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シュトゥルムと釦屋(上)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

霜降り柄のシュトゥルムです。

267シュトゥルムと釦屋ぼたんや(上)


 ハイエルンから三頭魔犬ケルベロスによって救出されたコボルト達は、ヴァルブルガとエンデュミオンの治療を受けた後、状態の良い若い個体達は領主館の温室に預かって貰う事になった。

 三食おやつ付きの条件で預けられたコボルト達だが、先住コボルトとしてクヌートとクーデルカがいるので安心な上、領主館の住人や騎士達に可愛がられるに違いなかった。

 幼いコボルト達や、ヴァルブルガの治療が必要な者達は、エンデュミオンの温室での療養となった。


「これくらいで良いかな」

 クツクツと鍋の中で銀杏切りにした林檎アプフェルを煮ていた孝宏たかひろは、焜炉の火を止めた。真っ赤な林檎だったので、剥いた皮と一緒に煮た白い果肉は、ほんのりとピンク色に染まっている。

 林檎煮の鍋に蓋をして、〈魔法鞄〉に入れる。それから冷凍用の保冷庫からアイスクリームの入った大きなボウルも取り出して〈魔法鞄〉に入れる。

「お茶とチーズクッキーはもう〈魔法鞄〉に入れたし。行火あんかも入れた。よし、温室行こう」

 孝宏は一度台所を出て、イシュカの工房へ向かい、入口から声を掛けた。

「イシュカ、カチヤにおやつ配り手伝って貰って良い?」

 イシュカは作業台の上に置いてあった懐中時計を手に取った。

「もうおやつの時間か。キリの良いところで良いぞ、カチヤ」

「はい、行ってきます」

 折った紙を糸で綴じていたカチヤは手を止め、革のエプロンを脱いだ。

 現在コボルト達を保護している為、エンデュミオンとヴァルブルガ、コボルトであるヨナタンも温室に行っている事が多い。

 店はテオとルッツ、リュディガーとギルベルトが店番を引き受けてくれた。ギルベルトが連れてきたリュディガーはイシュカの年下の叔父だからか、抵抗なく店番をしてくれている。

 イシュカの弟のフォルクハルトに知られたら手伝いに来そうな為、黙っている事にしたらしい。

 孝宏がカチヤをわざわざ呼んだのは、カチヤがコボルトに対しての親和性が高いからである。〈Langueラング de() chat(シャ)〉の住人は皆妖精(フェアリー)に好かれるが、カチヤは特にコボルトに好かれやすい。

 台所に置いてあった〈魔法鞄〉を手に、孝宏とカチヤは台所横のドアから裏庭に出た。

 朝方まで雨が降っていたリグハーヴスは、今も曇り空で肌寒い。夏でも比較的涼しいリグハーヴスは、天気が悪い日は寒いくらいだ。

 煉瓦道を歩いて温室のドアをあけ、風徐室に入る。奥にあるドアを開ければ、ハーブガーデンだ。

 温室といっても、エンデュミオンの温室の中は一寸ちょっとした森になっている。天井を見上げれば硝子張りの温室なのだが、森である。

 今は果樹広場に行きたいので、ハーブガーデンの奥にある小道を進む。小道の先には、果樹に囲まれた芝生の広場があった。

(コボルトが落ちてる)

 温室はケットシーの里と同じく春の陽気になっているのだが、芝生のあちこちに、ハーフサイズの毛布を敷いたコボルトが点在していた。お気に入りの場所で過ごしているのだ。

 寝ていたり、趣味の手仕事をしていたりと様々だ。ヨナタンの自由なコボルト織に感化されたのか、お針子コボルトには刺繍が流行っている。ヨナタンのコボルト織の端切れにせっせと刺繍している。

 彼らは救出される時に、自分達の道具箱はしっかり持ってきていた。布と糸が欲しいと頼まれたので、〈ナーデル紡糸(スピン)〉のマリアンに用意して貰ったのだ。

 お針子以外のコボルトは、作業出来る環境ではないのか、その気にならないのか、ケットシーの里に温泉に入りに行ったりと、のんびり療養していた。

 孝宏とカチヤが広場に入ってきたのに気付いたコボルト達は、一斉に顔を向けてきた。この時間におやつになると覚えたからだろう。

「ヒロ、おやつ?」

「カチヤ、おやつ?」

「きょうなあに?」

 中でも年少のコボルト達がわらわらと集まってくる。

「おやつだよ。今日はアイスクリームに林檎を甘く煮たやつ乗せたのだよ」

「アイス?」

「つめたい?」

「りんごー」

 中々賑やかだが、救出された時の暗い表情に比べたらこちらの方が断然いい。

 コボルト達の食器は温室に置いてある〈魔法鞄〉に入れてあるので、温室に居る人数分取り出してアイスクリームと林檎煮を盛り付け、チーズクッキーを添えた。一つ見本を作ってカチヤに任せる。今ケットシーの里の温泉に行っているコボルトの分は、残して〈魔法鞄〉に入れて置けば、ちゃんと分けて食べる。

 北方コボルトと南方コボルトの両方がいるのだが、皆仲良くしている。

 孝宏は〈魔法鞄〉を持って、木漏れ日の下に毛布を広げて寝そべっている三頭魔犬の方へと移動する。

 今は大型犬サイズになっている三頭魔犬の傍らではエンデュミオンがシュネーバルとルドヴィクとレイクに若草色の本を読み聞かせていた。ヨナタンはその隣で読み聞かせに耳を傾けながら、せっせと羊樹バロメッツ糸で編み物をしている。

 ヴァルブルガは三頭魔犬の脇腹に凭れて座っている南方コボルトの診察をしていた。

 この南方コボルトは黒褐色の体毛に霜降り模様に白い毛が混じっている個体で、シュトゥルムと言う名前だった。

 コボルトは過酷な環境にいると独立妖精の道を選ぶらしく、救出されたコボルト達は皆独立妖精になりかけていた。

 中でもシュトゥルムはエンデュミオンやヴァルブルガよりも年上で、完全に独立妖精となっていた。元々はシュネーシュトゥルムと言う通り名だったらしい。

 シュトゥルムは骨折した肢の治療をきちんとされなかったらしく、来たばかりの頃は歩けなかった。シュトゥルムは治癒魔法を最小限しか使えない為、自分で治癒出来なかったらしい。

 ヴァルブルガが診察し、エンデュミオンが骨をきちんと整復し、現在はリハビリ中だ。ちなみにシュトゥルムが一番重症だった。

 痩せているのと怪我の影響か寒がりで、温室の外の天候に敏感だった。冷えると骨折していた場所が痛むのだ。

「シュトゥルム、外寒いから肢痛む?」

「うん」

 孝宏にシュトゥルムがこっくりと頷いた。

「熱い行火持ってきたから、交換しようか」

 携帯行火の熱鉱石は小さいので、一定時間で冷えてくる。

 孝宏はシュトゥルムの毛布の中にあった行火と持ってきた行火を交換してやった。

有難う(ダンケ)。暖かい」

「おやつ、冷たいお菓子だけど食べる?」

「食べる」

 背中に三頭魔犬、毛布に行火もあれば、アイスクリームを食べても寒くなさそうだ。

 孝宏は三頭魔犬(頭三つ分)や、三頭魔犬の真ん中の頭の上にいたキルシュネライトの分もおやつを用意して渡した。

 エンデュミオンに深皿を渡しながら、領主館に預けたコボルト達を思う。

「あっちでもおやつ食べてるかな」

「条件につけたからな。イェレミアスが作ってるんじゃないかな」

 意外とイェレミアスは妖精に構われる性質なので、コボルト達に話し掛けられて困惑していそうだ。

 それに領主館の騎士達は癒しに飢えているので、クヌートやクーデルカをとても可愛がっているらしい。そこに五人ばかりコボルトが増えるのだ、大喜びだろう。

 コボルト達が騎士のうちの誰かを選んでも構わないと、アルフォンスは考えているに違いない。

 勿論、ハイエルンの里に親兄弟が見付かり、希望があれば送還する予定だ。

「あっちの温室は普通の湧き水なの?」

「……この間コボルトを送っていった時、ギルベルトが精霊の泉と繋げてたな」

「それ、ヘア・アルフォンスかヘア・クラウスに言った?」

「言ってない。今更驚きもしないだろう。うちにもあるのを知ってるんだ」

 匙のアイスクリームを舌先で舐め、エンデュミオンは尻尾をぴんと立てた。気に入ったようだ。

 領主館の池が精霊の泉になっていたら、幾らなんでも驚く気がするのだが。

 ギルベルトはコボルト達が飲むものだからと、精霊の泉を引いたのだろう。元王様ケットシーは中々に過保護なのだ。

 ─これ美味しいわあ。

 ─林檎サクサク。

 ─アイスクリーム、冷たい。

 三頭魔犬もアイスクリームに舌鼓を打っていた。身体が大きいのでそれなりに食べるが、双頭妖精犬ジェミニのリヒトとナハトと同じで、一人分を三人で分ける量でいいらしい。

 コボルト達が回復するのを見守っている三頭魔犬だが、留守の間地下の門番は代理をコカトリスに頼んだそうだ。コカトリスとは雄鶏の身体に蛇の尻尾がある魔物だ。石化の呪いを使えるので、直に会うのは遠慮したい魔物である。

 おやつを食べたヴァルブルガが、〈時空鞄〉からルッツのシャツとズボンを取り出してつくろい始めた。先日、ルッツは谷底の鍛冶師イェンシュとベルンの所に遊びにいって、枝に引っ掛けてかぎ裂きを作ってきたのだ。ベルンと木登りをしたらしい。

 ルッツは半泣きで帰って来たが、ヴァルブルガに「直せる」と言われ、喜んでいた。

 チクチクと針を動かすヴァルブルガを、シュトゥルムは群青色の瞳でじっと眺めていた。

「シュトゥルムはやりたい事ある? 大抵の材料は集められると思うけど」

 知り合いに大工も鍛冶屋も仕立屋もパン屋もいる。

「……シュトゥルムは細工師。ぼたんを作ってた」

「釦」

 どうやら飾り釦の事らしい。リュディガーが冬の内職で作っていたが、黒森之國くろもりのくにの細工釦は工芸品扱いの物もあり、服が駄目になっても、釦を外して新しい服に付け替えたりするのだ。釦専門店がある程だ。

 シュトゥルムはハイエルンの釦製作工房に居たと言う。

 コボルトの手仕事は習性であり、趣味なのだ。ヨナタンもそうだが、強制されなくなったのなら、好き勝手に作りたいものを作る、と言う方向へと向かう模様だ。

「道具はあるけど、素材がない」

「素材? 何が要るんだ? 木か? 貝か? 貝ならフィッツェンドルフから取り寄せになるな。木なら適当にあるんだが」

 〈時空鞄〉を覗いていたエンデュミオンが、ゴロンと太い丸太を芝の上に取り出した。

「これなんかどうだ? エルダートレントの剪定を手伝った時に貰ったやつだ。他にトレントとエンシェントトレントの枝もあるが」

「エンディ、これ枝なの? 丸太じゃん」

 思わず孝宏は突っ込みを入れてしまった。孝宏が持ち上げられないくらいの大きさなのだ。

「枝なんだが、トレントがでかいから丸太になるんだ」

「トレントって歩く木だよね……?」

 〈黒き森〉に居るのか。そしてケットシーに剪定を頼むのか。何だか上手く想像出来ない。どうやって剪定をしているのやら。

「わあ……」

 しかし、丸太を見るシュトゥルムは目を輝かせていた。

「どれも彫ってみたい」

「じゃあ皮を剥いで材木に加工してもらおう。クルトに頼めば、木工ギルドにやってもらえるだろうし」

 流石にエンデュミオンも材木の加工まではやれない。本職に任せる。シュトゥルムに必要な木材の大きさを聞いて紙に書き、丸太を〈時空鞄〉にしまって、クルトの工房へと〈転移〉していった。


 孝宏は知らなかったのだが、トレントは〈黒き森〉か地下迷宮ダンジョン、ヴァイツェアの一部でしか手に入らない、とても貴重な素材だった。

 クルトと一緒に木工ギルドにトレントの加工を頼みに行ったエンデュミオンは、即行でギルド長の部屋へと連行された。カウンターで取り引きするような素材ではなかったのだ。

 大量に〈時空鞄〉の肥やしになっていた各種トレントを材木にして欲しかっただけのエンデュミオンなので、手数料代わりにトレントを一本渡したら「多すぎる」とギルド長のヘドヴィクに怒られた。

 面倒だったので、これからも材木加工を頼むし、渡したトレントが売れたら手数料の残りはグラッフェンの口座に入れてくれと押し付け、各種トレントを一本ずつ加工して貰った。

 〈黒き森〉ではトレントの枝は然程さほど珍しくもない。枝が伸びると剪定を頼まれるからだ。

「欲しいのなら卸すぞ」とヘドヴィクに言ったのだが、注文があるかどうかは定かではない。値付けが難しいのだろう。競売になるかもしれない。

 暫くはコボルトとケットシー限定で譲渡する他ないようだ。〈黒き森〉では廃材扱いだと言うのに。なぜトレントをエンデュミオンが大量に持っていたかと言うと、何かに使えないかなという、研究者の癖が抜けなかっただけである。きっと物持ちの良いギルベルトも、大量に持っている気がする。

「ふむ、シュトゥルム喜ぶかな」

 何はともあれ、トレントは材木になった。

 エンデュミオンは満足して〈Langue de chat〉へと帰還するのだった。

トレント「おーい、ケットシーやーい」

ケットシー「なあにー? トレントの爺ちゃん」

トレント「この辺剪定してくれんかのう」

ケットシー「いいよー」(風の精霊魔法でスパーン!)



シュトゥルムは「嵐」、シュネーシュトゥルムは「吹雪」という意味です。

知らない内にギルド金庫にお小遣いが入っているグラッフェン……。

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