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オースタンの卵職人

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

配達のお手伝いです。

263オースタンの卵職人


「メテオール、木材運ぶのを手伝ってくれるかい」

「うん」

 朝食の席で主のクルトに頼まれ、メテオールは二つ返事で了承した。生まれつき〈時空庫〉を持っているメテオールは荷物運びはお手の物なのだ。

 台所仕事や掃除をするアンネマリーとエッダの代わりに、グラッフェンはデニスと遊んでいるのでお留守番だ。少しだけ先に生まれたグラッフェンは兄として、動き回るようになったデニスが危ない事をしないように遊びながら見ている。 メテオールからしてみれば、グラッフェンもデニスもまだまだ子供だったりするのだが。

 クルトの家と工房は大工達が集まっている大工通りにある。そこの大工達はメテオールが〈時空鞄〉を持っているものだと思っている。

 〈時空庫〉はとても珍しいので、リグハーヴスではメテオールの他に騎士団の闇竜しか持っていないという。エンデュミオン曰く「いちいち言う必要はない」との事で、対外的には〈時空鞄〉だと勝手に思って貰っている。

 〈時空庫〉は商人や騎士団がとても欲しがる能力らしい。生憎、メテオールは木材運びにしか使っていないのだが。

 朝食の後、クルトとメテオールは木工ギルドに向かった。金槌や鋸の音が聞こえて来る通りの奥に、一際木の匂いが強い場所がある。そこに木工ギルドの倉庫がある。

 クルトは直接倉庫に向かった。メテオールもクルトの隣をてくてく歩く。健脚なメテオールはこうして散歩程度の距離なら自分で歩く。勿論クルトに抱っこして貰ったりするのも嫌いではない。

「おはよう。今いいかな?」

「おはようさん、ヘア・クルト、メテオール。どれにする?」

 倉庫に顔を出して挨拶したクルトに、検品していたらしい体格の良いギルド職員が、白い歯を見せた。

「今日は代理で受け取りに来たんだ」

 クルトはベストのポケットから折り畳んだ紙を取り出して、相手に渡した。

「トラウゴット爺さんのか。用意してあるぞ」

 案内された倉庫の端に、一定の大きさに切りそろえられた角材が積まれていた。

「トラウゴット爺さん、まだ腰良くならないのか?」

「重い物は持つなって、ドクトリンデ・グレーテルに言われたって言ってた」

「そりゃ仕方ねえなあ」

「メテオール、しまえるかい?」

「うん」

 メテオールは〈時空庫〉を開き、クルトに角材を入れて貰った。

「〈時空鞄〉持ちはいいねえ。〈魔法鞄〉より入るし、壊れる心配ないし」

 本当は〈時空庫〉なのだが、リグハーヴスの住人は容量が大きい〈時空鞄〉を持つエンデュミオンなどの妖精を見ているため、勘違いをしてくれる。エンデュミオンは色々と規格外だとメテオールも思う。

 一つの大きさがメテオールでも抱えれば一つずつ運べそうな角材だが、それが五十個ほどあった。数を数えながらメテオールの〈時空庫〉に角材を入れていたクルトは、積んでった分を全て入れ終わるとメテオールに〈時空庫〉の口を閉じさせた。

「トラウゴット爺さんに受取票にサインして貰ったら、あとで持ってくるから」

「頼むわ」

 ギルドに登録しているギルド員ならば、支払いは口座から引き落とせるので現金を持ち運ぶ必要はない。

「宜しくな、メテオール」

「うん」

 ギルド職員に頭を撫でて貰い、メテオールはクルトと一緒に木工ギルドを出た。木工ギルドに加入しているリグハーヴス在住の妖精は少ないので、皆に可愛がられるメテオールである。多分、北方コボルトのメテオ―ルとケットシーのグラッフェンと栗鼠りす型をした木の妖精(エルム)ゼーフェリンク位ではなかろうか。特にメテオールは職人と認められた技術を持つ。

「クルト、トラウゴット爺さんって誰?」

 てくてくと大工通りを家とは逆方向に歩きながら、メテオールはクルトを見上げた。

「細工師だよ。主にオースタンの卵を作っているんだ」

「オースタンの卵」

 年に一回のオースタンに教会で卵の形をした細工物が配られるが、それを作っているらしい。

「靴屋のヘア・オイゲンと同じ位の歳かなあ。今丁度、弟子の職人が里帰りしているらしくてね、頼まれたんだよ」

 普段は弟子が木材を受け取りに行っているという。大工通りではほぼ皆顔見知りなので、困った時には手を貸す。クルトは家具大工で細工師の技能も持つ。トラウゴットはクルトの師匠であるネーポムクの友人でもあるのだ。

 細工師は家を建てる大工に比べれば、工房は小さい。トラウゴットの工房も、クルトと同様に家の隣に併設されていた。年季が入っているが、丁寧に手入れをされている工房の扉をクルトはノックした。

「ヘア・トラウゴット、クルトです」

「メテオール!」

「どうぞ、入っておくれ」

 中からの声に、クルトは扉を開けた。木の香りのする工房の作業机の前にある椅子に、髪の白い平原族の老人が座っていた。痩せていて猫背気味だが、おが屑のついた眼鏡の奥の目は優しく細められている。工房の中は天井近くの壁にある窓から光が差し込んでいて、意外と明るい。

「悪かったねえ、運んで貰って」

「困った時はお互いさまですよ。それにメテオールに頼んだので、俺も楽してますから」

「おやおや」

 トラウゴットは作業前掛けのポケットから取り出した、洗いざらしのハンカチで眼鏡を拭い掛け直した。クルトの隣に立つメテオールをじっと見詰める。

「可愛いコボルトじゃないかね。ネーポムクから話は聞いていたんだけどねえ。ケットシーの子もいるんだろう?」

「ええ、グラッフェンという子が」

「ネーポムクもお茶に連れて来てくれればいいのにねえ。気が利かない爺さんだよ」

 憎まれ口を叩くトラウゴットだが、その口調は楽しそうだった。

 よっこいせ、と言いながら立ち上がったトラウゴットの腰は少し曲がっていた。

「トラウゴット爺ちゃん、角材何処に出す?」

「向こうの壁際に積んでくれるかい?」

「うん」

 クルトとメテオールは言われた場所に角材をきっちりと積み上げた。

「有難うね」

 受領証にサインしたトラウゴットにお礼を言われ、メテオールの尻尾が揺れる。コボルトはお手伝い妖精でもあるので、こう言った仕事は断らない。でもお礼を言われたら、やっぱり嬉しい。

「トラウゴット爺ちゃん、オースタンの卵作ってるの?」

「そうだよ。ここにあるのは粗削りした物だけど、そっちの戸棚に以前作った物が置いてあるから見てごらん」

 作業机の上には道具類と共に、大まかに卵の形に削り出された物が幾つか転がっていた。

「おー」

 角材を置いた場所の逆角にあった硝子入りの戸棚に速足で向かったメテオールは、中に並べられていたオースタンの卵に目を輝かせた。一つ一つ全ての意匠が異なるのだ。

「これ、グラッフェンが持ってた」

「去年のだね」

「ハイエルンとはやっぱり違う」

 彫刻はネーポムクに習っているメテオールである。ネーポムクはリグハーヴスだけではなく、各領の伝統的な彫刻も一通りメテオールに教えていた。

「ハイエルンには大工コボルトは結構いるのかい?」

「いるけど、職人認定されているのは少ないかも」

「そうなのかい……」

 職人や徒弟として雇えば給金を出さなければならないからだ。ほんの少し前のハイエルンではそれがまかり通っていた。

 メテオールの場合は、雇ってくれた棟梁が偏屈な爺さんだった。不器用な爺さんだったのだな、と今となってみれば解るのだが、きちんとメテオールに給金を払い、技術を教え込んでくれた。大っぴらに褒める事はしなかったが、上手く出来るとメテオールを膝に乗せ、頭を固い掌で撫でてくれた。

 棟梁の爺さんが亡くなった後に、独立して細々と修理屋をしていける位には育ててくれたし、住んでいた場所がコボルトと人狼の集落が隣り合っていたので、襲われなかったのも良かった。村人がコボルトに友好的だったのだ。

「クルトとネーポムクは色々教えてくれるから楽しい」

 アンネマリーは優しいし、料理は上手だ。エッダとデニス、グラッフェンも可愛い。クルトの母のエーリカに憑いているホーンも可愛いが、〈角笛の子〉の自覚がないのが一寸危なっかしい。角笛を吹いたから三頭魔犬が出るとは限らないが、ぱぷーぱぷー機嫌よく吹いているので。

「また遊びにおいで。透かし彫りを教えてあげようね」と言うトラウゴットに見送られ、クルトとメテオールは彼の工房を後にした。

 トラウゴットの透かし彫りは一級品であり、本来なら弟子にしか教えないものだ。

 コボルトは長く生きる。技術の継承者としては最適だ。多分そういう事なのだろうとクルトは思う。教えを乞えば、コボルトは気軽に教えてくれるのだ。高い技術も、途絶えさせてしまう方が惜しい。残したい技術をトラウゴットはメテオールに教えるつもりなのだろう。

 ネーポムクも次々と技術を覚えていくメテオールが可愛いに違いない。トラウゴットの所で自慢していないで、メテオールを連れて行ってやればいいものを。

 てくてく隣を歩いていたメテオールが、ぴょんとクルトの脚に抱き着いた。脚にくっ付けたまま少し歩き、クルトはメテオールを抱き上げた。

「うちに果物がなかったな。ついでに買いに行こうか。そろそろ桃が出てるぞ」

「桃!」

「桃好きか?」

「うん」

 桃はそのままでも美味しいが、白いチーズと合わせたり、ヨーグルトと食べても良い。エッダやグラッフェンの好物でもある。

「ん、んー」

 鼻歌を歌うメテオールの尻尾が、ぱたぱたとクルトの身体に当たる。

「家に帰ったら、衣装櫃の続きだな。軽量化の紋ってハイエルンも同じなのかな?」

「んー、リグハーヴスの知らない」

「帰ったら照らし合わせてみようか」

「うん」

 重い家具を運ぶ為に使う軽量化の紋は、師匠から弟子へと受け継がれるので、工房ごとに多少異なる。

「ネーポムクが待ってるな」

「うん」

 ネーポムクが工房に来る前に出て来たので、今頃家の方でお茶でも飲んでいるだろう。

 食品を扱う商店が並ぶ通りに近付くにつれ、一通りが増えて来る。

 今日も〈麦と剣〉からは香ばしい香りが漂っている。桃を買った帰りにブレッツェルを買おう。

「こんにちはー」

 顔見知りの八百屋のおかみに、メテオールが前肢を上げた。

「いらっしゃい。今日も元気ね」

 コボルトだろうがケットシーだろうが、笑顔で迎えられる。リグハーヴスとはそういう街だ。冒険者が多く住まう街だからこそ、妖精の有難みを知っている。

「妖精は笑っていなければ」とエンデュミオンは度々言う。それには多分理由があるのだろうけれど、クルトも妖精は笑っている方が良いと思う。

「選ぶの上手ね! メテオールが可愛いから一つおまけよ」

「やったー」

 しっかり食べごろの桃を選んだメテオールは、おまけまで貰っていた。

「ん、んー」

 ご機嫌に鼻歌を歌うメテオールの後頭部を、クルトは掌で包むように撫でる。

 クルトより年上の、だけど子供っぽいコボルトは、嬉しそうに笑った。


卵職人さんは爺ちゃんです。仲が良いのに、何かやっている爺さん達。

次はネーポムクやグラッフェンと一緒に、トラウゴットの工房に顔を出しそうです。

グラッフェンはオースタンの卵コレクションにへばりつくかも。

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