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フラウムヒェンと商業ギルド

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

トビアスとインゴは妖精好きです。


257フラウムヒェンと商業ギルド


 フラウムヒェンが来て初めての休みの日が来た。もっと正確にいえば、アロイスとユリアはフラウムヒェンを連れて商業ギルドに向かうため、臨時の休みを取ったのだ。

 妖精フェアリーが定住する場合は人頭税じんとうぜいが掛かる為、所属するギルドか教会キアヒェに報告しなければならない決まりなのだ。ギルドは毎日開いているが、一般の店は陽の日は休みを取るので、平日に臨時に店を休み、挨拶に行く事にしたのだ。

 フラウムヒェンの新しい靴をまだ作っていないので、ユリアが抱っこして歩く。フラウムヒェンはとても軽く小柄なので、ユリアが抱いていても負担にならない程なのだ。アロイスもユリアも、もう少し肥って欲しいと思っている。職人のロータルもフラウムヒェンをとても可愛がっていて、おやつにと甘い果物を買って来るようになった。

「お、みせ、たくさん」

「ここは食べ物の店が多く集まっている通りなのよ」

「うい」

 どうやらフラウムヒェンは、来た時には腹が減りすぎて、良く見えていなかったらしい。

「ふく、は?」

 自分の着ている新しいシャツを掴み、フラウムヒェンがアロイスを見る。

「仕立屋はもっと市場マルクト広場に近い通りだ。あそこには元王様ケットシーがいるんだぞ」

「お、おうさま。おっき?」

「大きいな。きっと抱っこしてくれるぞ」

「うい」

 フラウムヒェンが使っている子供用の椅子やフォークやスプーン、衣服は、当日中に仕事で動けないアロイスに代わって、エンデュミオンがかき集めて来たものである。

 リグハーヴスには妖精が時々増えるからと、家具大工クルトや仕立屋マリアンが、予備を作っていてくれて助かった。

 ただし、服がコボルト織で吃驚したが。どうやら〈Langueラング de() chat(シャ)〉で作って置いて貰っている予備だったらしい。

「布は自家用だから、マリアンに仕立て代だけ払ってくれ」と言って、あの日エンデュミオンは帰ったのだ。

 直接アロイス達に支払いをさせるのは、元王様ケットシーのギルベルトにフラウムヒェンを会わせるつもりだからだろう。

 妖精はケットシーの王様には敬意を払う。そして王様から庇護を約束されれば、何かあった時には守ってもらえる。

 あとはエンデュミオンの温室に遊びに行かせれば、大抵のリグハーヴス住みの妖精に会えるだろう。

 途中で路地を広場の方に曲がる。広場には幾つかのギルドが面して建っているが、商業ギルドもここにある。冒険者ギルド同様に、買い付けた商品を置く倉庫を持っているため、煉瓦造りで堅牢そうな建物である。

 フラウムヒェンはユリアの胸にぴったりと抱き着いたまま大人しくしていた。ふわふわした毛並みなので、コボルトの縫いぐるみのように見える。

こんにちは(グーテンターク)

 アロイスが商業ギルドのドアを開けると、カウンターにいたギルド職員のインゴが顔を上げて微笑んだ。

「いらっしゃい、ヘア・アロイス、フラウ・ユリア。それと可愛い子も」

「こ、こんち、は。フラウム、ヒェン!」

 フラウムヒェンはユリアに抱っこされたまま、右前肢を上げた。それに対し、インゴも右手を上げて答える。

「インゴです。へぇ、ついにヘア・アロイスのところにも妖精が来ましたか。家族加入ですよね?」

「ああ」

 徒弟などの場合は、徒弟としての登録となる。基本的にリグハーヴスの妖精達は家族加入だ。

 インゴが出してくれた用紙に、アロイスはフラウムヒェンの名前と保護者になるアロイスとユリアの名前を書いていく。ちなみにフラウムヒェンの正式名はフラウムである。ヒェン、は家族や親しい者が愛称に付ける単語なのだ。

「一応確認しますが、フラウムヒェンは何かお仕事をしていた事がありますか?」

「うい?」

 フラウムヒェンは考えた。小さい時分に拐われて売られたフラウムヒェンは、読み書きも出来ず、魔法の使い方も知らない。本来、それらは里で親兄弟や仲間に教わるものだからだ。

「……〈にん、ぎょう〉?」

 ぽつりと呟いたフラウムヒェンの言葉に、さっとインゴの顔が青醒めたが、すぐに笑みを取り戻す。

「……そうでしたか。ヘア・アロイスとフラウ・ユリアは優しいですから、たっぷり甘えると良いですよ」

「うい」

「フラウ・ユリア、これをフラウムヒェンに。〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉のラルスが試食用にとくれた飴なんですよ。蝶豆を使った青い飴で、檸檬風味です」

 にこにことインゴが硝子瓶から、青から紫に色が変わっている飴を巻き付けた棒を取り出してユリアに渡す。

「まあ、有難うございます(ダンケシェン)。はい、フラウムヒェン」

「あ、ありが(ダンケ)、と。……おいひい」

 両前肢で棒付き飴を持って舐め、フラウムヒェンがふにゃりと笑った。可愛い。

「ユリア、一寸砥石を見てきていいか?」

「ええ。待っているわ」

 ロビーのソファーに座ったユリアに、さりげなくギルド長のトビアスが挨拶に行くのを目の端に見ながら、アロイスは売場カウンターにインゴが回ってくるのを待った。空いた受付カウンターには奥にいた職員が出てくる。

「インゴ、仕上げ砥を頼む」

「本当に砥石が要るんですね」

「この間落として割ったんだよ。割れたのだと、やっぱりやりにくくて」

「それはそれは。ヘア・アロイスのお眼鏡にかなうのはこの辺りですね」

 棚から紙に包まれた砥石を幾つか持ってきて、カウンターに置く。その品定めをしながら、アロイスは口を動かした。

「さっきのあれ、どういう意味だ?」

「あれは……気分が悪くなる話ですよ。コボルト解放令の前ですが、ハイエルンの上流家庭ではコボルトは〈人形プッペ〉として買われていたんです。フラウムヒェンみたいな可愛い子を。自由に動く事も話す事も禁じられたそうで、食べ物にも不自由させられたと。ハイエルンの商業ギルドでも、〈人形〉の売買は禁じられていたんですけどね……」

 溜め息混じりにインゴが、アロイスが選んだ砥石を紙で包み直す。

「だから、肢の肉球が柔らかくて、少食なのか」

 フラウムヒェンは、自分では沢山食べていると思っているようなのだが、アロイスの知っている妖精達の半分も食べられないのだ。おまけに、南方コボルトなのに、ぎこちなく話すし、すぐに喉が疲れるのか、長く話せない。

 さっきインゴが飴をくれたのは助かった。〈薬草と飴玉〉でアロイスも何か買ってやらねば。

「しかし、うちの前に居た時は、きちんとした旅装だったぞ」

「コボルト解放令の後、心ある人に逃がして貰ったんでしょうね」

「ああ……」

 フラウムヒェンの荷物の中身は、着替えと空の水筒、子供用の毛布、小鍋と火口ほくち箱に火打石、簡略化された街道の地図だけだった。パンの欠片が残っていたから、食料は途中でなくなったのだろう。

「ヘア・アロイスとフラウ・ユリアの家族になったのなら、もう安心ですけどね」

 インゴは領収書を書き、アロイスから砥石の代金を受け取る。

「またフラウムヒェンを連れてきて下さいね」

「ああ、散歩の時にでも寄るよ」

 カウンターから離れ、砥石の入った紙袋を〈魔法鞄〉になっている肩掛け鞄に入れ、トビアスと話すユリアとフラウムヒェンの元へ行く。

「トビアス」

「やあ、アロイス。これはフラウムヒェンのギルドカードだ」

 アロイスが砥石を買っている間に出来たらしい。

「有難う」

 ギルドカードは冒険者ギルドと形は同じだ。腐食しにくい魔銀製で、両端に穴があり紐や鎖を通せる。家に帰ったらどちらが良いかフラウムヒェンに聞こう。

「フラウムヒェン、また遊びにおいで」

「うい」

 トビアスに頭を撫でてもらい、フラウムヒェンの尻尾が揺れる。

 きっと、アロイス達が帰った後に、トビアスはハイエルンの商業ギルドに怒りの精霊ジンニー便を送るのだろう。海千山千の商人をまとめるギルド長でありながら、トビアスは義に篤い男である。

 アロイスは気になった事をトビアスに確認する。

「そうだ、領主への連絡はどうすればいいんだ?」

「うちでも知らせるが、エンデュミオンが行くだろう。なんだかんだ言って世話焼きだから」

 目尻に皺を寄せてトビアスが笑う。

「エ、エンデュ、ミオン?」

大魔法使い(マイスター)のケットシーだ。鯖虎でな、鮮やかな黄緑色の目をしているんだぞ」

 トビアスのフラウムヒェンへの話し方が、まるで孫に話すようである。少々強面なトビアスなのだが、フラウムヒェンは全く気にしておらず、「うい」と頷いた。


 商業ギルドからアロイス達は〈薬草と飴玉〉に寄った。追々、知り合いの所には全て顔を出さなければならないが、一辺に会ってもフラウムヒェンは混乱してしまうだろう。

 途中インゴに貰った飴を舐め終わってしまっても、フラウムヒェンは名残惜しそうに棒を齧っていたが、〈薬草と飴玉〉に入る前に満足したのかアロイスに渡してくれた。紙に包んで鞄に入れる。店の中にそのまま持って入る訳にもいかない。

「いらっしゃい」

 飴色のドアを開けるなり、ラルスに声を掛けられる。〈薬草と飴玉〉は高確率でケットシーのラルスが店番をしている。店主は薬草魔女ヘクセのドロテーアとブリギッテなのだが、診察や往診、飴作りをしている事が多いからだ。そしてこの店の薬草師がラルスなのである。

「ん? その子は初めて会うな?」

 フラウムヒェンを見て、ラルスがニヤリと笑った。エンデュミオンの幼馴染だからか、一寸ちょっとした仕草が似ている。

「ケ、ケット、シー?」

 ケットシーが店番をしているとは思わなかったのか、フラウムヒェンがラルスに興味を示した。

「そうだぞ。ラルスだ」

「フラウム、ヒェン」

「フラウムヒェンか。ユリア、カウンターに乗せていいぞ。アロイス、薬か? 飴か?」

 たしたしとカウンターを前肢で叩き、ラルスが催促する。

 フラウムヒェンは、真っ黒な影のようなラルスをぽかんと見ていた。真っ黒なのに、左右の目の色が違うのだ。片目が蒼で、片目が金。コボルトで目の色が左右違う者は殆どいなかった。

「うい? め、め」

「ん? ラルスの目が珍しいのか」

「うい」

「ラルスはフラウムヒェンの毛並みが珍しいな。綿毛のようだな」

 だからフラウムヒェンか、と目を細める。

「ラルス、棒付き飴が欲しいんだ。さっきインゴに蝶豆のを貰ったんだが、他の味も混ざったものを一瓶」

「商業ギルドに行ったのか。フラウムヒェン、青い飴は美味しかったか?」

「うい。お、おいひいかった」

「そうかそうか。待ってろよ、今出してやるから」

 ラルスは階段式の踏み台を下り、カウンター下の硝子ケースから、色とりどりの棒つき飴の入った瓶を出して戻って来る。

「銅貨六枚だ」

 薬効のない飴は、子供の小遣いでも買える値段設定なのだ。銅貨一枚でも数本買える。

「どれ、一寸口を開けてみろ」

「あー」

 小さな光の珠を出してラルスはフラウムヒェンの喉を確認する。

「少し赤いな。カモミールのお茶を、ミルクティーでも良いから飲ませておけ。ハイエルンから来たなら妖精犬風邪コボルトエッケルトン予防だ」

 飲みやすくブレンドされた茶葉の袋と蜂蜜玉の瓶が、飴の瓶の横に追加される。

「コボルトと暮らすなら、年中カモミールは切らさない方がいい」

「解った。お茶と蜂蜜は幾らだ?」

「茶葉はお試し用だ。それで飲みにくければ配合を変える。蜂蜜は今回はおまけだ。ユリアも使うといい」

「有難う」

 アロイスは飴の代金を払った。

「グレーテルかヴァルブルガに、フラウムヒェンは診て貰ったのか?」

「ヴァルブルガに、寝ている時に一度」

「起きている時にもう一度診て貰え」

「うい!?」

 フラウムヒェンが嫌々と首を振る。

「喉を一寸診て貰うだけだ。妖精犬風邪なら大変だからな。多分違うと思うが、痛くないからな?」

「ういー」

 ちょっぴり涙目になって、フラウムヒェンはユリアに抱き付いた。

「あらあら」

 ユリアが優しい手つきで、フラウムヒェンの背中を撫でる。

「あとは栄養のある物を食べさせて、遊ばせて、良く寝させろ。栄養失調気味だ。散歩がてらエンデュミオンの温室に連れて行くといい」

「解った。これから〈Langue de chat〉に行ってくる」

「次に飴を買いに来る時は瓶を持ってこい。少し割り引く」

「解った」

 〈薬草と飴玉〉を出て、途中で〈ナーデル紡糸(スピン)〉に寄ってフラウムヒェンの服の仕立て代を支払った。きちんとした採寸はまた今度にして、店を出る。

「ギルは〈Langue de chat〉に行ってるわよ」とマリアンに教えられた。

 ギルベルトはエンデュミオンの育ての親であり、良く養い子に会いに〈Langue de chat〉へ行くのだ。元王様ケットシーは身体が大きい事もあり、普通に一人で歩いて近所に遊びに行くのである。


 ちりりん、りん。

 ドアの上部に付けられたドアベルが鳴る。

「いらっしゃい」

 何故かカウンターにエンデュミオンとギルベルトが居た。

「いらっしゃいませ」

 孝宏たかひろも一拍遅れて、本棚の陰にある閲覧場所から顔を出す。

『うわっ』

 そして勢い良く立ち上がったギルベルトの尻尾にぶつかりそうになって孝宏が仰け反った。ケットシーも嬉しい時は尻尾が立つのだ。ギルベルトの目は、ユリアが抱くフラウムヒェンに釘付けだった。

「危なっ、ギルー」

「駄目だ、孝宏、聞こえてない」

 エンデュミオンが諦めの混じった顔になる。その間に、大きな緑色の瞳をきらきらさせて、ギルベルトがアロイス達の方に歩いてきた。嬉しそうにフラウムヒェンに前肢を伸ばす。

「可愛い子。ギルベルト、抱っこしたい」

「……おう、さま? ふか、ふか」

 フラウムヒェンもギルベルトの襟毛に目を奪われていた。

「今はもう王様じゃない。ただのギルベルト」

「フラウム、ヒェン」

「良い子良い子」

 ギルベルトは慣れた手付きで、ユリアからフラウムヒェンを抱き取る。

「うい……」

 ふかふかなギルベルトの真っ白な襟毛に、フラウムヒェンはうっとりと顔を埋める。

「何か……シュネーバルと仲良くなれそうだな、あの子」

「うむ」

 孝宏とエンデュミオンの呟きをよそに、ギルベルトはフラウムヒェンに頬を擦り付け、額にキスを落としてから、ユリアに返した。

「ギルベルトの加護を付けておいた。何かあったらギルベルトを喚べ」

「うい」

 こっくりとフラウムヒェンが頷く。

「休んでいかれませんか?」

 孝宏がアロイス達に閲覧スペースを示す。

「そうしようかな」

 アロイスはフラウムヒェンを抱いたユリアと閲覧スペースに向かう。壁際の椅子とソファーのある席に座る。ソファーにユリアが座っても、フラウムヒェンは膝から下りなかった。

 アロイスは近くに来たエンデュミオンに頼む。

「エンデュミオン、ヴァルブルガは居るかい? ラルスにフラウムヒェンを診て貰えって言われたんだ」

「ふうん? 待ってろ、呼んでくるから」

 踵を返し、エンデュミオンはカウンターの奥の戸口から左奥に向かっていった。そちらにイシュカの工房があるのだ。

 間もなくエンデュミオンが三毛の折れ耳ケットシーを連れて戻ってきた。

「うぃ……」

 ユリアの膝の上で、ぷるぷるとフラウムヒェンが震えている。

「んしょ」

 ヴァルブルガがエンデュミオンにお尻を押し上げて貰い、ソファーに登った。

「フラウムヒェン、ヴァルブルガなの。痛い事しないから診せてね」

「……うい」

 ユリアの膝にフラウムヒェンを乗せたまま、ヴァルブルガは診察していく。

「目は綺麗。鼻は少し渇き気味。お口あーんして……喉が赤いの。虫歯は無し。胸の音は大丈夫。爪は少し伸びているから切ろうね。ユリア、そのまま抱っこしててね」

 ヴァルブルガは〈時空鞄〉から、ニッパーのような爪切り鋏を取り出した。

「南方コボルトは爪が黒いから、切るのが難しかったら魔女ウィッチに頼んでね」

 ヴァルブルガは、これまた〈時空鞄〉から取り出した紙を広げ、パチンパチンと小気味良い音を立てて、フラウムヒェンの四肢の爪を切っていく。ユリアの腕の中でフラウムヒェンが硬直しているうちに、爪切りは終了した。

「はい、おしまい。頑張ったの」

 ヴァルブルガは爪切り挟と紙を片付け、フラウムヒェンの頭を肉球で撫でる。

「ラルスの所を先に寄ったなら、何か処方された?」

「飴を買ったら、カモミールと蜂蜜玉を」

「見せてもらってもいい?」

「えーと、これだけど」

 アロイスは〈魔法鞄〉からお茶の袋と蜂蜜玉の瓶を取り出してテーブルに乗せた。

 ヴァルブルガはお茶の袋の中身を確認して頷く。

「うん、このお茶をフラウムヒェンに飲ませてあげてね。コボルトにはお薬代わりになるから。こっちは霊峰ハイリガーベァク蜂蜜ホーニックだから、これも入れて」

「霊峰蜂蜜!?」

「薬効あるから」

「いや、霊峰蜂蜜って良い値段するだろ」

「ラルスは採取してるコボルトと直接取引してるから、そうでもないの」

 王都だと余計な仲介入るから高いの、と言ってヴァルブルガは腹這いでソファーを下りる。

「診察代は?」

「今回は要らないの。この間全部診れなかっただけだから。フラウムヒェンがいつもと違う気がしたら、いつでも呼んでね」

「有難う、ヴァルブルガ」

 前肢を軽く振り、ヴァルブルガが工房へと戻っていく。

「お茶をどうぞ。あれ、大丈夫? フラウムヒェン」

 お茶とクッキーを運んできた孝宏は、瞬きもせず固まったままのフラウムヒェンの顎の下を撫でた。

「爪切りは苦手だったか。ほら、これをやろう。美味しいぞ」

 ソファーによじ登り、エンデュミオンは〈時空鞄〉から取り出した苺飴をフラウムヒェンに持たせてやった。生の苺のヘタを取って串に刺し、飴を掛けた物だ。前に孝宏が作った物を〈時空鞄〉にしまっておいたのだ。

「ブルーベリーもやろうな」

 クッキーの皿に、ブルーベリーを五つ串に刺して飴を掛けた物を置く。

 ぺろ、とフラウムヒェンの桃色の舌が苺飴を舐める。ぱちりと瞬きした。

「……おいひい」

「だろう?」

 エンデュミオンはニヤリと笑ってフラウムヒェンの頭を撫で、ソファーを下りる。

「ゆっくりしていけ。アロイス、読み聞かせをするなら、蜂蜜色の本でも若草色の本でも良いと思うぞ」

「帰りに借りていくよ」

「うん」

 エンデュミオンがカウンターへと戻っていく。ギルベルトはずっとカウンターで店番をしているが、楽しそうなので良いのだろうか。

 くるりとエンデュミオンが途中で振り返る。

「そうだ。アロイス達は裏庭からも入れるようにしてあるから、自由に温室に入っていいからな。フラウムヒェンを遊びに連れてきてやれ」

「有難う」

「コボルト組が良く勉強会をしているから、フラウムヒェンも混ぜてくれるだろう。危ない魔法は教えないように双子に伝えておく」

 双子とはクヌートとクーデルカの魔法使い(ウィザード)コボルト兄弟の事だ。この二人と角笛を持つホーンが、良く魔法陣マギラッド研究をしている。最近はそこにエンツィアンも時々参加している。

「ま、ま、ほう、フラウム、ヒェン、つか、える?」

 先端を齧った苺飴を持ったまま、フラウムヒェンが青い瞳を輝かせた。

「フラウムヒェンは魔力を持っているぞ? 生活魔法は問題なく覚えられる筈だ。双子は読み書きの確認から教えてくれるぞ。エンデュミオンも教えるしな」

「うい!」

「それに、シュネーバル達と走り回れば元気になる」

 ふわふわの毛に隠れているが、フラウムヒェンは痩せすぎだ。筋肉も少ない。柔らかい芝生の温室で遊べば身体に負担は掛からないだろう。

「ちゃかひろー! あすぱりゃー!」

「はーい!」

 奥からシュネーバルの声が聞こえてきて、孝宏が急いで戻っていく。アスパラガス狩りをしたシュネーバルは、土まみれだろうからだ。

「はは、賑やかだろう。アロイスの所もそのうちこうなるぞ」

 エンデュミオンは嬉しい事を言って、ぴんと立った縞々の尻尾の先を振った。


フラウムヒェン、商業ギルドへ登録です。

登録は妖精の意思に反しては出来ないので(名前の登録が必要)、ハイエルンでは殆どコボルトはギルドに登録されていません。

ギルドに登録されると、本人や保護者の許可なく連れ出された場合、法の下に罪に問えます。


エンデュミオンと孝宏も店主のイシュカが商業ギルドなので、保護を受ける同居人として商業ギルドに登録しています(テオとルッツは冒険者ギルド)。

依頼を受けるたびに冒険者ギルドに行くテオ達とは違って、用がある時しかエンデュミオンは商業ギルドに行かないので、ちょっぴり寂しいトビアス達です。

そして、エンデュミオンが来るときは、孝宏の新しいレシピや小説を登録しに来るときなので、気が抜けないという……。


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