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シャルンホルストと〈Langue de chat〉

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

キルシュネライト先生はスパルタです。

255シャルンホルストと〈Langueラング de() chat(シャ)


「ただいまー」

 エンデュミオンはシャルンホルストを抱えたまま、〈Langueラング de() chat(シャ)〉の一階の居間に〈転移〉した。一階なのは、開店中で孝宏たかひろがそこに居るからだ。

「お帰り。あれ、キルシュネライト……じゃない? 少し小さい気がする」

「きゅっきゅ」

 孝宏の肩に乗っていたグリューネヴァルトもこくこくと頭を動かす。

「この子はシャルンホルストだ。新しいフィッツェンドルフの守護竜だ」

「なんで連れて来たの?」

「守護竜の仕事をキルシュネライトとグリューネヴァルトに教えて貰う為だな」

「きゅ?」

 ─こんにちはー。

 首を傾げたグリューネヴァルトにシャルンホルストが陽気に前肢を上げる。

「もしかして、この子結構若い?」

「うん。グリューネヴァルト、一緒に温室に来てくれ」

「きゅ」

 グリューネヴァルトは孝宏の肩から、エンデュミオンの頭に移動する。彼の特等席なのだ。

 孝宏に裏庭へのドアを開けて貰い、エンデュミオンは外に出る。孝宏はついて来て温室のドアも開けてくれた。

「ご飯は家で食べるんだよね?」

「そうだな、キルシュネライトも呼んで皆で食べた方が良いかな。シャルンホルストは人族の食べ物に慣れてないから」

 ─ご飯、美味しいの?

「孝宏のご飯は美味しいぞ。昼に食べた弁当は孝宏が作ったんだ」

 ─美味しい!

 きらきらとした瞳で、シャルンホルストが孝宏を見る。何故そんな目で見られるのか解らず、孝宏が戸惑った表情でエンデュミオンに助けを求めた。

「えっと……?」

「実は孝宏の弁当で釣れたんだ……」

「うわあ……」

「その気持ちはエンデュミオンも解る」

 エンデュミオンも孝宏の弁当で竜を釣ろうとは思っていなかったのだ。湿原の広場まで行って、休憩したら奥に呼びかけようと思っていたのだ。

 なんでだーと言いながら母屋に戻って行く孝宏と別れ、エンデュミオンは広場に入った。

「キルシュネライト」

 ─なあに?

 キルシュネライトは上の水盤の縁に、いつものように寝そべっていた。マンドラゴラのレイクは芝生の上に広げた毛布の上で、シュネーバルとテオとルッツと一緒に寝ていた。テオのお腹の上に若草色の本が置いてあるので、読み聞かせの途中で寝てしまったらしい。

 レイクで知ったが、マンドラゴラはしっかり寝るのである。シュネーバルの隣で転がっているが、土の上なら根っこを土に刺して倒れないようにしたりもするらしい。

「フィッツェンドルフの守護竜が決まったんだ」

 ─シャルンホルストだよ!

 シャルンホルストはエンデュミオンの腕から飛び出し、キルシュネライトの居る水盤の縁に降りた。並んでみると、キルシュネライトの方が一回り大きい。

 ─なんでこんなに若い子連れて来たの?

 そこを突かれると痛いが、エンデュミオン達のせいではない。

「エンデュミオン達が選んだ訳じゃないんだ……」

 湿地帯で最初にエンデュミオン達と接触したのがシャルンホルストだったと説明する。

 ─もう、長竜おさりゅうったら。

 やはり機嫌を損ねて、尻尾で水盤の水をぱしゃりと叩くキルシュネライトの首に、シャルンホルストは顔を擦り付けてご機嫌を取っている。

「それでキルシュネライトとグリューネヴァルトに、守護竜についてシャルンホルストに教えて欲しいんだ」

 ─仕方ないわねえ。

「きゅー」

 やってくれそうで、エンデュミオンは胸を撫でろした。

 ─あ、ここにも居る!

 レイクに気付いたシャルンホルストが毛布の上に飛んで行った。いそいそとレイクの隣に丸くなる。

 フーと鼻から息を抜き、キルシュネライトはエンデュミオンの額を鼻先で突いた。

「痛い」

「きゅっ」

 エンデュミオンの頭の上に居て落ちそうになったグリューネヴァルトが、抗議の声を上げる。

 ─あの子を一人で港に放置するんじゃないでしょうね。

「それは無理だろう。レベッカ達には同居の可能性も示唆しておいた。彼女達は守護竜に好意的だから大丈夫だ」

 キルシュネライトは一人でいる方が好きだったのだろうが、シャルンホルストは人と居る方が好きなのは直ぐに解る。

 ─明日からやるわよ。フィッツェンドルフの水域の載った地図はある?

「冒険者ギルドの白地図でもいいか?」

 ─いいわよ。

 冒険者ギルドでは河川や湖沼の位置と領境の書かれた地図が売られている。火や水濡れに強い特殊な紙で作られていて、冒険者はこれに自分で得た情報を書き込んで行くのだ。

やしろに置いておくぞ」

 温室にはキルシュネライトを祭る為の小さな社がある。そこに折り畳まれた白地図をエンデュミオンは置いた。

「晩御飯は皆で食べようと、孝宏が言っていたぞ」

 ─解ったわ。

 シャルンホルストはすっかりレイクの隣で昼寝をしていた。置いて行く訳にも行かず、エンデュミオンとグリューネヴァルトも毛布の上に座る。

「……原稿を読むか……」

 エンデュミオンは孝宏から校正を頼まれていた原稿を取り出し、膝の上に広げた。今回の新作はどこかにあるという砂漠の國の物語だ。孝宏は参考にと、テオにも取材していた。〈暁の砂漠〉は治外法権であり、独自の風習などがあるからだ。やはり、あまりにも黒森之國くろもりのくにの風習とかけ離れていると、物語に慣れていないこの國の読者は想像が出来ないようである。

 耳に聞こえるは、寝息と、エンデュミオンが紙を捲る音、精霊の泉が湧く音のみ。

 エンデュミオンは皆が起きだすまで、砂漠の國の物語に没頭した。


 キルシュネライト先生の講義は傍目で見ていて結構厳しかった。なるべく早くフィッツェンドルフにシャルンホルストを戻さなければならないからだ。シャルンホルストがぐずりだすとグリューネヴァルトがおやつをやったり水浴させたりしながら、守護竜の仕事を教えている。

 ─この川は大雨が降ったらこちらの方向に氾濫するの。だから例え堤を高くしても、集落は作らせちゃ駄目よ。洪水になったら死者が出るから。

 ─うん。

 現在シャルンホルストは人型になっていた。エッダくらいの年齢の男の子の姿で、キルシュネライトに教えて貰った事を白地図に赤いインクを使って書きこんでいる。

 ─この地域の土地は粘土層なの。水はけが悪くて作物が腐りやすいから、作物の種類によっては気を付けてあげるのよ。

 ─うん。

 ─領主館に住むなら、過去の資料もあるでしょうから、レベッカ達に見せて貰いなさいね。大事よ。

 ─うん。

 グリューネヴァルトは木竜なので、水竜程治水には詳しくないが、主であるエンデュミオンの叡智で補える。グリューネヴァルトが治水を教える意味はないので、水竜でも出来る、堤を強化する植物の育成促進などをシャルンホルストに教えた。

「きゅっきゅー」

 しゅるしゅるとグリューネヴァルトの前肢に乗った種から蔓が伸びる。

 ─えい。

 ぽんっとシャルンホルストの前肢に乗った種から花が咲く。

「きゅっ」

 やり直し、とグリューネヴァルトに駄目出しをされ、シャルンホルストは発芽の術が上手くいくまでやり直しを食らったのだった。


「シャルンホルストが頑張っているから、ご褒美をやってくれ」とエンデュミオンに頼まれ、孝宏はシャルンホルストが気に入った焼き菓子や料理のレシピを幾つか書いて持たせる事にした。

「うん、このレシピは大丈夫だな」

「大丈夫って何が?」

 書いたレシピを黒森之國語に訳す前に確認していたエンデュミオンに、孝宏は問う。

「商業ギルドに登録しているレシピだ」

「へ? いつの間に!?」

「黒森之國にないレシピはエンデュミオンが行って登録しているぞ。商人はえげつないからな。登録しておかないと、先に登録して自分達が考えたレシピだと、使用料を請求して来るかもしれないんだ。だから孝宏の書いた小説も非公開登録してある」

 エンデュミオンが保護魔法を掛けているので模写は出来ないのだが、記憶には残る。似た話を書いて、自分が書いた話を孝宏が盗作したと訴えられた時の為の措置だ。

「まあ、王族も読んでいるから、どちらが先に書いた物かはすぐにばれるがな」

 ちなみにレシピは一部を除き公開登録しているのだが、登録してあると触れ回っている訳ではないので、ギルドで資料を閲覧する労力を払ったものだけがレシピを買う事が出来る。レシピを使って作った物を販売すれば、勿論使用料が孝宏のギルド口座に振り込まれる。誰でも使えるように、使用料の設定は低くしてある。ちなみに自家用として作るだけなら、レシピ代だけで良いのだ。

 エンデュミオンの相談を受けた、商業ギルド長のトビアスが面白そうにニヤニヤしていたので、今でも〈異界渡り〉の孝宏がレシピを公開していると、殆ど知られていないだろう。

 何故そう確信出来るのかと言うと、ギルドに登録されたレシピはどのギルドでも閲覧可能なのだ。なのに、どこかの領で珍しい菓子が出たと言う話は、風の噂でも流れてきていない。

「料理や菓子は王都が一番、という風潮があるからな。皆王都の料理人や菓子職人のレシピばかり閲覧しているんだろう。イェレミアスは孝宏のレシピを研究していると思うがな」

 イェレミアスはリグハーヴスの領主館の菓子職人である。

「独自のレシピは宝なんだ」

「成程……」

 特許制度みたいなものが黒森之國にもあったのかと、孝宏は初めて知った。


 シャルンホルストは予定より長く、一週間滞在して守護竜の仕事をキルシュネライトに叩き込まれた。何故ならシャルンホルストが覚えるまで、キルシュネライトが帰還を禁じたからである。

 フィッツェンドルフに帰る際には、孝宏のお菓子を沢山お土産に持たされてご機嫌だった。

 ─教えた事、忘れるんじゃないわよ。

 ─うん!

「では送って来る」

 シャルンホルストと沢山のお土産と共にエンデュミオンが姿を消す。

 ─やっと静かになったわ。

 キルシュネライトは溜め息を吐いて、水盤の縁に寝そべった。

 元々はキルシュネライトが投げ出した仕事を、シャルンホルストが引き受けたのだから、気の毒だとは思ったが厳しく教え込んだ。何故なら、領民の命や財産が掛かっているからだ。

 レベッカ・フィッツェンドルフは公正な領主のようであるし、シャルンホルストと相談しながら、フィッツェンドルフ公爵領を治めていけるだろう。

 今は荒れてしまったが、フィッツェンドルフ公爵領は本来美しいのだ。明るい日差しに輝く海。港まで続く白い建物。小船が往来出来る、底が見える程澄んだ水路の走る下町。それが領主館から一望出来た。

 昔、ずっと昔、水竜の巣まで守護竜を探しに来て湿地帯に嵌った、若き領主と一緒に見た事がある。キルシュネライトが彼を助けて、守護竜になってくれと泣きつかれた。若き領主が余りにも頼りなくて、キルシュネライトは守護竜になったのだ。

 若き領主は老い、とうにこの世から失せてしまった。彼の子孫で、彼の気概を受け継ぐ者はいなかった。

 キルシュネライトは彼らの友人にはなりえなかった。彼らがキルシュネライトを拒んだからだ。フィッツェンドルフを守護するのは我らだと、キルシュネライトを領主館から追い出した。

 レベッカ・フィッツェンドルフは、彼の気概を受け継いだらしい。

 きっと、フィッツェンドルフは良くなる事だろう。

 愛しき者の眠る場所を想い、キルシュネライトは鎮魂の歌を口ずさむ。


これで本当にフィッツェンドルフ騒動はひと段落です。

エンデュミオンも知らない、キルシュネライトの昔話もちらり。

昔から、キルシュネライトは姉御肌だったようです。

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