココシュカだけでも相当な強さなのだ。普段は呑気に、騎士詰所にふよふよと飛んで来る事もある、人も妖精も好きな魔物であるが。
「さて、桃を貰って帰ろうかね」
タンタンとラファエルも、ティティの寝床を作れただろうか。
「あ、そろそろ交代の時間だな」
待機室にティティがいたら、騎士達が大騒ぎしそうだ。寝ているティティを起こさないように、貼り紙をしなければ。
鷹獅子で女の子ともなれば、騎士達の盛り上がりが予想出来るというものだ。
かくして騎士詰所のドアには〈お姫様お休み中〉の貼り紙がなされ、自然とティティの愛称は〈お姫様〉になるのだった。
マンドラゴラといい鷹獅子の雛といい、拾って帰ってきちゃう子達です。
地上に残っている魔物は、家畜化したり、人を襲わない事が多いです。地下迷宮の魔物は人を襲います。
ココシュカは人を襲う事を知らなかったので(悪戯していたけど)、すんなり地上に出ています。
ココシュカは魔法攻撃支援型で、前衛職がクラウスです。アルフォンスも剣を使えるけど、魔法の方が得意で広範囲攻撃・補助・回復系な気がします。古王家の血が濃いので、魔力は生まれつき高め。
ラファエルは魔法剣士ですが、パトリックは生活魔法位しか使えない剣士です。だけど、地下迷宮で生き残れる人なので、強いです。
クラウスが強いのは、元々の能力と魔剣ココシュカにより、身体強化されているため。