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フィッツェンドルフからのお魚便

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

お魚便は毎月届きます。


258フィッツェンドルフからのお魚便


 最近の〈Langueラング de() chat(シャ)〉は賑やかである。

 何故なら日中の間は、妖精フェアリー達の保育所になっているからに他ならない。

 まだ幼く学習が必要な妖精や、主と二人暮らしの妖精が遊びに来る。

「フラウムヒェン、綺麗な色に塗れてるね。それはボンボン?」

「うい」

 子供用椅子でローテーブルに向かい、お絵描きをしていたフラウムヒェンは孝宏たかひろに誉められて嬉しそうに尻尾を振る。

 エンデュミオンの見立てではシュネーバルと同じくらいの年だと言うフラウムヒェンは、文字を覚える前に紙と鉛筆に慣れさせるためのお絵描きをしていた。

 カチヤが練習で作った画帳に、色鉛筆で楽しそうに画を描いている。同じテーブルではシュネーバルとルドヴィク、ルッツも一緒にお絵描きをしていた。

 最初は人見知りをするかと思われたフラウムヒェンだったが、あっさりと〈Langue de chat〉の住人に懐いた。

 魔女ウィッチだが痛い事をしないと理解したのか、ヴァルブルガにもすぐに怯えなくなった。

 ソファーの上にはグリューネヴァルトが丸くなっていて、時折幼い妖精達をちらちらと見ている。〈Langue de chat〉に来てから子供のお守りばかりさせているが、グリューネヴァルトは嫌がりもせず、面倒を見てくれていた。

 ルドヴィクが赤ん坊の時は、尻尾をしゃぶられても好きなようにさせていた寛大な木竜である。

精霊ジンニー便か」

 開いていた窓から入って来た風の精霊(ウィンディ)が、エンデュミオンの前にぽとりと封筒を落とした。

「ご苦労様」

 孝宏が風の精霊に小さく割ったキャラメル風味のシリアルバーを渡す。といっても孝宏に精霊は見えないので、掌に載せた物を持っていって貰うのだが。

 今日の孝宏は、店の客にお茶を出しつつ、テオとルッツの非常食を作っていた。

 冒険者で軽量配達人のテオとルッツは、野宿したりする事もあるので、おやつにもなるシリアルバーやドライフルーツを持たせている。

 刻んだドライフルーツとナッツ、シリアルをキャラメルで和えて固め、棒状に切って蝋紙で包む。

 シリアルバーを切って残った中途半端な端っこは、一口大に割ってルッツ達の口に入れてやった。かなり好評だった。

「お、フィッツェンドルフから荷物が来たみたいだ」

 精霊便を開いて読んでいたエンデュミオンが、弾んだ声を出した。

「お魚便?」

「うん」

 フィッツェンドルフのごたごたを治めるのを手伝ったお礼にと、月に一度旬の魚介類が木箱で届く。

 こうした荷物は配達人経由か、魔法使いギルドの転移陣経由かで届くのだが、魔法使いギルド経由は速く届くが受け取りに行かねばならない。持てなければ、その場で配達人に頼めばいいのである。

一寸ちょっと魔法使いギルドに行ってくる」

「俺も行く?」

「いや、何とかなる。重ければヨルンがいるだろうから、〈時空鞄〉に押し込んで貰う」

「解った、気を付けてね」

「うん」

 重くても方法は幾らでもある。エンデュミオンは魔法使いギルドに〈転移〉した。


 〈転移〉した魔法使いギルドは、相変わらず冒険者ギルドに比べると閑散としている。冒険者をしている魔法使い(ウィザード)なら、冒険者ギルドを主体に使うからだ。

「荷物の受け取りに来たぞ」

「こっちこっちー」

 エンデュミオンが魔法使いギルドのロビーに現れたのを見て、今日も手伝いに来ていたらしい南方コボルトのクヌートとクーデルカ、北方コボルトのホーンがわらわらと地下の転移部屋へと案内してくれる。この三人は魔法使いコボルト同士仲良しだ。森番小屋の北方コボルトのエンツィアンとも仲が良いが、エンツィアンは時々しか街にはこない。今の季節は、森番小屋の畑仕事でヘルマンを手伝うのが忙しいのだろう。

 転移部屋にはクーデルカのあるじでもある魔法使いギルド職員のヨルンが居た。届いた荷物を整理していたようだ。エンデュミオンを見てヨルンが微笑む。

「早いですね、エンデュミオン」

「家に居たからな。荷物はどれだ?」

「この木箱ですけど、結構重いですよ」

 エンデュミオンがすっぽり入りそうな大きさの、〈保冷〉の魔法陣マギラッドが描かれた木箱には、縄で持ち手が付けられていた。

「ヨルンが重いなら、エンデュミオンなら持てないな」

「止めた方がいいですね。動かないですよ」

「〈軽量化〉の魔法陣を書くか」

 エンデュミオンは〈時空鞄〉から翡翠色の万年筆を取り出し、送り状の紙の上に、緑色のインクで魔法陣を描き込んだ。簡略化した魔法陣だが、きちんと動く筈だ。

 ペン先が紙から離れた途端、魔法陣が銀色に一瞬光る。

「わう!」

 エンデュミオンが木箱から顔を上げるのと入れ替わりで、三方向からコボルトの頭が突き合わさった。尻尾を振りながら魔法陣に夢中になっている。これでは木箱をしまえない。

「おい……」

「エンデュミオン、魔法使いコボルトの前で魔法陣描いたらこうなりますよ」

 隣にしゃがんだヨルンが、苦笑いしながらエンデュミオンに言う。

「エンデュミオンはこれを家に持っていかなきゃならないんだが」

「えー」

「家で説明してやるから」

 残念そうな声を上げるコボルト達を、手っ取り早く家に呼ぶ。

「今日はもう定期便は来たので、遊びに行っていいですよ」

「わうっ」

「行ってくるー」

 ぱぷーとホーンが角笛を吹く。

 この三人が一緒にいると中々賑やかだ。

 ヨルンに木箱を〈時空鞄〉に押し込んで貰い、エンデュミオンはコボルト達を連れて〈Langue de chat〉に戻った。


「ただいま」

「お帰り。クヌート達も遊びに来たの?」

 孝宏の回りにクヌート達がわらわらと集まる。

「魔法陣!」

「簡略の!」

 ぱぷー。

 賑やかだ。エンデュミオンは頭を掻いた。

「〈軽量化〉魔法陣を描いたら気になったらしい」

「成程。えーと、荷物は?」

「この縄を持ってくれ」

「はいはい。持ち手つけてくれたんだね」

 孝宏はエンデュミオンの〈時空鞄〉から出た縄の持ち手を取って待ち上げた。ずるりと空間から木箱が出てくる。毎度思うが不思議な感覚だ。

 木箱から縄を外し、蓋を開ける。クヌート達は脇に置いた蓋の方に集まる。良く見ると送り状にエンデュミオンのインクで魔法陣が描いてあったので、これが目当てなのだろう。

 孝宏はひんやりと冷気を感じる木箱を覗き込んだ。

「おお凄い、海老だ。あれ、二段になってる?」

 おが屑に埋まった海老が入った上段を持ち上げると、その下にはごつごつとした殻がついた牡蠣が詰まっていた。

「牡蠣だ。立派だなあ」

「ふうん、フィッツェンドルフは牡蠣の季節か」

黒森之國くろもりのくにって、牡蠣を生で食べるの?」

「フィッツェンドルフはな。他の地域だと余り生食はしないな」

 やはり輸送等の関係で、火を通して食べる事が多いらしい。

「〈浄化〉か〈解毒〉をすれば中らないがな。〈浄化〉だとセント属性がいるから、〈解毒〉をしておくか」

 エンデュミオンに聖属性はないのだ。聖属性は日常的に月の女神シルヴァーナヘ奉仕している聖職者が後天的に身に付ける事が殆どだ。

 シュヴァルツシルトに頼んでも良いが、〈解毒〉でも牡蠣には効果は変わらないだろう。

「んー、イシュカとテオは生で食べるかなあ」

 王都育ちと砂漠育ちの二人である。一応二人に確認してみたが、イシュカはそもそも余り食べる機会がなかったらしい。テオは火を通した物を食べていた。

「牡蠣フライにする? 海老フライと」

「随分沢山出来そうだな」

「そうだね」

 孝宏は居間にいる面子を眺めた。一人暮らしのあるじ持ちがちらほらいる。

「夕御飯のおかずに持っていって貰えばいいかな」

「そうだな。牡蠣用の手袋とヘラも入っているぞ」

 木箱の隅に袋に入った厚地の手袋と金属のヘラが入っていた。それをじっと見たあと、エンデュミオンが居間を出ていく。そしてテオを連れて戻ってきた。

「牡蠣剥くんだって? やろうか?」

「良いの?」

「うん。これ、養父とうさんが好きなんだよね。大抵焼き牡蠣にしてた。炭熾して。剥いたのはスープに入れてたかなあ」

「うちに炭はないなあ」

 どうやって焼き牡蠣にするか考え始めた孝宏に、エンデュミオンがオーブンを示す。

「ミヒェルに頼めば焼いてくれるだろう」

「あ、そうか、頼もう。後はフライかな」

 孝宏はテオにフライの分の殻剥きを頼んだ。自分は海老の殻を剥く事にする。結構沢山剥かなければならないがやっていけば終わる。

 エンデュミオンは魔法陣に群がる三人に、さっさと説明する事にした。クヌート達は既に魔法書に魔法陣を描き写している。

「これは〈軽量化〉の魔法陣だ。これが風の略記号で、こちらが土の略記号。こことここが方向と威力だな」

「他の略記号はあるの?」

「今は余り使わないのか? 昔は結構使ったんだが……」

 クーデルカの質問にエンデュミオンは首を傾げた。

 戦時中は早さ勝負になるので、略式魔方陣の開発が盛んだったのだ。今の方がきちんとした魔方陣を構築する風潮らしい。

 エンデュミオンは自分の研究用の魔法書を取り出して、略式記号の頁を開く。

「これだな。急いでなければきちんと描いた方が安定するぞ」

「わう!」

 いそいそとクヌート達が自分の魔法書に描き写しだす。

 どちらかと言えば上級向けなので、シュネーバル達には早い内容である。きちんとした文字がまず書けなければならない。

 そのシュネーバル達年少組は、お絵描きの手を止めて木箱へと移動していた。木箱を囲むようにして覗いている。

「う?」

 おが屑の中の海老をシュネーバルが指先で突く。

 ビシッと海老が跳ね上がりおが屑を散らした。

「うー!」

「ういー!」

「にー!」

「にゃあー!」

 シュネーバルとフラウムヒェンが孝宏に、ルドヴィクとルッツがテオの足にしがみつく。

「噛まないから大丈夫だよ」

 ぷるぷると震えるシュネーバルとフラウムヒェンの頭を撫で、孝宏はおが屑を払いつつ海老をボウルに入れる。たまに逃げられる度に四人が叫ぶ。「痛ててて」とテオが言っているので、ルドヴィクとルッツはズボンに爪を立てているのだろう。

 海老の頭は出汁が取れるのでちゃんと取っておく。尻尾を残して殻を取り、皿に盛っていく。

「これだけ新鮮なら生でもいけるか」

 試しに孝宏は醤油を小皿に出して、剥いた海老にちょんと浸け、ぱくりと食べてみる。甘くてぷりぷりねっとりとした、生の海老の味は久し振りだった。

「美味しい……」

「ちゃかひろー」

「おい、ひい?」

「るどもー」

「ルッツもー」

 思わず摘まみ食いしたが、当然欲しがられたので、その場の全員の分を剥く。沢山あるので生食分も充分ある。

「……」

 全員無言で海老を食べたあと、クヌートとクーデルカ、ホーンは海老の殻剥きを手伝ってくれた。

 年少組はまだそこまで器用ではないので、お絵描きに戻る。

 背ワタを取って丸まらないように処理した海老に塩胡椒をしてから、小麦粉、溶き卵、パン粉を付けて油で揚げる。せっせと揚げる。

 海老を揚げ終えてから、牡蠣に片栗粉をまぶして汚れを取ってすすいで水気を取り、小麦粉、溶き卵、刻んだパセリと粉チーズを合わせたパン粉を付けて油で揚げる。その後で、馬鈴薯も切って揚げた。

「こんなもんかな」

 孝宏は各家庭用にフライをざら紙で包んだ。クヌートとクーデルカにはクロエの分も持って行って貰おう。

「お手伝い有難う。夕御飯のおかずにしてね。檸檬絞って掛けても美味しいよ」と、遊びに来ていた妖精達に渡す。ルドヴィクと、まだ〈時空鞄〉が使えないフラウムヒェンはエンデュミオンが送って行った。

「テオ、ルッツって牡蠣食べられるのかな」

「あー、どうだろう。癖があると言えばあるよね。今まで食べさせた事ないや」

「子供にも食べやすくタルタルソース作るかな」

 マヨネーズと檸檬汁、ゆで卵のみじん切り、これまたみじん切りにした玉葱を水に晒し絞った物などを合わせてタルタルソースを作る。

 孝宏は牡蠣のフライを半分に切って、タルタルソースをたっぷり掛け、「味見だよ」とルッツとシュネーバルに食べさせてみた。

「……」

「……」

 もぐもぐと口を動かしていたルッツとシュネーバルの鼻の頭に皺が寄る。不味いとは言わないが、どうやらお子様には早かったようだ。レバーと同じ反応だ。孝宏は保冷庫に入れてあったアイスティーをコップに移して二人に飲ませた。口直しに揚げ芋を一つずつあげる。

 追加のおかずとして長いままのアスパラガスにベーコンを巻き付けて焼いた物を付けてあげよう。あとはたっぷりの若菜のサラダ。檸檬のドレッシングでさっぱりと。それと根菜を刻んで入れたコンソメスープにしよう。

 テオとルッツに出来上がったおかずを、〈転移〉で二階の台所に運んで貰う。焼き牡蠣は二階のオーブンでミヒェルに焼いて貰えばいい。

 もうすぐイシュカとカチヤが店を閉める頃だ。

 孝宏は使った調理器具を片付けた。まだ海老も牡蠣もあるので、木箱に蓋をする。牡蠣はクラムチャウダーに入れたら、ルッツ達も食べられるかもしれない。

 エンデュミオンは何をやって来たのか詳しく孝宏に語らないが、こんなに沢山の海産物を送ってくれるのだから、フィッツェンドルフ公爵領での領主交代劇に関わっていたのだろうという事くらいは流石に察する。

「戻ったぞー」

「お帰り、エンディ」

「フライ、喜んでたぞ」

「良かった」

 孝宏はエンデュミオンを抱き上げた。艶々でふかふかの頭に頬ずりする。

「エンディ、過労死しないでね」

「エンデュミオンは簡単には死なないぞ?」

「うん」

 そう言われても、見かけは二足歩行の可愛い猫なのだ。他人にエンデュミオンが可愛いと言うと、何故か相手が言葉に詰まるのが解せないが。

 ぐうーっとエンデュミオンのお腹が鳴った。〈転移〉を繰り返すと、エネルギーを使うらしい。魔力は沢山あるエンデュミオンだが、それとは別で消耗するのだ。

「もうすぐご飯だよ」

 孝宏がエンデュミオンを撫でてていると、軽い足音が近付いてきて、イシュカとヴァルブルガが戸口から顔を覗かせた。

「孝宏、店閉めたぞ」

「うん。じゃあ、ご飯にしようか」

 基本的に朝御飯と夕御飯は皆で一緒に食べるのだ。

 イシュカがヴァルブルガとシュネーバルを抱き上げ階段に向かう。孝宏もエンデュミオンを抱いたまま後ろを追いかける。グリューネヴァルトが飛んで来て、孝宏の肩にとまった。

「……礼状は夕飯の後だな」

「きゅー」

 ぐうーっと再び腹を鳴らしながら、エンデュミオンが吐息混じりに呟く。夕飯前に〈転移〉をしたので、お腹が空いているようだ。

 エンデュミオンは毎回フィッツェンドルフ公爵に礼状を書いている。そこに孝宏はクッキーや天板で焼くシートケーキを付けて送っていた。

 さて、今回はどのケーキにしようか。どんなケーキでも水竜のシャルンホルストは喜ぶ気がするが。

「えーびえーび」

「ルッツ、踊っていないで座ってー」

 二階の居間から、はしゃぐルッツとそのルッツを掴まえるテオの声が聞こえる。

「ヨナタン、パン厚め? 薄め?」とパンの好みを聞くカチヤの声も。

 いつもの平和な日常だ。皆が元気で、ご飯を一緒に食べられる。

 多分それはこの世界でも得難い事なのだと、孝宏は気付いている。そして皆も。

 だからこそ、今日も皆で一緒にテーブルを囲むのだ。


毎月旬の海産物が届くお魚便。遊びに来ている妖精達や、ご近所にお福分けされます。

牡蠣、栄養ありますが味は好みが解れますね。とりあえず、ここに牡蠣アレルギーの人はいないっぽいよ、ということで。

嬉しい事があると、結構踊るルッツです。ルッツ、多分そんなに器用ではありません。でもサバイバルスキルは持っているので、野営料理は作れたりします。

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