表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
259/446

コンラーディンと<Langue de chat>

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

コンラーディン育成計画。

259コンラーディンと〈Langueラング de() chat(シャ)


「モンデンキント、〈Langueラング de() chat(シャ)

 行こうか」

「にゃー」

 見習い修道士コンラーディンに話し掛けられ、モンデンキントがお気に入りの黒いケットシーの編みぐるみを抱いたまま返事をした。コボルトの筈なのにケットシーみたいに鳴くのは、良く面倒を見ている兄代わりのシュヴァルツシルトの真似だろう。一緒に暮らしていると、幼い妖精フェアリーはお互いの言語を学習するらしい。

 まだ赤ん坊のモンデンキントと、魔力枯渇症を治療中のコンラーディンは定期的にヴァルブルガの診察を受けている。

 今日は天気が良いので、本を借りるついでに診察を受けておいでと、司祭プファラーイージドールにお小遣いを貰ったのだ。聖職に身を捧げるかどうかを、一年間を掛けて聖務を体験し決める見習い期間には手当は出ない。

 くるくるとしたクリーム色の癖毛のモンデンキントを、編みぐるみごと揺り籠から抱き上げる。おむつが取り換えやすいように、長めの生成りのシャツを着ているモンデンキントは、今の所シュバルツシルトとあまり変わらない大きさにまでは成長した。人工保育の妖精は余り大きくなれないらしいので、モンデンキントもこれ以上大きくなるかは解らない。

「よいしょー」

「にゃー」

 コンラーディンが斜め掛けした布の中にモンデンキントを入れる。天色に染められた多少伸縮性のある布は、赤ん坊を入れて抱くものでスリングと呼ばれている。モンデンキントを抱く時に、皆が交代で使っている。もっぱら使っているのはベネディクトだが。

 おしめと財布の入った鞄を、モンデンキントに掛からないように肩に掛ける。準備が出来たコンラーディンは台所から聖堂に向かった。聖務の間の休憩場所となる台所に、モンデンキントの揺り籠の一つがあるのだ。

 今日は生誕の洗礼の予約が入っていて、ベネディクト達は聖堂でその準備をしていた。

 リグハーヴスの街はこのところ人口が増加している。元々は地下迷宮ダンジョンの入口がある事から、冒険者や冒険者の装備を作る職人が大半だった。

 しかし、ここ数代の領主の誘致により畑作や家畜を育てる農家の集落である村も形が整えられた上、女神の思し召しである〈異界渡り〉もリグハーヴスに降りた。

 更には〈異界渡り〉には大魔法使い(マイスター)エンデュミオンの名を持つケットシーが憑いており、更には木竜と水竜までもが住み着いた。

 エンデュミオンだけではなく、妖精の数が増え続けているリグハーヴスは、移住するには魅力的なのだ。他の街では、妖精を目にする機会は限りなく少ない。

 街には空き地に新たな家が建設され始めているが、農家としての移住であれば、囲壁いへきの外の村への移住となる。

 各村には騎士団の小隊が配置されており、小さいが教会キァヒェもある。地下迷宮があるからこその処置ではあるのだが、他の地域から来たものにとっては至れり尽くせりなのである。

 聖堂では、重そうな魔銀製の水盤を、イージドールが軽々と一人で運んでいた。〈暁の砂漠〉の民は身体能力が高いのだが、体格は一般的な平原族と変わらないので吃驚する。

 書見台の上の大きな祈祷書の頁を捲っていたベネディクトに、コンラーディンは声を掛けた。

「司祭ベネディクト、〈Langue de chat〉に行ってきます」

「はい、気を付けて」

「シュヴァルツシルトも連れていって下さい、護身用に」

 聖盤を赤い布が敷かれた台に置いたイージドールが振り返る。

「あいっ」

 ぴょこんとシュヴァルツシルトが、ベネディクトの修道服の頭巾の中から顔を出した。コンラーディンは手を伸ばしてシュヴァルツシルトを受け取り、肩に載せる。

 コンラーディンはまだ魔法の使用を禁じられているのだ。

 もそもそとシュヴァルツシルトが見習い修道士の灰色の頭巾の中に潜っていく。少しくすぐったい。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 聖堂のベンチを拭いていた助祭ヨハネスにも声を掛け、コンラーディンは教会を出た。

「天気良いねえ」

「にゃー」

「にゃん」

 今日はすっきりと晴れた青空だ。

 教会前広場から続く石畳を、冒険者ギルドの建物の壁を見ながら進めば、市場マルクト広場に出る。今日は市場が立つ日だったので、木箱が並んだ露天が多く出ている。

 コンラーディンは賑やかな広場を避けて一本路地を内側に入り、北に向かって歩く。この通りは主に食品や木工、鍛治以外の細工関係の職人の店が多い。大きな音が出たり、火を使うような職人の工房は、もっと囲壁よりなのだ。

(そのうち囲壁も外側に増えそうだなあ)

 人口が増えれば、街は大きくなる。そうなれば、囲壁の外に街は広がって行くだろう。

 黒森之國くろもりのくにでは街や村に入る為の金は必要ない決まりだ。昔は徴収していた時もあったらしいが、今は禁じられている。

 絵看板を見ながら進む。途中〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉の窓にラルスを見付けて皆で手を振る。魔力枯渇症を補う楓の樹蜜の飴を買いに、帰りに寄るのだが。

 〈Langue de chat〉の緑色のドアを開けると、ちりりりんとドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ、ヘア・コンラーディン」

「いらっしゃい」

 今日のカウンターには孝宏たかひろとエンデュミオンが居た。イシュカとカチヤは工房らしい。

「おはようございます。ヴァルブルガの診察を受けに来たんです」

「はい。ではこちらにどうぞ」

 孝宏の案内でコンラーディンはカウンターの後ろにある入口から奥に入った。戸口に近いところにバルスームのドアがあり、その斜め向かいの小部屋のドアが開いていた。

「ここがヴァルの診察室です」

 決して広くはない診察室だったが、薬草の柄の彫刻が入った棚や机、階段のついた椅子などが、ケットシーの診察室らしい。椅子は人族を見るため用だろう。

 部屋の壁際には深い緑色をした布張りの寝椅子が置かれていた。階段式の踏み台が手前に置かれている。

 孝宏は座面の半分に白い浴布を広げた。

「モンデンキントをここに寝かせてください。今ヴァルを呼んできますから」

「お願いします」

 孝宏がヴァルブルガを呼んでくる間に、コンラーディンはモンデンキントをスリングから出して浴布の上に寝かせた。

「モンデンキント、お友達は隣に居て貰おう?」

「にゃー」

 診察の邪魔になるので、シュヴァルツシルトと同じ大きさの編みぐるみを、モンデンキントの隣に寝かせた。

 シュヴァルツシルトもコンラーディンの肩から下りて、モンデンキントの頭を撫でる。大抵機嫌のいいモンデンキントだが、泣かれると心音を聞くヴァルブルガが大変だ。

「お待たせ」

 とことことヴァルブルガが工房の方から診察室に入って来た。孝宏も後ろから入って来てドアを閉める。

「まず前肢洗うね」

 ヴァルブルガは自分と孝宏の手を洗い、乾かした。どうやら孝宏に補助を頼むらしい。

「モンデンキント、お腹見せてね」

「にゃ」

 孝宏が断ってから、モンデンキントのシャツの釦を外す。離乳食を食べてから来たので、癖毛で覆われたお腹はふっくら膨らんでいる。

「コンラーディン、モンデンキントの様子はどう?」

「ご機嫌な時が多いです。ミルクも離乳食もよく食べます。お腹の調子も悪くないです。夜は──寝てる?」

 夜一緒に寝ているのはベネディクトかイージドールなので、シュヴァルツシルトに訊いてしまう。

「みりゅくやおしめでおきるけど、よくねてりゅ」

「そうなの。目も耳の中も綺麗。爪も大丈夫。皮膚の状態も綺麗。胸の音聞かせてね」

「にゃー」

 ヴァルブルガが踏み台を登った状態で、モンデンキントの胸に折れ耳を当てる。モンデンキントはヴァルブルガの密度のある毛の中に前肢を突っ込み、キャッキャと笑った。あれは気持ちが良いだろう。ヴァルブルガは毛並みが良いのだ。

「うん、胸の音も大丈夫。元気なの。孝宏、釦閉めてあげて」

「はい。うーん、いいお腹してるなー。ぽんぽこりんだ」

 孝宏はモンデンキントにシャツを着せ終えてから抱き上げた。

「にゃっにゃっ」

「お友達? はいどうぞ」

 編みぐるみをコンラーディンがモンデンキントに渡すと、ぎゅっと抱き着いた。

「シュヴァルツシルトもおいで。エンデュミオン呼んで来るから」

「あい」

 シュヴァルツシルトが孝宏に飛びつき、背中を登る。孝宏はモンデンキントを抱いたまま、診察室を出て行った。そしてエンデュミオンと戻って来る。

「あの、お店は大丈夫なんですか?」

「うん、カチヤに少し頼んでるから」

 心配になったコンラーディンに、孝宏が笑う。ドアを閉めていた間に、カチヤが店に出ていたらしい。

「どれ、コンラーディンの診察だな」

「うん。体調はどうなの?」

 まずはヴァルブルガの問診だ。

「前よりは疲れにくくなりました。司祭イージドールに、身体に魔力が溜まって来ているとこの間言われましたし」

「確かに魔力の漏れは減っているの。完治までもう少し掛かるけど、ちゃんと治って来ているの。安心してね」

「はい」

 ほっと内心胸を撫で下ろす。実家に居た頃に比べると、雲泥の差で調子は良かった。金食い虫だと兄に嫌味を言われないのも、体調が良い理由だろう。

 魔力回路の状態をヴァルブルガが確認してから、エンデュミオンが回復する為の〈治癒〉をしてくれた。

「魔法を使うのももう少し我慢だぞ。完治したら生活魔法から教えて行くからな。セント属性についてはイージドールやシュヴァルツシルトに教えて貰え。ベネディクトは無自覚だから」

 酷い言われようだが、ベネディクトは生活魔法を少し程度しか他の属性は使えないらしい。聖魔法というより〈祈り〉が凄いのだと言う。ただし、無自覚だが。

 コンラーディンも〈祈り〉に関しては問題ないらしく、普通に聖務をしていいようだ。

 飴の処方箋を書いて貰い、ヴァルブルガから受け取る。

「居間で少し休んで行け。眠るのならここで寝ても良いし」

「眠る程ではないので大丈夫です」

 全身の魔力回路を修復するので、いつも施術後は疲労感があるのだ。

 モンデンキント抱いてシュヴァルツシルトを肩にくっ付けた孝宏が、コンラーディンを居間に連れて行ってくれた。エンデュミオンは店へ、ヴァルブルガも工房へと戻って行く。

「うー!」

「うい?」

「に!」

 居間には三人の妖精が居た。シュネーバルとフラウムヒェンとルドヴィクだ。孝宏の抱くモンデンキントに気付くなり駆け寄って来る。

「まだ赤ちゃんだからね。優しくね」

 ラグマット上にモンデンキントを座らせる。その隣にシュヴァルツシルトがするすると下りた。

「もんでんきんと!」とモンデンキントの代わりにシュヴァルツシルトが名前を教える。

「しゅねーばる!」

「フラウム、ヒェン」

「るど!」

 一名略称だったが、名前を交換する。ケットシーとコボルトという種族の違いは関係なく、妖精は大概仲が良い。

「ヘア・コンラーディン、どうぞ掛けてください」

有難うございます(ダンケシェン)

 コンラーディンはおしゃべりしている妖精達が見える、ソファーに腰を下ろした。

 年少組と孝宏たちが呼ぶ幼い妖精達だ。どうやら全員温厚な性格をしているらしく、最年少のモンデンキントに穏やかに話し掛け、撫でている。

 並んでみると、シュネーバルに比べてモンデンキントはかなりクリーム色の毛色だった。目の色がシュネーバルは紅茶色だが、モンデンキントは菫色だ。

「お茶どうぞ」

「有難うございます」

 テーブルに置かれたのは、紅茶のカップと器に入った白いものだった。サイコロ状の白い物に黒い汁が掛けられている。

「牛乳寒天です。掛かっているのが黒砂糖で作った蜜です。これは楓の樹蜜で作っています」

「頂きます」

 何だろうと思ったのが顔に出ていたらしい。ひんやりと冷たい菓子だった。

「シュネー達もおやつだよ。モンデンキントも食べようか」

「おやつ」と聞いて、嬉しそうに妖精達が牛乳寒天の器と匙を受け取る。

「きょうのめぐみに!」

 声を揃えてちゃんと食前の祈りを唱えている。

 モンデンキントは細かく砕いた物を少しずつ口に入れて貰い、ぺちぺちと拍手した。孝宏が首を傾げる。

「これは美味しいなのかな?」

「そうですね」

 ご機嫌な時にやっている仕草なので、美味しいのだろう。

「にゃあん」

 すりすりとモンデンキントが孝宏の手に頭を擦り付ける。

「シュヴァルツ、可愛がっているんですね」

 ケットシー言語を覚える程、話し掛けているのだろう。シュネーバルもケットシー言語を覚えているので、不思議ではない。

「ヘア・コンラーディンは、見習い期間が終わってもそのまま修道士になられるんですか?」

 人によっては修練の為に一年間見習い期間を体験する者もいるのだ。

「僕はこのまま修道士になります」

 実際のところ、コンラーディンの魔力枯渇症が治ると知った父は、見習い期間が明けたら還俗しろと言って来ているが、こればかりは他人が決められないのだ。

 コンラーディンがなぜ魔力枯渇症になったのかは、魔法使いギルドにエンデュミオンが報告している。新たな患者が出ない為に必要な事だからだ。それゆえ、兄は魔法使いギルド本部長である大魔法使いフィリーネから、直々に注意を受けたと言う。職場も一定期間休職扱いで、学科と実技の再履修を命じられたそうだ。

 恐らく真面目に再履修するかどうかと、職場復帰後の勤務態度などを監視され、問題ありと見做されれば最悪魔力を封じられる。父は最悪の場合になった時の為に、コンラーディンを手元に戻したいのだろう。

 コンラーディンとしては、実家に未練はない。リグハーヴスには尊敬出来る司祭達がいるし、妖精達も可愛い。

 リグハーヴスに配属先を決めてくれた司教マヌエルに感謝だ。

「魔力枯渇症治ったら、エンデュミオンやコボルト達が魔法を教えてくれますよ。楽しみにしていますから」

「え?」

「覚えようとする人に教えるのが好きなんですよね、あの子達」

 孝宏が笑って言ったのを、コンラーディンは聞き間違いかと思った。

 何故、大魔法使いとコボルトが手ぐすねを引いて待っているのだ。確かに生活魔法から教えていくと、先程言われたが。

「……コボルト魔法って、ハイエルンの?」

「うーん、俺は魔法使えないから良く解らないんですけど、コボルトは教えても良いって思った人に教えるみたいですよ」

「僕、修道士なんですけど」

「司祭イージドールも魔法使えますよね?」

「使える筈ですね……」

 あの人は〈暁の旅団(モルゲンロート)〉なので、それは使えるだろう。聖騎士として護衛役をしていたくらいなのだ。

 一般的な修道士は、魔法は聖別などをするための聖魔法特化で、他は生活魔法程度までしか覚えないものなのだ。聖騎士でも無ければ、ばんばん魔法は使えない。それが常識だ。

 コンラーディンは知らない。

 完治すれば魔力の器が大きいのだから、覚えられる魔法は覚えさせようとエンデュミオンが思っている事を。それ位でないと、聖人ベネディクトを守るイージドールの補佐にはなれまいと。

 学院に通っていないのに、大魔法使い並みの魔法が使える修道士の育成はこれから。


エンデュミオンはコンラーディンがこのままリグハーヴスの女神教会に常駐になると確信しているので、育てようぜ!となっています。

なにも考えずにマヌエルが寄越して来るとは思っていません。


フィリーネ位には将来魔法が使えるようになりそうな、コンラーディンです。

でも基本護身用とか災害用にしか大魔法って使わないという。普段は生活魔法しか使わないです。聖職者なので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ